【終戦70年・“戦後”はいつ終わるのか】(04) 日本軍の砲撃から逃れた後の悪夢――乗っていた駆逐艦がガダルカナル沖で炎上、海で漂流中に私は日本兵と鮫に遭遇した

元アメリカ海軍将校のロイ・ボームは、1960年代にアメリカ海軍特殊部隊(SEALs)を創設し、最強の戦闘集団に育て上げた人物だ。だが、太平洋戦争で連合国側の優勢を決定づけたガダルカナル島の攻防戦に参加した当時は、まだ10代の水兵で、太平洋で地獄を見ていた。

意を決して、甲板から飛び込んだ。海は真っ暗、水は生温い。「気を失ったら終わりだ、沈んでしまうぞ」――私は18歳で、砲弾の破片が両脚に、そして頭に刺さっていた。私はもがき、海面に顔を出した。見れば、駆逐艦『ダンカン』は炎に包まれ、迷走している。時は1942年10月2日、ガダルカナル島沖ケープ・エスペランスの海戦で日本軍の砲弾56発を浴びていた。木片が浮かんでいたので、私は手を伸ばした。ところが、何と反対側には日本兵がしがみ付いているではないか。互いの目が合い、私はナイフの柄を握り締めた。2人とも長い間、どうしたらいいかわからず凍りついていた。軈て、私は手を離した。彼もそうした。私たちは全速力で反対方向に泳いだ。2人とも戦う気は無かった。今度は目の前に、1人の男が仰向けに浮かんでいた。仲間の水兵であるスタンリー・ドゥビエルで、あまりの痛みに錯乱状態だった。両脚を焼かれて動けない彼を、私は艦から海に投げ落とし、それから自分も脱出したのだった。泳ぎながら肩越しに後ろを見ると、乗っていた駆逐艦『ダンカン』が迫っていた。まるで巨大な火炎放射器だ。速度を維持したまま急旋回しつつ、真っ赤な炎を上げて私のほうへ真っすぐ進んでくる。穴だらけで、どの穴からも炎と煙が噴き出ていた。

ダンカンはぐんぐん近づいてきて、手を伸ばせば届きそうだった。私は波に揉まれ、水中でぐるぐる回り、必死の思いでドゥビエルの救命胴衣に掴まっていた。途方もなく長い時間に思えた。漸く水面に顔を出すと、そこには静かで平和な世界が広がっていた。死後の世界かと思った。しかし、遠くに燃え盛るダンカンの姿が見えた。海に飛び込んだのは真夜中頃だったが、もう夜が明けていた。私はドゥビエルを引いたまま、何時間も泳いでいた。「泳ぎ続けるんだ」――私は自分に何度も言い聞かせた。ふと、ドゥビエルと自分の他にも何かがいることに気付いた。ナイフの刃のようなヒレが幾つも水面を切り裂いて、私たちのほうに近づいてくる。鮫だ。中でも、大きくて凶暴な奴が突進してきた。私は足から出血していた。サメが潜り、私は水中で身を翻し、必死で鮫の姿を探した。私は叫び、ドゥビエルも叫んだ。その時、彼の体が水中から跳ね上がった。激しく身を捩らせ、それから消えてしまった。いつの間にか、私は手を離していた。私は狂ったように泳いだ。「彼が身代わりになってくれた」と思った。その後、何年もドゥビエルの悲鳴が耳から離れなかった。

※この記事は、本誌アメリカ版1999年3月8日号に掲載されたものです。


キャプチャ  2015年8月11日・18日号掲載


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