「今や中国、タイ以下」とも…日本の現場は強くない――薄給でコキ使われる従業員、落ちるべくして落ちた現場力…現場力低下は経営者の責任

経営陣が指示せずとも社員が自発的に動き、生産効率や顧客満足度を高める――。そんな日本企業の現場力が、産業を問わず崩壊の危機に瀕している。日本企業が持つ最大の強みを破壊した責任は、他ならぬ経営陣自身にある。 (宇賀神宰司・西雄大)

東日本に拠点を置く某音響機器メーカーの生産子会社Aは、長年に亘ってグループの生産拠点の中でも屈指の“優等生”と見られてきた。主力業務は音響機器のアッセンブル。一直線に並べられた作業台では、担当者が組み立てに没頭している。部品の保管場所から完成品の出荷スペースまで、工場の中は5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾)が行き届き、生産ラインの周囲には、作業を効率化する為の大小様々な工夫が取り入れられている。専門のコンサルタントを招聘し、QC(品質管理)サークルや改善活動を強化したのは20年ほど前だ。その後、2000年代前半に親会社から「マザー工場として海外生産拠点を指導せよ」との命を受けると、自覚が芽生えたのか、従業員からの改善提案が急増。次々に出てくる改善アイデアに、時折指導に訪れるコンサルタントも思わず舌を巻いていたという。だが実は、そんなA社の改善提案の大半は、指導先である中国広東省の工場から“逆輸入”されたものだった。

深圳市内から車で高速道路を走ること3時間。東莞市郊外にその工場はある。作業員は2000人近くいて、A社と同機種の廉価品を製造している。2000年代にA社が東莞工場のマザー工場となった当初は、日本から社員が入れ代わり立ち代わり現地へ出張し、様々な製造ノウハウを移植した。だが2000年代中盤以降、東莞工場での改善提案数がA社を上回る逆転現象が起き始める。東莞では、改善提案を出し採用されると5元~100元(約100~2000円)が支給される仕組み。日本の若者なら見向きもしない額かもしれない。が、内陸部から出稼ぎに来ている時給10元(約200円)の若い中国人従業員には大きな魅力で、1人当たり月5件、工場全体で月8000件の改善提案を必死に出してくる。A社はもう何年も、その中から使えそうな改善提案を見繕い、「自分たちで考えたアイデア」として活用してきた。「日本人としては寂しい気もするが、仕方がない。抑々、A社の現場なんて非正規社員ばかりで、改善活動なんてとっくの昔に形骸化していますよ」。A社の関係者はこう苦笑する。マザー工場として海外生産拠点を指導するはずの国内工場が、逆に“子供”に教えを請う──。そんな状況が、日本の製造業全体で起きつつある。




国内ほかタイ・バンコク郊外に拠点を置くある自動車部品メーカーも、そんな状況に陥っている企業の1つ。ここ数年、この会社は、バンコク工場から引っ切り無しに届く「QCサークルの成果を競う世界大会を開催してほしい」という要望に苦慮している。バンコク工場の設立から20年。日本から来た社員たちに「原因追究の特性要因図」や「データのバラツキの分布から問題点を探るヒストグラム」など品質管理の基本を叩き込まれた若者たちも、ベテランの域に達した。「成長した姿を見てもらいたい」。バンコク工場が大会開催を望む理由は至って純粋で、日本側も彼らのモチベーションを高める為にも開催したいのはやまやま。が、やりたくてもできない。国内の製造拠点でQC活動に取り組んでいるところ自体が殆ど無いからだ。嘗て国内工場では、終業後の1時間、週2回、チームごとにQC活動をするのが当たり前だった。が、今は往年の雰囲気はゼロ。「若い世代は『サービス残業をしてまで続けることの意味が理解できない』と明言するし、短時間で働くパートタイマーも増え、足並みが全く揃わない。国内工場の効率化の為、タイから“改善のプロ”を呼び寄せる日が近づいている」と担当者は冗談交じりに打ち明ける。

戦後70年、「日本企業は現場が強い」は日本産業界の常識の1つとされてきた。経営陣が指示を出す前に、社員が自発的に動き、生産効率や顧客満足度を上げていく。「現場力の強さこそが、日本企業が世界的に躍進する原動力だ」と現在も言われている。だが、ドイツのコンサルティング会社『ローランドベルガー』日本法人の遠藤功会長は、「その常識は幻想」と指摘する。1979年に早稲田大学卒業後、三菱電機に入社。MBA(経営学修士)を取得後、1988年にアメリカのコンサルティング企業へ転身した遠藤会長は、日本の経営者が事あるごとに現場力を自慢することに違和感を覚えた。経営者たちが語る現場力とは何か知る為に、2000年にローランドベルガー日本法人に入社以降は、全国の生産現場を行脚。現在までに訪問先は100を超える。そこで得た結論は、「今の日本に非凡な現場は1割」だった。遠藤会長は現場力を、(1)「新しいものを生み出す能力」、(2)「よりよくする能力」、(3)「保つ能力」──の3つに分解し、3つを兼ね備えた現場を“非凡”と定義。遠藤会長が言う非凡な現場の代表が『デンソー』だ。「既存の設備に比べN分の1の挑戦」を常に掲げ、「金型の段取り替えの時間を8分の1にする」と決めれば何が何でもやり抜く。実際に工程設計スタッフや女性オペレーターを巻き込み、7年かけて目標を達成した。仮に、デンソーのような非凡な現場が1割とすれば、残りの9割は何なのか。8割は“保つ力”しかない凡庸な企業、最後の1割が“保つ力”すらないトンデモ現場だという。(1)(2)を喪失すれば、冒頭に登場したA社のようにイノベーション力や改善力は完全に失われる。そして(3)まで失うトンデモ現場になると、事故やミスが避けられない。厚生労働省に因ると、製造業における死亡災害は2011年以降に増加傾向にあり、2014年の上半期は82件と前年同期比で12.3%増えた。死者まで出さずともトンデモ現場は、頻繁に社会的事件を巻き起こす。2015年3月に発覚した『東洋ゴム工業』(大阪市)の免震ゴム性能不足事件。会社側は、「子会社が出荷したゴム部材の検査データに偽装があり、基準を満たしていない製品が発生した」と会見した。

