【創論】 司法取引導入の是非――元検事総長・但木敬一氏、東京経済大学教授・大出良知氏

他人の犯罪を明かす見返りに、自分の刑を軽くしてもらう――。そんな司法取引を導入するよう、法制審議会が提言した。法務省は必要な法案を来年の通常国会に提出する意向だ。日本の捜査はどう変わるのか。法制審の議論にもかかわった元検事総長の但木敬一氏と、新たな冤罪の危険性を指摘する東京経済大の大出良知氏に聞いた。

――なぜ司法取引が導入されることになったのですか。
「日本では従来、取り調べによって容疑者の本心を引き出し、事件の真相を解明してきた。だが、(厚生労働事務次官の)村木厚子さんが無罪になった郵便料金の不正事件などが起き、取り調べへの過度の依存が問題になった」
「このため法制審議会で、新たな時代の刑事司法制度のあり方が議論されてきた。取り調べや供述調書に依存した捜査からどう脱却するのか。その代わりとなる証拠収集の多様性をどう図っていくか。議論の結果、捜査・公判への協力を促す形の日本型司法取引の導入が決まった」

――海外で司法取引は、捜査に役立っているのですか。
「米国や英国で、なぜ組織的な大事件が摘発できるのか。それは司法取引があるからだ。典型的な例として、米エンロンによる巨額の粉飾決算事件があげられる」
「たとえば、あやしい領収書を持っている人に『これは誰にもらったのか。話せば、あなたは起訴しない』と取引を持ちかける。次はそこへ行き、『領収書を書くよう命じたのは誰だ』と聞く。これも起訴しない」
「こうやって下からどんどん上がっていって、CEO(最高経営責任者)までたどり着くわけだ。エンロン事件では100人ほどが司法取引の対象になり、最高幹部クラスの10人程度が起訴された」

――法制度や企業風土が違う日本に導入して、うまくいくでしょうか。
「まさに今、日本は司法取引が期待できる時代に入った。集団的利益より社会的公正が重視されるようになり、企業の中にコンプライアンスの考え方が育ったからだ。かつては会社内の利益こそが最大の利益であり、社会の利益は軽んじられた。義理と人情でからみあい、悪いことをやっても絶対に言わない。これでは取引は成り立たない」
「ところが、いまや会社にとってコンプライアンスは生きるか死ぬかの問題だ。コンプライアンスに反すれば会社の株は暴落し、つぶれることもある。会社を救うには、役員であっても処罰を受けてもらうしかない。そういう時代になると、司法取引が効く」

――独占禁止法の改正で導入された課徴金減免制度(リーニエンシー)は、司法取引に似た制度ですね。
「その通り。リーニエンシーでは談合やカルテルを最初に申告した会社は課徴金が全額免除され、刑事告発も事実上免れる。この制度を取り入れる前には、あんなものが日本で機能するわけがない、とさんざん言われたものだ」
「ところが、制度開始後すぐに、日本を代表する超大企業が手を上げた。たぶん会社のトップが談合の事実を知って驚き、決断したのだと思う。昔だったら皆でほおかむりしていたのではないか」

――具体的に司法取引を想定できる犯罪がありますか。
「おれおれ詐欺などがそうだ。現状では電話をかけたり、カネを受け取りに来たりする手下を捕まえるのが精いっぱい。これをいくら起訴しても首謀者にはたどり着かないし、被害もなくならない」
「末端の人物はどんどん不起訴にすればいい。その代わり、指示してくる電話の番号は何番なのかと聞く。その供述が本当だと確認できれば、起訴する必要はない」

――実行犯を許して首謀者だけを罰することに、国民の理解は得られますか。
「たとえば5人が集まって悪事を働いたとする。1人が仲間を売って自分だけ助かり、4人は刑務所に行った。理不尽にも思えるが、では5人がみな黙って、犯罪がまったく裁かれないのが正義にかなうだろうか」
「組織犯罪などでは、犯罪を解明するための扉を開けようとしても、カギがかかっていて開かない。司法取引はそのカギを認めるということ。扉が開けばそこから中へ入って、実態を解明できる」

――自分が刑罰を逃れようと、他人に罪を押しつける可能性はないでしょうか。
「心配がまったくないと言うつもりはない。だからこそ、一貫して弁護人が関与することとし、審理する裁判官には必ず取引の内容が明示されることになっている」
「もちろん捜査する側はそうしたおそれを十分意識して、取引の供述が事実であると確信できるまで、裏付け捜査を徹底する必要がある。捜査官は社会の常識や国民感情をきちんと受け止め、賢く、謙虚であらねばならない」


