【働きかたNext】第5部・報酬を問う(02) 選挙で年俸720万円――納得できる評価追う

「今年の1位は……」。名前を呼ばれた候補者が壇上でガッツポーズを取り涙ぐむ。見守る観衆から歓声が湧き起こる。眼鏡専門店の『オンデーズ』(東京都港区)は毎年、エリアマネージャーを全社員の投票で選ぶ“解散総選挙”を開く。今年の立候補は14人。公約発表後の投票で16日に5人が“当選”した。自分の上司は自分で決める。これが選挙の狙いだ。密室人事では「社長のお気に入りだから」と僻みを生む。選ぶ過程を透明にすれば「不満はあっても納得できる」(社長の田中修治・37)。同社は報酬もガラス張りだ。当選者の年俸は720万円以上。だが、単なる人気取りでは続かない。今年の1位に選ばれた枌原寛(34)は「緊張感はあるが、やる気になる」と話す。年功型から成果主義型の賃金に移る日本企業。問題は評価だ。日本経済新聞社の調査では、社員の4割が「評価に不満」と答えた。納得性を高めようと企業の模索が続く。「外に出たらもっと稼げると思っていた」。ソフト開発『サイボウズ』の中澤洋之(38)は2012年、別のソフト会社に転職した。強みのスキルを生かそうとしたが、給料は転職前と同じ。逆に残業は倍増し、1年で復帰した。サイボウズの給料は“社外価値と社内価値”で決まる。平均年収は601万円。職歴や仕事内容を基に転職市場の相場を調べ、上司の“信頼感”を加味して決める。目標管理を軸とした成果主義・360度評価。同社は評価制度を目まぐるしく変えてきたが、どれも社員から不満が出た。今の手法に落ち着いたのは2012年。報酬を増やすにはスキルを磨き、自分の価値を高めるしかない。

日本では残業・転勤当たり前の正社員が我武者羅に働き成長を支えた。そんな時代には、仕事の中身より「あいつはよく頑張っている」だけで評価されがちだった。だが、仕事の範囲も評価も曖昧なままでは、育児等時間に制約のある社員や外国人の理解は得られない。日本総合研究所の山田久(51)は、「最近は仕事内容で評価する流れが目立つ」と指摘する。4月に人事制度を刷新した『すかいらーく』。仕事内容に応じて社員を7段階にランク付けし、其々給与水準を決めた。人に給料を払うというより、仕事内容に払う発想だ。1ランク上がれば月収は数万~10万円増える。今後は重要な仕事を熟す能力があれば、若手でも抜擢する。ファミリーレストラン『ガスト関前店』は同社約2600の店舗の上位ランク。店長の椎名隆弘(28)は、「店の格や忙しさに応じた給与でわかり易い。キャリアプランも描き易い」と喜ぶ。業種や会社の規模でも千差万別。新たな働き方に見合う報酬の仕組みに正解は無い。だが、人口減時代にはパートや正社員問わず、其々が自らの役割を熟す“プロ人材”にならなければ会社は回らない。如何に多様な働き手の納得感を高めるか。その解を探る努力を怠った企業に、成長の扉は開かない。 《敬称略》




評価された喜びは、次の仕事の意欲にも繋がる。より公平性を持つ人事評価制度にしようと、企業は“カイゼン”を重ねている。機械工具商社の『トラスコ中山』は人事評価を上司だけでなく、同僚や部下等社員同士の投票で決める。人事考課の場合、投票結果は評価全体の2割の比重を占める。社内で横行していた“派閥人事”の反省から、約15年前にスタートした。経営企画課長の米田豊さん(39)は、「上司は部下の仕事の全てを把握できる訳ではない。様々な社員が参加すれば、ギャップを埋められる」と話す。制度導入後、上ばかり向いて仕事をする上司がいなくなったという。誰に投票したかわからないようにする等、地道な工夫も積み重ねる。今夏には対象をパート社員にまで広げる予定だ。支店長の人事評価に取引先の声を採り入れたのが『北越銀行』だ。飽く迄も参考意見だが、「支店の短期的な業績より地域の活性化を重視したい」(川上和志人事課長)。実際に、取引先の評価が高い支店長の人事考課が上がるケースも出てきた。日本経済新聞の調査で、「評価の仕組みに不満」と答えた社員の理由は、「基準が明確でない」(41%)がトップ。「評価者の好き嫌いで決まる」(38.7%)も多い。社員の不満を放置したままでは士気が上がらず、退職に繋がる恐れもある。

