【教育格差の正体】(02) 点取り競争から抜け出せない大人が教育を駄目にしている――ペーパーテスト1点の差に一喜一憂する愚、これからの公立学校のあるべき姿とは?

大阪桐蔭中学・高校の裏金問題が発覚し、世間を騒がせていますね。僕は、この事件は学校関係者だけでなく、保護者を含めた世間一般の人たちが、教育というもののあるべき姿を誤解していることから生まれたものだと思っています。一流大学への進学率や偏差値だけを見て、“いい学校”にお金をかけて入学させることが、子供たちの為になると思っている。こうした風潮には危惧を覚えます。このままでは、日本という国自体が滅びますよ。私学受験は2000年頃から過熱してきました。全国平均で見れば、私立中学校に通う子供の割合は2014年度のデータで7.0%と、まだまだ少数です。但し地域差があり、東京都は24.1%、高知県は17.6%と平均より遥かに高い。僕自身の実感としても、こうした地域でははっきりと私立学校と公立学校で子供たちが2層化していると感じます。講演を行っても、子供たちの反応が全く違う。あまりの落差に愕然とします。子供の集団というのは、勉強ができる子もできない子も、裕福な家庭の子も貧しい家庭の子も、色んな子供がいるのが自然な姿で、様々な背景を持つ他者と交わることで、多くの学びが得られます。だから、多様な人々に囲まれて育っていくのが望ましいんです。

僕は私立学校と公立学校の双方で、計22年間教壇に立ってきました。その後も様々な教育現場を見てきましたが、「子供たちが早い段階から多様性の無い環境で育つのは、教育的にも好ましくない」とはっきり思いました。こうした状況が広がっている最大の理由は、保護者のエリート志向です。「我が子を学歴社会で優位に立てるようにしてあげたい」という思いですね。高学歴を獲得する為の私立小学校・中学校受験。こうした動機で受験生が集まるのは、私立学校の側にとっても虚しいんです。その学校の校風や理念が好きだからとか、そういう理由での受験なら学校も教師も嬉しいんですよ。しかし、今の保護者が見ているのは大学進学率や偏差値の数字ばかりでしょう。その学校が好きだからではなく、偏差値の上から順に選んでいるだけ。はっきり言って、私立学校の経営者たちもこのような状況を嘆いていますよ。その学校で何を教えているか、どんな取り組みをしているかなんて見ていない人も多いのではないでしょうか? だから、大阪桐陰のような塾と癒着した学校が出現する。兎に角、「東京大学に○○人、京都大学に○○人合格した」という実績を作れば、それだけで受験生が殺到しますから。短期間で急に難関大への進学率が上がったような学校は、注意したほうがいいでしょう。教育は時間がかかるものですから、普通に考えれば急に実績が上がる筈がないんです。教師の力量だって急には変わりません。2000年以降の私学受験ブームの原因は3つあります。2002年度からの『ゆとり教育』の実施と完全学校週5日制、そして所謂“PISAショック”です。『PISA』とは、2000年から始まった『OECD(経済協力開発機構)』が15歳児を対象に3年毎に行う国際的な学習到達度調査です。2000年の結果から2003年に日本の順位は急落し、2006年も続落しました。これが世間に大変な衝撃を与えました。特に、お子さんを持つ保護者が危機感を持った訳です。「ゆとり教育を行い、週5日制にした結果、子供たちの学力は落ちているではないか」と皆が思ってしまった。




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『バブル経済』が弾けて、日本という国自体の行く末が不安な中で、親は「子供に残してあげられるのは学歴だけだ」と思うようになる。だから、教育時間を減らしている公立学校を避け、「借金してでも私立学校に子供を入れなければ」と思った訳です。私立学校がいい教育を行って、“実績”を上げていたからではないんです。不安に駆られた保護者たちが私立学校に殺到しただけ。教育熱心な家庭の子供が集まれば、 成績や進学率が上がるのは当たり前です。順番が逆なんですよ。苛め問題も、私立学校のほうが拗れます。生徒は放っておいても塾や予備校で勉強して成績優秀だから、教師が成長しないという側面もあるんです。ゆとり教育については、僕は理に適ったものだと思っていますが、メディアバッシングが大きかった為に世間に誤解されてしまいました。批判された“総合的な学習”も、世界では普通に行っていることです。実際に、2018年のPISA調査は総合的な学習で重視された観点で測るものになる予定です。これまでの基礎知識を問うものから、“グローバルコンピテンシー”を測るものになります。学校で学んだ知識をそのまま確認するのではなく、決まった正解の無い課題に対して、文化的背景の異なる他者とコミュニケーションを取りながら解答を導き出す力です。今年実施のPISAでは、“読解力”“数学的リテラシー”“科学的リテラシー”に加えて、グローバルコンピテンシー測定に向けた“協調型問題解決能力”が加わり、複数の人と一緒に課題解決に取り組む問題が出題されます。教科の知識だけでは太刀打ちできません。「今後求められるのは、多様な人たちと協調しながら問題を解決する力だ」というのがOECDの認識なんです。

