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【東京情報】 写経としての『天声人語』

朝日新聞を目の敵にしている某誌編集部のB君と築地の鮨屋に来ている。話は朝日新聞の論調から、必然的に『天声人語』に繋がった。B君が鞄からノートを取り出した。「これ、天声人語を書き写す為の“天声人語書き写しノート”というんです。2011年の発売以来、累計300万部を突破したそうです。やはり天声人語はブランドなんですね。ここに来る前に書店で買ってきたのですが」。A4サイズで1冊200円。右ページ上に『天声人語』を切り取って貼るスペースがあり、その下は原稿用紙になっている。実際の『天声人語』と同じ字数・行数になっているので、段落分けの記号である“▼”も含め、1文字1文字書き写す仕様になっている。何だか、写経のようだ。B君が深く頷く。「そうです。写経なんです。意味を考えていたら、写経は1行も進まない。経典に書いてあることを無条件に受け入れ、無心になって書き写すことで雑念を払うんです。天声人語書き写しノートもそれと同じ。朝日新聞のイデオロギーが優れていることを前提にしており、それを無批判に書き写して血肉化してしまおうというのですから、危険です」。果たしてそうだろうか? 私はそれ程危険とは思わない。寧ろ、人畜無害ではないか。何しろ、『天声人語』には驚く程内容が無い。

入試問題に『天声人語』がよく採用されるのも、ここに理由がある。国語の試験において受験生に問われるのは、文章に書かれている思想や内容ではなく、文法や漢字の知識である。多様な読み方ができる複雑で芸術的な文章では都合が悪い。要するに、『天声人語』は誰が読んでも理解できるプレーンな文章の典型なのだ。時事的なニュースや季節ネタを枕にして、最後は適度な政権批判で落とす。やんわりと上品に、紋切り型に権力を批判する訳だ。こうしたマンネリズムが、大衆にはウケるのである。学校の校長先生が朝礼で『天声人語』を紹介するのは、取り敢えず無難だからだ。「今朝の天声人語に出ていたが…」と話せば、取り敢えず拾好が付く。『天声人語』は、日本人の思考停止に大いに役に立っているんだ。B君が笑う。「でも、天声人語は妙に上から目線ですよね。どこか日本人を見下している。それもその筈で、中国の故事『天に声あり、人をして語らしむ』に由来しているからです。つまり、“天の声=真理”を朝日新聞記者が代弁して、下々に語るということ。凄まじい思い上がりです」。私は、『天声人語』『素粒子』『声』という3つの欄が三位一体となり、朝日新聞の論調を形成していると考えている。『素粒子』は夕刊に連載されている短い社会風刺であり、基本的に言いっ放しだ。『声』は読者の投書欄だが、無職・主婦・学生が大半を占めている。偶に小学生や中学生の意見まで載せることもあるが、これは欧米の新聞では考えられない。ドイツのクオリティーペーパー『ディ・ヴェルト』『フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング』、スイスの『ノイエ・チュルヒャー・ツァイトゥング』、イギリスの『タイムズ』。何れも、投書欄は大学教授や官僚・プロの作家の意見で占められている。余談だが、『ノイエ・チュルヒャー・ツァイトゥング』は外務省の役人がよく読んでいた。1789年のフランス革命以前からある新聞で、内容が正確だ。彼らは、「ニュース報道ではなく、後世に残る史料を作っている」と言う。つまり、新聞の使命について、日本と欧米では基本的なフィロソフィーが違うのだ。




今日はだいぶ飲んだし、そろそろ握りにしてもらおうか。場所柄、知人の朝日新聞の記者と鉢合わせたら面倒だ。B君の顔はすっかり赤くなっている。「朝日新聞からしたら、『自分たちインテリが下々の声を拾ってやっている』という意識なんでしょうね。要するに、レベルの低い読者の期待に応え過ぎなんですよ」。そこには、販売形態の違いも関係あるのだろう。欧米では、基本的に新聞は売店で購入するものだ。クォリティーペーパーは固定の教養層に向けて記事を作る。ニューヨークでは、「脇が黒くない人は知性が無い」と言われる。教養層は『ニューヨーク・タイムズ』を購入し、脇に挟んで持ち歩くのでインクで黒くなるからだ。一方、日本の新聞は大量に発行し、毎朝家庭に宅配される。よって、知的水準の低い読者も対象にしなければならない。B君の声が大きくなってきた。「そうでなければ、天声人語書き写しノートなんて発想は生まれ様がありませんよ。あんなものを書き写していたら、愚鈍で低劣なバカが量産されるだけです」。尤も、あまりにも読者層を縛り過ぎて、フランスの『ル・モンド』のように部数が減り、廃刊の危機に陥った新聞もあるが……。B君が勢いづく。「朝日新聞なら、如何にも朝日新聞的なコラムを載せないと売れないのです。僕が心配しているのは、国民が今、非常に即物的になっていること。これは、インターネットの責任もあるでしょう。行間を味わう文章ではなく、ただ自分たちに迎合・肯定してくれる文章を求めている。そういうバカに合わせた文章の典型が天声人語なんですね。読者は、天下の朝日新聞のお墨付きが欲しいのです。『自分の意見は天声人語と同じだ』と思って安心したい。勿論、朝日新聞の社員はバカではありません。程度の高いものを作っても売れないから、敢えて程度の低いものを作っているのです。でも、それってメディアの使命としてはどうなんでしょうね?」。朝日新聞社員の常連客もいるのだろう。店の主人が苦笑いしている。

そろそろ閉店時間のようだ。店を変えて近くのバーに行くか、それとも今夜はお開きにするか。ところでB君、御誌の最新号が事務所に届いていたよ。どうも有り難う。しかし、今月の特集も相変わらずの朝日新聞叩きだね。あれも写経のようなものではないか? B君の目が×印になった。ギャフン! (S・P・I特派員 ヤン・デンマン)


キャプチャ  2015年7月9日号掲載


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テーマ : 報道・マスコミ
ジャンル : 政治・経済

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