【日曜に想う】 命がけの密航、欧州の包容力問う

初夏のシチリア島は海風も乾いていた。東部の要衝・カターニア。青緑の船溜まりに白いチョウが舞う。相次ぐ転覆事故で救助されたアフリカからの難民は、この港町に先ず運ばれる。地中海からヨーロッパを目指す人たちは昨年22万に達し、約3500人が落命した。今年の死者は既に2000人近く、それでも尚100万人が密航の機会を窺っているとされる。発生国は、内戦と貧困・過激勢力に苦しめられるソマリア・エリトリア・ナイジェリア・シリア等。陸路で無政府状態のリビアに入り、有り金を叩いて密航業者に身を委ねる。イタリア政府は、助けた難民を島の旧米軍宿舎に収容しているが、定員超過で野宿を強いられる一群もいる。真新しいスニーカーを供され、カターニアの公園で屯する青年たちだ。夕方、彼らはカトリック系のNGO『カリタス』支部の食堂に集まる。私が訪れた晩は、トマトクリームソースのペンネが振る舞われた。炊き出しは朝晩400食。前から支援するホームレスと、昨今の難民が半々という。支部代表のピエトロ・ガルバーノ神父(60)が語る。「アフリカや中東の荒廃には、欧米も大きな責任を負っています。難民は受け入れるしかない」。濃密な地縁と血縁が絡み合う地である。ミラノに住む内田洋子さんの随筆『シチリアの月と花嫁』には、「島ではどんな些細なことでも、やがては万人の知るところとなる」とある。そんな社会に、これだけの異邦人が溶け込む余地は乏しい。難民たちにしても、島は目的地ではない。

テロに襲われたフランスの週刊紙『シャルリーエブド』が、難民の風刺画を度々載せている。直近の大作は、南仏カンヌ沖で密航船が転覆して黒人が岸に殺到、映画祭に集うセレブたちがパニックに陥るという設定だ。ヨーロッパ人にとって地中海は保養と船遊びの場だが、アフリカから眺めれば豊かな対岸を隔てる海、より良い生活を求めて越えるべき壁でもある。昨年来の密航船惨事は、海の向こうの厳しい現実をヨーロッパ側に突きつけた。とはいえ、どんどん受け入れられる状況にはない。ヨーロッパ連合(EU)域内は自由移動が原則なので、難民は容易く不法就労者に化ける。移民排斥の主張が支持を広げる中、主要国の動きは鈍い。シャルリーが載せた“パーティーが台無し”の図は、実はヨーロッパ市民の深層心理をも投影する。イタリア等の悲鳴を受けて、EUは難民負担を各国で分け合う考えだ。先ずは、この春シリアとエリトリアから辿り着いた4万人を2年以内に割り振る。ただ、割当制には「密航を助長する」との異論も強い。密航業者が使いそうな船を破壊する強行策には、リビアが主権侵害と反発している。無論、抜本策は難民が出ない国作りである。しかし、日々押し寄せる密航者を前に、中長期の支援論議は空しくもある。手遅れにさえ見える。




冷戦後、EUは東からの出稼ぎを歴史と経済の必然として受け止めた。東ヨーロッパ諸国が仲間になると守勢を強め、塀で囲まれた高級住宅地の如く、来訪者への視線が険しさを増していく。判断基準は、自らの生活水準にとっての利害だ。散財する旅人は歓迎される。どっと来て、ぱっと使い、さっと帰る観光客は後腐れが無い。多少のマナー違反にも目を瞑る。片や移民。「雇用や治安面で暮らしを脅かす」と盛んに宣伝する政党がある。だが、建設現場から子守まで、異国ルーツの人々が成熟社会を支えているのもまた事実。しかも、彼らの故郷は大抵、EUメンバー何れかの旧植民地である。南からの人の流れに、少なくとも門戸を閉ざさない責任がヨーロッパにはある。その稼ぎが、或いは高等教育に浴した次世代が、紛争地の明日を開くかもしれないのだ。命懸けの旅は、経済と道義の両面でヨーロッパの包容力を問うている。 (特別編集委員 冨永格)


≡朝日新聞 2015年5月31日付掲載≡


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テーマ : 国際政治
ジャンル : 政治・経済

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