「まぎれもない侵略行為」「誤った戦争だった」――中曽根康弘元首相、終戦70年寄稿

まもなく戦後70年を迎える。巡り来る季節の中で、我々は戦没者の御霊に深い鎮魂の祈りを捧げ、平和への誓いを新たにする。戦争はその悲劇性とともに人間の尊厳や国家の在り方を教えた。戦後復興と今日の繁栄は、我々がその教訓を心に刻みながら、尊い犠牲に応えようとした日本人の良心と責任が成し得た結果でもある。この70年は、その成果の上に立って国の歩みを検証し、未来を展望する節目でもある。第2次世界大戦は、帝国主義的な資源や国家、民族の在り方をめぐる戦いであり、欧米諸国との間の戦争もそのような性格を持ったものであった。他方、アジア諸国に対しては侵略戦争でもあった。特に中国に対しては、1915年の『対華21か条要求』以降、侵略性が非常に強くなった。軍部による中国国内への事変の拡大は、中国民族の感情を著しく傷つけたと言わざるを得ない。資源獲得のための東南アジア諸国への進出も、現地の人からすれば日本軍が土足で入り込んできたわけで、まぎれもない侵略行為だった。

私自身は、“東京裁判史観”を認めるものではないが、第2次大戦・太平洋戦争・大東亜戦争と呼ばれるものは複合的で、対米英・対中国・対アジアそれぞれに違った複雑な要素をもち、決して一面的な解釈で理解できるものではない。ただ、300万人以上の国民が犠牲になったという厳然たる事実を拭い去ることはできない。本来なら、当時の指導者の戦争責任を他者による東京裁判という形ではなく、日本人自らの責任においてこれを裁き、決着をつけるべきだったが、東西冷戦が始まったことで日本社会としての戦争の総括が中途半端に終わってしまった。それが、その後、長く日本人の意識の中で、晴れぬわだかまりとして残る結果となった。やはり、先の戦争は、やるべからきる戦争であり、誤った戦争であった。戦後日本の起点はポツダム宣言受諾に始まると考えるのが国際的通念であり、あの戦争と敗戦から学ぶべき教訓を我々日本人は胸に深く刻む必要がある。歴史を正視し得ない民族に、政治の長期安定性もなく他の民族からの信頼も尊敬もあり得ない。点検と反省により、自己の歴史の否定的な部分から目をそらすことなく、これらを直視する勇気と謙虚さを持つべきであるし、汲み取るべき教訓を心に深く刻み、国民・国家を正しい方向に導くことこそが現代政治家の大きな責務でもある。




終戦から40年にあたる1985年8月15日、私は首相として初めて公式に靖国神社を参拝した。公式参拝を断行した背景には、国を守るために亡くなった人々に一度は首相が崇敬の念を表し、国を代表して英霊に感謝の誠を捧げ、平和国家建設を誓うべきとの強い思いがあった。亡くなった霊を慰める行為自体は、日本の文化としてごく自然な気持ちの表れであり、私個人にしても戦場に散った多くの戦友や部下、そして弟も靖国神社に祀られている。戦争を体験した者として英霊への鎮魂の思いは深く、一度は公式に参拝することを政治家となってからずっと考えていた。その公式参拝後、“(東京裁判の)A級戦犯合祀”への批判が中国で沸き起こった。当時、親日的であった中国(共産党)の胡耀邦総書記が、私の参拝で苦境に立たされているという話とともに、参拝を歓迎せぬ中国の意向が伝わってきた。そうした状況の中で、その後の公式参拝は取りやめることを判断した。やはり、日本はアジアの一員であり、アジアとの友好協力関係なくしては存立し得ない。こうした国々との平和回復に際しても、過去についての反省と教訓をうたっている。確かに一国の主権、内政不干渉という厳然と守らなければならない点はある。しかし、アジア周辺国との信頼関係構築こそ最優先すべき国益と考えての判断であった。

集団的自衛権の問題は、現在の安倍内閣で参院へと舞台を移し、論戦を繰り広げている。個別的自衛権と集団的自衛権は本来、不可分にして同根一体のものである。同盟国への協力によって日本の防衛のためにも働いてもらうという集団的自衛権は当然認められるべきものであり、国際的通念でもある。自衛は、正当防衛であるからには自国を守るための最小のものでなければならないし、限定的行使とすべきである。ただ、その限定性の範囲と内容は、時の国際情勢や地域事情の変化に伴う状況判断によるものであり、内政を含めた外交・防衛一体となった政策判断による。当然、専守防衛との整合性も求められる。政府は特に“限定的”における丁寧な説明と行使範囲の内容を明確なものにする必要がある。国民が抱く不安や疑念を払拭するよう国民意識や世論の動向にも細心の注意を払いながら議論を進め、建前を構成すべきである。戦後の日本は、冷戦構造の下で西側陣営に所属し、米国との安全保障によって軽武装と一国平和主義に徹し、自国の安全を担保することができた。しかし、自国の防衛や世界共通の安全保障・国際貢献を他国に任せて、単なる経済面の協力だけでは今や通用しなくなってきている。日本の国際的地位にふさわしい貢献なくして、他国も日本を守ってくれるはずはないし、国際的にも孤立してしまうであろう。安全保障は片務的に成立するものではないし、相応の責任と役割が求められている。