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選挙で選ばれるのは、何も政治家やアイドルだけではない。毎年、社員が投票で管理職を決定する――。そんなユニークな“解散総選挙”を実施する企業がある。眼鏡専門店の『オンデーズ』だ。4月16日、都内のイベントスペースで行われた選挙現場を覗いてみた。

この日決めるのは、5人のエリアマネージャー(AM)。全国に約110ある店舗を統括する販売現場のトップだ。任期は1年。毎年解散して総選挙を実施し、全社員が投票で新任AMを決定する。14人の立候補者は社内システム上の投票で篩にかけられており、この日は前半戦を勝ち抜いた7人が壇上に上がった。現職のAM5人に、新たに2人が挑む形だ。「結果を出す漢」「会いに行ける九州のアイドル」――。大スクリーンを使い、大仰なナレーション・大音響の音楽と共に、男性5人・女性2人の立候補者が紹介される。その後、立候補者は1人5分の時間を与えられ、スクリーンを使ってプレゼンをする。この1年の実績、これから取り組みたい施策――。目を引いたのは、5度目の挑戦という倉田光隆氏(47)だ。鋭い眼光にべらんめえ口調・かなりの強面だ。2011年の総選挙開始時から毎年立候補し、これまで4回全て落選した。他の候補者が数字や図表を使ってプレゼンしたのに対し、彼は「まあ、いいや」と呟き、スクリーンを使ったプレゼンを放棄。「会社はステージを用意してくれる。後は皆が頑張るだけだ」と熱い口調で語りかけた。投票は、会場にいる全社員が7人のうち5人を選ぶ。人事部員からなる“選挙管理委員”が即日開票する。開票を待つ間には、眼鏡を作る技術コンテストや伝説の営業マンに因る接客のデモンストレーションが行われ、“観客”を飽きさせない。そして、投票から約4時間が経過した午後6時。選挙管理委員が恭しく開票結果を持って登場した。現職の落選はあるのか、トップは誰か――。会場に期待と緊張が渦巻く中、立候補者7人は壇上で発表を待つ。

先ずは4位・3位と当選者が発表される。何れも現職AMの当選だが、そこにもドラマがある。3位になった女性AM・橘あすか氏(35)は九州地区を担当。独自に外国人採用の施策を練る等奮闘が伝わるが、本人は自信なさげだ。最近恋人と別れた、「今年はダメかもしれない…」と弱音を周囲に漏らした――等のエピソードも明かされる。発表直前にはコメントを求められても、緊張の為か首を横に振るばかり。4位発表の後、3位として名前を呼ばれると、スポットライトの中で声も無く涙を流した。結果が数字で表れるシビアな販売現場で、部下を纏めプレッシャーと闘ってきた1年を思うと、思わず貰い泣きしてしまう。会場のあちこちでも涙を拭う社員の姿が見られた。7位の落選者の発表の後は、当選する5位と落選する6位が同時に発表になる。今年、5位には落選を重ねた倉田氏がランクイン、5度目の挑戦で初の当選となった。発表直後の男泣きから号泣へ、その涙に込められた苦節の日々に対し、会場からは盛大な拍手と歓声が上がった。最後は1位と2位と同時に発表して総選挙は終了になる。何れも現役AMの安定感ある当選だった。

