LCCは危険がいっぱい――遅延や欠航・相次ぐ事故…問題は一体どこにあるのか? そして日本のLCCは大丈夫なのか?

日本で初めて誕生したLCC(ローコストキャリア=格安航空)『ピーチ・アビエーション』の社長である井上慎一に会ったのは、就航直後の2012年3月だった。それから3年経た今年3月23日、ピーチのホームグラウンドである関西国際空港で井上と再会した。「前にも言いましたが、お客様の一番気にされるところは運航の品質です。中でも安全面。若しLCCが事故を起したら、『それみたことか』となる。するとビジネスとして成立せず、会社が潰れる。だから私は、『その覚悟でいろ』と常々社員に話しています。その意味で、エアアジアの件は非常に残念です」。ピーチの井上が言う“エアアジアの一件”とは、昨年12月28日に起きたマレーシアのLCC『エアアジアグループ』の墜落事故のことを指す。この日の早朝5時35分、グループの『インドネシアエアアジア』の8501便エアバス製A320-216型機が、シンガポールのチャンギ空港に向け、ジャワ島のジュアンダ空港を飛び立った。その僅か42分後の6時17分、カリマンタン島の南西を飛行中、突然消息を絶つ。捜索の結果、機体は155人の乗客と7人の乗員と共にジャワ海に墜落していた事実が判明する。事故から2ヵ月以上経った今年3月3日までに、海に沈んだ100人の遺体が発見された。マレーシアの航空関係者にとって、このエアアジアの事故は年内3件目の惨事だった。事故を起こしたエアアジアは、アジア最大のLCCである。アジアのLCCの草分けとして、日本にもグループの『エアアジアX』や『エアアジアジャパン(現在のバニラエア)』が就航してきた馴染みの深い航空会社だ。年が明けた今年1月4日には、インドネシア気象気候地球物理庁が“悪天候”を事故の一因に挙げたが、詳しい原因は未だ解明されていない。事故原因は謎のまま、航空業界を震感させてきた。

昨今、LCCの事故が相次いでいる。エアアジアの事故から僅か3ヵ月後の3月24日、新たな衝撃が航空業界を襲った。ルフトハンザドイツ航空グループのLCC『ジャーマンウィングス』機の墜落だ。事故は、奇しくも私がピーチの社長にインタビューした翌日だった。墜落したジャーマンウィングス便もエアアジアと同じA320型機で、150人の乗客・乗員を乗せ、スペインを飛び立って程無く管制官との交信が途絶えた。そこにはドイツ在住の2人の日本人乗客が搭乗し、命を落とした。尤も、こちらの事故原因については直ぐに明らかになった。27歳の副操縦士であるアンドレアス・ルビッツが、機長のトイレタイムを見計らって機体を急降下させ、フランス南東部の険しい山岳地帯に激突させたのである。当初、ルビッツは精神疾患を会社に隠して勤務していたとされた。が、実際は鬱病の事実を会社に報告していたことが後に判明する。ルビッツはルフトハンザ系列の航空学校で飛行訓練を受け、それを一時中断。2009年に訓練を再開するのだが、その前に深刻な鬱病に罹っていた。実際、ルビッツの自宅からは診断書が発見され、デュッセルドルフ大学病院に通っていた時期も判明した。当人には視覚異常も認められ、病院が事故当日を含む一定期間、「航空機に搭乗勤務できるような状態ではない」と明記した診断書の存在まで発覚した。ただでさえルフトハンザでは賃金や年金を巡る労使間の対立が激しく、ストライキに因る欠航が頻繁に起きてきた。ルビッツもそんな労働条件に不満があった1人だ。副操縦士のルビッツは、「過酷な労働と低賃金に因るストレスを抱え、自殺願望があったのではないか」とも言われる。そのルビッツは、自らの病状を電子メールで訓練学校側に報告していたのだが、 会社側はそんな危険な副操縦士に操縦桿を握らせていたことになる。しかも事故当初、その事実をひた隠しにしていたのである。勢いLCCに対する不信感が、止め処無く膨らんでいる。




