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【日本人へ】 なぜ、ドイツ人は嫌われるのか

ヨーロッパ連合の中で、ドイツが唯一の勝者であることは明らかだ。経済面での実績は、その国のリーダーの発言の影響力にも響いてくるから、首相のメルケルが口を開く度に注目が集まるのも当然である。「より多く衆知を集めれば、より良い政策に繋がるとは限らない」と思う私なので、ドイツがEUのリーダーになるのには賛成だ。問題は、「このドイツに指導力を発揮する勇気があるのか無いのか?」にある。結論を先に言ってしまえば、無い。歴史的にも気質的にも、無い。何故なら、指導力を発揮するには“勝つだけ”では充分でなく、勝って譲る“心構え”が必要になってくるからである。勝っていながら“譲る”とは、敗者の立場にも立って考えるということで、これはもう想像力の問題であり、“一寸の虫にも五分の魂”があることを理解する感受性の問題でもある。徹底的に相手を打ちのめすのでは、勝ちはしても、その相手まで巻き込んでの新秩序作りはできない。つまり、多民族からなる共同体のリーダーにはなれない。多民族国家とは、考え方も生き方も違う民族が集まって、そのどの民族にも利益を齎すことだけは確かな根元的な1つの方針――ローマ帝国の場合だと“パックス・ロマーナ”(ローマの平和)”を打ち立て、それに反しない限りは各民族とも自由という、緩やかでしなやかな柔構造社会のことである。これが200年にも亘って実現できたのも、勝者であるローマが、勝っただけではなく、その後では譲ったからであった。ドイツ人には、歴史的にも気質的にもこれが無い。あれほども各方面に亘って超一流の才能に恵まれた人々を輩出していながら、国家となるとこの冷徹な考え方ができない。また、自己制御も不得手なので、一旦走り出すと止まらなくなる。

私がナチスを憎悪するのは、600万ものユダヤ人を殺したからというだけではなく、600万もの人間を、快感でもあるかのように、冷酷に陰惨に、肉体的にも精神的にも追い詰めていったやり方にある。この想いは、昨今問題になっているギリシャへのドイツの対処を見ていても感じた。現在のギリシャ人が、2500年昔の輝やけるギリシャ人とは似て非なる民族であるのは確かで、経済上でも今のギリシャは破綻国家である。真面目一方のドイツ人が我慢ならないのもわかる。だが、私ならば、このギリシャ問題はこうして解決する。先ず、借金の半分は棒引き。そして、残りの半分も返済期間を長くし、ギリシャがEUからの援助金をそのまま借金の返済と利子の支払いに回さないで済むようにする。そうしておいて、あの国の唯一の産業である観光と、日常生活に必要な物産くらいは自国内で生産できるよう、中小企業の振興に努める。だが、これもドイツ人は気に入らない。彼らは、「ギリシャも、ドイツやオランダと同じ努力をすべき」と言うのだ。しかも、その努力目標も出したり引っ込めたりを続けるから、ギリシャにとっては生殺し状態が続くという訳。ドイツ人たちも、ギムナジウムではアリストテレスを学んだのではないか? この論理学の創始者である古代のギリシャ人は言っている。「論理的には正しくても、人間社会では正しいとは限らない」。このバランス感覚である。古代の人にあったこの中庸の精神が、何故近現代のドイツ人には無いのか? 多くの人は、第1次世界大戦直後の超インフレに依るトラウマだと言うが、私には、ドイツ人の心の奥底に潜んでいる、他の国々の人々への“猜疑心”に依るのではないかと思えるのだ。平たく言えば、騙されることへの怖れである。この怖れも根拠は無いとは言えないほど、ドイツ人とは意外にも騙され易い民族で、その好例が“免罪符”だった。




今より500年昔のルネサンス時代、芸術大好きのローマ法王・レオ10世が、その為の財源確保に一策を案じた。金属製の小箱を多数作らせ、「その中に金貨を投じるとチャリンと鳴る音で、天国行きは保証された」とする免罪符キャンペーンを展開することにしたのである。だが、イタリア人に対しては「成功の見込みは無い」と見て、キャンペーンの地はドイツにしたのだった。これに、ドイツ人が騙されたのだ。そして、ローマ法王に依るこの詐欺に怒ったのがドイツ人のルターで、プロテスタンティズムとは、騙し取られたカネへの恨みから始まったのであった。最近ならば、偽札作りでは世界一の技能を誇るイタリア人に依る『300ユーロ紙幣事件』がある。ご存知のように、ユーロ紙幣は5・10・20・50・100・200・500の7種類しかない。技能に自信を持つイタリアの偽札作りは、態と300ユーロ紙幣を作り、それをドイツに持って行って使用回路に乗せるという冒険に挑んだのである。これが成功したのだ。数万ユーロ分は捌けたというのだから、ちょっとした数のドイツ人が騙されたのである。あまりにも恥ずかしい話なのでドイツのメディアは報道しないが、一時期、ヨーロッパ中が笑ったエピソードであった。家計簿的発想しかできないメルケルの厳しくも真面目な一顔をテレビで見る度に、この種の話を思い浮べるのも涼夏対策になるかと思うのだけど、どうでしょう。 (イタリア在住作家 塩野七生)


キャプチャ  2015年9月号掲載


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テーマ : 国際政治
ジャンル : 政治・経済

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