【2030年の“電力ベストミックス”国民の選択】(01) 政治的思惑・イデオロギーを捨て、“未来の電力”を決める連立方程式に立ち向かう

経済活動や国民生活を支え、国の行く末をも左右するエネルギー政策は“政治主導”で進んでいるが、そこに国民的議論が抜け落ちているから、不信感が消えない。今年1月から4回に亘って“電力のあるべき姿”を検証したシリーズは大きな反響を呼んだが、政府はその後、国民に広く議論を投げ掛けること無く、“将来の電力供給の割合”を決めようとしている。新シリーズでは、より深く長期的な視点で、“電力とエネルギー”を考える礎となるデータと論点を整理し、考察を深めていく。

前回までのまとめ
【2020年の“日本の電力”大検証】(01) シェールガスは本当に“革命”を起こせるのか…火力コスト“3.7兆円負担増”の現実
【2020年の“日本の電力”大検証】(02) 消費者はすでに“年3000円”の負担増…太陽光発電ブームの光と影
【2020年の“日本の電力”大検証】(03) 地熱・水力・風力ほか…再生エネルギー“本当の実力”比較
【2020年の“日本の電力”大検証】(04) 原発の“本当のコストとリスク”、そして“事故対策”という難題


日本の将来を左右する重要な議論が進行中だ。政府が早ければ5月中にも最終決定する『2030年の電源構成エネルギーミックス』である。4月28日、経済産業省の『長期エネルギー需給見通し小委員会』は、2030年時点の電源構成の政府原案として、

●再生可能エネルギー 22~24%
●原子力 20~22%
●LNG火力 27%
●石炭火力 26%
●石油火力 3%

等の数字を発表した。この案に対して、“原発反対・再エネ推進派”からは早速「反対」の声が噴出した。日本生活協同組合連合会や全国消費者団体連絡会等が参加する団体『自然エネルギーアクション』は政府原案発表当日、衆議院第1議員会館で緊急集会を開き、「再生エネルギーを30%以上に!」と声高に訴えた。全国労働組合総連合(全労連)も4月30日、政府原案を「原発ゼロ・再生可能エネルギーの普及を求める国民世論に真っ向から挑戦するものであり、断じて容認できない」と強く非難し、撤回を求める声明を発表した。一方で、日本経団連は4月6日に、「2030年時点で原発25%超、再生エネルギー15%程度」を提言した。原発推進派は「もっと原発を増やすべき」とし、反対派は「即時ゼロ」を訴える――予想されたことではあるが、電力構成を巡る各団体の主張は平行線のままである。国の未来を担うエネルギー政策は、イデオロギー対立や思想信条・先入観を排除したところから始めなければ、冷静で公正な議論は成り立たない。そうしなければ、国民が自ら考え、議論する機会も広がらない筈だ。

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東日本大震災以降、日本の電力問題を巡る論争が迷走を続けてきたのは、自分の立場を有利にしたり、利権を守ろうとしたりする為の“ポジショントーク”ばかりが繰り広げられてきたからではないか? 一例を挙げる。電力構成を考える上では、四方を海に囲まれた島国であるという日本の特殊な地理条件を勘案しなければならない。ところが、反原発派の間では脱原発を掲げて“再生エネルギー大国”と言われるドイツを引き合いに、「ヨーロッパでは太陽光や風力等の再生エネルギーで上手くいっている」との主張がある。実際は、域内が電力・ガスのパイプライン網で繋がっているEU諸国と日本を同列に論じることはナンセンスだ。ドイツは荒天で、日中の電力が足りなくなれば他国(例えばフランスの原発由来の電力)から融通することが可能だが、日本では需要に応じた柔軟な電力輸入は望めない。EU諸国の中で、自国に資源が無く化石燃料を輸入に依存する点で日本と似ているフランスは、総発電量の7割以上を原発が占める“原子力大国”である。日本特有の事情を無視して、“原発ゼロ”を訴えるのに都合がいい外国のケースだけを持ち出すのでは、いつまで経っても議論は空疎な堂々巡りに終始する。逆に、一部の原発推進派は現に起きた重大事故のコストやリスクを殊更過小評価しようとしている。国民的な議論を作り出そうとしなかった点で、誹りを受けるべきは政府も同じだ。政府原案で、再生エネルギーの比率が原発を僅かに上回っているのは偶然ではない。合理的試算に基づく積み上げではなく、“政治的妥協”を優先させたことが数字から見て取れる。経済産業省関係者が明かす。「再生エネルギーを増やすと電力コストが上がり、経済に悪影響を与える。それを回避するには発電コストが安く、電力の安定供給に寄与する原子力を最低でも20%程度確保する必要があったが、原発に対する世論の反発を考え、再生エネルギーをそれより多くすることになった」。その結果、“再生エネルギー22~24%”“原発20~22%”という“絶妙な比率”が作り出されたという証言だ。




