【軽き日本国憲法】(03) 解釈改憲が積み重ねられた第9条…曖昧な“護憲”は国民投票で劣勢

7月5日、ギリシャでEU(ヨーロッパ連合)が提示した緊縮策を呑むかどうかを主権者に問う国民投票が実施され、世界的に注目された。国民投票は、世界中で“原発”や“EU加盟”等、中世から数えて合計2000件以上行われているが、日本では1度も行われていない。ただ、近い将来、日本初の国民投票が実施される可能性が高まっている。テーマは“憲法”だ。安倍晋三政権がどうしても集団的自衛権を行使したいというのなら、歴代の内閣法制局長官が述べているように、無理筋の憲法解釈の変更でやるのではなく、第9条を改正(憲法第96条の手続きに則った明文改憲)するしかない。だが、安倍政権は元長官や憲法学者の諫言を無視し、強引に事を進めている。先に安保法制成立、後で第9条改正では順番が逆で、立憲主義を侵しているのだが、安倍政権は“勝つ為に”立法の既成事実を作ってから、第9条改正の是非を問う国民投票を仕掛けたいのだろう。

国民投票とはどのようなものか? 日本では国民投票の経験者がおらず、住民投票の経験者も少ない為、大半の国民は選挙との違いについてきちんと理解していない。選挙は、政治・行政に関する様々な事柄を自分に代わって決める議員や首長を選ぶもので、“人を選ぶ”ことになる。一方、国民投票・住民投票は“事柄の選択・決定”を議員や首長に委ねず、自分自身で行う。第9条を含む憲法改正の発議から国民投票の流れは図の通りだ。国会で“改正原案”を発議する為に必要な議員の数は、衆議院で100人、参議院で50人だから、その気になれば自民党はいつでも単独でできる。但し、その憲法改正案を国民に提案(国会発議)する為には、衆参各院で総議員の3分の2以上の賛成が必要となる。自民党・安倍政権が解釈改憲に走っている理由は、“3分の2”の壁が高いことと、その壁を越えたとしても国民投票で多数を制するのは難しいということだ。だからといって、(それが何党であれ)国会での一時的な多数派でしかない政党・議員が、国民投票に依る主権者の承認も得ずに、安保法制を成立させるという実質的な改憲を行うことは、国民の憲法制定権を侵す。政権は、衆参各院で3分の2の支持を得て、正々堂々と改正案を発議し、主権者である国民の判断に委ねるべきだ。自民党は2012年、第9条のみならず多岐に亘った“憲法改正草案”を発表している。ただ、この全体を纏めて国会発議し、国民投票にかけるといったことは、現在の国民投票法の下ではできない。国民投票法は、改正原案の発議を「関連する事項毎に区分して行う」と定めているからだ。若し、第9条以外の何かの改正案(例えば、“環境権”を新たに憲法に加えるとか)が併せて発議されたとしたら、主権者(18歳以上の日本国籍を有する者)は両方の改正案を一括りにして賛否を示すのではなく、1つずつ個別の案件(改正案)毎に賛否を選択して投票する。自民党は、国民投票法の中身を検討する最初の段階では、「第9条単独で問うより多くの賛成票獲得を見込める」という思惑から、改正案が複数の場合は、個別ではなく一括して賛否を問う方式を採るよう主張する議員もいたが、最終的には諸外国の国民投票に倣い、項目毎の発議に同意した。




constitution 08
国会が改正案を発議し、いざ国民投票となると、何が起こるのか? 憲法改正案の内容や賛否両派の意見を載せた公報(説明書)が、全戸又は全有権者に配布される。改正案に賛成、或いは反対への投票を訴えて、賛否両陣営が運動を展開する。国民投票に公職選挙法は適用されないので、選挙と違ってかなり自由に運動ができる。戸別訪問は禁じられていないし、ビラやポスターは無制限に配布・掲示できる。街頭での訴えも(一部の公務員を除いて)誰もが自由にやっていい。テレビの広告放送(スポットCM)は期日前投票の開始日から禁止となるが、その前までは規制がない。集会や公開討論会の開催も一切制限は無い。運動はこのように自由にやれるのだが、肝心なのは、主権者がどれだけ理性的な判断をするかということだ。感覚や雰囲気で賛否を決めるのではなく、案件に対する深い理解が求められる。スイスを筆頭に、世界各国の国民投票においては、「賛成多数ならどうなるか?」「反対多数ならどうなるか?」という投票後のビジョンを、政府議会及び賛否両派が具体的に示した上で、国民に賛否を問うている。ビジョンには結果に伴って、必要となる法改正も含まれている。日本の第9条改正ではどうか? 近い将来、発議される可能性のある自民党の第9条改正案については、好戦的ではあるが、彼らの目指す国家・防衛について、国民は具体的なイメージを浮かべることができる。要するに、正規の軍隊を保持して集団的自衛権の行使も含めた自衛戦争をやるというもので、これは安保法制が成立すれば半ば達成している。

これに対して現行の第9条の護持派は、国民投票で自分たちが勝った場合の“ビジョン・未来像”を明確に示していない。「護憲派の方は現状維持なのだから、そんなビジョンを示す必要も義務も無い」という反論が聞こえてきそうだが、それは違う。戦後70年の間に解釈改憲が積み重ねられてきた今日の日本にあって、“第9条護持=現状維持”と言われても、その現状とはどういう国家・社会のことを言っているのかは実に曖味だ。自衛隊を戦力とするのか否か、交戦(自衛戦争)を認めるのか否かという最も重要な点についても、第9条護憲派の中には様々な意見がある。そうした意見の混在は責められることではないが、国民投票になれば改憲派はその点を厳しく突いてくる。“自民党の改正案拒否=現行の第9条護持”という選択が、軍隊(戦力)を持たず、自衛戦争もしないことを意味するのか? そうであるなら、どのようにして日本国民の生命や財産を守るのか? 護憲派は、投票権者である国民に明快な説明ができなければ、国民投票で多数を制することはできない。第9条改正が発議されれば、国民投票に依り“戦争・軍隊”問題の決着をつけることになる。この問題に対する国民の関心が高まり、主権者としての自覚が強まる効用がある。国民投票の実施と結果の反映は、歴代政権の解釈改憲に依って壊された“立憲主義”“国民主権”を修復する。但し、“平和主義”が守れるか否かは投票結果次第である。 (ジャーナリスト 今井一)


キャプチャ  2015年7月28日号掲載


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テーマ : 憲法改正論議
ジャンル : 政治・経済

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