日本でよく話題に上る、「“全国学力テスト(全国学力・学習状況調査)”の結果を公表すべきかどうか」なんて話は全くナンセンス。「結果を公表すれば競争が生まれ、学力が上がる」というのは誤解です。テストへの対策能力が上がるだけで、学力が伸びる訳ではありません。テスト対策ばかりが行われれば、寧ろ教育は空洞化します。ここでも、数字だけを見るから可笑しなことになってしまう。数字が出るのならば、「少しでもその数字を上げないと教師も学校も評価されない」ということになってしまうので、益々点取り競争にのめり込んでいく。本来の教育の理念を忘れ、どの学校もテストの点数だけを上げようとし、教育の最も大切な機能である“人間としての成熟”を促す人格教育がお座なりになります。学校の個性を潰し、伝統や理念も潰してしまうんです。実際に、全国学力テストの為にテスト前の1週間、毎日模擬試験を行うような学校もあります。更に酷いケースでは、試験中に教師が答えを教えたり、不正を行う学校も出てきている。全国学力テストの前に都道府県でも試験を行い、更に市区町村で試験を行っている自治体もある。こうなると、最早学校は教育を行う場ではなく、ただのテスト対策機関です。本当の学力がついていなくても、テストの点だけは取れるような歪な構造になってしまった。このような状況下では、テストで点を取れても子供たちの頭の中はスカスカになってしまいます。

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「あまりにもテストの点数ばかり重視する状況を何とかしなければいけない」ということで、政府も2020年度にセンター試験を廃止し、新たな入試制度を導入しようとしています。大学入試の“脱ペーパーテスト化”が狙いです。東京大学も2016年度入試からAO入試の導入を決めましたが、子供たちの親世代がこれに反対している。自分たちが「試験の点数の結果で人生が決まる」という“勝負の世界”で生きてきたからです。OECDのアンドレアス・シュライヒャー教育局長は20年前から約60回も来日して、「日本は学力というものに対する認識を誤解している」と発言しています。昨年7月1日付の読売新聞朝刊記事に依ると、「学力の回復は総合学習の貢献が大きく、その意味で『ゆとりのおかげ』とも言えるだろう。抑々、“ゆとり”という名前がよくない。【中略】小学校ではかなり上手くいっているが、中学校では今ひとつのようだ。入試対策にならないからだろう」というふうに仰っているんです。「1点刻みの試験の点数の結果に一喜一憂するような発想は間違っている。こんなものは学力ではない」と指摘され続けているんですよ。このような見解は、これまで殆ど報じられてきませんでしたし、そうした認識が日本では中々広まらない。数字ばかり気にして、本来の意味での教育を大切にしていない日本は、世界の教育関係者から見れば異常です。ヨーロッパ諸国に視察に行くと、「日本は大丈夫ですか?」とよく言われます。大人も子供も試験の点だけを気にかけて、未来を担う市民としての自覚を育てようという意識が殆ど見られないからです。

数字偏重主義と共に、日本の教育が抱えるもう1つの課題は、家庭の経済力と親の学歴が子供の学力に影響してしまっていることです。家計所得・親の学歴・家庭の文化的環境と子供の学力の相関は、以前から教育関係者は皮膚感覚でわかっていたことでしたし、研究データでも明らかにされています。日本は、国の教育に対する投資が不十分です。文部科学省の調査では、2012年度の大学中退者の1割が経済的理由で大学を辞めています。こんなことがあってはなりません。日本のように資源が無い国は、人材育成こそが国を支える根幹なんです。「子供は国の将来を担う存在だから、社会全体で育てていくものだ」という意識を皆さんに持ってほしい。お金が無くても、意欲と能力がある子供は高等教育を受けられるようにしなければいけません。勿論、財政上の課題はあるでしょうが、教育にかかる費用は無償にするのが理想です。OECD加盟34ヵ国中17ヵ国が大学授業料を無償化しているんです。OECDの『表でみる教育2010』の“日本に関するサマリー”に依ると、OECDは、1人の学生が高等教育の学位を取得することで、どれだけ経済的なリターンがあるか計算までして、教育が経済・社会に及ぼす貢献度が大きいことを示し、「教育は未来への投資である」と訴えているのです。これは政治レべルの話ですが、民間でも給付型奨学金の創設や学校への寄付を行うことはできます。企業は社会的責任として財団等を作って子供たちを支援してほしいし、政府は税制上の優遇措置等で教育への寄付文化を根付かせなければいけません。教育にかかる費用の私費負担率は、小中高校等の初等・中等教育は日本も含め、OECD加盟国の平均は8.6%ですが、就学前教育のOECD平均が約19%なのに対し日本は約55%、大学等の高等教育でもOECD平均は約30%なのに、日本は約65%と断トツに高い。ここまで家計に教育費の負担をかける国は珍しいんです。日本ではこれまで、子供の学費の為に生活費を切り詰めたり、お母さん方がパートで働いたり、苦労して何とか教育費を捻出してきたという歴史がある為、「教育は家庭の自己責任で行うものだ」という意識が定着してしまいました。

