【韓国の病・MERS騒動という悲劇】(上) MERS騒動と韓国の根深い病――後手後手の対策で感染を拡大させた朴槿恵政権…汚職問題やセウォル号事故に続く失策が、韓国政治の病巣を浮き彫りにする

MERS 01
韓国で『MERS(中東呼吸器症候群)コロナウイルス』の感染が確認されてから1ヵ月になる。今回の最初の感染者とされるのは、中東から帰国した60代の男性。診察した医師は、その症状を見逃した。初期の感染者を帰宅させたり相部屋に入院させたりした為に、ウイルスが拡散する事態になった。先週末時点で、韓国の感染者数は138人。少なくとも7人が完全に回復したが、14人が死亡し、隔離対象者は3000人を大きく超える。死亡リスクが高いのは高齢者や乳幼児だ。『WHO(世界保健機関)』の推定に依れば、MERSの致死率は凡そ36%。今回の韓国での流行は主に首都のソウル市、及びソウル圏の医療機関内で起きている。韓国側と共同で調査したWHOは先週、「規模は大きく、様相は複雑だ」と現状を評価。「完全な終息にはまだ時間がかかる」と述べ、「感染者数は更に増える」との見方を示した。ただ、WHOも『アメリカ疾病対策センター(CDC)』も渡航制限を課しておらず、「国境閉鎖といった措置は不必要だ」としている。爆発的な感染はこれまで起きておらず、今後発生する可能性も低そうだ。記憶に新しい『エボラ出血熱』の大流行に比べれば、今回のMERS感染はかなり規模が小さい。昨年始まったエボラの流行は、西アフリカのリベリア等で大きな被害を齎した。今月上旬時点で死者数は1万1000人を、患者数は2万7000人を上回る。

MERS 05
エボラは感染の範囲も広かった。医療関係者が病に倒れ、治療体制が崩壊するケースもあった。社会的偏見や迷信のせいで回復患者が差別され、一部では秩序維持の為に軍が出動。「感染がグローバル規模で拡大するのでは」と、国際社会は恐怖に震えた。韓国のMERS流行は、当時の状況とは程遠い。この国の医療精度は、西アフリカ諸国より遥かに進んでいる。『豚インフルエンザ』や『SARS(急性呼吸器症候群)』が流行した際、韓国の手際は見事だった。徹底的な入国管理や政府の対策に依り、国内でSARS患者は1人も出さずに済んだ。だが残念ながら、今回はそうではなかった。その結果、混乱が発生し、その混乱がメディアの報道に煽られて国内外でパニックへと膨れ上がった。韓国政府の当初の反応は、控えめに言っても消極的だった。初期段階では、MERS感染が疑われた患者は「他人との接触を避けて、家で寝ていろ」と指示されただけ。対策ガイドラインが出されることは無く、『韓国疾病予防対策センター』は何の発表もしなかった。感染者と感染場所に関する情報も殆ど伝えられなかった。これが国民の混乱と怒りを招いた。政府は当初、感染者数や感染者が入院中の医療機関の名称を公表しようとしなかった。「情報を早めに提供していれば、感染者がいる病院への訪問で2次感染・3次感染する事態は避けられた」と見る向きは多い。患者の遺族は政府に賠償を求める構えで、訴訟問題に発展することは粗確実だ。政府の“情報封鎖”は凄まじいパニックを齎した。ソウル市の朴元淳市長は政府の意向に逆らい、今月2日深夜に緊急記者会見を開いて感染医師の行動を公表。その後に起きた政治的対立や中傷合戦を見れば、政府が只管困惑していたことは明らかだ。