LCC 01
LCCの起こりには諸説あるが、イギリスの『ブリティッシュユナイテッド航空』の会長だったフレデリック・レイカーが1966年に設立した『レイカー航空』が始まりだとする説が濃厚だ。元々、航空産業が軍事目的で開発されてきた経緯から、嘗ての航空会社は国策企業として政府の規制に縛られ、航空運賃は国際航空運送協会(IATA)のカルテル料金体系で定められてきた。そこへ、小型機を使ってバックパッカー向けに低料金のサービスを始めようとして設立したのが、レイカー航空だった。尤も、然程上手く行かず、1982年に破産。今のLCCの運営形態を本格的に確立したのは、アメリカ合衆国テキサス州の『サウスウエスト航空』だ。1971年、僅か3機の飛行機を使って国内線の運航を始めた。それが鉄道や自動車にとって代わり、瞬く間に成長していった。そこから1990年代に入り、サウスウエストを真似たLCCがヨーロッパに広がっていった。中でもアイルランドの『ライアンエアー』は、1992年のEU統合に因る航空自由化を機に、一挙に急成長した。また、イギリスの『イージージェット』は、インターネットに因るチケット販売を前面に打ち出し、低料金を実現した。それから20年余り、今や世界の空はLCCが席巻している。航空業界ではLCCに対し、従来のJALやANAのような大手航空会社をFSC(フルサービスキャリア)やレガシーキャリアと呼ぶ。その旅客数やシェアで見ると、LCCの成長振りは一目瞭然だ。例えば、2013年の航空会社ランキングでは、国際線では8139万人が利用する『ライアンエアー』が断トツ、2位も5278万人の『イージージェット』が続く。3位が先のジャーマンウィングスの親会社でドイツのFSCの『ルフトハンザドイツ航空』だ。また、国内線でもアメリカの『サウスウエスト』が2010年に乗客1億人超えを達成。2013年実績で見ると1億1532万人と、2位のアメリカ『デルタ航空』の9755万人を大きく引き離している。

「航空業界のリーディングカンパニーは、LCCがFSCに取って代っている」と言っても過言ではない。日本の大手航空会社幹部が説明する。「LCCは、今まで飛行機に乗らなかった客の需要を掘り起こしてきました。東南アジアでは出稼ぎ労働者の移動に使われる。そうしてLCCが成長していくと、従来のFSCの乗客も使うようになった。その為、これまで高級なサービスを売りにしてきたFSCも、LCC化が進んでいると言えます」。今や、全世界の旅客の3分の1がLCCを利用する一大産業に発展している。そんなLCCが、遅ればせながら2011年に日本に登場した。それが『ピーチ』・『ジェットスタージャパン』(ジェットスターJ)・『エアアジアジャパン」(エアアジアJ)である。日本初のLCC3社の内、ピーチはANAが出資して関空を拠点に設立された。ジェットスターJは、JALとオーストラリアの大手キャリア『カンタス航空』の子会社である『ジェットスター』が組んで、成田空港に就航。残るエアアジアJは、ANAとエアアジア連合で同じく成田空港を拠点に運航を開始した。尤も、エアアジアJはその後、ANAの100%子会社の『バニラエア』として再スタートしている。あまりクローズアップされていないが、そこからアジアのLCC勢がどんどん日本法人を設立して乗り込んできた。既に、中国の『春秋航空日本』が日本4社目のLCCとして成田に就航。フィリピンの『セブパシフィック航空』、タイの『アジアアトランティックエアラインズ』、ベトナムの『べトジェットエア』、韓国の『ティーウェイ航空』『ジンエアー』、香港の『香港エクスプレス』も近く日本に就航し、一旦撤退した『エアアジア』も楽天と組んで中部国際空港に再上陸する。これまでLCC未開の地とされてきた日本は、今や格好の草刈り場になっているのである。

LCC 02
何しろ、LCCは料金が安い。運賃は株式相場のように座席の予約状況に応じて変動するが、ピーチとジェットスターJの今年2月5日予約時点の最低価格は、関空-成田・新千歳-成田が3420円、関空-新千歳が3340円だ。成田や関空は不便な上に欠航も多いが、バスより安い。その低価格を実現させているのが、ギリギリまで行っているコストカットである。因みに、今年1月に経営破綻したスカイマークをLCCと勘違いする向きもあるが、徹底してコスト管理された格安航空会社ではない。飽く迄も割安航空であり、価格では勝負にならなかった。しかし、LCCには急激に膨らむ市場故の脆さや危うさが潜んでいる。「私の場合は、ヨーロッパの航空会社で勤務した経験がありましたので、採用されたのだと思います。先ず、1次試験の電話審査をパスした後、2次と3次の面接は赤坂の全日空ホテル(ANAインターコンチネンタルホテル東京)近くの雑居ビルで受けました。午前中に2次面接を受けると、直ぐに携帯電話に合否の返事をするので近所で待機するように指示され、スターバックスで待っていました。そこで合格の電話があり、午後3時からの3次面接を受けたのですが、中には明らかに落ちた連絡を聞いている人もいて、嫌な感じでしたね」。そう打ち明けてくれたのは、日本法人設立と同時にジェットスターJに採用された、客室乗務員の星野るり子(仮名)だ。世界的なLCCの成長に因り、近年の航空業界は慢性的な人手不足に陥っている。パイロットや整備士は元より、客室乗務員も足りない。その為、経験豊富な星野等は引く手数多だった。

