【日本型雇用システム大解剖】第2部・ニッポンの賃金制度(01) それでも年功賃金は復活しない――日本で成果主義が総崩れしたワケ

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日本の賃金制度は、どのような変遷を遂げたのか? そして今後、どこへ向かおうとしているのか? ここでは多様な賃金形態を分類した上で、それを占っていこう。賃金形態とは賃金の決め方のことであり、何をどのように基準にして賃金額を決めているかに依って分類できる。先ず、何を基準とするかで賃金形態は2つに分類できる。それが、『属人基準賃金』と『職務基準賃金』だ。『属人基準賃金』とは、社員が持つ属性(例えば年齢・勤続年数・学歴・性別・職務遂行能力等)を基準として支払う賃金のことである。日本の正社員の『年功給』や『職能給』がこれに相当する。しかし、日本の正社員以外(例えばアジアを含む外国や、日本の非正規社員)では属人基準賃金は殆ど見られない。日本独特の賃金形態である。職能給は属人基準賃金の代表格だ。1980年代いっぱいまで、日本企業が高い業績を上げる重要な1つの理由として、職能給が称賛された。「職能給は職務遂行能力を評価するので、正社員はその伸長に努力し、それが日本企業の高い業績を齎すのだ」という因果関係の主張だ。この能力は、建前は兎も角、勤続と共に伸長するのが普通だから、正社員の勤続と共に賃金額が増加するように、実際の職能給は制度設計されていた。しかし、1990年代初めにバブル経済が崩壊し、日本企業の業績が悪化すると、この因果関係に疑問が抱かれるようになった。きっかけとなったのは、1993年に富士通が『成果主義』の導入を盛んに宣伝したことだった。これ以降、2000年前後まで成果主義はホワイトカラー人事制度改革のキーワードとなった。賃金で言えば、“成果主義賃金”ということだ。成果主義導入の主張は、主に経営コンサルタントとマスメディアに依るものであったことに留意したい。“成果主義賃金”との言葉は、アメリカからの輸入であろう。アメリカ政府が組織した大規模な委員会が、アメリカ国内のホワイトカラーの賃金制度を調査した。その報告書である『成果に支払う賃金』は1991年に刊行され、それがアメリカで評判になっていたからだ。この報告書の内容を理解するには、右図下の職務基準賃金の意味と、その分類を理解しなければならない。

その『職務基準賃金』とは、職務を基準として支払う賃金のことである。アメリカは勿論、アジアを含む外国や日本の非正規社員で極普通に見られる、一般性のある賃金形態だ。職務基準賃金は、更に2つに分類できる。多数派の『職務価値給』と、少数派の『職務成果給』である。『職務価値給』は、職務の“価値”を決め、この価値を基準として賃金を支払う。働く内容(即ち職務)には、例えば難易度等様々な点で違いがある。この違いを“価値”という言葉で表現するのだ。この“価値”は、ある時間単位の賃金額で表現される。職務の遂行には一定の時間が必ずかかるので、適・不適は兎も角、どのような雇用にも職務価値給は支払うことができる。だから、職務価値給は古くから現在まで、また世界各地で最も普及する多数派の賃金形態だ。職務の価値の決め方の違いに依って、職務価値給は更に分類できる。職務給は、職務価値給で最も重要な一形態だ。職務給は、職務分析・職務評価という手法で職務の価値を決定し、決定された価値に金額をつける。『範囲レート職務給』が職務給の多数派である。職務につけられる賃金に幅があるのだ。幅の中のどの額かは人事査定の結果で決められ、その額がその職務に従事する社員に支払われる。範囲レート職務給は、欧米諸国のホワイトカラーでは至極普通である。『単一レート職務給』は少数派だ。『職務成果給』は、職務遂行の成果を数値で測定できなければならず、それを基準として賃金を支払う。この原理的な困難からして、職務成果給が実施可能な場合は非常に少ない。だから、職務成果給だけが支払われる社員は極少数だし、支払われる場合でも他の賃金項目と組み合わせて支払われる。職務成果給は従来から、生産労働者や一部のグレーカラー(営業職等)に支払われてきた。その為、世界各地のどこでも見られるが、どこでも少数派だ。前出の報告書『成果に支払う賃金』は、従来からの範囲レート職務給の普及を確認し、これに加えて『変動給』の発展に注目した。変動給は、ホワイトカラーに適用される職務成果給だ。しかし、成果が数値で表れないホワイトカラーでは、原理的な困難さは倍加している。




