【北欧女子オーサさんに聞く“マンガ”の魅力と不思議】(上) 初めて読んだ高橋留美子先生の『らんま1/2』に自分で色を付けました

1980年代以降、ヨーロッパでは日本のアニメが放送されたり、マンガが出版されるようになった。この傾向は北米やアジア・南米でも同じで、アニメやマンガを通じて日本に興味を持ち、日本語を勉強したり、旅行に来る若者が世界中で増えている。そして、中にはマンガ家を目指す者もいる。ヨーロッパでは、従来から独自の漫画『バンドデシネ』の出版が盛んだったフランス(及びフランス語圏)がマンガ大国だ。イタリア人やスペイン人等の周辺諸国の漫画家も多く活躍している。フランスでは日本のマンガの翻訳も毎月150点ほど出版されており、最大の出版物となっている。現地では、日本式のマンガを描くマンガ家も増えている。それにしても、マーケットの人口はベルギーやフランスの一部を入れても8000万人程度で、日本の6割ほどでしかないし、マンガを読む人口も少ない。この為、プロのマンガ家になることはとても難しい。それが自国の出版マーケットが小さな国なら尚更だ。況して、彼らが日本でマンガ家としてデビューするとなると、語学は勿論、それ以外にも多くの壁があって、子供の頃にマンガ家に憧れ、「マンガ家になる」と誓いを立てても、それを実現するのは極めて困難だ。

そんな中、人口が少ないスウェーデン出身のアラサー女子であるオーサ・イェークストロムさんは、この3月に『株式会社KADOKAWA』からコミックエッセイ『北欧女子オーサが見つけた日本の不思議』を上梓、日本でプロマンガ家としてデビューを果たした。本書は、日本に住んでからの様々なカルチャーギャップや驚き等を纏めたもので、早々と重版を果たし、出だしも好調なようだ。彼女は、幼少時にアニメの『美少女戦士セーラームーン』に影響されてマンガを描くようになり、地元スウェーデンでマンガ家・イラストレーターとして活動していた。だが、日本への憧れが強く、「日本に住みたい」「日本でマンガ家としてデビューしたい」と思って度々日本に来るようになり、2007年に一度語学留学、そして2011年から東京でデザイン専門学校のグラフィック科に入学し、この3月に卒業した。在学中、創作系が中心の同人誌即売会『コミティア』の編集者持ち込み用のスペースでKADOKAWAの編集者に売り込んだところ、このデビュー作に繋がった。だが、彼女の日本でのデビューまでの道のりは決して平坦ではなかった筈だ。尚、本稿では混乱を避ける為に、広く漫画全般を指す場合は“漫画”と記し、日本の“マンガ”については“マンガ”としている。


manga 01
――オーサさんはスウェーデンで既にプロの漫画家として単行本を出し、イラストレーターとしても仕事をしていたそうですが、それでも初めから日本でマンガ家としてのビザをとって生活することはできなかったんですか?
「そうなんです。フリーランスの漫画家だとビザが取れません。スウェーデンでは3年間漫画の専門学校で勉強もしたのですが、それもビザ取得の評価の対象になりませんでした。今年(2015年)、日本の専門学校を卒業するまでは学生ビザで滞在し、現在は日本での出版の実績もできたのでアーティストビザを請求しているところです。これまでも日本には旅行で度々来ていたのですが、マンガ家デビューを考えて2007年に、日本語の勉強をしながら9ヵ月ぐらい住んでいました。でも、日本語の勉強のモチベーションが維持できずに、一旦スウェーデンに戻って学校に行ったり、“SAYONARA SEPTEMBER”(全3巻)という作品を描きました。その時の日本滞在で、スクリーントーンや墨汁などの画材を大量に買い込んで持ち帰ったのが、私の大きな武器になりました。何しろ、当時スクリーントーンなんか売っていませんでしたから(笑)。それまでの経験で、日本に住むのと、日本でマンガ家としてデビューするのを同時に実現することは難しいことがよくわかったので、どちらかに重点を置かなければと思いました。その後、2011年にまた来日して、日本に住むことを重点に考えてデザイン専門学校のグラフィック科に3年間通いました。グラフィックデザイナーだと就職に有利ですから。それで、仕事の合間にマンガを描こうと思っていたのですが、日本のグラフィックの会社は残業が多くてマンガが描けそうもない、難しいなあ……と」

――自国で実績があっても、日本でビザを取ることがそれほど大変だとは思いませんでした。そんな中で、日本でのプロデビューを果たしたわけですね。
「そうです。日本に住むことができて、マンガ家デビューもできて、とても嬉しいです」




――コミックエッセイを出版されたのは初めてということですが、苦労されたところはどこでしょうか?
「先ずは日本語です。セリフを書く時も、日本語として正しいかどうか色々調べないといけないし、“ガガガ”とか“ドキッ”とかの擬音も難しかったですね。勝手に描いても、日本のマンガで“正しい”使い方かどうかがわかりませんから。“SAYONARA SEPTEMBER”はストーリー漫画でしたが、今回の作品“北欧女子オーサが見つけた日本の不思議”は初めての4コマ、しかもユーモアものだったので初めは凄く不安だったんです。自分はユーモアものは苦手かと思っていましたから。ですが、意外に面白く描けてビックリです。ただ、4コマでマンガを完結させるのは初めは凄く大変でした。スクリプトとアイデアを摺り合わせて、4コマで終わらせるのはとても難しかったですね。3コマで終わってしまったりして」

