【中外時評】 “反腐敗”で米中が神経戦――司法が摩擦の焦点に

「難しいですよ、自分で自分を監督するというのは」。中国共産党中央規律検査委員会の王岐山書記はそう慨嘆したそうだ。4月23日、共産党政権の中枢ともいうべき北京・中南海で。王書記といえば、反腐敗運動を陣頭指揮する実力者。公式の党内での序列は6位に留まるが、実質的には習近平国家主席に次ぐナンバー2とも目されている。3年前まで最高指導部の一角を占めていた前共産党政治局常務委員の周永康氏を摘発する等、実績は目覚ましい。そんな人物が嘆いてみせたのは他でもない、自分の仕事の難しさだ。

“自分で自分を監督する”とは、共産党の中に根を張る不正を共産党自身の手で正すことを指している。つまり、規律検査委の職責だ。王書記の嘆き節を聞かされたのは、3人の外国人だった。その内の1人、アメリカの政治学者であるフランシス・フクヤマ氏が問いかけた。「“法の支配”や“司法の独立”を中国で実行できないのか?」。答えは「できない」だった。「司法は必ず(共産)党の指導の下になければならない」とも王書記は語った。習近平政権は司法改革を最重要課題の1つに掲げているが、飽く迄も一党独裁の枠内での改革に留まることを改めて確認したと言える。だからこそ、どんなに難しくても“反腐敗”という仕事を進めなければならない。そんな決意を示したようでもある。反腐敗運動であれ司法改革であれ、中国の内側の問題に見えるかもしれない。だが、中国当局は海外に逃亡している腐敗官僚にも手を伸ばしつつあり、国際的な広がりを見せている。結果として、アメリカとの間では神経戦と呼びたくなる事態を招いている。




この春、王書記が訪米するとの観測が浮上した。国外に逃れた腐敗官僚が最も多く潜伏しているのがアメリカと見られる為、「拘束や引き渡しへの協力を直に求める考えだ」といった解説が飛び交った。「習主席の訪米が予定される9月までに実現するのでは?」との見方も広がった。ところが、正式発表の無いままに訪米機運は急速に萎んでいる。一因は、アメリカ証券取引委員会(SEC)が進めている調査だ。中国の国有企業の米証券市場への上場等を巡って便宜を図ってもらう為、一部のアメリカの金融機関が中国の高官の子弟を雇った疑いがあるのだという。この調査そのものは遅くとも2013年には始まっていたが、先月末になって王書記の名前が飛び出した。ウォールストリートジャーナル等に因れば、金融大手の『JPモルガンチェース』に対し、王書記や高虎城商務相を含む中国の高官35人との会話記録等を提出するよう、SECは命じたという。共産党の官僚たちは指導者のメンツを重んじる。当分の間、王氏の訪米が難しくなったのは否定できない。その為、「米中間で緊張が高まる可能性がある」との報道も少なくない。南シナ海を巡る対立を始め、米中間で軋みが目立つことから、「オバマ政権は厳しい対中姿勢に転じたのではないか?」といった声も聞こえてくる。SECの動きにオバマ政権の対中姿勢の転換を読み取るのは、深読みが過ぎよう。寧ろ、「アメリカには元々、王書記を諸手を挙げて歓迎する訳にはいかない事情がある」と見るべきだ。例えば、中国の司法制度に対する不信。「司法が独立しておらず、不正や拷問も珍しくない」といった見方が、アメリカではかなり浸透している。そんな国から“犯罪者”と見做す人の拘束・引き渡しを求められても応じ難い。反腐敗運動に権力闘争の側面があるのも懸念材料だ。特定の政治勢力に肩入れしているように見えかねない。王書記は政府の肩書を持たない為、協力要請を受けても正規の司法手続きの中に位置付けるのは容易ではない。

“法の支配”や“デュープロセス(適正な手続き)”を大切にするアメリカと、共産党が司法を指導する中国。資本主義か社会主義かを争った冷戦と違い、司法の在り方が世界の二大国の摩擦の焦点になってきたように見える。日本の司法の在り方も、何れ問われることになるかもしれない。アメリカが“押しつけた”とも言われる憲法は司法の独立を定めているが、政治家の名誉毀損に対する高額賠償を認める判決や、1票の格差判決が示すように、日本の司法は政治に優しい。興味深いことに、王書記が4月に会ったのは日系のフクヤマ氏のほか2人の日本人だった。 (論説副委員長 飯野克彦)


≡日本経済新聞 2015年6月7日付掲載≡


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テーマ : 中国問題
ジャンル : 政治・経済

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