日本は米英と同じ“海洋国家”であり、交易・海洋の自由を政策の中心に据えてきた。同じ価値観や政策を持つ米国との提携は必必然である。同時に、日本はアジアの一員であり、地域の安定とともに、その発展と繁栄に尽くす姿勢を伝えてゆかねばならない。2度の大戦を経験した西欧諸国は、隣国との関係においては、その行動が相互に抑制的で自重的なものとなるが、アジアでは依然として国際政治の中における力と利益と民族的面子・自尊心の要素が強い。そのため、アジアでは依然国家間の力関係が交錯し、歴史の葛藤も重なって国益の主張が声高に叫ばれる。それゆえ、今後とも国民の間にナショナリズムの高揚とともに争いが起こることが強く懸念される。特に、中韓両国との間に起こる歴史問題の軋轢には慎重な態度で臨むべきであり、過去に対する率直な反省とともに、言動は厳に慎むべき必要がある。民族が負った傷は3世代100年は消えぬものと考えなければならない。日本の将来を考え、中長期にわたる近隣国との安定した関係を築く上でも、たゆまぬ対話を続けることで、より深い相互理解協力の道を歩むべきである。 近年、中国や韓国において一部に日本に歴史的反省を強制するかのような言動が繰り返され、その反作用として、我が国の一部でヘイトスピーチ(憎悪表現)などの過度のナショナリズムが起きつつあることを憂慮する。反省は、主としてあの戦争を実行・体験した世代が自省として行うものであって、強制であってはならないが、愛国心もまた中庸で健全であるべきで、偏狭なナショナリズムに陥ってはならない。政治は国益を長期的な観点から見据え、短期的に起こりうる過度のナショナリズムに対し、身をもって防波堤として抑える必要がある。昨今、中国の急激な台頭がアジア周辺国との間で摩擦を引き起こしているが、日米同盟を基軸としながら、中国や韓国・東南アジア諸国連合(ASEAN)・豪州・ニュージーランドを巻き込み、どのような安全保障体制を構築しうるかは、日本にとっての大きな課題であり、役割でもある。そのためにも日中韓の連携強化が必要であり、そのための対話を怠ってはならない。アジア各国が参加する経済機構構想をベースにして、包括的な安全保障体制へといかに発展させるか、政治的な可能性を模索すべきであろう。私自らの経験に照らして、次に掲げる外交の4原則はこの国の外交において肝要なものと考える。

①国力以上の対外活動をしてはならない
②外交はギャンブルであってはならない
③内政と外交を混交してはならない
④世界史の正統的潮流を外れてはならない

やはり、歴史上からの教訓をいかに学ぶかということに尽きよう。

私が政治家として生涯の目標にしてきた憲法改正も、長い年月と時代の変遷の中で紆余曲折を経てきた。28歳の初当選時から憲法改正を訴えてきたが、池田内閣の所得倍増と高度経済成長の前にかき消されていった。やはり、あの戦争による国民の厭戦感と生活向上への強い欲求があり、この意識の壁を破ることは容易なことではなかった。その間、現憲法も国民の間に受け入れられ、自由や民主主義・平等という考えも定着し、今日の日本の繁栄を支える大きな基礎になったことは否定できない。ただ、その過程で見失ったことも多い。やはり歴史や伝統・文化といった日本固有の価値をうたわぬことは、その国の憲法にとって大きな欠落と言うべきであろう。我々は何をもって自らが日本人であることの証しとするかといえば、民族国家としての悠久からの歩みであり、そこから積み重なりながら生まれた万古不易の民族的文化価値こそ我々の核となるべきものなのである。我々は、こうした民族独自の共通価値と自由・民主・平等・平和といった普遍的価値を軸に、国内外の情勢や動向を見回しながら新しい時代を切り拓く我々の手による堂々たる憲法を作らねばならない。それは、この70年の日本の平和の歩みを国是として刻み、これからの礎としながら、新しい時代をどう考え、国運をいかに拓くかという我々の課題でもある。これまでの歩みを考えれば、そこには進歩への確信があった。国を動かした幾多の決断も、時代を拓き、この国を前進させんがためのものであり、国政における論戦もそうした強い思いに突き動かされてのものであった。それが、この70年の軌跡となって歴史を刻んできた。次代を担う若い世代もまた、時代の大きな責任と役割を担い、より一層の高みを目指し前進してゆく。それがこの国の発展の原動力に他ならないし、新たな道程となって未来へと続く。若い世代の奮起と活躍を期待してやまない。


≡読売新聞 2015年8月7日付掲載≡


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テーマ : 歴史認識
ジャンル : 政治・経済

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