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相手の国・人尊重、“議論の作法”大切――東京大学教授・西崎文子さんに聞く

世の中に極端な物言いが増え、不寛容な空気が漂っている。異なる意見を唱える相手を全否定し「売国奴」「国賊」などの言葉を投げつける。今求められる“議論の作法”について、政治学者・西崎文子東京大学教授(55)に近藤勝重・客員編集委員が聞いた。 (まとめ・小国綾子)

近藤「他者を排除する極端な物言いと不寛容な空気が広まっています。議論には百人百様の意見を前提にした作法があると思うのですが」
西崎「この現象を“右傾化”の一言で済ませてはいけません。さまざまなレベルで起こっていることを一つ一つ丁寧に見ていく必要があります。1つは、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)での、“非国民”“反日”などと相手を全否定する物言いが目立ちます。ツイッターでは、わずか140字で発信するだけなのですが、周囲の反響や評価を感じられる。彼らはある意味、真面目に書き込んでいるので、規制できる類いのものではありません。こういう行為が人を傷つけ、不寛容を助長すると気付かせるような社会を模索していくほかありません。しかし、ヘイトスピーチは次元が違います。実際に人が街に出て、行動を起こしている。極めて暴力的な要素をはらんでいます。言論の自由を守りつつも、取り締まりの対象にすべきだと思います。一方、雑誌メディアが“売国奴”などの言葉を使うのは別問題です。朝日新聞に対する“売国奴”などの過激な批判は、部数増、売り上げ増を狙っているのでしょうが、メディアがこういう風潮に加担するというのは、自分で自分の首を絞めているのではないか。朝日新聞が転べば『自分たちが正しかった、勝った』と証明された気になる、というのは正義のはき違えです」




近藤「さいたま市内の公民館が俳句サークルの女性の『梅雨空に “9条守れ”の 女性デモ』という俳句を“公民館だより”に掲載しなかった。地方自治体が『世論を二分するテーマだから』と護憲派の集会に対し、公的施設の提供を渋る話もあります」
西崎「公共性を持つ施設が表現や言論の自由を認めないというのは、SNSでの不寛容な発言やヘイトスピーチとは別のレベルの、非常に大きな問題です。憲法9条に対しては、今の安倍晋三政権自体がかなり否定的な姿勢を取っていますので、憲法を守ろうと言うだけで左翼扱いされる。しかし、異論は異論として尊重すべきで、公の場から締め出すというのはあってはならないことです」

近藤「冷戦時代にもイエスかノーかという二項対立的思考はあったでしょうが、今日の言論状況はもっとひどいことになっていませんか。異なる意見を持つ相手を切り捨てては、自由な言論を萎縮させる恐れがあります」
西崎「冷戦時代にも二項対立的な考え方はありましたが、両陣営が自分たちの政治体制の正当性を主張するため、人種差別の撤廃や平等の促進など社会を良くしていこうという動きにもつながっていた。また、イデオロギーや価値観、生活様式の対立など抽象性の高い議論が多かった。しかし、今は領土問題や靖国参拝問題など個別具体的なテーマに議論がとどまっているため、相手が勝つかこっちが勝つかという力の論理に終始しているように思えます。議論して新たな価値を生み出していこうというのではなく、論破して相手を打ち負かそう、勝つか負けるかのゼロサムゲームだというように」

近藤「朝日新聞の誤報問題ですが、米国の大手新聞社ニューヨーク・タイムズ(NYT)などで同種の問題があれば、アメリカのメディアもNYTをたたくのでしょうか」
西崎「批判はしても、あわよくばつぶそうとたたくことはないと思います。NYTもかつて盗作などいろいろな不祥事がありましたが、日本のような現象は見られませんでした。米国のメディアは、自分たちの役目は権力の監視であり、報道の自由を守ることである、という意識が日本のメディアよりずっと強いからではないでしょうか。また、読者の側も日本と米国とでは違います。米国人は心のどこかで連邦政府を信用していませんから、ティーパーティーからリベラルまで、程度の差こそあれ権力との距離感を多くの人が共有しており、メディアに対して「権力を監視してほしい」と考えている。そういう意識が日本の読者には希薄なのでしょう」

