【日曜に想う】 バス停にバスの来ない国

今年82歳を迎える私の父が運転免許証を返納するかどうか迷っている。視界は狭く、耳鳴りも辛い。だが、若し返納してしまうと、足はバスしかない。バス停は遠く、日に7便。街へ出る最終便は午後2時台である。私など「バスがあれば何とかなる」と考えていたが、世の中は甘くない。今時、「バスが明日も必ず来る」という保証は無い。現に、栃木県では前触れも無く路線バスが廃業する騒ぎがあった。塩谷町役場に因ると、昨年5月の水曜の朝のことだ。住民がいつも通りバス停に行くと、時刻表に“運休”の貼り紙が。事前の告知は無かった。朝の被害者は中高生たち。誰もが家族を呼ぼうと携帯に縋りついた。連絡が付き、相乗り等で送ってもらえた生徒は幸運なほう。車を呼べなかった生徒は1日を棒に振った。昼間はお年寄りがバス停まで来て困り果てた。翌日も翌々日も、週が明けてもバスは来なかった。町役場でバス問題を担当する企画調整課長の伴瀬悦朗氏(59)に因ると、連日の送迎に中高生の父母から悲鳴が上がった。困った校長らは、連れ立って役場へ談判に来たという。直接の原因は、路線バスの経営者が交通事故で急逝したこと。元々赤字路線で、経営者の遺族は予て「主力のタクシー事業に専念したい」と考えていた。バス廃業の届け出を済ませると、すぐさま運休に踏み切った。「これじゃ陸の孤島だ」。塩谷町は両隣の日光市・矢板市と県を交えて緊急協議。町内の貸し切りバス会社に委託し、バス路線を復活させた。運賃収入で賄えない年2000万円は、地元3市町と県が公費負担する。

塩谷町と同じような騒動は今、どこの自治体で起きても可笑しくない。鉄道が廃止され、路線バスも撤退した地方は、例外無く“公共の足”の確保に苦しんでいるからだ。流行りのコミュニティーバスは、都会は兎も角、地方では赤字を背負い込む。予約制のデマンドバスは既存のタクシーと競合しがち。住民がワゴン車を走らせる非営利団体NPO方式は、一部住民の情熱に頼り過ぎてしまう。地域の足を守る妙案は無いか? バスに代わりうる乗り物は何か?――あれこれ思案しながら、沖縄・久米島へ飛んだ。久米島町が力を入れるのは“自走車”である。衛星と車を結び、位置情報を使って走らせるという壮大な構想だ。「運転手は不要、乗るのは客だけ。車はデンソーが、通信分野はNECが開発中です」と大田治雄町長(60)は話す。久米島は10年ほど前から“全島WiFi化”を掲げ、光ファイバーを張り巡らせてきた。このインフラを活かし、自走車の実験場を企業に提供している。「私も乗ってみたが、交差点も車庫入れも実に滑らか。交通弱者の問題は解消します」。最初は私も半信半疑だったが、詳細を聞くうち、計画に引き込まれた。久米島町が目指すのは、自家用無人車の開発ではない。日々同じルートで人々を病院や高校・空港等へ運ぶ。つまり、公共交通モデルの構築である。




壁は多い。道路交通法上は運転手無しで公道は走れない。事故の責任は誰が負うのか。乗客か遠隔操縦者か。久米島の試みは、100年待っても叶わない夢物語のように聞こえるかもしれない。それでも、今や日産自動車やグーグル等名立たる企業が、運転手無しで走る車の実用化に凌ぎを削る時代だ。各社が掲げる目途は3年先とか5年先。100年先の絵空事ではない。抑々、私たちの社会は歪なまでに車に依存している。各地で鉄道が消え、バスが衰えたのに、公共交通のその先が尚描けない。気がつけば、運転免許を持つ者にしか“移動の自由”が無い変な国になっていた。中高生と高齢者が安心して外出できる方策を早く用意しないと、地方は足から絶えてしまう。「人は足腰から老いる」と言うが、町や村も同じだろう。足から弱って軈て死に向かう。 (特別編集委員 山中季広)


≡朝日新聞 2015年5月24日付掲載≡


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