MERS 04
問題はそれだけではない。韓国政府は、最近まで包括的な対策を取らなかった。朴槿恵大統領は、最初の感染者確認から丸3週間が経った9日になるまで、MERS問題に関する閣議を開かなかった。14~18日に予定していた訪米の延期を決めたのも、世論の圧力に抗し切れなくなった先週のことだ。現在では、複数の政府機関やタスクフォースがMERS対策を担当しているが、これがまた指揮体制を巡る混乱を生んでいる。感染が今の規模で食い止められているのは、偏に現場の医師たちのおかげだ。政府がMERSへの対応に失敗したのはなぜか? SARSや豚インフルエンザはよく知られた脅威であり、当局は決められた手順で素早く対応できた。一方、MERSは世界の多くの地域で未知の感染症であり、初期症状は重い熱風邪との区別が難しい。流行の震源地の1つとなったサムスンソウル病院の医師はMERSの判定に時間がかかり、病院スタッフに感染が広がった。韓国一の規模と名声を誇る大病院で伝染病が発生――マスコミはこの話題に飛び付いたが、韓国政府の反応は鈍く、曖昧な対応に終始した。それがパニックの引き金になり、更にソウル市長の緊急会見が火に油を注いだ。昨年4月のセウォル号転覆事故に続く当局のお粗末な対応で、小さな騒ぎは韓国全土を揺るがす事態に発展した。パニックになった親たちの圧力で、無数の小学校が休校。インターネットでは、ハリウッド映画風の恐ろしげなエピソードが飛び交った。感染拡大よりも不安の高まりが原因で、多くの人々が旅行や遠足を中止した。パニックは、他のアジア諸国にも飛び火している。香港は、住民に韓国への渡航自粛を勧告。上海国際映画祭の主催者は、韓国の映画関係者に参加自粛を要請した。中国や日本の観光客は韓国旅行を取り止め、シンガポールやマレーシア等は韓国行きの航空便の運航を中止した。世界13位の経済大国である韓国にとっては面目丸潰れだ。政府は、“MERS効果”に依る景気後退と国家イメージの低下を懸念している。『韓国銀行(中央銀行)』はMERSに依る消費減退を下支えする目的で政策金利を0.25%引き下げ、過去最低の1.50%に変更した。国民に対し、「(MERS)に過剰反応して経済が委縮しないよう協力してほしい」と呼び掛けた。自国政府への不信感が一気に高まった為、韓国の主要メディアはWHOやCDCのような外国の公衆衛生機関の情報を引用して、国民を落ち着かせようとしている。

MERS 02
感染拡大が下火になったとしても、政治的対立は激化する一方だろう。当初の混乱と不安の高まりを経て、今は怒りが国中で渦巻いている。「政府の対応は遅く、お粗末でお座なりだ」という批判の大合唱が起こり、普段は朴と与党・セヌリ党に好意的な保守系メディアも批判に同調した。セヌリ党の内部でも、所属議員は朴と現政権に反発を強めている。来年の総選挙を控え、野党・新政治民主連合がMERS問題を政権の攻撃材料に利用することは確実だ。朴の任期は1期5年。退任後は前任者たちと同様、政界を引退する公算が大きい。つまり、朴自身は次の選挙を心配する必要は無いが、議員たちは来年の総選挙で現政権の不手際に怒った有権者の審判を受けることになる。彼らが朴を非難するのは、「現政権と多少距離を取ることで議席を維持したい」と考えているからだ。新政治民主連合が来年の総選挙で、MERSの問題とやはりお粗末だったセウォル号事故への対応、そして政権内部のスキャンダルを結び付けて攻勢に出てくることは容易に想像できる。朴政権は、高官の辞任や首相候補者の指名辞退が相次いでいる。ナンバー2の首相は、政権発足から2年2ヵ月間で2人が辞任。3人目も長くは持たないと見られている。野党はこうした点を突いて、「朴には政権担当能力が無く、与党はクリーンな政治と官僚機構改革を実行する気が無い」と主張するだろう。朴の支持率は50%を下回る低空飛行が続いている。セウォル号の事故後は30%を切った。『韓国ギャラップ』の調査に依ると、2015年6月第2週の支持率は33%(第3週は29%)。スキャンダルとセウォル号事故にMERSが加わったことで、2017年の次期大統領選までに50%を上回る可能性は低くなった。左派にとっては、10年ぶりに政権を奪回するチャンスだ。

