【中外時評】 プーチン流の国民掌握術――大衆味方に強める大国志向

両親や祖父母・親族の肖像写真を掲げ、大勢の市民が広場を埋め尽くしていく――。今月9日、ロシアのモスクワ中心部『赤の広場』で開かれた対ドイツ戦勝70年の記念式典。午前中の華やかな軍事パレードと打って変わり、午後には「おやっ」と思わせるもう1つの行進が催された。題して『不滅の連隊』。ロシアで大祖国戦争と呼ばれる独ソ戦では、ソ連側に2000万人以上の犠牲者が出た。その死を悼むと共に、勝利を齎した肉親に感謝と敬意を表するのが狙いだ。「これは政権の発案ではない。我が国民の心の思いから生まれた」と語るプーチン大統領も、兵士姿の父親の写真を手に行進の先頭に立った。尤も、この催しには伏線がある。プーチン大統領は元来、家族を含めた個人的な話題に触れることが極めて稀だ。ところが戦勝記念日に先立つ4月末、文芸誌の『ルースキーピオネール』に自らコラムを投稿し、独ソ戦の頃の両親の動静を詳らかにしたのだ。それに因ると、父親は開戦当時に軍需企業で働いていたが、自ら“前線行き”を志願した。配属されたのは、プーチン大統領の出身母体でもある国家保安委員会(KGB)の前身に当たる内務人民委員部の後方撹乱部隊。橋や線路を破壊するのが主要任務だったという。

作戦中、ドイツ兵から逃れる為に数時間も沼地に身を潜め、葦の茎で呼吸して九死に一生を得たこともあった。28人の隊員のうち、父を含めて4人だけが生き残った。その後、配置換えとなった父は手榴弾に被弾し、足に重傷を負う。多くの人が見捨てる中、偶然にも自宅の隣人が病院に運んでくれた。病院では幼い息子の為、見舞いに来た母親に配給食を密かに渡した。だが、飢えで気絶して医師らに露見し、母は出入り禁止になった。ある時、父が松葉杖をついて病院から自宅に立ち寄ると、衛生兵が死体を運び出していた。その中に母も。「まだ生きているじゃないか」と訴える父。衛生兵は「どうせもう助からないよ」と言いつつも、母を部屋に戻した。両親は生き残り、父は1998年、母は翌1999年に他界した。両親の幼い息子は戦中に生き別れ、病気で死んだ。プーチン氏が生まれたのは、母が41歳の時だった――。市民との行進の場で、大統領は「父は何百万人ものごく普通の兵士の1人に過ぎなかった」と繰り返した。自らも“皇帝”のような世離れした存在でなく、苦難の末に祖国を勝利に導いた無名の多くの兵士や市民の子孫だと強調することで、愛国主義に共鳴する大衆との連帯感を演出したようだ。プーチン流の国民掌握術と言えるだろう。




そのプーチン氏が初めてロシア大統領に就任してから、今月でちょうど15年。国営テレビは先月末、その軌跡を大統領の直近のインタビューを交えて辿った特別番組『大統領』を放映した。この中で大統領が強調したのも、「私は所謂エリート層に属したことは一度も無い」だ。「私自身が大衆の一部だと感じている」と語り、国民との連帯が如何に重要かを唱えた。常に国民に寄り添い、偉大な祖国の為に奮闘する指導者のイメージを誇示する意図がここにも窺える。プーチン政権は従来、国民生活の向上や秩序回復を求心力の糧としてきたが、肝心の経済は長らく低迷が続く。そこで政権は「より愛国主義・帝国主義的な路線で新たな正統性を築こうとしている」と、政治評論家のウラジミル・ルイシコフ氏は警告する。現に、国際的に非難を浴びるウクライナ領のクリミア半島の編入は国内で熱狂的に歓迎され、大統領の支持率を跳ね上げた。ソ連時代への郷愁もあり、国民の多くは元々大国願望が根強い。大統領が「ロシアは偉大な核大国」と公言するのも、大衆の琴線に触れるからだろう。カーネギー財団『モスクワセンター』のドミトリー・トレーニン所長は、こうした政権の路線転換の要因に「欧米との歩み寄りの決裂」を挙げる。大統領は、「欧米がロシアの国益と意見を尊重しない」と思い込んでいるという。「責任の一端は欧米にある」という訳だ。

70年の節目だった今年の対独戦勝式典は、日米欧の主要国首脳が挙って欠席し、ロシアの国際的な孤立を際立たせた。ウクライナ危機で国際秩序を乱した報いではある。一方で、主要国が突き放せば放すほど、ロシアが益々国際社会と距離を置く“異質な国”に向かう懸念にも留意する必要がありそうだ。 (論説副委員長 池田元博)


≡日本経済新聞 2015年5月24日付掲載≡


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テーマ : 国際政治
ジャンル : 政治・経済

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