ジェットスターJはピーチに続く日本版LCCの第2号として2011年9月に設立され、翌2012年7月に成田空港に就航した。星野はそれに備えて客室乗務員に採用されたのである。「訓練期間は20日ほどありましたけど、その中身が相当いい加減でした。最終段階で客室乗務員を独り立ちさせるフライト訓練があるのですが、それが問題でした。私たちのような経験者ならいざ知らず、新人でもフライト訓練は1日だけ。大学の新卒もいれば、単なる主婦もいる。どこの航空会社でも最低で3日、長いところでは1週間くらいは色々な便に乗務させるものですが、1日4回のフライトだけで済ませていました」。べテランの星野はチーフパーサーとして採用され、搭乗勤務していたという。「ジェットスターが使っているA320は客室乗務員が4人体制なので、機内のアナウンスをするチーフパーサー以外の3名の中に新人を1人組み込んでいました。客室乗務員は保安要員でもあるので、新人であっても機内の安全管理をしなければなりません。その重要な作業として、其々が機内のドアの開閉を担当します。ところが、訓練できていない新人なので、ドアモードの操作に戸惑っていた。離陸前に『ドアモードを切り替えてください』というアナウンスが流れても、新人のドアモードの信号が変わらない。で、仕方無いからべテランパーサーが代わってドアモードを切り替えた。しかし、それはやってはいけないことなんです」

飛行機は離陸する際、チーフパーサーがドアモードの変更指示を出し、客室乗務員はオート(自動)にする。すると、緊急時にドアを開ければ脱出用スライドが飛び出す安全システムが機能し、離陸できる。事は安全の問題だけに、背筋が寒くなるような話である。「この件では、コックピット側からも『これではとても安全に飛ばせない』と問題視されました。その新人とドアモードを切り替えた客室乗務員が、謹慎1週間の乗務停止。対策として、通常の4人乗務のところへ、もう1人べテランを増やして5人体制にし、その1人がケアをするということに落ち着いたのですが、やはり新人の訓練が1日だけではどうしようない。怖い話ですが、要は人件費の削減から発生したトラブルでした」。また、着陸時にも次のようなトラブルがあったという。「着陸すると、チーフパーサーが『ドアモードを変更してください』と指示を出し、それに客室乗務員が従って初めてドアが開く。が、その指示を忘れてしまったのです。そのままシートべルト着用サインを消しちゃった。当然、お客さんは皆立ち上がりました。しかし、ドアが開かない。機内が騒然となってしまったのです」。そして、星野はこう言葉を足す。「しかも、この時のトラブルをパーサーがオスカー(業務上の問題を記す報告書)に記録しようとすると、会社側から『止めろ』と止められてしまった。オスカーは英語で書き、社内の安全保安管理本部に報告されます。つまり、そこに書いてしまうとトラブルが国土交通省にチェックされるのです。あまりにトラブルが多過ぎるということかもしれませんが、『書かなくていい』となり、このことはそのまま表沙汰にはなっていません」。LCCを始めとした航空業界の人材難は、想像以上と言う他ない。

LCC 03
国交省が2013年に作成した『我が国における乗員等に係る現状・課題』という資料に因れば、世界のパイロットの数は2010年現在で46万3386人。それが20年後の2030年には、98万799人と2倍以上必要になると予測されている。中でもアジア・太平洋でのパイロット数は、2010年の5万334人から22万9676人と4.5倍必要になると推測している。ヨーロッパの大手航空機メーカー『エアバス』に因れば、現在世界で運航されている航空機は1万8500機ほど。それが2033年には3万7500機まで増えるとしている。それに応じて、パイロットや整備士や客室乗務員も必要になる。人材不足はどこも頭を抱えている問題だ。繰り返すまでもなく、パイロットを始めとした人材不足はLCCの急激な業績拡大が原因である。大手航空会社の整備担当幹部が指摘した。「ヨーロッパ・北アメリカ・東南アジア……どこを見てもLCCの比率は上がっています。実際、近距離路線はどんどんLCC化しています。日本国内における現在のLCCのシェアはまだ7%で、ピーチ14機・ジェットスターJ23機・バニラ7機・春秋航空日本3機で、合わせて47機しかありません。それでも、パイロット不足でピーチは昨年欠航が相次いだ。また、機材の最も多いオーストラリアのカンタスグループのジェットスターJは、グループで発注した機材を回してもらって沢山保有してきたが、パイロットや整備士が足りないので飛行機が格納庫に入ったまま眠っている。ジェットスターJに出資しているJALにはエアバス製の飛行機が無いので、整備士を回せないという事情もある。挙句の果てには、飛行機が拠点の成田空港に駐機したままになったり、他社へリースしたりして凌いできたようです。だが、コストはかかるので、それが経営を圧迫してきました」