――この種の自分の体験を元にしたエッセイ・マンガは、自分の失敗した恥ずかしい話や、ある程度プライバシーを暴露することになるのですが、その辺りに関してはどうでしたか? 抵抗はありませんでしたか?
「バラせる恥ずかしいお話には、やはり限界がありますね(笑)。それでも自分の話は大丈夫ですが、友人や私が住んでいるシェアハウスのハウスメイトが出てくる話はプライバシーに気を使っています。日本に来て銭湯や温泉に入る時は恥ずかしかったですが、マンガで自分の裸を描くことに比べれば……」

manga 02
――現在は日本以外にも世界に大きなマンガ市場があります。ヨーロッパのフランス語圏では昔からバンドデシネ(フランス独自の漫画)の出版が盛んで、日本のマンガも極めて多く出版されています。近年ではバンドデシネではなく、日本式のマンガを描く作家も増えています。更に、日本のエッセイ・マンガのようなジャンルも確立されており、それまでマンガを読まなかった若い女性の読者も増えています。フランスでも今度の作品が出版される可能性は高いのではないでしょうか? 今回出された作品を日本以外、例えばヨーロッパでも出版するような計画はありますか?
「そうですね。ヨーロッパで出版されたり、英語版も実現できれば大変嬉しいですね。世界中では英語を話す人が多いですから。この作品は、先ず台湾での出版が決まりました。台湾ではコミックエッセイが人気だそうです」

――先ずは台湾での出版の実現、おめでとうございます。プロの漫画家として、日本ではなく、ヨーロッパの大きな漫画市場であるフランスで仕事をしようとは考えませんでしたか? フランスならスウェーデンに住んだままでもデビューが可能だったでしょう。
「それは初めに考えました。ただヨーロッパの場合、フリーランスの漫画家は色々と自分でやらないといけないことが多いんです。例えば売り込みをするのでも自分で翻訳して、見本市に持ち込んだりしなければなりません。これは時間がかかることを考えると難しいと思いました。それにフランス語は7年間も勉強したのですが、全くできませんでしたし(笑)。また、英語圏で“SAYONARA SEPTEMBER”を出版しようとアメリカ・イギリス・オーストラリアの出版社に送ったのですが、ダメでした。意外だったのですが、イギリスで漫画を出版する出版社が少なかったのには驚きました」

――イギリスではアメリカから英語版が入ってくるせいか、自国で漫画の出版物を出す出版社は少ないですよね。スウェーデンは人口が約960万人、単純に計算するとマーケット規模は日本の13分の1程度です。フランスと比べても約6分の1ですから、漫画だけではなく、外国の出版物でスウェーデン語に翻訳されない作品も多い。ですから、スウェーデン人は本を読む為に、必然的に英語等の外国語を勉強しなければならないという事情があります。そのような環境にストレスを感じませんでしたか?
「スウェーデン語と英語は近いこともあり、しかも若い時から勉強しますので、あまりストレスは感じません。何か興味がある対象があれば尚更苦にはなりません(笑)。私の場合、地元で入手可能な英語版の漫画を読んでいました。ただ、子供の頃はスウェーデンでは漫画自体があまり売られていなかったので、手に入れるのが大変で苦労しました。ネットが発達した現在では事情は大きく変わっていると思います」

――ヨーロッパで日本のマンガが出版され始めたのは1990年代ぐらいからです。オーサさんが幼少の頃は、どのくらいマンガの入手が可能でしたか?
「そうですね。当時はスウェーデン語のマンガは全く無く、アメリカ等から英語版が少数入っていただけでした。マンガを置いている本屋さんが抑々少ない上に、置いているタイトルも少なかったですね。初めて読んだマンガは、高橋留美子先生の“らんま1/2”でした。ヨーロッパではバンドデシネ等、コミックはカラーが普通だったので、モノクロのマンガにびっくりしました。それで自分で色を付けていました。尤も、長い作品なので途中で挫折しましたが。今思えば、大変失礼なことをしました。高橋先生、申し訳ありませんでした(笑)」


清谷信一(きよたに・しんいち) 軍事ジャーナリスト・作家。1962年、千葉県生まれ。東海大学工学部卒業。2003~2008年まで英国の軍事誌『Jane's Defence Weekly』日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関『Kanwa Informtion Center』上級顧問。日本ペンクラブ会員。著書に『専守防衛 日本を支配する幻想』(祥伝社新書)・『防衛破綻 “ガラパゴス化”する自衛隊装備』(中公ラクレ新書)・『自衛隊、そして日本の非常識』(河出書房新社)・『ル・オタク フランスおたく物語』(KKベストセラーズ)、共著として『軍事を知らずして平和を語るな』(KKベストセラーズ)・『アメリカの落日 “戦争と正義”の正体』(廣済堂出版)・『すぐわかる国防学』(角川書店)等。近著に『国防の死角 わが国は“有事”を想定しているか』(PHP研究所)。


キャプチャ  2015年6月5日付掲載


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