再生エネルギーを現在の2倍以上に増やすことになれば、そのツケは国民が払わされる。再生エネルギーの比率を22~24%にまで高めた場合、電気料金に上乗せされる“賦課金”は跳ね上がる。再生可能エネルギーの普及・促進を図る為、2012年7月に導入された『固定価格買い取り制度(FIT)』は、電力会社が太陽光や風力等で発電された電気を一定価格で買い取ることを義務付け、買い取り費用は全て電気料金に転嫁される仕組みだ。2015年度の買い取り費用は約1兆3200億円。その分、一般課程(標準モデル)では年間約5700円が電気代に上乗せされている。再生エネルギーの比率が政府原案通りまで上昇すると、買い取り費用は約4兆円に上ると推計され、家庭の負担額は最大3倍(年間1万7000円)にまで膨らむ。再生エネルギーの増加は、飽く迄も国民がそのコストを負担して成り立つものであるのに、その現実は十分国民に知らされていない。電源構成と併せ、政府は4月30日に、2030年の温室効果ガス削減目標を「2013年比で26%減」と発表した。これも政治的駆け引きの産物だ。官邸は、6月のG7サミットで海外から批判を受けることを恐れ、4月中旬、経済産業省に「見栄えの良い数字を出すよう」指示したという。「それを受けて、電源構成の中でもCO2排出量の多い石炭火力の比率を下げ、省エネ目標を上積みして、アメリカやEUを上回る“26%減”の数字を捻出した」(前出の経済産業省関係者)

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打算と面子で作られた政策では国家百年の計など望めない。必要なのは、冷静で客観的な議論だ。元通産官僚で、現役時代にエネルギー政策に長く携わった、評論家で作家の堺屋太一氏はこう指摘する。「エネルギー問題を考える上で重要なのは、①安定供給②コスト③安全性④環境対策という4つの視点を持つことです。この4条件をバランス良く満たすにはどうすればよいか――エネルギー政策とは、この複雑な連立方程式を解くことにある。残念なのは、日本で今行われている議論の多くに、この“複眼の視点”が欠けていることです」。堺屋氏は、「4つの中でも①の“安定供給”は、日本が直面する喫緊の課題だ」と指摘する。日本のエネルギー自給率は6.0%で、アメリカ85.0%・ドイツ40.1%・韓国18.0%等、他の先進国と比べても低水準である(国際エネルギー機関資料・2012年)。発電用の化石燃料の大半を海外に依存している。例えば、原油の8割以上は中東地域からの輸入だが、『ISIS(別名:イスラム国)』の台頭等で情勢は不安定になりつつあり、安定供給に不安が残る。LNGの中東依存度は29.7%(2013年度)と、震災前の22.5%(2010年度)から大幅に上昇している。原発の全基停止で、日本の総発電量に占める火力発電の割合は88%(2013年度)に達し、その生命線が中東情勢に直結していることは国家的なリスクである。どんな構成を目指すにせよ、“火力頼み”からの脱却はどうしても必要だ。

②のコストについても、深刻な事態が進行している。東日本大震災以降、電気代は一般家庭で約2割上昇し、工場・オフィスでは約3割値上げされた。これは前述の通り、太陽光や風力を増やしたことに依るFITの転嫁分や、火力の焚き増しの影響だ。詳細は別の回に譲るが、政府の最新の試算では、発電コストは、

●原子力 10.1円~
●石炭火力 12.3円
●LNG火力 13.7円
●風力(陸上) 21.6円
●太陽光(住宅) 29.4円
●太陽光(メガソーラー) 24.2円

とされる(全て1kWh当たりの数字・2014年モデル)。原子力・火力・風力は前回試算(2010年)より上昇し、太陽光のコストは下がった。それでも、太陽光や風力の高さは際立っており、反原発派の主張通りに“再生可能エネルギー30%以上”となれば、電気代は大きく上昇することになる。