オンデーズが総選挙を含めたこの日のイベントにかけた費用は約1000万円。なぜここまで時間とお金をかけて総選挙を実施するのか? 同社も、嘗ては幹部が会議室に集まり管理職人事を決めていた。5年前に大きく制度を変えた田中修治社長(37)は、上層部からの指名制度では「昇進の為に、誰と酒を飲むか、誰とゴルフをするか考える等、非生産的なことが生まれる」と指摘する。やる気のある人に立候補させ、全員の投票で決めれば、不満は残っても納得はできる。制度が嫌なら自分が立候補して、変えていけばいい。全社員に管理職への道は開けているのだ。半日かけて総選挙の場に身を置いて感じたのは、納得感に留まらないメリットだ。どんな歴史を辿ってきた人が管理職に立候補するのか、社員は詳細に知って投票に参加する。販売現場のトップの人事が、他人事ではなく“自分事”に変わる。選ばれる為に、立候補者も必死になって販売成績を上げ、改革案を練る。そして、涙の裏にある管理職候補者の日々の努力が伝わることで、「明日から自分も頑張ろう」と思える。「管理職は人気商売でいい」(田中社長)――。全ての企業に当て嵌まる訳ではない。ただ、部下と共に現場を盛り上げることが成果に繋がる接客業では、その言葉は1つの真実と言えるだろう。 (松本史)

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「では、サイコロお願いしまーす」。社長に促され、1辺30cmもの特大サイコロを投げる女性社員。出た目は“5”。「やったね!」「おめでとう!」。周囲から上がる歓声に笑顔が弾ける。これは、医療業界向けのITサービスを手掛けるベンチャー企業『エストコーポレーション』(東京都千代田区)の社員表彰制度の風景だ。『急成長しているで賞』『おもてなし賞』等14の賞を作り、毎月、賞毎に1番優れていると思う社員を全社員で投票する。最多の票を集めた社員がサイコロを投げ、出た目の数に3000円をかけた金額が給料に加算される。1を出すと3000円、6なら1万8000円の特別ボーナスが貰える計算だ。「数字では測れない部分を評価してもらえるのは凄く嬉しい」。4月に『笑顔で太陽で賞』を受賞した三和観来さん(23)は微笑む。実際、仕事の実績以外の“人間力”を評価するのが、この表彰制度の目的だ。2007年に創業した同社は、社員が十数人になった2009年にオリジナル表彰制度を導入した。決めたのは清水史浩社長(30)の思いがある。事業の独創性や営業力等、社員のビジネススキルが大事なのは当然だが、同社が1番大切にするのは「どんなに辛い時にも笑顔で前向きに仕事に取り組む姿勢」(森脇かほり管理部長・28)という。清水社長は創業以来、何度か倒産の危機に直面したが、辛く厳しい局面でも何とか笑顔で立ち向かってきた。上手くいかないことがあっても、「もう1回、やってみよう」と前向きに考える。そんな姿勢があったからここまでやってこられたという思いが強い。月1回の表彰式は、こうした姿勢を明確に評価するという会社側の意思表示の場でもある。受賞者にサイコロを投げさせて、盛り上げるのは「地味にやっても根付かない。敢えて派手にやって注目を集め、大切なことだと社員に認識してもらう」(森脇部長)為だ。

全社員75人、オリジナル表彰制度の対象者は管理職を除く48人。1回の投票では、同じ人を2つの賞にしか投票できない。その為、他の事業部の社員を知ることも必要だ。エストコーポレーションでは、昼食や飲み会に社員同士で積極的に出かける他、スノーボード合宿や全員参加のスポーツ大会など業務外の交流も盛ん。月に1回の飲み会には、1人当たり4000円の補助も出す。オリジナル表彰制度に因る給与加算や、飲み会の費用補助は会社にとってコストになる。ただ、「“ヒューマンスキル”は何より大事。表彰制度も教育システムの一貫なので、社員が育つなら投資」(同)と迷いは無い。2011年度に2億2000万円だった売上高は、2013年度に6億7000万円に増える等、成長が続くエストコーポレーション。その原動力は、伸び盛りの20代が担っている。ベンチャー企業のユニークな制度と片付けるのは簡単だ。だが、現場を支える社員に真摯に向き合う姿勢は大企業も見習う余地はあるだろう。 (松本史)


≡日本経済新聞 2015年4月26日付掲載≡


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