健康診断革命で、もう社員を死なせない――完璧ではない定期健診、社員を困惑させる項目も…より高精度・簡便に、血液1滴で鬱病を客観診断

企業で必ず実施するように法律で定められている『定期健康診断』。だが現状の仕組みでは、重大な病気から社員を100%確実に守ることはできない。社員を死なせない為の、官民一体となっての“健康診断革命”を提言する。 (宇賀神宰司・西雄大・染原睦美)

「どれほど忠告しても健康診断に行かなかった。こんなことになるなら、首根っこを掴まえてでも検査に連れていくべきだった」。大手消費財メーカーに勤めるA氏はこう悔やむ。A氏の上司である役員のB氏が心筋梗塞を患い、48歳の若さで急死したのは今年4月のことだった。1990年に入社し、開発部門に配属されると20代からヒット商品を連発。近年は、同社史上最速で役員に就任し、海外市場開拓で陣頭指揮を執っていた。将来の社長候補とも目されていただけに、企業が受けた痛手も大きい。なぜ、B氏は健診を拒んだのか? きっかけは5年前、健診を定期的に受け“異常無し”の判定が続いていた最愛の妻が、癌で死んでしまったことにあった。「会社の健診を受けていれば、少なくとも命に関わるような病気は早期発見できる」。そう信じていたB氏は以来、“大の健診嫌い”となり、「健診なんか時間の無駄。受けても健康でいられるとは限らない」と公言していたという。妻の死を機に、自暴自棄になったかに見えるB氏。だが、その主張は半分は間違っているが、半分は正しい。

medical checkup 01
B氏を襲った心筋梗塞は、健診で判明する血圧や血液検査・心電図等の異常から早期発見が可能と言われている。その意味で、健診は決して“時間の無駄”ではない。ただ一方で、生前のB氏が言っていた通り、「健診を受けていれば重大な病気を100%早期発見できる」というのは明らかに言い過ぎだ。現在の定期健診が始まったのは1972年。『労働安全衛生法』の下、「職場における労働者の安全と健康を守り、労働災害を防止すること」を目的に、全11項目の検査が企業に義務付けられた。だが、抑々11項目の検査だけでは見つけるのが難しい病気も少なくない。例えば脳腫瘍だ。2011年7月に脳腫瘍の摘出手術を受けたシステム開発会社『オーシャンブリッジ』(東京都渋谷区)の高山知朗会長は、普段から人一倍健康に気を使い、健診も欠かさない経営者だった。「肥満度が高い」と指摘されれば減量に励み、「尿酸値が高い」と言われれば酒量を制限。あらゆる検査の数字を改善しようと努力を重ねてきたが、脳腫瘍はその予兆すら発見できなかった。高山会長はその後、2013年5月に白血病・悪性リンパ腫を発症。現在、維持療法を続けている。「発症の2年半ほど前から疲れ易く、物が歪んで見えることがあった。眼鏡を替えたら治ったような気がしたので放置してしまったが、健診に脳関係の検査があれば早期発見できたかもしれない」と高山会長は話す。こうした状況を受け、発見できる病気の数を増やそうと、企業や健康保険組合が社員に実施する健診項目は増加傾向にある。2008年には40~74歳を対象に『内臓脂肪型肥満(メタボリックシンドローム)』に着目した健診(通称:メタボ健診、正式名:特定健診・特定保健指導)が義務化。今年12月からはメンタルヘルスチェックが強化され、医師等が従業員の心理的負担を把握する検査(ストレスチェック)が始まる。だが、そうやって項目が増えると、今度は検査が煩雑になり、肝心の受診率が上がり難くなる事態になりかねない。厚生労働省が2007年に実施した調査では、全国の事業所における定期健診の受診率(常用労働者)は81.2%。5人に1人が健診を受けていないのが実情だ。ただでさえ、今の健診には時間がかかる。検査時間も然ることながら、大企業では多くの社員が検査会場で長蛇の列を作ることも珍しくなく、所要時間が1時間以上になることも多い。こんな状況で新たな項目が次々に加われば、健康に自信のある人が健診を煩わしく思っても不思議ではない。




medical checkup 02
中でも近年、会社員が困惑している新たな項目が、法定外だが一部の企業や健保が導入し始めた『検便』だろう。大腸癌の早期発見等に有効な便潜血検査。だが、洋式トイレが普及し、大半の家庭で“採取作業”が困難になっている上、“大の大人が自分の便を堂々と持ち歩くこと”自体に強い抵抗感を持つ人も少なくない。また、メタボ健診等は検査の結果に問題があればその後、自分の健康の為とはいえ少なからぬ負担を強いられる。万歩計で歩数を計測し、日々の行動をリポートに纏め、定期的に指導員と面談する等の必要が発生するからだ。それでも、企業は今後、健診を一段と充実させていかざるを得ない。従業員が病気になった責任を、企業が問われるケースが増えているからだ。「心臓や脳に関する検査を少なくともオプションとして用意しておかないと、企業が巨額の賠償を請求されかねない時代になってきた」。『ロア・ユナイテッド法律事務所』の竹花元弁護士はこう警鐘を鳴らす。心疾患や脳疾患は、過労やストレス等会社の業務に起因することが年々明確になりつつある。この為、今後は不幸にも社員がそれらの病気で亡くなった際、“企業が過労状態を放置していた事実”が証明されれば、多額の賠償金が求められる恐れがあるという。「例えば、40歳の年収1000万円の社員が脳梗塞で死亡し、会社に落ち度があれば、逸失利益を含め1億5000万円近くの支払いを求められる可能性がある」と竹花弁護士は試算する。“心の病”も企業の責任を問われかねない。実際、大手メーカーに勤める社員が提訴し、企業側に賠償を命じた判決もある。賠償額は約5000万円に上る。原告は2001年頃、業務量の増加から体調に異変を来し、産業医に頭痛や眩暈を訴えた。が、“問題無し”と診断され、その後に鬱病を発症。裁判所は、「企業側に社員の病気を治療する意図が無かった」として賠償責任を認めている。