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③の安全性において最大の論点は勿論、原発の安全確保になる。堺屋氏が語る。「安全性の追求が重要であることは言うまでもありませんが、“原発即時ゼロ”を主張する団体は、『どんなに規制基準を厳しくしても、事故が起きる可能性はゼロにはならない。だから絶対反対』と言います。それは冷静な議論ではありません。福島第1原発事故の原因の1つとなった“安全神話”を作り出したのは、日本の原子力行政が“基準主義”に陥っていたからだと言えます。先ずは、この旧弊を是正する必要があるのではないでしょうか」。『基準主義』とは、「この規制基準に合格すれば事故リスクはゼロと見做す」というように、一定の条件を満たすことを以て“安全”の定義とする考え方だ。一方で、アメリカやフランスでは「この安全装置を付ければ事故リスクは現在の100分の1になる」といった『確率主義』を採用している。「一般的に、『確率が低ければ事故が起きてもいい』と言う人はいません。だから、日本では政治家や役人の方便として、“事故リスクゼロ”の基準主義が続いてきました。彼らの責任逃れの意味もあったのでしょう。しかし、そのやり方で重大事故を防げなかった現実を直視するならば、今後は“リスクゼロ”を求める議論は通用しません。事故リスクは確率主義で考えるべきです。政府が飽く迄も『原発は必要だ』と言うなら、基本となる考え方を改めた上で、具体的な安全指針を定めるべきです。そうでなければ、本当の意味で“安全神話からの脱却”はできないのです」(堺屋氏)

④の環境対策については、「再生可能エネルギーはクリーン」と言われる一方で、石炭を筆頭に火力は燃料燃焼時にCO2を排出する為、環境負荷の大きい電源と言える。やはり、現在の“火力頼み”では国際的な公約を守ることはできないし、地球規模の問題を無視することになる。①~④の視点で見れば、発電方法に依って其々メリット・デメリットがあることは言うまでもない。島国で資源が無いことを勘案すれば、日本は複数の電源を組み合わせて電力を供給していくしか道は無いことも自明である。「再生可能エネルギーが増えて電気代が上がるのもイヤ」「原発は事故が起きるかもしれないからゼロにする」「でもCO2も減らす」といった全ての主張を満たす妙案が天から降ってくることは無いのだ。だからこそ、エネルギーを消費し、将来に亘って電気代を負担する国民自身が、“日本の電力”の将来像を議論し、政治を通じて政策に反映させていく必要がある。堺屋氏はこう指摘する。「歴史的に見ても、日本のエネルギー政策に定見があったとは言えません。第1次石油危機が勃発した当時は石油備蓄が約60日分しか無かった程で、対策の不備が経済混乱に拍車をかけました。地球環境問題も、1980年代までは局地的な公害対策ばかりに注力し、1990年代に入って温暖化問題がクローズアップされてから、漸く国は重い腰を挙げた。日本は、事態が無視できなくなってから行動を起こしてきたのです。そして、やる気も無ければ出来もしない国際公約を連発しているのが現実です。エネルギー問題は長期的展望の下、政策ツールを総動員して取り組むべきで、それを欠いたまま進めば日本の将来に禍根を残すことになります」

政府が進める電源構成のビジョンも“2030年”のものであり、それすらが長期的展望と呼べるものではない。“40年廃炉ルール”を適用すると、2030年の原発比率は約15%に過ぎず、“原子力20~22%”を達成するには、100万kW級の原発に換算して9~12基分が足りない計算になる。政府原案通りに進めるには運転期間の延長か新増設が必要だが、現在の国民世論を考えると新増設は極めて困難だ。その打開策はまるきり抜け落ちている。だからこそ、この議論は政府任せ・役人任せにしてはいけない。一方で、国民の側も“ベストな電源”など存在せず、あるのは“ベストミックス”だけだということを理解した上で、イデオロギーや非科学的な論理の暴走を排除して、一定のリスクとコストを受け入れる覚悟を示さなければならない。それでも尚、この複雑な方程式を解くことは難しい。次回からは、コストや安定供給といった各要素について、データと論点を掘り下げていく。


キャプチャ  2015年5月29日号掲載


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テーマ : 環境・資源・エネルギー
ジャンル : 政治・経済

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