LCCはギリギリまでコストを削減しなければ、格安運賃を実現できない。とはいっても、運航人員や整備のコストを削り過ぎると安全面に不安が残る。通常、パイロット志望者は、1954年に旧運輸省が創設した独立行政法人の航空大学校を卒業するか、航空自衛隊から民間の航空会社へ就職してきた。航空の自由化が進んだ現在は、法政大学や東海大学・崇城大学といった私学のパイロット養成コースから入社する者もいるが、どちらも入社後10年から15年という長い訓練期間を経ないと一人前の機長になれない。そうした狭き門が、パイロット不足の理由の1つにもなっている。日本にあるピーチやジェットスターJ・バニラエアは、其々出資している大手の航空会社と提携してパイロットの養成をしているが、独立系の新興LCCでは、パイロットの訓練施設自体を備えていないケースも珍しくない。そうした事情も手伝い、LCC各社は倒産した航空会社からパイロットを大量採用したり、会社同士の引き抜き合戦も絶えない。また、外国人パイロットも随分増えている。昨年の黄金週間直前の4月28日、ピーチの沖縄便のパイロットは45歳のアルゼンチン人機長だった。あと20秒遅ければ海面に墜落というアクシデントは記憶に新しいところだ。A320機が海上75mまで急降下し、機長が対地接近警報装置の音に気付いて慌てて機首を持ち上げて難を逃れた。

また昨年、ピーチはパイロット不足から2000便の運航を取り止めたことでも話題になった。日本のLCCの中で最も成功しているとされるピーチでさえ、課題は多い。安全運航は勿論、パイロットや整備士・客室乗務員を含めた人材不足へどう対応しているのか。社長の井上に尋ねてみた。「実は、人手不足は要員計画の中で予想しておりました。先ず、2014年度から日本国内でキャプテンが遍迫する。日本の航空局のライセンスを持っているJCABライセンサーでは足りないので、外国人乗員を採用してきました。また、社内で副操縦士を育成してキャプテンにするコースを強化。後は自衛隊のリソースも活用させて頂いています。しかし、それでも足らないんです」。他社からの引き抜きについてはどうか。「うちに職業選択の自由の範囲で他社さんから来られる方はいらっしゃいます。ただ、へッドハントはやっていません。笑われるかもしれませんけど、これは私の意地で、LCCを日本で最初に始めた時、日本の航空産業そのものを大きくする役割があると思ったからです。LCCで航空の総需要を拡大していく。それが社会的な使命だと考えてきました。その要となるのがキャプテンであり、キャプテンの数が増えないと日本全体の運航便数が拡大しません。へッドハットしてもキャプテンの総数が増える訳で はありませんから、自前でキャプテンを育成するようにしました」

LCC 04
結果的に、そのせいで運航中止を余儀無くされた訳だが、アルゼンチン人機長のアクシデントについてはこう話した。「パイロットに外国人かどうかという区別はありません。私共には、運航乗務員の資格審査をする操縦士がおり、採用する時にかなり高いレベルの技量チェックをしています。ですから、安全運航に深刻な影響を与える資質を持ったキャプテンは採用していません。(アクシデントについては)まだ運輸安全委員会の調査が終わっていないのでコメントできませんが、私共内部で大体考えられる原因は全部委員会に報告しています。その上で、昨年の7月25日から2ヵ月間、乗員全員を対象に再訓練をしてきました。実際に沖縄の上空で同じ状況の訓練を重ね、二度とあのようなアクシデントが起こらないような措置を終了いたしました」。その後、経営に影響は無いか。「ああいうことが起きると色眼鏡で見られてしまうので、後はもう実績を積み上げていく他ありません。お客様でいえば、サウスウエスト航空が1億1532万人で、ライアンエアーが8139万人。それだけ数多く飛んでも、事故は起こしていません。それに比べて、昨年度のうちは高々300万人の利用ですから、まだまだです。信頼を得るのは、そうした実績を作る以外に無いと考えています」