ただき・けいいち 東京大学法学部卒。法務次官などを経て2006年、検事総長。2008年退職し、弁護士。法制審の特別部会委員を務める。71歳。






――法制審議会が司法取引の導入を含む刑事司法の改革を提言しました。どのように評価しますか。
「提言は、取り調べの録音・録画を義務付けるなど一歩前進という面もあるが、全体としては権力的な開き直り、というべきだ。法制審の議論は、村木厚子さんが無罪になった郵便料金不正事件が出発点だ。求められていたのは、密室の中で容疑者に自白を迫るいまの取り調べのあり方を、徹底して適正なものに変えていくことだった」
「そのうえで、取り調べに代わるほかの手法が本当に必要かどうかを議論するのが順序のはず。それなのに、これまでの取り調べに対する反省もないまま、司法取引の導入が決まった。検察側が『取り調べに依存しない捜査を目指すのだったら、ほかにどういう方法があるのか言ってみろ』と開き直る形になった」

――法制審の議論のあり方とは別に、司法取引という捜査手法をどう考えますか。
「自分が助かろうとして、無関係の人を巻き込む危険性が高い。司法取引がなかった過去の事例をみても、関係のない人を共犯者として引っ張り込む事件は起きている。今回の村木さんの事件も、まさに検察の予断に沿って村木さんを巻き込んだ事件だ。司法取引という形をとっていた場合には、もっと厄介だった可能性がある」

――司法取引には容疑者本人と弁護人の合意が必要です。取引で話したことが本当かどうかは、裁判の場で尋問されます。冤罪の一定の歯止めになりませんか。
「司法取引に合意するのは他人を巻き込む側の弁護人だから、歯止めとしての期待はできないだろう」
「裁判での尋問も、取引する容疑者が実際に事件にかかわっている場合には、証言には迫真性がある。多少、話に矛盾があっても、『大筋において正直に話している』と判断される。今までの裁判でも、そうやって引き起こされた冤罪がたくさんある」

――海外では成果も上がっているようですが。
「米国では1960年代に、取り調べへの弁護人の立ち会いが認められた。取り調べのチェックや適正性の確保は日本では考えられないくらい進んでいる。そうしたバランスのなかで司法取引が位置づけられてきた。日本とは状況が異なる」
「検察官の立場も違う。米国には公選制度があり、検察は何をやってきたのかを国民にチェックされ、説明責任を負う。ところが日本の検察は中央集権的な官僚組織だ。情報を開示せず、説明責任もほとんど果たしていない」

――司法取引がないと、組織犯罪などの解明が難しいとの指摘もあります。
「本当にそうだろうか。自白に頼ることが効率的だし、捜査当局にとって都合がいいので、取り調べ以外で立件する努力を怠ってきたのではないか。たとえば証拠の確保や分析、科学捜査などにしても、どこまで徹底して検討、実施してきたのか疑わしい」
「取り調べの問題性は何十年も前から指摘されていたのに、この間、何をやっていたのか。村木さんの事件でも結局、周りの人間を引っ張ってきて供述を迫るだけ。あげくに証拠品のフロッピーディスクを改ざんした。その程度のことしかやってこなかったということではないか」

――今後、司法取引を導入するための法律案を作る過程で、よりよい制度にしていく手立ては考えられますか。
「容疑者が取引に応じるまでの、どの段階から弁護人がかかわるのか。容疑者が取引に応じる意向のとき、弁護人がそれにクレームをつけられるのか。司法取引が可能な事件の取り調べについては全面的に録音・録画するのかなど、いろいろな可能性を検討する必要があると思う」

――検察・警察が生まれ変わらなければ、結局、信頼されないということですね。
「そうだ。司法取引の導入を考えるとしても、現状を肯定するところから出発するのか、現状への批判に応えてこなかったことを問題にするところから出発するのか。議論が全然違ってくる」
「これまでの捜査のあり方を洗いざらいチェックしてみれば、検察が言っているのとは違う構図が見えてくるのではないか。それをやらずに、検察の論理だけで『自白がとれないから司法取引だ』というのはおかしい。まず適正な刑事手続きを第一に考えたシステムを作るべきだ」


おおで・よしとも 九州大学教授を経て2007年より現職。裁判員制度創設などの司法制度改革に関わる。専門は刑事法学。67歳。

               ◇

但木・大出両氏の話からもわかるように、司法取引には大きな可能性と大きな懸念の両方がある。取引を駆使して“巨悪”を摘発できれば優れた捜査のツールとなるが、無実の人がぬれぎぬを着せられてはたまらない。結局、この新しい手法がうまくいくかどうかは、捜査当局の取り組み次第ということだ。その点で、「果たして検察は、取り調べをめぐるこれまでの問題を真摯に反省しているのか」という大出氏の問いかけは重い。信頼しきれない人たちがやった取引は、信頼しきれない。被害者・弁護人・裁判所、そして国民にこう思われてしまっては、巨悪の追及どころではなくなってしまう。なぜこの人とだけ取引をして、罪を許したのか。公正や公平にかなうことなのか。但木氏がいう通り、検察や警察はこれまで以上に“社会の常識や国民感情を受け止める”必要がある。摘発した意味を問われ、“公判で明らかにする”だけでは通用しない時代になる。 (編集委員・坂口祐一)


キャプチャ  2014年10月26日付掲載


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