火山が教える“暗記教育”のバカバカしさ――“箱根は死火山”よりも教えてほしかったことがある

小学生時代の思い出に白地図がある。社会科の授業だった。色鉛筆で真っ白な日本列島に山脈山地を茶色、川や湖を水色に描き込んでいく。或いは大都市に印をつけて、それらを鉄道で繋ぐこともある。頭の中に日本列島のジオラマが出来上がっていくようで、楽しい作業だった。その白地図学習で覚えたものの1つが、火山と火山帯である。先ずは火山を三角印で表す。この時、それらが活火山か休火山か死火山かもセットで記憶していったように思う。首都圏の子に馴染み深いものを挙げれば、「富士山は休火山・箱根山は死火山・伊豆大島三原山は活火山」だった。更に白地図には、火山の並びをタラコのような形に囲む。火山帯である。富士・箱根・三原は『富士箱根伊豆火山帯』に含まれていた――。と、懐旧談に耽ったが、この知識は最早全てひっくり返ってしまった。今も活火山はあるが、休火山や死火山という言葉は使われない。しかも活火山の数はぐんと増え、三原山は勿論、休んでいる筈の富士山も死んでいる筈の箱根山も、そのリストに名を連ねるようになった。それだけではない。当時は、日本列島に『千島』『那須』『鳥海』『富士箱根伊豆』『乗鞍』『白山』『霧島』の計7つの火山帯があると教わったという記憶があるが、今は大まかに東日本火山帯と西日本火山帯の2つに括られているらしい。

ここでわかるのは、日本列島の火山に対する見方がこの半世紀で激変したことだ。にも関わらず、半世紀前に当時の知識を叩き込まれた子供たちは、老いてもそれを頭の片隅に固着させている。私が先日、年齢層が割と高いサイエンスカフェで火山の話題を取り上げて、「箱根はナニ火山?」と聞いたところ、会場から「活火山」という答えは返ってこなかった。「暗記教育の“成果”はこびり付いて離れないものだな」と思い知らされたのである。この現実から、私たちが受けてきた教育の欠点が浮かび上がる。自然科学の知識は観測事実が積み重なり、理論の枠組みが変わることで塗り変えられていくものなのに、その変化に対応する教え方がなされなかったということだ。火山については、社会科の授業で扱われたということも問題かもしれないが、科目を問わず暗記ではない教え方があるように私は思う。例えば、活火山について。気象庁の公式サイトには、『“活火山”の定義と活火山数の変遷』と題した記述があり、「火山の活動の寿命は長く、数百年程度の休止期間はほんの束の間の眠りでしかないということから、噴火記録のある火山や今後噴火する可能性がある火山を全て“活火山”と分類する考え方が1950年代から国際的に広まり、1960年代からは気象庁も噴火の記録のある火山を全て“活火山”と呼ぶことにしました」とある。私が小学校で、「富士山は休火山・箱根山は死火山」と教わったのは1960年代前半。既に学界では、休火山や死火山の概念が大きく揺らいでいたことになる。そんな時になぜ、「あれは休火山、これは死火山……」と丸覚えさせていたのか? 火山学者の常識が教育現場に伝わるには時間がかかるとしても、最早暗記させるほどのことではないという判断はできた筈だ。いや寧ろ、こう言うべきかもしれない。1960年代に子供たちに是非教えておくべきだったのは、専門家が1950年代に強く認識したことそのものではなかったか? 即ち、火山と人間では時間スケールが全く違うということだ。300年という時間幅を考えてみよう。人間にとっては十世代に跨る長い歳月だが、火山にしてみれば“ほんの束の間”に過ぎない。そのことを子供たちが頭に入れておけば、大人になってから、大噴火や巨大地震は近過去に記録が無くても起こると警戒するようになるだろう。こちらのほうが、火山のレッテル貼りよりも遥かに有用の筈だ。




気象庁サイトの続きを読むと、その後、活火山は『火山噴火予知連絡会』の定義見直しに因って着々と増えている。1975年に“噴火の記録のある火山及び現在活発な噴気活動のある火山”ということで77が選ばれたが、1991年には“噴火の記録のある火山”が“過去凡そ2000年以内に噴火した火山”に改まり、80を超えた。それが2003年には“概ね過去1万年以内に噴火した火山”にまで広げられ、この定義に沿って今では110がリストに載っている。この定義見直しの流れは、火山では数百年が“ほんの束の間”という考え方が益々強まっていることを物語る。この一点をとっても、学校で教えるべきは火山分類の丸覚えではなく、人間と自然の関係を合理的に見つめる視点だということがわかる。一方、火山帯の捉え方が変わった背景には何があるのか? そこには、地震や火山の活動を岩板の動きと関係づける『プレートテクトニクス理論』の登場があったようだ。日本火山学会がウェブに開設したQ&Aのページを開くと、こう書かれてある。「日本列島とその周辺域の火山の分布は、基本的には太平洋プレートやフィリピン海プレートの沈み込みに伴うマグマの生成に支配されています。前者に因る火山地帯を東日本火山帯、後者のそれを西日本火山帯と呼びます。マグマの発生場所は主に沈み込んだプレートの深さに影響される為、火山は帯状の地域に分布します。以前は単に地理的な並び方だけを根拠にして、細かく火山帯を分けていましたが、細分しなければならない学術的な根拠が無いので、現在は使われなくなっています」(宇井忠英さん執筆)。プレートがどこでどのように沈み込んでいるかが、火山の分布を決めている。その仕組みにまで遡ると、火山帯を細かく定めるのは意味が無いというのである。このプレート論が確立したのは1960年代後半だから、1960年代前半に“地理的な並び方だけを根拠”とするのは致し方なかったと言えるだろう。こちらのほうは、あの時代、ああいう教え方しかなかっただろうと納得するしかない。

ただ、ここにも学ぶべき教訓がある。日本列島に火山がどう分布しているかは、嘗ては暗記の対象でしかなかったが、その分布パターンにはそれなりの理由があったということだ。白地図に描いた火山帯を見つめ、「どうしてこんなふうに並んでいるのだろうか?」と頭を捻っていれば、若しかしてプレート論をおぼろげながら予感できたかもしれない。科学は覚えることではない。考えることだ。ここでもまた、そんなふうに思うのである。


尾関章(おぜき・あきら) 科学ジャーナリスト・北海道大学客員教授。1951年、東京都生まれ。早稲田大学大学院修士課程修了(物理学専門)。1977年に朝日新聞社入社。1983年から科学記者。ヨーロッパ総局員・科学医療部長・論説副主幹等を務めて、2013年に退職。関心領域は基礎科学とその周辺。著書に『科学をいまどう語るか 啓蒙から批評へ』(岩波現代全書)・『量子論の宿題は解けるか』(講談社ブルーバックス)等。共著として『量子の新時代』(朝日新書)。


キャプチャ  2015年6月12日付掲載


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