近藤「権力に都合よく利用されてはならないということですね。朝日新聞は“慰安婦”報道で日本をおとしめた、という批判についてはどうですか」
西崎「朝日新聞側に大きな問題があったのは否定できませんが、朝日の報道がなければ“慰安婦”問題に向き合う必要がなかったと考えるのは論理の飛躍です。また、“慰安婦”問題に対しての、戦後50年の日本の対応や“河野談話”はむしろ国際社会では一定の評価を受けてきた。そういった検証作業をまったく抜きに、『おとしめられた』と決めつけるのは日本の側の思い込みだと思います」

近藤「日中・日韓の対立的な関係も含め、感情的なナショナリズムから、建設的な議論に導いていくためには何が必要なのでしょうか」
西崎「ここ10年前後の日韓関係の歴史を冷静に振り返ってみる必要があります。つい数年前までは互いに旅行者もたくさんいた。ブームですらあった。良好な関係が長く続いていたのです。確かに今は良好な関係とは言いがたい。しかし、つながろう、わかりあおう、とする人々もたくさんいる。メディアはそういう動きにこそ焦点を当て続けてほしい。安倍首相と朴槿恵大統領との関係が日韓関係のすべてだととらえないことが大切です」

近藤「メディアは市民とともに対話の場を用意する役目を担うべきだと?」
西崎「ええ。若い学生やビジネスマンのように放っておいても海外に出て、中国や韓国の人々と接する機会のある人はいいですが、圧倒的多数の普通の人々は、中国人や韓国人と交流できる場を持っていません。実際に触れ合う経験なしに、“嫌中”や“嫌韓”といった報道にさらされると、どうしても一方的な影響を受けてしまう。政治家の責任も大きいです。まず政治家たちが交流を深めなければ。嫌いだから会わない、ではなく、嫌いでも会う、というのも、議論の大切な作法だと思います」

近藤「国際社会には人権など普遍的な価値観があり、それをふまえた議論の作法というのがありますよね」
西崎「相手の発する言葉だけでなく、その人、あるいはその国家の背景や立場というものを理解し、相手の立場を尊重、尊敬することが必要です。これは国家間でも、個人の間でも、大切な議論の作法だと思います。また、議論というと、対立する相手とどうやりとりするかばかりが注目されがちですが、まずは親密な人同士できちんと議論をすることから始めてはどうでしょうか。親密な人間関係を築いている相手とならば、多少意見が食い違っても、互いに理解し合おうと対話を重ねることができるはずです。仲間内でSNSなどで『いいね!』と言い合うだけではなく、より丁寧な議論を重ねていく、そういう場を育て、維持し、その輪を広げていくことが大切です。安倍さんのフェイスブックで『いいね!』が何万件あったとか、それは議論とはいえませんからね。

近藤「リーダーには自分の発言の影響を見通せる力を求めたいですね。解決の枠組みより敵対意識を際立たせる言論に悲観的になっています」
西崎「私も悲観的になりがちですが、3.11後の“脱原発デモ”にしろ、特定秘密保護法に危機感を持って声を上げる学生たちにしろ、かつてよりも声を上げる人々が増えていることも確かなんです。自民党が圧倒的に強いという今の政治状況下では、なかなかその声が大きな動きにつながりませんが、あまり悲観的になってはいけないと思います。むしろ彼らの声を無駄にしないために何ができるのか、問われていると感じています。


にしざき・ふみこ 東京大学教授。1959年宮城県生まれ。成蹊大教授を経て2012年から現職。著書に『アメリカ外交とは何か』(岩波新書)。TBS『サンデーモーニング』のコメンテーターとして活躍中。


キャプチャ  2014年10月24日付夕刊掲載


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