【私のルールブック】(12) スポーツとスポーツ選手を尊敬する

子供の頃の将来の夢は野球選手だった。小学校では野球部、中学校に入るとリトルリーグでプレー。しかし、リトルまで行くと現実を思い知らされる。持って生まれた体格の違い、地肩の違い、指の長さの違い……。結局、中学卒業時には野球で生きていくのを諦め、役者の道を選ぶことに。そんなこともあって、未だに高校野球を観ると複雑な想いに駆られる。諦めずに野球を続けていたら、違う人生があったのではないか? 生まれ変われるとしたら、とことん白球を追いかけてみたい――。トラウマにも似た後悔の念は消えることは無い。

抑々、私の世代の男子の多くは、一度はスポーツ選手を夢見た筈。が、プロになれる者は僅かであり、その殆どがどこかで断念し、違う道を歩み、今がある。極端な言い方をすれば、“諦めの人生”と言えなくもない。だからこそ、競技の種類を問わず、スポーツ選手は憧れの的ではないか。だって、スポーツってフェアだし、単純だし、勝ち負けがはっきりしているもんね。冷静に考えると、勝ち負けがはっきりしている仕事って粗無いから。例えば役者。よく言われることは、自分が満足した芝居ほどリアクションが薄く、「大丈夫かな?」と感じた作品ほど「よかったよ」との反応が数多く寄せられたりして。要するに、正解があって無いような仕事なのである。或いは営業職。成果は数字として現れるが、やり方に依っては反則技もありという不条理が存在する。勿論、スポーツにも審判の目を盗んで……という狡猾さが時に求められるが、観客という別の審判目線も存在する訳で、反則を犯せば様々な形で罰せられる環境下にあるという点では、スポーツ選手はやはり限り無くフェアプレー精神が必要な職業と言える。そんなスポーツが、最近可笑しなことになっている。日本バスケットボール協会然り、FIFA然り。だって、スポーツってお金になるから。こんな時代だからこそ、利権を生んじゃうから。




でも、思うんですよ。選手はいいんです。現役生活が短い仕事だから。だったら、稼がせてあげて下さい。でも、そこに群がる人々は、できればボランティア精神宜しく、そこそこでお願いしたい。理想論かもしれませんが、お金でスポーツを穢してほしくないんです。だって、オリンピックにしてもカネ塗れでしょ? どうしても納得いかないのが開会式と閉会式。あんな派手にする必要はあるんですかね? あれは競技じゃないでしょ。ただの儀式でしょ。そこに何億も何十億もってさ……。テレビに“寄せる”のは結構ですが、寄せ過ぎは不快を生みかねない。普通に視聴率獲れますから。プレーでね。開会式と閉会式の視聴率はどうでもいいでしょ。まあ、飽く迄も私の偏った意見ですけどね。「何だかな~」って思う訳ですよ。スポーツが大好きだからこそ。東京オリンピックも開催まであっという間ですから。「スタジアムの屋根がどうした」「東京都が500億円負担しろ」とか揉めてる場合じゃないでしょ。3000億円のスタジアムって何だそれ。どうやって回収するんですかね。どっちにしたって税金ですから。長野オリンピックの反省が少しも生かされていないというか、ここまで来ると笑っちゃうしかないみたいな、ね。スポーツ選手になりたかったんです。スポーツ大好きなんです。だから、スポーツを穢さないで下さい。


坂上忍(さかがみ・しのぶ) 俳優・タレント。1967年、東京都生まれ。テレビ出演多数。子役養成に舞台の脚本・演出等、多方面で活躍中。


キャプチャ  2015年7月30日号掲載


スポンサーサイト

テーマ : 俳優・男優
ジャンル : 映画

Categories
Profile

KNDIC

Author:KNDIC
Welcome to my blog.

Latest articles
Archives
Counter
I'm participating in the ranking.

FC2Blog Ranking

information
Search
RSS Links
Link
QR Code
QR