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【ふるさと再訪】福島・いわき(03) 生まれ変わる勿来――防災緑地を芸術で包む

いわき市南部、茨城県との境にある勿来地区。「吹風をなこその関とおもへども/道もせにちる山桜かな」(源義家)。古来、歌に詠まれ文人墨客に愛された観光地だ。ここも東日本大震災が大きな爪痕を残した。自動車電装品整備会社ケンナン社長で、NPO法人・勿来まちづくりサポートセンター理事長の舘敬さん(62)は激震の中、事務所のパソコンが落下しないよう押さえるのに必死だった。同時に、海べりの常磐共同火力勿来発電所からゴーッとすさまじい音が響くのを聞いた。緊急停止装置が稼働し、煙突から水蒸気が噴出した音だ。「発電所が爆発したと思いました」。その後雪が降り始め、舘さんの慌ただしい生活がスタートした。







舘さんを最初に訪ねたのは今年3月。事務所近くに昨年6月、東京電力福島第1原発のある双葉町の役場が移転。一帯には双葉郡などからの避難者が居住している。同センターでは地元で被害を受けた岩間町民に加え、浪江町サロン・相双サロンといった交流スペースを提供、様々なイベントや教室を開いている。舘さんの原動力はまちづくりの熱意だろうか。青年会議所時代から仲間とまちづくりに燃え、勿来の関公園に2007年完成した体験学習施設『吹風殿』では、『勿来ひと・まち未来会議』会長として毎年、雅楽・薪能などのイベントに関わった。そこへ東日本大震災。大混乱の中、生活物資や食料の調達・分配、炊き出し、各地からのボランティア受け入れを、他のNPOなどと連携して素人集団で担おうと体が動いていた。炭鉱があった縁でその後、災害時相互応援協定を結んだ山口県宇部市からは3月下旬に防災のベテラン職員らが派遣され、支援も軌道に。そして被災者交流も含め、民間主導の『なこそ復興プロジェクト』が始動した。

今年8月、舘さんに誘われ、いわき市勿来支所へ行くと、人々のすごい熱気に圧倒された。同プロジェクト主催の『防災緑地利活用検討委員会』。大会議室では住民・学者・行政関係者ら数十人の人々が数グループに分かれ、テーブルに地図を並べて侃々諤々の議論が展開される。県はいわきの津波被災地のうち7カ所の防潮堤を防災緑地に整備する意向。単なる堤防のかさ上げ・修復でなく、地域らしさを生かした植栽・盛り土などで災害を学ぶ場、観光資源にすることをめざす。会合のテーマは700軒以上の家屋が損壊、11人が亡くなった勿来の岩間町の『防災緑地公園』化。コーディネーターは震災時の炊き出し仲間から紹介された芝浦工大の中村仁・環境システム学科教授。参加者は芝浦工大・筑波大の学生に加え、「実は勿来出身」と“いわき応援大使”の名刺をくれた東京芸大の北郷悟理事教授や、元倉真琴・同大名誉教授、清水泰博教授ら識者が多い。「文化庁といわき市、東京芸大は芸術で連携してるんです」と北郷教授。構想では、防潮堤ののり面の傾斜にコンサートも開ける植栽階段を設けたり、壊れた堤防の一部を飾ったり、卵形のオブジェの地下にタイムカプセルを埋めたり……。9月8日、サポートセンターで開いた会議では、3次元画像を基に防災緑地を芸術で包み込む案を行政と話し合った。

地域はどう生まれ変わるか。岩間を案内してくれた舘さんの顔が、海の光に輝いていた。 《編集委員・嶋沢裕志(59)》


キャプチャ  2014年10月18日付夕刊掲載
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