『ビットバレー』再び…渋谷が日本経済を引っ張る――“渋谷で創業”が投資基準のベンチャーキャピタル、海外大手デベロッパーがSHIBUYAに注目

経済成長の牽引役は企業だけではない。ヒト・モノ・カネが集積した“都市”もまた、成長の担い手である。変わる首都・東京。中でも渋谷は、“商業の街”からスタートアップが集結する“クリエイティブ産業の街”へと変貌を遂げつつある。嘗てIT企業を中心に、多くの若き起業家たちを集めた『ビットバレー』の第2章が始まった。 (島津翔)

「渋谷を挑戦的な街にしましょう!」。2015年5月中旬、東京都渋谷区のとあるビルで開かれたイベントで、主催者がそう開会の挨拶をすると、会場は大きな拍手に包まれた。『sprout(発芽)』と題されたこのイベントは、“スタートアップ”と呼ばれる起業間もない会社の経営者や、有望なスタートアップに資金を出して大きなリターンを得ようとする投資家等を集めて開かれた。参加者は100人超。事業資金を得ようとする者、新たなビジネスを立ち上げるのに手を組む相手を探す者──。思惑は様々だ。アベノミクスのキーワードの1つに『トリクルダウン』がある。今年の春季労使交渉でも使われた。政権がトヨタ自動車や日立製作所といった大企業に賃上げを促し、それを他の企業にも波及させ、消費を喚起することを指した。牽引役を決めて1つの流れを作り、全体に広げようというものだが、牽引役の担い手は企業ばかりではない。都市もなり得る。実例がある。約60年前、アメリカ西海岸のシリコンバレーは、半導体メーカーが拠点を構えたことをきっかけにIT企業が集積、その後はアメリカだけでなく世界経済を牽引する都市になった。中国・深圳は今や世界のスマートフォン市場の行方を左右する。街が変貌を遂げ、新たな価値を生む。東京の至る所でそんな試みが始まっている。それは日本経済の活性化にも繋がる筈だ。若者の街・商業の街として発展してきた渋谷は、産業構造の大転換を齎すかもしれないベンチャー企業の集積地に生まれ変わろうとしている。

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投資基準の1つに、“渋谷での創業”を掲げているベンチャーキャピタルがある。5億円の投資資金を持つ『スカイランドベンチャーズ』だ。木下慶彦代表は理由をこう語る。「東京大学・慶応義塾大学・早稲田大学――何れも渋谷から近いところにキャンパスがある。渋谷は皆、学生の頃に遊んだ街なんですよ。馴染み深い街で仕事をすれば新たな発想が生まれ、これまでに無かったビジネスが立ち上がる可能性が高い」。風変わりな投資基準だが、それなりの理屈がある。ベンチャー企業にはIT関連企業が多いが、エリア別のIT企業数で渋谷は2位の新宿を大きく引き離してトップ。設立年で見てみると、近年になるほどその差は開く方向にある。投資対象になりそうな企業が渋谷に続々と集結しているのだ。「『IT企業だからどこでも仕事ができる』なんていうのは嘘。直ぐに人に会って話せる場所にいなければ企業は切磋琢磨しないし、成長もしない。同じ地区にオフィスを構えてくれれば投資先同士の紹介もできる。だから投資条件に渋谷という縛りを設けている」(木下代表)。尤も、渋谷にはIT企業の街になり損ねた歴史がある。1990年代後半のITバブル期、渋谷はその谷地形を由来として、シリコンバレーに擬えて『ビットバレー』と呼ばれた。そこに、アメリカのグーグルやアマゾンドットコム等が拠点を置いた。しかし2000年代中盤に入ると、多くの企業が渋谷を抜け出し、六本木や目黒等に本社を移転した。ファーストリテイリング・グーグル・アマゾンジャパン・ミクシィ──。全て渋谷から他地域へ本社・本部を移した企業だ。ビットバレーは一度終わった。




