【日曜に想う】 食の輸入、巡り巡る不信症候群

猫背でトボトボと歩くせいか、私は空港の検疫所でよく呼び止められる。先週も香港空港で係官に熱を測られた。「エボラ出血熱とMERS(中東呼吸器症候群)の警戒中。ご協力を」。無事放免されたが、実はMERS渦中の韓国へ出張したばかり。韓国の消費者が日本の放射能をどれほど気にしているか取材して回った直後だった。日本政府はこの5月、「非科学的な理由で輸入を規制している」として韓国を世界貿易機関(WTO)に提訴する手続きに入った。震災から4年、韓国が規制を緩めないのはなぜだろう。「86%もの韓国国民が食品の放射能汚染を心配しているからです。政府も下手に規制を解けません」。自治体国際化協会ソウル事務所の藤田康幸次長(42)は説明する。協会は昨年暮れ、ソウル市内で東北6県のお酒の試飲会を開いた。産地を伏せた試飲で福島産は好評だったが、産地を明かすと「飲んでも大丈夫か」と質問が出た。参加150人のうち14人が口をつけなかった。「福島産のコメは全量が安全検査されている。その事実が知られていない。残念です」

お酒よりも警戒されているのは魚介類だ。日本政府が汚染水流出を公表した2年前に不信が強まった。「日本の海産物は危険だ」と訴え、韓国内で800回も講演したという東国大学の金益重教授(54)に会った。「政府の安全基準はまやかし」「日本近海のサバとタラは危ない」。日本の地図を指して、「安全な場所はもう無い」「日本留学を望む学生には思い留まらせる」とまで言う。日本全域を汚染列島の如く吹聴されてはたまらない。私もムキになって、「根拠は何か」「日本で線量を調べたのか」。つい論争調になった。韓国を訪れる観光客はMERSで急減中だ。頼みの中国人ツアーはキャンセルが続く。釜山に着いた中国の客船からは誰も下船しなかったそうだ。ソウル取材に続けて台北へ飛んだ。私は検疫所で呼び止められ、『MERSの症状』という資料を手渡された。台湾は、この5月に対日輸入規制を厳しくした。今頃、なぜ規制強化を? 「今春、日本製品の産地偽装が発覚したからです。原発周辺県の食品がラベルを偽って売られていました」。立法委員の田秋菫氏(61)は力説する。規制対象は福島・栃木・茨城・群馬・千葉の5県。台湾当局は先月、日系小売店でコーヒー商品を押収した。製造地が群馬県なのに、ラベル上は“滋賀県製”と書かれていた。滋賀がセーフで群馬はアウトか。得心がいかぬまま、国際食品市『フード台北』を覘いた。予想と違い、日本ブースは大賑わいだった。宮城や岩手の店に味見の列が途切れない。対照的なのは大陸中国で、浙江・福建等の各省のブースで閑古鳥が鳴いていた。「大陸産には痛い目に遭ってますから」と台湾人出展者が耳打ちする。「段ボール入り肉まんの衝撃が忘れられません」。確か、肉まんの一件は北京のテレビ局のやらせと判明した筈。だが、その後も有毒粉ミルク等の事件が続き、人々の記憶は混線した。




漠とした不安・根拠の乏しい学説・こびり付いた記憶の混線――。これらが齎す風評の増幅が、各国に経済的打撃を与える時代である。何であれ災害や病疫が起きると、実際には極限られたリスクであっても、観光の波が絶え、地元の食品は禁輸扱いされる。MERSの前はSARS(重症急性呼吸器症候群)・エボラ熱・デング熱・鳥インフルエンザ・豚インフルエンザ・PM2.5――。不安と不信の材料は尽きない。今回の取材でも、韓国・台湾・中国・日本を循環する近隣不信の連鎖が見えた。「自分の国は清潔で、他国は不衛生」。どこの国の誰の胸にも、そんな暗い幻想が巣くっているのだろうか。ともあれ、次に検疫所を通る時は係官に呼び止められぬよう、背筋を伸ばし健康そうに歩いてみるとしますか。 (特別編集委員 山中季広)


≡朝日新聞 2015年7月5日付掲載≡


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