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必要な教育は無償で受けられるのが世界では当たり前で、それがあるべき姿なんです。教育に貧富の差はあってはいけないのが原則です。親世代が刷り込まれた自己責任論と経済原理が、教育の世界にも入り込んでしまっています。これでは、いつまで経っても格差を解消できない。「教育は自己責任でやるものだから、家計負担が大きくて当たり前」という意識を改めないと、世界から孤立してしまいます。一方で、学校や地域における文化活動・文化環境の整備を急ぎ、社会全体で文化格差が大きくなるのを防ぐことも重要です。国の将来の見通しが不透明な中では、私学志向は今後も高まっていくでしょう。そうした中で公立学校に求められるのは、地域という共同体における核としての機能を持つことです。地域毎に学校に求められる能力やあるべき姿は違います。全ての学校が、画一的に名門大学を目指すような教育をしていればいいというものではない。「この学校ではこういう子供を育てるんだ」という其々の理念・特色があっていい。偏差値で全ての学校を序列化するから、持たなくてもいいコンプレックスを子供たちが持ってしまうんです。公立学校が地域のコミュニティーの中心になって町全体が活性化し、子供から高齢者まで活き活きできるような場所になるのが理想です。このような考え方と実践を“スクールコミュニティー”と呼んでいますが、態々高いお金を払って習い事に通わせなくても、多様な人々に囲まれて、学校の中で様々なことを子供が学べる体制を作っていけばいいと思うんです。日本の学校は閉鎖的な村社会になっていて、現場の教師に過剰な負担がかかっています。遠足を引率する教師の数が足りないというなら、保護者に助けを求めればいい。海外では普通のことです。教師もSOSを発信して助けを求めるべきです。1人で抱え込んでしまうから、教師が不登校や鬱病になってしまう。学校を開放し、保護者だけでなく地域の人々に運営や行事に協力してもらうんです。学校を教師だけに任せておくから、親たちは点取り競争の発想から抜け出せないし、学校不信が募る。自分たちが学校の中に入っていけば、テストの点数よりもっと大事な教育や学校の機能に気づくと思うし、学校不信も和らぐと思います。

親が学校の中に入ることで、逆に家庭で何をすべきかということもわかってきます。教師をバッシングしているだけでは何も変わらないですから。「教育は学校だけでなく、地域で行うものだ」という意識を持ってほしい。その為には、親世代は自分たちの過去の教育体験を忘れなければいけません。国際的に見ると、昔と今では教育の在り方は全く違うんです。もうテストで1点の差を競うような時代ではないんですよ。地域の人々の、いい意味での素人性は大事です。行政や学校はそうした声に耳を傾けて、いい意見はどんどん取り込んでいくべきです。4月から教育委員会制度が見直され、自治体の首長が教育長を任命できるようになり、地域の特色を活かした教育ができる可能性が出てきました。テストの点数を比べるのではない、いい意味での競い合いをして、国に逆提案できるくらいの教育モデルを作ってほしいです。


尾木直樹(おぎ・なおき) 教育評論家・法政大学教職課程センター長。1947年、滋賀県生まれ。早稲田大学教育学部卒業後、私立海城高校・東京都公立中学校教師として22年間教壇に立つ。現在は臨床教育研究所『虹』所長。『“全国学力テスト”はなぜダメなのか 本当の“学力”を獲得するために』(岩波書店)・『子ども格差 壊れる子どもと教育現場』(角川oneテーマ21)・『うちの子の将来と“学力” 親と一緒に考える』(新日本出版社)等著書多数。近著に『親子共依存』(ポプラ新書)。


キャプチャ  2015年6月号掲載


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テーマ : 教育問題について考える
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