【どうなってるの?TPP】(上) 大詰めのTPP交渉――交渉は漸く“5合目”、難航する関税と知的分野

2013年内に大筋合意を目指すとしていたTPP(環太平洋経済連携協定)の交渉は、二度に亘って年を越し、現在まで合意に至っていない。TPP交渉を主導する筈のアメリカは、国内で反対論が噴き出して混乱している。一体、TPP交渉はどうなるのか? 現時点までの交渉の進捗状況と、今後の見通しをわかり易く纏めた。 (大坪稚子・竹田孝洋・前田剛)

TPP 01TPP 02

5月15日、アメリカのグアムは台風『ドルフィン』の接近に依る暴風雨に見舞われ、外出禁止令が出されていた。同日から当地で開催予定だったTPPの首席交渉官会合は順延となり、波乱の幕開けとなった。TPP交渉が躓くのは、これが初めてではない。上表で示したように、当初は2013年内の大筋合意を目指していた。ところが、交渉は難航して一向に纏まらず、二度も年を越すこととなった。このままずるずると長引けば、TPPが立ち消えになる――。危機感を募らせた各国が、大筋合意の目途としてきたのが今年の春であり、グアムでの首席交渉官会合はその地均しの筈だった。ところが、その前提が崩れ去る。5月中に可決する予定だったアメリカの大統領貿易促進権限(TPA)法案が、反対派の巻き返しで後ずれしているのだ。すったもんだの末、5月22日に上院で可決されたものの、下院での審議は6月初旬に持ち越された。TPAは、アメリカ政府が他国と結んだ通商合意について、議会に修正無しで賛否の議決を求めることができる権限のこと。TPAを持たないアメリカと交渉して合意したとしても、後でアメリカ議会にひっくり返される恐れがある。そんな懸念を抱えたまま、ぎりぎりの交渉などできる筈がない。だからこそ、5月中の大筋合意にはTPAが不可欠だったのだ。今後の見通しについては(下)編で詳しく述べるが、アメリカ議会の今後のTPAの審議が交渉の鍵を握っていることは間違いない。この2年間、12ヵ国が膝詰めで交渉を重ねながら妥結を目指してきたのは、TPPが世界有数の大経済圏になる可能性があるからだ。上図に示したように、TPP参加12ヵ国のGDPが世界に占める比率は36%に達する。アメリカにとってはアジア市場で主導権を握るチャンスであり、日本にとっては「人口減少が進んでいく中で、海外に活路を見出すしかない」(『第一生命経済研究所』首席エコノミストの熊野英生氏)。各国其々の思惑は違えども、合意を目指す方向では一致している。

TPP 03TPP 04

では、一体TPP交渉はどこまで進んでいるのか? 上図に、5月中旬時点までの交渉の進捗状況を分野毎に纏めたので見てほしい。全部で21ある分野のうち、6分野で既に交渉が終了しており、更に5分野で粗終了しつつある。残りの10分野は未だ交渉中で、特に関税と知的財産の分野は難航しており、予断を許さない。二度の大筋合意断念を経て、三度目の正直となるか。TPP交渉は最終局面に近づいている。上図④の『輸入食品の安全基準』について、「日本が基準緩和を求められるのではないか?」との懸念があるが、「日本の基準は科学的根拠に基づいており、制度変更を求められてはいない」(TPP政府対策本部)。もう1つ、TPPのリスクとして指摘されていたのが、上図⑮の『全ての投資家を公平に扱うルール』に含まれている『ISDS』(投資家と国家間の紛争処理)。これは、投資家が投資先の国家の政策に依って損害を受けた場合に、その国家を仲裁裁判所に訴えることができる制度。これに依って、「日本の規制が外国企業から槍玉に挙げられるのではないか?」との懸念が広がっていた。しかしISDSは、外国の投資家と国内の投資家の差別を禁じる条項であり、投資の際にしか適用されない。また、妄りに訴えを起こせないような制限を設ける方向で検討が進んでいる模様だ。交渉が難航している関税撤廃と知的財産について、詳しく説明していこう。




TPP交渉は、関税分野と非関税分野(ルール作り)に大きく分かれている。関税分野で一番難航しているのが、各国がどうしても守りたい“聖域”の品目を巡る交渉だ。日本はコメ・麦・牛肉・豚肉・乳製品・砂糖の5品目、アメリカは自動車・砂糖、カナダは鶏肉・卵・乳製品等の聖域を抱えている。日本にとって最も影響が大きいのは、聖域の農産物の関税引き下げとミニマムアクセス(関税ゼロでの最低輸入量)の水準拡大だ。アメリカやオーストラリアは農産物を、ニュージーランドは乳製品の関税の引き下げを要求している。下図は、日本に何らかの影響が出そうな品目の現時点の関税率を示したものだ。特に農産物5品目に関しては、「聖域を確保する」との国会決議の下、TPP交渉に参加した経緯もあり、厳しい交渉が続いている。コメはミニマムアクセスを超えると、1kg当たり341円の関税がかかる。スーパーの店頭で国産米が5kg約1500円で売られているのだが、輸入米は関税分だけで1705円と市場価格を上回ってしまう。コメは従量税の為、関税率は定められていないが、参考までにタイの輸出省が公表した本船渡条件価格(FOB価格)を基に1ドル=120円で換算すると、270%程度となる。TPP交渉では、アメリカはミニマムアクセスの拡大を訴えている。現在は年間77万トン(玄米ベース)だが、新たに精米で17.7万トン、加工米で4トンのミニマムアクセスを要求。対する日本は精米5万トンが限度で、10万トン弱まで拡大を検討するという立場で臨んでいる。ミニマムアクセス米は結局、政府が買い上げて市場に出回るのを防ぎ、米価の下落を抑えている。その費用は税金で賄われており、ミニマムアクセス米の更なる輸入増加は避けたいのが本音だ。