ピーチは日本のLCCのトップランナーだが、世界的に見るとかなり後れを取っている。一方、エアアジアグループのエアアジアJからANAの100%子会社として出直したばかりの、バニラエア社長の石井知祥にも聞いた。「端的に言えば、LCCとFSCとの違いは、効率的な運航の中で低運賃でサービスを提供する会社と、附帯サービスを含めた運賃を提供する会社の違いだと申し上げています。ただ、その垣根は無くなってきましたし、航空サービスは先ず安全に、そして安定した運航を提供するのが第一なんです。我々はエアアジアJ時代に欠航や運航の遅れを繰り返し、不安定な運航をしてそれが骨身に染みています。だから、『定時性(定刻通りの発着)を85%以上、欠航率を1%以下にする』と目標を立て、再スタートしました。おかげで、昨年4月から今年1月まで定時性は99%に達しました。日本のLCC4社で、現在黒字として事業性があるのはピーチさんだけ。うちは今期どれだけ赤字を縮小し、2015年度を黒字にできるかという段階です」。そう自嘲気味に話す。「日本のお客様には、LCCはやっぱり『安かろう悪かろう』という印象がある。それは意外なことに、若い人に多いのです。去年10月末に、首都大学東京の学生さん420人にアンケートをとると、9割方がそう答えていました。本来、若い学生さんは我々のマーケットの筈ですが、意外にコンサバティブ(保守的)で、親から『絶対LCCには乗るな』と言われて近寄らない。だから、『安心して乗れる』とイメージを変えることが先ず先決です。今のところ、限られたパイの乗り慣れた人が利用するだけで、広がっていないんですね。だから生産性が上がらない。例えば、サウスウエスト航空はアメリカで一番パイロットの年俸が高いのですが、それは要するに生産性が高いからであり、1人のパイロットが長い時間を飛んで運航コストを下げているんです」

つまるところ、LCCの低料金を実現するにはコスト効率を高める以外に無い。しかし反面、コスト偏重ばかりで利用者の信頼性を損ねるような経営をしていたら元も子も無い。空の安全について、先の大手航空会社の整備担当幹部はこうも話した。「例えば、機体が凹んでいるのをそのままにして飛ばしていたLCCがありました。やっぱり飛行機に傷があったら直さないといけない。整備士やパイロットのマインドとしては、ご飯を食べる前に『いただきます』と言うのと同じぐらいに当然の話です。しかし、実はそう考えないケースもあるのです」。どういうことか。「航空業界には、故障をしていても修理を持ち越す制度があります。MEL(ミニマムイクイップメントリスト)と言い、修理した状態が本来の機体ですが、故障の度合いに因っては『直すまでのある一定期間だけは飛んでもいい』と許される。その間、『点検だけは怠らないようにしなさい』という制度で、国交省も認めています。つまり、傷や凹みがあっても修理期間を先延ばししたほうがコストがかからないので、そうしようという発想です。しかし、我々FSCで育った整備の感覚から言えば、直ぐにでも直さなければならない。航空会社の肌感覚という他ありませんが、その違いがLCCとの間にあるように感じています」。更にこう指摘する。「我々FSCでも、新入社員は合理的に前者の発想をしていることが多い。そのマインドをどう切り替えていくか、安全性に対する思いを全社員が共有できるようにするのが、経営層や中間管理職の務めではないでしょうか」。安倍政権はLCCを“成長産業”と位置付け、パイロット資格の上限年齢を64歳から67歳に上げる等、規制を緩和する方針だ。立ち遅れてきた日本の航空業界にも、否応無しにLCC時代が到来する。その前に、安全性に関する考え方をみっちり叩き込む必要があるかもしれない。 《敬称略》


森功(もり・いさお) ノンフィクション作家。1961年、福岡県生まれ。岡山大学文学部卒。『週刊新潮』記者等を経て、2003年にフリーに。政治・経済・事件等の分野で数多くの作品を発表する一方、航空問題にも造詣が深く、『血税空港 本日も遠く高く不便な空の便』『腐った翼 JAL消滅への60年』(共に幻冬舎)等の著作がある。


キャプチャ  2015年5月号掲載


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