MERS 03
相次ぐスキャンダルの背景には、韓国が抱える根深い問題がある。官僚機構の改革と汚職の根絶が必要なことは、以前から明らかだった。朴以前の歴代大統領は、粗悉く退任後に刑事捜査の対象になっている。盧武鉉元大統領は、捜査が迫っていることを知って命を絶った。世界の国々の腐敗度を調べている国際NGO『トランスペアレンシーインターナショナル』に依れば、韓国は175ヵ国・地域中43位という冴えない評価に留まっている(因みに、日本は15位。順位が高いほうが好ましい)。現政権から汚職や腐敗が始まった訳ではないにせよ、朴政権の統治能力の欠如が問題を深刻化させていることは事実だ。世論調査の支持率から判断すると、韓国国民も朴と側近たちの能力を信頼していない。大統領就任以来、朴の行政手腕には常に疑問符が投げ掛けられてきた。大統領選で勝てたのは、朴正熙元大統領の娘であることが大きな要因だった。政治家としての実績が評価された訳ではない。セヌリ党の幹部としては力を振るってきたが、行政経験は殆ど無かった。李明博前大統領が企業経営者やソウル市長として経験を積んでいたのとは対照的だ。

MERS 06
アメリカのバラク・オバマ大統領に対しても屡々言われることだが、行政経験の無い朴は大統領の“重責”に圧倒されているのかもしれない。同様の批判は、ジョージ・W・ブッシュ前大統領にもついて回った。ブッシュはジョージ・H・W・ブッシュ元大統領の長男であることを強みに大統領の座を掴んだが、イラク戦争の泥沼化と2005年の巨大ハリケーン『カトリーナ』の襲来という難題に直面すると、“お手上げ状態”になった。現代の豊かな国はどこでもそうだが、韓国も巨大な官僚機構を擁している。しかし、政府が「国民の安全を守る」という使命を果たせないケースが続き、政官界の怠慢と腐敗が浮き彫りになった。朴政権発足後だけでも、2013年には原子力発電所の部品の性能証明書偽造が発覚。1年前のセウォル号事故では、監督官庁と業者の癒着が明るみに出た。そして今回、MERS問題が起きた。これらの問題を朴が生み出した訳ではないが、朴が改革に不熱心だったことは否定できない。朴政権は“漢江の奇跡”と呼ばれた朴正熙時代の高度経済成長の再現を目標に掲げてきたが、既に豊かになった韓国国民が望んでいるのは、経済成長率の数字ではなく、もっと公正で透明性のある経済だ。朴政権は、そうした国民の望みとは反対の方向に進んでいる。メディアから批判を浴びると、報道を締め付けることが多い。その結果、国際的な人権擁護団体『フリーダムハウス』等の外部機関の評価に依れば、韓国では報道の自由度が下落している。MERS問題でも、社会にパニックが広がるまで情報を公開しようとしなかった。

この種の問題は、どの国も無縁ではない。アメリカ政府はイラク戦争とカトリーナ危機の際、「冷淡で無能」という印象を持たれた。日本政府は、「福島第1原発事故の深刻さの度合いを隠蔽しようとした」と批判されている。しかし、後を絶たない政官界のスキャンダルを見る限り、韓国の抱える問題の根は相当深い。問題は韓国の外交政策にも飛び火している。オバマとの重要な首脳会談が予定されていた朴の訪米は、MERS問題を受けて延期に。また、アメリカと韓国は昨年、朝鮮半島有事の際の作戦統制権を韓国軍へ移管する時期を先延ばしすることを決めている。その一因も、アメリカ軍が韓国側の能力に疑念を抱いたことにあった。何れにせよ、朴はクリーンな政府作りに本腰を入れざるを得ないだろう。それを怠れば、恐らく史上有数の不人気な大統領として任期を終えることになる。 (本誌コラムニスト&釜山大学准教授 ロバート・E・ケリー)


キャプチャ  2015年6月23日号掲載


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