原因は、オフィスの延べ床面積が決定的に足りなかったからだ。成長著しいこれらの企業は年々、社員数が急増。それに伴って、賃貸面積も急拡大していった。しかし、当時の渋谷には増床に耐え得る大型のオフィスが殆ど存在しなかった。「今にして思えば、逃した魚は大きかった」。渋谷で多くの不動産を保有する東急不動産の内田克典・統括部長はこう振り返る。風向きが変わったのは、2012年に大規模再開発ビル『渋谷ヒカリエ』が開業してからだ。DeNA等が入居したことで、IT企業の再集積が加速。周辺には、こうした企業と取引のあるベンチャー企業が次々に入居した。人呼んで『ビットバレー2.0』という動きだ。ベンチャー企業を渋谷に呼び込むためのイベントは数多い。冒頭に紹介した『sprout』はそのうちの1つだ。『日本IBM』・ベンチャー企業の上場を支援する『トーマツベンチャーサポート』・空間デザインやプロデュースを手掛ける『ツクルバ』(渋谷区)の3社が主催した。こうした試みを後押ししている企業がある。“渋谷の大家”と言われる『東京急行電鉄』だ。「今の流れを逃がすまい」と、繰り出す布石は多岐に亘る。その1つが、『sprout』のようなイベントに無償で場所を提供するといった活動だ。渋谷ヒカリエ8階に設けた交流スペースや、渋谷に保有する他のビルの一部を提供、積極的にイベントを仕掛けている。既に『TEDxTokyo』や『TokyoWork Design Week』等、特にクリエーティブ系の若者から支持されるイベントを誘致した。東急が“街ブランディング”と呼ぶこうした活動は、足元の収益には貢献しない。それでも熱心なのは、将来のテナント候補を増やすことに繋がるからだ。「今や、オフィスビルを造って待ち構えていれば企業が入居する、マンションを造れば自動的に売れるという時代ではない。攻めの営業が必要だ」(東急電鉄幹部)。渋谷の大家はベンチャー企業に照準を定め、攻勢をかける。

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渋谷駅周辺で『東急電鉄』『東日本旅客鉄道(JR東日本)』『東京メトロ』の3社に因る大規模再開発が進んでいる。今後2027年までに、駅周辺だけで8棟の超高層ビルがタケノコのように現れる。渋谷駅真上に位置する駅街区には、駅周辺で最大級のオフィスと商業施設を併せ持った超高層ビル、東急東横線渋谷駅の跡地である南街区にはオフィス・ホテル・イベントホールの複合施設ができる。駅に隣接する道玄坂地区と桜丘口地区にも再開発組合による超高層ビルが計画され、東急不動産が事業協力者として参画している。同時に動くこれら4つの再開発で生まれる延べ床面積は約69万㎡。六本木ヒルズ森タワー約2棟分に相当する規模だ。オフィスの賃貸床面積だけで約22万㎡に上り、ビットバレー終焉の原因となった床面積不足を補う。「どんな企業でもいいから入居してほしいとは思っていない」と東急電鉄の野本弘文社長は語る。「渋谷はいろんな文化が次々と誕生する若者の街。それがいつの間にか混然一体となって新しい価値を生み出す。“カオス”が最大の魅力だ。目の前で毎日のように生まれている新しいアイデアを逃さず、ビジネスに結びつける企業に入居してほしい。我々はカオスを絶やさぬよう渋谷に様々な仕掛けを置いていく」。東急の戦略に乗る企業も出始めている。東急不動産の内田氏は、「渋谷から移転した企業に戻ってきてほしいと思って誘致をしている。具体的な企業名はまだ出せないが、手応えは十分にある。正直、再開発の床面積でも足りないくらいだ」と自信を見せる。オフィス仲介の『三鬼商事』に因ると、渋谷区の4月のオフィス賃料は前年同月比で約9%上昇。丸の内を抱える千代田区と肩を並べるまでになった。オフィスの空室率も2012年のヒカリエ開業後、低下の一途を辿っている。渋谷の不動産市場の活況は、10年後や20年後の日本経済を担う企業の予備軍がそれだけあることを示す。「ビットバレー2.0を成功させ、賃料で丸の内を抜きたい」と内田氏は意気込む。

