【特別寄稿】 福島原発事故で私をうんざりさせた東京電力幹部の言葉――過剰なコンセンサス社会こそ“決断できない”日本の元凶だ

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2011年に『決断できない日本』を出版した際、大きな話題となったことに他ならぬ自分が驚きました。当時は民主党政権。沖縄のアメリカ軍基地の県外移設を訴えて「トラスト・ミー」と言い放った鳩山由紀夫元首相、そして普天間基地の返還合意から15年以上が経っても実現に移せない日本政治の迷走振りを嘆く内容でした。鳩山政権が倒れた後も民主党政権の混乱は続き、私は「続編のタイトルは“まだ決断できない日本”ですよ」と冗談を言っていた程です。それから4年の月日が流れ、国務省の職業外交官だった私は退官して民間のコンサルタントになり、日本の政権も再び自民党に戻りました。2012年末に第2次安倍政権が成立してからは、安倍晋三首相が指導力を発揮して、これまでの自民党政権とも一味違った“決断できる政治”に様変わりしたことに驚いています。TPPでも安保法制でも、或いは『アベノミクス』と呼ばれる経済政策でも、安倍首相は党内からの反発を押し切ってでも、強いリーダーシップを持って決断を下しています。4年前の自著では、「日本が“決断できない”理由は、全員の同意が取り付けられないと何事も動かない、過剰なコンセンサス社会だからだ」と指摘しました。そして、少ない人数であっても、反対派の存在がコンセンサスの形成を妨害することが多々あることを、様々な例を引きつつ示しました。その日本が“決められない”最たる例であり、現在も続いているのが、沖縄のアメリカ軍基地を巡る状況です。本来、普天間基地の問題は19年前の橋本政権で移設合意がなされ、決着済みの話です。ところが、決断できない政治が続いた結果、二転三転して膠着し、最早化濃した状態になってしまっていた。そして今、普天間基地の“固定化”に手を貸しているのが、昨年11月に当選した沖縄県の翁長雄志知事の言動です。公然と“反基地”を唱える翁長知事ですが、彼は元々自民党県議でした。私は沖縄総領事時代に、那覇市長だった翁長氏と何度か会ったことがあり、アメリカ軍再編計画についても意見を交換しています。彼は計画に賛成でしたし、辺野古への基地移設も日米安全保障体制も支持していました。それが、何故急に社民党・共産党と組んで、反基地の急先鋒に祭り上げられたのか。非常に不思議です。何が彼を変えてしまったのでしょうか?

私は、翁長知事に会ったら言ってみたい。「辺野古に移設するのか、普天間を継続して固定化するのか、どちらかに決めてください」と。軍の運用上、アメリカはどちらでも構いません。ただ、「基地はいらない、平和は欲しい」と言っていては何も始まらないし、このままの状態が続くだけです。既に日米両政府が合意したにも関わらず、20年近くも協議に時間を費やして大騒ぎになっている。これでは、中国に「日米同盟は本当に機能しているのか?」との疑念を与えかねません。移設に賛成の政治家も、摩擦や批判を恐れるあまり、“正しく”伝えようとする努力を怠っています。アメリカ軍再編について私が一番違和感を覚えた説明は、「アメリカと約束したから」というものです。本来ならば、「国民や県民の安全の為、日本の防衛の為に必要だ」と訴えるべきではないでしょうか? 沖縄総領事時代に『F-22』を初めて日本に配備した時や、与那国島にアメリカ軍の艦船が寄港する際など、私は積極的に記者会見をしてきました。プライベートでは、保守派の政治家とも意見交換する機会が多かった。ところが、彼らが地元に戻ってその説明をすることはありません。理由はいつも同じ。「いや、選挙がある。敏感な問題だから、我々の口からは言えない。(アメリカ総領事館の)皆さんでもっと説明してください」。幸い、今の安倍政権はちゃんと国民に説明しようとしています。国務省を退職してから日本のテレビ番組に出演した時、中国の脅威について解説したところ、隣に座っていた政治家からCM中に「よく言ってくれた。もっと説明して」と言われたことがあります。自分でも発言するように促すと「いやいや、立場があるから……」と言うのですから、溜め息が出る。何故、日本の国政についてアメリカ人の私が説明しなければいけないのか? 日本には“臭いものには蓋”という言葉がありますが、これはよくない。私は蓋を取ってしまうタイプです。そうしないと、いつまで経っても臭いの元は除去できないでしょう。