さて、日本では成果主義賃金は言葉だけの輸入だったから、それが何を意味するのかは明確でなかった。変動給の1つであるストックオプションの導入から職能給の単なる改善までもが総じて“成果主義賃金”と呼ばれ、その意味は企業毎にバラバラだったと言ってよい。そして、変動給乃至職務成果給の導入は、成功したとは言えなかった。成功しなかった理由には、職務成果給の原理的な困難に加えて、日本的な事情もあった。というのは、それまでの日本的な雇用慣行や人事制度をあまり変更しないまま、賃金形態だけを変更しようとしたからだ。両者は相互補完関係にあり、一方だけの変更は無理なのだ。「成果主義賃金が上手くいかない」と言われ始めると、アメリカで1990年代に流行した賃金制度が2000年に日本に紹介された。それが『コンピテンシー基準賃金』だった。しかし、その流行は短期間だった。これを実際に導入しようとした企業は直ぐに、「改革すべき従来の職能給と、新しいコンピテンシー基準賃金を明確に区別できない」という大問題に直面したからだ。尤も、区別できないことは当然であった。日本企業に高い業績を齎したと言われる職能給をアメリカの経営コンサルタントが学び、それをアメリカ風にアレンジして1990年代に流行させたのがコンピテンシー基準賃金だったと思われるからだ。両者の根は同一なのである。因みに、アメリカでは2000年代から現在までで、コンピテンシー基準賃金は粗廃れたと推測できる。

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巷の議論の世界で成果主義に大打撃を与えたのは、2004年刊行の高橋伸夫氏の著書『虚妄の成果主義』がベストセラーになったことだろう。書名通りの成果主義批判だったが、その副題である“日本型年功制復活のススメ”にこそ注目すべきだ。それは、賃金制度で言えば「職能給へ復帰すべき」という主張だった。2008年のリーマンシ ョックでアメリカの投資銀行が破綻すると、それは「成果主義の破綻だ」と理解され、益々この主張が強まった。現在、「(成果主義でなければ)日本型年功制復活」「職能給へ復帰だ」との考え方の賛同者は、無視できない数がいる。しかし、この考え方が可能になるには、企業の持続的で高度な成長こそが必要条件だったのではないか? 嘗て言われた因果関係は逆なのではないか? そして、この必要条件は現在の日本に無いのではないか? これらの検討から賛同者は目を背けている。だから、「昔はよかった」論にしかならない。ところで、巷の議論でなく、実際の日本企業はどう考えてきたのか? 日本企業の多数派の考え方を代表するのが『日本経営者団体連盟(日経連、2002年に『経済団体連合会』と統合)だとすると、日経連は巷の議論とは異なった考え方を取ってきた。日経連は、1990年代末まで職能給を推奨し続けた。有名な1995年の報告書『新時代の“日本的経営”』の“雇用ポートフォリオ”では、「正社員は職能給であるべき」ことが明記されている。報告書に成果主義の言葉は殆ど登場しない。この考え方が変わるきっかけは、1997~1998年に『山一証券』等の有名企業が相次いで破綻したことだろう。これらの破綻は、日経連に大きな衝撃を与えた。日経連と関係が深かったある研究者は当時、「日経連は自信喪失なんですよ」と私に解説した。