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壮大な再開発は世界の注目も集めている。「今、注目している都市はシブヤ。完成後だけでなく、そのプロセスも含めて視察したい」。シンガポール大手デベロッパーや中国・上海のデベロッパーは、口々にそう語る。理由は2つある。1つは、再開発がオフィスビルや商業施設・ホテル等の“ハコモノ”を造るばかりでなく、渋谷に乗り入れる鉄道の利便性も高めようと一体開発している点にある。既に、2013年3月に東急東横線の地下化が完了。東京メトロ副都心線との相互乗り入れが始まった。埼玉県滑川町から横浜市まで電車1本で移動することができる。乗り入れ開始後1年。利便性の向上で電鉄各社の乗降客数は合計で約4万人増加した。2018年度には、相模鉄道の相鉄線が東急東横線等との直通運転で渋谷駅に乗り入れる予定で、渋谷を訪れる人の数は更に増える。これに伴い、2027年までに東京メトロ銀座線の駅が渋谷ヒカリエ側に130mほど移動、JR埼京線のホームが山手線と隣接する。人の往来をよくする為、密集地で駅やホームを移動させる前代未聞の工事が進んでいる。世界の有力都市で慢性化する交通渋滞は、魅力を損ねる原因の1つだ。とりわけ、東南アジア等の新興国でその傾向が強い。東京都の舛添要一知事は、「東京を世界に類を見ない渋滞の無い都市にしたい」と指摘、首都圏の高速道路網整備に意欲を見せる。尤も、渋谷のような繁華街の道路渋滞は解消しそうにない。有力な解決策は、鉄道等の公共交通で人が足を運ぶ街を作ることだ。世界が注目する『公共交通指向型都市開発(TOD)』と呼ばれる手法で、これだけの規模の計画は世界でも例がない。有力デベロッパーが注目するもう1つの理由は、渋谷の回遊性だ。人が駅周辺だけに留まるのでなく、宮益坂や道玄坂といった駅から10分ほど歩く地点にも繰り出す。“点ではなく面で発展している街”が渋谷。限られた敷地の再開発を得意としてきた海外大手デベロッパーは、人が駅から四方八方に散らばり、交錯する街がターミナル駅の再開発でどう変わるかに興味を持つ。

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「駅の再開発に因って、特徴である回遊性が低下するのではないか?」。地元はこう懸念する。宮益町会の小林幹育会長は、「再開発後に人が駅の周辺だけに集う街になったら困る」と話す。2015年4月上旬、東急電鉄都市開発部門の集会で、幹部からカミナリが落ちた。渋谷駅から徒歩3分ほどにある宮下公園周辺整備の候補事業者が3月に決定。東急電鉄もプロポーザルに参加したが、選ばれたのは『三井不動産』だったからだ。「最近、渋谷の不動産がガンガン買われている。そこに大手の三井不動産の本格参入が決まった為、集会はピリピリしたムードだった」と、参加者の1人は明かす。尤も、三井不動産というライバルの出現は渋谷にとってはプラスに働く。渋谷が“若者の街”と呼ばれるようになったのは、西武グループに因る西武百貨店(1968年)・パルコ(1973年)の開業に端を発している。渋谷は東急と西武が其々人を集めようと凌ぎを削ったからこそ人が回遊するようになり、それがカオスな街を形成した。カオスな街作りは今後も進む。その中でヒントを得た若い企業が新たなビジネスを創出し、東京に新たな価値を生むだけでなく、日本経済を引っ張り、産業構造の転換をも促す。そんなシナリオを実現すべく、“渋谷発トリクルダウン”は動いている。


キャプチャ  2015年6月1日号掲載


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