【異論のススメ】(03) 日米同盟の意味――日本にあるか、米国の覚悟

55年前の今頃は、デモ隊が国会を取り巻いて連日騒然としていた。所謂『60年安保』で、5月20日未明に岸内閣に因る日米新安保条約の衆議院での採決がなされ、6月19日の自然成立を待つという流れの中にあった。安倍首相は、当時まだ5歳であったが、祖父の岸首相の家で「アンポハンタイ」等と燥いでいたという。私も小学5年生で、連日学校で“アンポハンタイごっこ”をやっていた。上が“安保”とくれば、下は自動的に“反対”の2文字へ接続したものである。この5月末から、集団的自衛権の行使に関わる法的整備が国会審議されている。55年前に比べれば国民的な関心は低調であり、国会周辺も静かなものである。我々の防衛や安全保障についての意識は果たして成熟したのだろうか? 「集団的自衛権は保持するものの行使はできない」等という姑息な従来の内閣解釈を改め、一定限度内での集団的自衛権の行使を可能とする安倍首相の方針は、私には先ずは当然に見える。「日米安保体制は相互的な防衛体制であるから、集団的自衛権を日本側が行使できない」というほうが異常であった。戦後世界は、決して日本国憲法が想定しているような“平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して”という状態ではない。益々、世界各地で緊張が生じているのである。では、日本の防衛はどうするのか? 他国との安全保障の枠組みを前提とする以上、集団的自衛権の行使を可能として相互協力体制を強化することは、当然と言わねばならない。

ところが、ここには実は極めて大事なことがある。我々は、ずっと日米安保体制とは、日本がアメリカ軍に基地を提供する代わりに、日本の防衛をアメリカ軍に委ねるという相互的防衛体制だと考えてきた。だが、この意味での日米安保体制は21世紀に入って大きく変質してきた。1つの転機は、小泉・ブッシュ政権時代の2005年に示された『日米同盟・未来の為の変革と再編』であり、ここで日米同盟とは、“世界における課題に効果的に対処する”為に日米が協力して“共通の戦略的目標を追求する”――とされたのだった。これは従来の日米安保体制の大きな変質であり、今回の安倍首相の集団的自衛権行使に関わる方針転換もその延長上にある。2005年にはこの方針転換は既に打ち出されており、しかも当時は殆ど論争にさえならなかった。アメリカが“世界の課題に対処する”という方針を打ち出した背後には、言うまでもなく対テロ戦争やイラク戦争があった。テロとの戦いは、世界中を舞台とする。その為に、日本との“同盟”を効果的に使用しようという。そして、当時の小泉政権は日米関係の強化の為に、アメリカの意図を全面的に受け入れた訳である。しかし、実はその伏線は元々の安保条約にあった。謂わば、日米安保体制の孕む“二重の性格”である。1951年の日米安保条約にも「アメリカ軍は極東における国際の平和と安全の維持に寄与し…」とあり、1960年の新安保条約にも「極東における国際の平和及び安全の維持に寄与する為…」とある。ここには、冷戦の開始と共に、「日本の基地を日本防衛のみならず、対共産主義の前線基地とする」というアメリカの戦略が見て取れる。しかし我々は、日米安保条約とは飽く迄もアメリカ軍に因る日本の防衛と理解してきた。その結果、「アメリカは常に世界戦略の中に日米同盟を位置づけ、日本はそれを専ら日本の防衛と理解する」という二重構造が出来上がった。




そして冷戦が終わった。すると、アメリカの“世界戦略”は対テロ戦争や中東の不安定化・中国の大国化等を契機に、文字通り“世界化”してしまったのである。では、日本はどうすべきなのか? 安倍首相は、1つの方向を打ち出した。日本は、可能な範囲でできるだけアメリカの“世界戦略”に協力すべきだという。『積極的平和主義』である。「テロ組織や軍事大国化する中国やロシア等の“国際社会”への挑戦者とは、積極的に対峙すべきだ」と言う。従来、我々が安住してきた『一国平和主義』からの脱却である。しかし、気になることがある。それは安倍首相が、「日米同盟の基礎は、日米両国の価値観の共有にある」と述べている点だ。本当にそうであろうか? アメリカの価値観は、ただ自由や民主主義や法の支配を説くだけではなく、それらの価値の普遍性と世界性を主張し、その為には先制攻撃も辞さない強力な軍事力の行使が正義に適うとする。簡単に言えば、「アメリカ流儀の自由や民主主義に因って、アメリカが世界秩序を編成すべきだ」という。これがアメリカの価値観であろう。これはこれで、大変な覚悟のいることだ。そんな覚悟が日本にあるのだろうか? その前に、果たしてこの種の価値観を日本は共有しているのであろうか? 安倍首相が提起した問題は大変に大きい。日米同盟の意味を、我々は改めて問い直さなければならない。その為には、「抑々これまで、日本独自の“世界観”も“戦略”も我々は持ち得なかった」という反省から始めなければならない。然もなければ、日本はただアメリカの戦略上の持ち駒となってしまいかねないであろう。


佐伯啓思(さえき・けいし) 1949年生まれ。京都大学名誉教授。保守の立場から様々な事象を論じる。著書に『反・幸福論』(新潮新書)等。


≡朝日新聞 2015年6月5日付掲載≡


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テーマ : 軍事・安全保障・国防・戦争
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