2002年の日経連の報告書『成果主義時代の賃金システムのあり方』では、ホワイトカラーの正社員には“役割”を、生産労働者の正社員には範囲レート職務給を、其々推奨することになった。報告書名の“成果主義”に意味が無く、本文で役割給と範囲レート職務給を推奨していることこそが重要だ。この考え方は、2010年に経団連企業が纏めた『役割・貢献度賃金』でも同一だ。『役割給』とは、範囲レート職務給ではないものの、これに近づく賃金のことである。キヤノンの説明に依ると“役割=職務+職責”であり、これらを基準にする賃金のことである。職務だけに支払うなら職務給だが、職責も加えるので役割給なのだ。職責とは、経営方針や上司の意思を社員が反映することであり、謂わば“会社への忠誠心”のことだ。役割給は日本企業に実際にも普及していて、暫くは定着するだろう。それは、「一般性がある範囲レート下職務給への過渡期のものだ」と私は考えている。近年の賃金制度改革は、日本独特の属人基準賃金が不可能になってきたことに原因がある。そうすると、移行する先は一般性のある職務基準賃金しかない。最初は成果主義賃金が、次いでコンピテンシー基準賃金が目指された。そして、これらが上手くいかないと“属人基準賃金への復帰”という空論が出てきた。総じて、これらは“議論の迷走”だと私は思う。実際の日本企業は、やはり職務基準賃金への移行を考えるが、その中で多数派の職務価値給の中の職務給のそのまた多数派である範囲レート職務給への移行を睨んでいる。「特殊なものが不可能になれば、一般的なものを目指す」というのは、私には当たり前の動きと思われる。


遠藤公嗣(えんどう・こうし) 経済学者・明治大学経営学部教授。1950年、岡山県生まれ。東京大学経済学部卒、同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。山形大学・神奈川大学の教授を経て現職。専攻は雇用関係論・人的資源管理論。著書に『日本の人事査定』『賃金の決め方 賃金形態と労働研究』(共にミネルヴァ書房)・『これからの賃金』(旬報社)等。

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今後、日本企業で年齢と賃金との関係はどうなるのか? 経団連が行った『2014年人事・労務に関するトップ・マネジメント調査』に依ると、賃金の課題として「高年齢層の賃金カーブが高止まりしている」を挙げた企業が最多だった。今後、目指したい賃金カーブの形状としては、ミドル以上はフラット化した上で、査定に依る変動幅をつける『上昇後査定変動型』が6割を超えて断トツだった。ただ、この調査が暗黙の内に賃金カーブを前提としているということは、日本企業が依然として他人事に決める賃金形態を想定していることを示す。海外のように、年齢に関係無く職務毎に賃金を決める職務給では、抑々“賃金カーブ”という発想は無いからだ。日本企業が職務給に全面的に移行するのは、当分先と言えそうだ。では今後、『上昇型査定変動型』はどんな形で実現していくのだろうか? 1つは、従来のヒト基準の主流である職能給を継続することだ。ミドル以上では最早職務遂行能力は恒常的に伸びないという理屈で、昇給の頻度や幅に大きな差をつける。ただ、職務遂行能力は通常落ちないので、降給が無いという特徴がある。もう1つが役割給だ。これは、職務給に上司から与えられた役割(職責)を加味したもの。役割部分が曖昧なのは企業にとって都合がいい。配置転換した時、職務給のみだと賃金ダウンで不公平感が出てしまうこともあるからだ。役割部分で色を付けて、配置転換後も賃金を下げない工夫をする。尚、「海外と全く同じ職務給を導入した」と公表する大企業もあるが、実はその場合も範囲レート給になっており、新たに異動してくる人材の元の賃金を考慮して、範囲レートの中で降給とならない措置を取る。何れにしろ、日本では客観的に計測し難いヒト基準の査定評価が付き纏う為、賃金決定を巡る社員の不満は消えることがない。 (本誌編集部)


キャプチャ  2015年5月30日号掲載


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