【働きかたNext】第7部・女性が創る(03) ママノベーション――1000万人層の発想、胎動

「今日は2次方程式を解きましょう」。埼玉県の自宅で、篠原由香(33)はパソコンの画面に呼びかけた。テレビ電話の相手は、アラブ首長国連邦のアブダビに住む日本人の中学2年生だ。教員免許を持つ篠原は子育て中だが、「自宅で短時間なら働ける」と目を輝かす。サービスを運営する『ワンツーワン』(さいたま市)社長の長谷川博(38)は、「主婦が生かし切れなかった隙間時間でも、インターネットを活用すれば家庭教師等の付加価値の高いサービスに変えられる」と言う。日本に潜在的な労働力として眠る“専業主婦”は1000万人弱。勤務地や時間の壁に阻まれ、意欲はあっても働けなかった分厚い層が動き出した。東京都八王子市に住む主婦(35)の職場は、自宅から徒歩3分のマンションだ。仕事は、『ヤマト運輸』のトラックが週2回運んでくる荷物の配達。4歳の娘が幼稚園から帰るまでの2時間で配り終える。ストッキング製造の『香川シームレス』(香川県丸亀市)は、1足単位で報酬を払う仕組みを取り入れた。作業場には育児や家事の合間に近所の主婦が訪れ、1~2時間ほど包装等の作業に精を出す。超短時間でも収入が得られると人気だ。早朝や昼間等、ちょっとした時間だけ働く“プチ勤務”。人手不足を背景に、主婦にも柔軟な働き方を用意する企業が相次ぐ。だが、保育所や託児所等、女性が働き易くなる為の環境が整っているとは言い難い。

「子供を預けられる場所が無いなら、子連れで働ける会社を作っちゃおう」。光畑由佳(50)が創業した授乳服製造販売の『モーハウス』(茨城県つくば市)は、従業員50人の9割がママだ。このうち、半分は子連れで本社や直営店に出勤する。「大きくなったね」。常連客に声をかけられ、同社青山店(東京都渋谷区)で働く戸谷理香子(26)の胸で、1歳10ヵ月の息子が微笑む。従業員が日々着て試しているだけに、細かなカイゼンを商品に反映できる。恥ずかしくないように、どの角度からも肌が見えず、僅か1秒で授乳できる商品はママの共感を得て、売れ行きも順調だ。労働時間や勤務地の制約を乗り越え、働き始めた主婦からは従来に無い発想も生まれる。6歳の双子と4歳の子を育児中の大洲早生李(36)が設立した『グローバルステージ』(愛知県名古屋市)は、ママの視点を生かしたマーケティングが強みだ。欧米等の13ヵ国に住む日本人のママをネットワーク化し、新しいサービスや製品の開発に悩む企業からの依頼に応える。大手百貨店が名古屋市内のベビー休憩室を改装する際には、「離乳食を食べさせ易いスペースを設けるべきだ」等と指摘。「以前より快適」と利用者からも好評という。法政大学教授の武石恵美子(55)は、「ママの発想を取り込めば、仕事のし方から中身までイノベーション(技術革新)が起き易くなる」と指摘する。女性が活躍し易い社会を築くことは、新たな担い手とビジネスの芽を生み出す呼び水になる。 《敬称略》




女性が生かし切れていない隙間時間は“埋蔵資源”でもある。IT(情報技術)を使えば、細切れに分散している隙間時間を有効活用できる。「できる範囲で気楽に働けるのがいい」。コールセンターで派遣社員として働く前田あゆみさん(47)は勤務が無い日、自宅のパソコンで領収書のデータを入力する。前田さんにデータ入力を依頼しているのは、経理業務代行の『メリービズ』(東京都港区)だ。人件費抑制を狙う企業から経理業務を請け負い、約250人の在宅スタッフにデータ入力を依頼する。同じデータを複数のスタッフに入力してもらい、結果が一致するかどうか確認する等の工夫で正確さを保つ。総務省の調査に依ると、インターネットを通じて自宅等で仕事をするテレワークを「既に利用している」か「利用したい」という回答は、男女とも約55%に上る。特に、専業主婦のニーズが大きい。テレワークを利用したい理由として、「家族の面倒が見られる」という回答は56.2%に達する。男性全体(19.3%)や女性全体(32.4%)より大幅に高い。家事や育児等で家を長時間離れ難い人が多いだけに、テレワークに魅力を感じているようだ。隙間時間を生かす仕組みが広がれば、主婦にとっても仕事を選ぶ上で選択肢が増えることになる。

               ◇

従業員の約半分が子供を連れて職場で働いているのが、授乳服メーカーの『モーハウス』だ。従業員の約9割は子供のいる女性。本社なら1歳2ヵ月、同社店舗なら2歳までの乳幼児を連れてくることができる。よちよち歩きの赤ちゃんを連れ、実際にどのように働いているのか。茨城県つくば市にある同社本社を訪問してみた。

本社の玄関にはスリッパが並ぶ。「室内には赤ちゃんがいるので、靴はこちらで脱いでください」。赤ちゃんが床を這うこともあるので、汚れないように社内は土足厳禁だ。オフィスに入ると、赤ちゃんが「ウー、ウー」と玩具を欲しがる元気な声が聞こえてくる。総務チームの若松美和さん(35)は、生後5ヵ月の茉冬(まふゆ)ちゃんを抱っこ紐で前に抱え、パソコンに向かう。同社製造の授乳服を着ている若松さんの胸に茉冬ちゃんが吸い付いている。周りからは母乳を飲んでいると気付かないが、「ゴクゴク飲んでいますよ」とキーボードを打ち続ける。「子供を連れているから仕事の効率が落ちるということはなく、寧ろ子供がいるからこそ効率的に時間を使う」という。1歳の歩希(ほまれ)ちゃんを連れて働く和田顕子さん(35)は、「子供に何かあっても、日頃から周りの社員と話し合っているので、安心して休めるのが心強い」と話す。総務チームの加藤真理さん(36)は、周囲に子連れ出勤の社員が多いが、社員の殆どが育児を経験しているだけに、「赤ちゃんを持つ社員が休んでも、お互いさまという気持ちで助け合う」と連携はスムーズだという。子供の急な病気で休まざるを得ない時は、メールやLINEで同僚に連絡し、仕事を引き継ぐ体制を整えている。スタッフやその子供がインフルエンザ・風疹等になった時に備えた対策もマニュアル化した。お互いの事情が十分にわかる為、甘えも無い。「いつでも代わってもらえるということは、丸投げにするということではない。常に仕事を共有し、自分の責任の中で仕事を代わってもらう相手に渡せるようにしておくことが大切」と加藤さん。ママが笑顔で働く職場は、赤ちゃんにとっても伸び伸びできる空間となっている。赤ちゃんを連れて働ける職場を実現した同社の取り組みは、育児中の女性に働き続けてもらおうと努力する他の企業にとっても参考になりそうだ。 (小川望)


≡日本経済新聞 2015年6月24日付掲載≡


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