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先日、興味深い記事を読みました。東京都内に保育園を新設しようとしたところ、「騒音が迷惑だ」と周辺住民から反対の声が上がったというのです。保育所不足は全国的な問題ですが、こうしたケースでは一部の反対派の為に計画自体が立ち往生してしまう。まさに、過剰なコンセンサス社会が生んだ弊害と言えます。今に至っても解決の道筋が見えない福島第1原発の汚染水処理もそうでした。東日本大震災が起きた1ヵ月後、私は国務省を退職して、民間人として日本を訪れました。原子力汚染事故の処理経験があるアメリカ企業との仕事です。アメリカでは、スリーマイル島事故や核兵器燃料の汚染を処理した経験から、特殊な除染技術を持つ企業が幾つかあります。彼らは、東京電力や原発メーカーの日立や東芝に対して、こう進言しました。「今後数年間で最も重要なのは、汚染された水をどうするかという問題。先ずロードマップを作成して、早急に対応を決めるべきだ」。汚染水は大量に発生します。その全てをタンクに溜めることは物理的に不可能ですし、タンクからの漏れや地下水の汚染も発生するでしょう。つまり、「可能な限り放射性物質を浄化した上で、海に流すしかない。自分たちの技術と経験を活かしてほしい」と訴えたのです。ところが東電は、「今はそういう話はできない。地元の当局も漁協も反対するから」と言うばかり。東電に独自のプランがある訳ではありません。そして、反対派を説得してコンセンサスを作ろうという気もない。「Hope is not a plan.(希望は計画ではない)」という格言があるように、具体的な手順を決めない限り問題の解決など不可能なのですが、彼らは何故か決められないのです。結局、アメリカやヨーロッパから集まった企業の代表者たちは、半年程後にうんざりして帰ってしまいました。その後、福島第1原発から高濃度の汚染水が太平洋に流出し続けていることは、皆さんがよくご存知だと思います。

外交官から民間に仕事の場を移して、遥かに自分の視野は広くなっていったように感じています。付き合いのある日本人も、政府関係者だけではなく企業人が増えました。立場の違いに関わらず共通して感じるのは、物事を判断する際にマイナス面から入る文化です。日本に関わっているアメリカ人の間で使われる「Tooth sucking」という言葉があります。直訳すると、「歯で息を吸う」。日本人は、何か言い訳をしたり追及を受けたりした時に、頭の後ろを掻きながら無意識に「スーッ」と息を吸います。他国には無い習慣で、日本人との交渉のテーブルではよく耳にする音です。日本で新たな提案をすると、必ずと言っていいほどそんな音を立てながら、「何故実現が難しいか」という説明が始まる。官僚は「自分たちが頑張っている」と周囲に見せたいので、「早い段階で合意に達したら批判される」と考えているのではないでしょうか? 失敗するリスクを必要以上に恐れているのかもしれません。少し古い話になりますが、湾岸戦争が勃発した時、日本は135億ドルもの戦費を拠出して有意義な貢献をしましたが、その事実を知るアメリカ人はあまりいませんし、外交当局者の間でも十分に評価されていません。日本が自衛隊を派遣しなかったことも影響していますが、何より交渉現場でのうんざりするような思いが記憶に残っているからでしょう。「ウォークマンは兵士個人で使うものなので、基金からの支出は認められない」「トラックに機銃を据え付けるのであれば、武器に該当する」といったお役所根性丸出しの否定的な言葉から始まるのです。結局は様々な交渉を経て支出は認められるのですから、どうでもいいお役所仕事に振り回されるアメリカ当局者にとっては、時間の浪費以外の何物でもなかった。1兆円以上を拠出しながら相手を不快にさせたのだとしたら、これほど損なことはないでしょう。