法律通りの検査だけしていては十分な効果は望めず、訴訟リスクも高まる。とはいえ、検査メニューを充実させれば社員の負担が増え、受診率にも影響が及ぶ──。企業は一体どうすればいいのか? 本誌は、労働安全衛生法に基づく厚生労働省令改正まで含めた、官民一体での抜本的改革を提言する。先ずは、省令改正等を通じて現状の検査項目を絞り込むことだ。必須11項目の中には、例えば“(2)身長測定”等重大な病気の早期発見に必ずしも直結しない項目も含まれている。また、医学関係者の中には、「“(5)視力検査”や“(6)聴力検査”等自覚症状が出る項目については、態々全社員を検査する必要はない」という主張もある。ある程度項目を絞り込んだ後は、最新の医療技術を活用し、各項目を“より高精度で、より簡便な方法”に代替していくことだ。医学の進歩は目覚ましく、未来の健診は血液検査のみ、所要時間3分で済む可能性も出てきている。たった1滴の血液で、癌・脳梗塞・心疾患・鬱がわかる──。そんな技術が開発されつつあるからだ。その一例を紹介しよう。

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例えば、現状の癌検査はそれなりの手間がかかる割に、必ずしも早期発見に繋がらない。肺癌なら胸部X線、乳癌ならマンモグラフィー、胃癌ならバリウム……といった具合に、其々の癌に合わせた検査が必要だ。「リスクが低い人も高い人も一律で大がかりな検査をしなくてはいけない」と、『三井記念病院総合健診センター』特任顧問の山門實氏は説明する。だが、『アミノインデックス がんリスクスクリーニング(AICS)』という最新の検査は、血液中のアミノ酸濃度を測定し、健康な人と癌である人のアミノ酸濃度のバランスの違いを統計的に解析する。人体の20%はアミノ酸(タンパク質)。癌になった場合、その内の特定のアミノ酸の生成が活性化する等バランスが崩れる。その変化から癌に罹患しているリスクを評価する手法だ。1回の採血で複数の癌の検診もできる。5mlほどの血液で、胃癌・肺癌・大腸癌・前立腺癌・乳癌・子宮癌・卵巣癌について一度で判定が可能。今後は膵臓がんについても検討を開始しているという。尤も、今は「貴方は癌です」とズバリ判定される訳ではない。結果はランクA~Cに大別。胃癌であれば、ランクCの場合、一般の人に比べ10倍のリスクがあると判定される。それでも山門氏は、「全ての人が画一的な検査を受けるのではなく、リスクが高い人だけが本格的な検査を受診する仕組みにすれば、判定の精度にも受診率にも確実に好影響を及ぼす」と強調する。

medical checkup 04
血液からわかるのは癌だけではない。自覚症状が無い小さな脳梗塞(隠れ脳梗塞)を診断し、脳梗塞のリスクを診断する検査も始まっている。『アミンファーマ研究所』(千葉市)が提供する“脳梗塞リスク評価”がそれだ。血液中のアクロレイン等3種のバイオマーカー(疾病の判断を可能にする血液内等の特定の物質)を測定し、被験者の年齢と併せてリスクを評価する。隠れ脳梗塞(無症候性脳梗塞)は自覚症状は無いが、既に微少な梗塞巣がある状態。隠れ脳梗塞が発見された人が、その後7年の間に脳梗塞になる確率は一般の人に比べ10倍程度とも言われる。脳梗塞リスク評価では、85%の確率で隠れ脳梗塞を発見することができる。「隠れ脳梗塞の段階でリスクがわかれば、対応策が得られるケースが多い」(アミンファーマ研究所の五十嵐一衛社長)。また、心筋梗塞でも同じように血液検査で早期診断ができる技術の目途が立ち始めている。理化学研究所は、早期に且つ保険診療内で心筋梗塞がわかるバイオマーカーを発見。2019年に実用化を目指す。実用化されれば、「保険診療内で数百円で検査が可能になる」(理化学研究所疾患糖鎖研究チームの北爪しのぶ氏)という。更に、鬱病を血液で判定する技術の開発も進む。『大鬱病性障害バイオマーカー』がそれだ。血液中の『リン酸エタノールアミン(PEA)』を測定し、PEAの低下から鬱の診断をする。現在の鬱病の診断は問診が中心で、医師や患者の主観が反映されているケースが多いが、PEAを用いることで客観的な鬱病の診断が可能になる。治療開始後もPEAの値を見ながら、患者個人の薬剤応答や治癒レベルの判断が可能。「実用化されれば、会社がPEAの値を定めて出社の可否を決める等の判断材料になり得る」と、『ヒューマンメタボロームテクノロジーズ』の菅野隆二社長は話す。

今は癌・脳梗塞・心筋梗塞・鬱病と其々に採血が必要だが、将来的には1度の採血で複数の疾病が判定できるようになることも考えられる。勿論、ここで提示した未来の健診を実現するには、省令の改正を含め多くの調整が必要になる。血液検査で全ての病気の判定ができるようになるまでは、現状の検査を並行することも当然必要だ。それでも、現状の健診が様々な点で完全ではない以上、抜本的な健康診断革命が社会的に求められ始めていることは間違いない。


キャプチャ  2015年6月22日号掲載


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