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「ミスの原因は、小学生でも分かりそうなものでした」。北関東に本社を置く塗料メーカーに勤めるB氏(54歳)はこう呆れ返る。ある時、工場で品質が不安定になる事案が発生した。顧客からのクレームが多発し全社挙げて調査したところ、原因は原料の配合ミス。原料を計量する上で容器の重さを差し引かず配合していたという。現場力の劣化が進むのは製造業だけではない。あるチェーンストアの店長を務めるC氏(32歳)は、「自分の店で何が売れ筋なのかわかっていません」と笑いながら話す。「毎日本部から届く指導に従っているだけ。勿論、本部の指示より『こっちのほうを売ったほうがいいんじゃないか?』と思う時はある。でも思考停止していた方が楽ですから」。なぜ日本の現場はここまで弱くなったのか。『日本能率協会コンサルティング』シニアコンサルタントである宗裕二氏は、「現場力が消えた背景には、複合的な要因がある」と主張する。これまで見たように、非正規社員等の増加に因る職場の一体感の喪失や、若い世代に広がった個人主義や常識の欠如もあるだろう。加えて宗氏は、「リーマンショック後のベテラン技能工のリストラも当然、現場崩壊の一要因」と話す。

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「空洞化や産業の高度化が進んで、抑々日本から現場の数自体が減ったことも大きい。現場力を育む場が無いのだから、力が落ちるのは自明の理」。こう話すのは、大手家電メーカーで海外事業部門の責任者を務めたジェムコ日本経営の高橋功吉取締役だ。高橋取締役は、「ISO9000を導入したことで改善活動が崩壊した」とも指摘する。1990年代後半から、その取得を取引条件に課す大手企業が増え、各社が取り組み出したISO9000。その結果、「品質管理に必要な情報の文書化や国際基準に合わせた業務フローの見直し等余計な仕事ばかりが増え、現場が肝心の品質管理に磨きをかける時間が減った」というのが高橋取締役の考えだ。ホテルの現場力に詳しいジャーナリストの桐山秀樹氏は、「サービス業では、不況で教育費を削ったことこそ、現場力低下の最大の原因」と強調する。「嘗ては、社員を欧米のホテル学科を持つトップ大学で学ばせたり、一流ホテルに研修させたりしたものだが、今はそうした動きはない。臨機応変なおもてなし等無理な相談」と明言する。「IT(情報技術)化もサービス業の現場力低下に繋がっている」と指摘する専門家も多い。東京都内のホテルで現場力改善に取り組む担当者は、「宿泊客の利便性の為にIT化を進めてきたが、却って宿泊客との対話を奪ってしまった」と語る。予約はネット、ロビーには自動チェックイン、チェックアウトマシンやタッチパネルでの周辺レストランや観光情報等を検索できる端末を完備。こうした自動化によって宿泊客はスタッフと全く会話をせずに宿泊し、観光できる状況になった。「サービス業における現場力はお客様の声から育まれる。それに耳を塞いでしまっては現場力が落ちるのは当たり前」と話す。

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だとすれば、日本企業が現場力を取り戻すにはどうすればよいのか? ローランドベルガーの遠藤会長は、「QCサークルの復活等地道な活動で、愚直に現場を鍛えることが肝要。10年単位の長期計画で臨むしかない」と指摘する。その上で、遠藤会長は「日本企業の経営陣は、現場に甘え続けてきた」と断言する。確かに振り返ってみれば、現場力が低下した大本の責任は経営者にあると言える。経費削減やリストラ等の負担を現場に押し付ける一方で、余計な会議や仕組みを導入し、従業員が仕事に真摯に向き合う時間を奪ってきた。『日本生産性本部』主任経営コンサルタントの鍜治田良氏は、「経費削減を実施した後、現場が混乱している様子を見て、その場で叱り飛ばした経営者がいた。自ら現場力低下の原因を作っていないか真剣に考えたほうがいい」と指摘する。中には「従業員も経営者意識を」等と主張し、本来トップがやるべき仕事を丸投げしている事例も目立つ。だが、神話のように語られてきた日本企業の強みは既に崩壊しつつある。「日本の現場は強くない」。今こそ経営者はこの事実を直視し、現場力再構築へ自己反省とリーダーシップの発揮に取り組むべき時に来た。薄給で雇われた現場の社員たちが自己犠牲的精神の下、サービス残業も厭わずイノベーションを生み出し、会社の進むべき道まで考えてくれる――。そんな都合のいい話は、経営の世界には無い。


キャプチャ  2015年5月11日号掲載


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