TPP 05

乳製品について強硬なのがニュージーランドだ。日本のバターの関税率は35%、脱脂粉乳は25%。TPP参加国のシンガポールのように関税ゼロの国もあり、交渉内容は明らかにされていないが、「関税の引き下げは止む無し」と見られている。牛肉・豚肉の関税については、日豪EPA(経済連携協定)が交渉のベンチマークとなる為、峠は越えたとされるが、予断は許さない。日米間の交渉で、アメリカが自動車部品の関税引き下げを呑む条件として、日本に日豪EPAより更に低い水準の関税を求める可能性があるからだ。そうなれば、オーストラリアも関税引き下げを求めてくることは必至だ。このように、関税交渉は2国間で完結するほど単純ではないのである。日本側が攻める分野もある。アメリカの聖域である自動車と自動車部品の関税引き下げだ。自動車は既に現地生産をしていることもあり、優先順位として自動車部品の関税撤廃を強く求めている。対するアメリカは、自動車関連産業は多くの雇用を抱えて影響が大きいだけに、中々譲歩する気配は無い。一方、輸入関税の引き下げは農業や畜産業にとっては痛手となるが、一般消費者にとっては輸入品の価格が安くなる点でプラスとなる。聖域を守ることが全国民の利益となる訳ではないことは、留意しておく必要があるだろう。

TPP 06
非関税分野における最大の懸案事項は知的財産だ。特に主張の隔たりが大きく争点となっているのが、著作権と医薬品の特許問題である。著作権問題は左表のように、“著作権保護期間の延長”“非親告罪化”“法定賠償金”が争点になっている。日本における保護期間は、小説が著作者の死後50年、映画が70年となっているが、アメリカは何れも70年としており、海外にも期間延長を求めている。仮に延長されると、権利者が見つからない為に再販できない“孤児著作”が増えて、電子書籍の発売ができない等の問題がある。通商関係者の間では“ミッキーマウスの為の法律”とも言われ、アメリカが強硬に主張しているが、既に制度があるオーストラリアを除いて各国は様子見だ。非親告罪とは、権利者が告訴しなくても刑事処罰ができるというもので、第三者(偶々著作権侵害を見つけた人等)に警察に通報され、訴えられることもあり得る。日本が導入に反対しているのは、コミックマーケット(コミケ)に多い二次創作やパロディが非親告罪で訴えられる可能性が高い為だ。同様に、ベトナムも反対の姿勢を取っている。法定賠償金は、裁判所が実害以上の賠償金を命じることができるもので、日本には無い制度だ。高額の賠償金が著作権侵害の抑止力になるというメリットがある一方、「弁護士が『カネになる』と思い、訴訟件数を増やすのでは?」と見る向きもある。

もう1つの争点が、新薬に関わる特許延長だ。日本やアメリカは、承認に必要なデータ保護期間を8年にすることや、特許の期間を更に5年以上延長することを求めている。それに対して、オーストラリア・ニュージーランド・新興国が反対、保護期間を5年にするように求めている。オーストラリアやニュージーランドでは、政府が財政で補填することで薬価を低く抑えている。特許延長でジェネリック医薬品(特許切れの後発医薬品)の発売が後ろ倒しになれば、その分、財政負担が重くなる。安価なジェネリック医薬品に依存する新興国では、発売が遅れれば人命に関わる。果たして、知財の問題は日本にどんな影響を与えるのか? 知財に詳しい一橋大学の相澤英孝教授は、「知財保護がTPP参加国に義務付けられる為、日本企業にとっては保護水準が上がることに依る恩恵が大きい」と指摘する。現に、海外では法整備の遅れ等で日本製品が模倣されるケースが多い。その時に法定賠償金の制度があれば、企業は“訴える”というオプションを持てるし、模倣業者を牽制することもできる。TPPでの知財保護が確立するのは、日本にとってはプラス面が多いにせよ、新興国との妥協点を見つけ出すには相当の時間を要しそうだ。


キャプチャ  2015年6月6日号掲載


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テーマ : TPP問題
ジャンル : 政治・経済

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