decide 03
その点、政権発足直後の2013年1月にワシントンを訪問した際の安倍首相の発言は良かった。世論的にも党内的にも反対意見が多いにも関わらず、先ずはっきりとTPP交渉入りを表明したからです。その上で、国内の事情をアメリカ側に伝えています。まず「何について合意できるか」を話して、動かすことができないポイントを先に決めれば、交渉はスムーズに運ぶものです。責任を取る覚悟があるリーダーが、日本にはまだ少ない――。これは政界に限った話ではなく、企業もまた同様の問題を抱えています。コンセンサスを集めて“皆で”決めるのであれば、誰も責任を取らなくていいから確かに楽でしょう。しかし、「俺が責任を持って判断を下す」という人が現れないと、危機が起きた時に対処することはできません。アベノミクスを本当に成功させる為にも、企業の経営者は自信を持つべきだし、もっと勇気を出してチャレンジしてほしいと思います。金融緩和でマネーが流通するようになっても、まだまだ会社が内部留保として保持して、あまり使わずに寝かせています。国内企業の内部留保は、GDPの65%に相当するとのデータもある。マネジメントレベルにある方々は、恐らくバブル崩壊の悪夢が念頭にあるのでしょう。但し、賃金を上げて設備投資や配当を増やしていかないことには、経済は活性化しません。失敗を恐れる過剰なコンセンサス社会からの脱皮は、日本の経済界にも求められているのです。

日本に対して厳しいことばかり述べてきましたが、外交官時代、私は30年のキャリアのうち20年間を日本で過ごしました。現在の住まいはワシントンDCにありますが、1年の半分は東京に滞在しています。この国で仕事を続けられているのは、私にとって大きな喜びです。コンセンサスを重視する日本の文化には、一方ではメリットもあります。それは、全員が納得してコンセンサスが得られれば、社会全体が協力して強い推進力が得られることです。よく、「アメリカは失敗・再挑戦に寛容な社会だ」と言われます。確かにそうかもしれません。しかし、同時にアメリカの弱点は、「失敗してもいい」と考えていることです。例えば、首都ワシントンの地下鉄には、日本の駅のホームのように時刻表や停車位置の表示がありません。不思議に思って、パーティーで知り合った運営会社の幹部に聞いたところ、「勿論、内部的には運行の時刻表も所定の停車位置も決まっている。ただ、乗客に知らせるとクレームをつけられるので、公開はしていない」との答えでした。これは失敗することを前提にしたシステムで、1人ひとりの運転手が「失敗してもいい」との意識を持ってしまうでしょう。実際、ワシントンの地下鉄はよく止まりますが、乗客はサービスに期待していないので、改めて苦情を言うこともありません。ラッシュ時にも、中心部の駅構内でエスカレーターの修理をしているような有様です。ワシントンのメトロでは、“整備”と言えば「壊れた箇所を直す」ことであって、日本のように「壊れるかもしれない部分を事前に保守点検する」こととは意味合いが違うのです。

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今、私はコンサルタントとして、テキサス州に新たなハイスピードレイルウェイを敷設する計画に携わっています。車両も運行システムも全てJR東海の新幹線から導入する予定ですが、改めて日本のサービスの信頼性を実感しています。50年間も乗客の死者が出ていない、こんな鉄道システムは世界中どこを探してもありません。アメリカにも『アムトラック』という鉄道がありますが、遅延時間等は比べるのも恥ずかしい水準です。与えられた仕事を1つひとつ丁寧に熟していく――。これは日本人の美徳とも言えるでしょう。だからこそ、“決断できない”リーダーの責任は重い。とはいえ、それが日本の伝統に根差したカルチャーだとも思えません。戦後の日本社会は、責任を取る指導者たちが数々の決断を下してきたからこそ、あの奇跡的な復興を成し遂げることができたのです。英語には、「悪いニュースと魚は時間が経つほど臭くなる」という諺があります。普天間基地にしても、福島第1原発の汚染水処理にしても、時間の経過と共に解決は難しくなる。都合の悪い現実を直視して、反対派に臆せずに決断の意図を説明できるリーダーシップこそ、日本を新たな地平へと導いてくれる筈です。 (元アメリカ国務省日本部長 ケビン・メア)


キャプチャ  2015年7月号掲載


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テーマ : 福島第一原発
ジャンル : 政治・経済

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