【創論】 日本の格差、実態と処方箋は――大阪大学教授・大竹文雄氏、法政大学教授・湯浅誠氏

フランスの経済学者であるトマ・ピケティ著の『21世紀の資本』が日本でもベストセラーとなり、格差問題に関心が集まっている。ただ、格差を測る物差しは様々で論点は拡散しがちだ。問題の解決に向けた合意形成は可能なのか。格差問題をデータで分析する大阪大学の大竹文雄教授と、貧困の現場で対策に取り組む法政大学の湯浅誠教授に聞いた。

――アメリカ等に比べると、日本では所得格差は広がっていないとの見方もあります。
「日本のジニ係数(所得格差を示す値で、格差が大きいと1に近づく)は、2000年代に入ると0.3強(世帯員の可処分所得ベース)で推移し、1980~1990年代に上昇したのに比べると、粗一定と言える。1990年代までの日本では、中高年層の方が同じ年齢の中での所得格差が大きく、若年層では比較的小さかった。年功賃金の下で引退前の人たちの所得の方が若年層より高い特性もあり、人口の高齢化に伴って世の中全体の格差が広がっていた」
「その傾向が2000年代に変化してきた。高齢化の流れは変わらないが、年金の充実で高齢者間での格差が縮小し、逆に若年層の中での格差は広がっている。年功賃金の度合いが少し緩やかになって、若年層と退職前の人たちとの賃金格差は縮んでいる。複雑な動きが作用する結果、全体ではジニ係数が一定になっている。格差を論じる時は、例えば若年層の所得格差等にターゲットを絞り、個々に原因を探らないと混乱する」

――ピケティ氏の著書が日本でもブームになりましたが、最近、稍落ち着いた印象もあります。
「格差問題が注目される時と格差が深刻になっている時は、必ずしも対応していない。景気が回復し株価が上昇し始めると、先ず資産価格が上がり、一部の資産家だけが恩恵を受けていると感じる人が増える。景気回復が続くと賃金にも反映し、不満が解消する傾向がある。景気が悪化し始めると就職難になって格差を意識する人が増え、不況が続くと格差を感じなくなる」
「現在の日本では失業率が下がり、賃金も上がり始めた。学生の就職状況も改善し、ピケティ氏が来日した1月頃とは経済情勢が変わっている。ただ、好景気になっても技術革新の影響で、人間はコンピューターが苦手な仕事に特化していく傾向は続く。コンピューターが苦手なのは、人間が創造性を発揮する仕事と、非定型な肉体労働やサービス業だ。後者の方が数が増えていくので、低賃金で働く人が増える。景気が少し良くなっても元には戻らない」

――経済成長と格差問題の関係をどう考えますか?
「格差が大きくなり過ぎてパイそのものが小さくなり、経済成長率が下がるケースがあるなら分配の仕方を変え、パイを大きくする方法を考えたほうがよい。パイが小さくなっても平等が大事という意見もあるが、程度の問題だ」
「格差の原因に依っても最適な分配政策は変わる。努力して高い所得を得る人に過度に課税すれば、社会の活力が失われる。相続財産に依って格差が固定する社会になっているのなら、再分配をしないと人々が働く意欲を持てなくなる。ピケティ氏が心配しているのはこのケースだ」

――日本で格差問題を論じるときの焦点は?
「子供の貧困率の上昇に注目している。政府は子供の貧困対策大綱を纏める等の取り組みを始めたが、国際的には遅れている。経済学界では今、就学前の教育が生涯所得に大きな影響を与えるという仮説が注目されている。先進各国で共通の知見になり、義務教育の開始年齢引き下げ、幼稚園や保育園への補助増額等に力を入れている」
「男女を問わず非正規雇用が増え、離婚すると貧困に陥り易い。そうした家庭の子供たちに教育の機会を与えるのは国の成長戦略だと言える。予算はかかるが、長期的には投資に見合う効果がある」

――国は財政難です。財源を確保できますか?
「生活保護の予算は3兆円強で、年金支出の50兆円に比べて遥かに少ない。公的年金等控除を止めて、年金所得も給与所得控除に一本化する等で、社会保障予算の配分を変えればよい。産業構造が大きく変わる中、雇用が不安定になる。一時的に生活保護を受けても再チャレンジできる仕組みを作り、働く人と働いていない人とが分断しないようにすべきだ」

――企業には何を期待しますか?
「働き方の多様化を進めてほしいが、企業側から見ると、独自の取り組みが本当に認められるのか不安もあるだろう。労働時間・勤務形態・雇用契約等について、政府は企業と一緒にモデルケースを考え、ガイドラインを示してはどうか。企業はもっと多様化に取り組み易くなる」


おおたけ・ふみお 専門は労働経済学。著書『日本の不平等』で1980~1990年代の所得格差の拡大は高齢化が原因と指摘。54歳。




――日本の格差や貧困問題の現状をどう見ていますか?
「私がずっと警鐘を鳴らしてきたのは、貧困の問題だ。格差は容認できる程度を見極めるのが難しい。『平均年収の差が、正規社員と非正規社員で200万円なら許せて300万円なら駄目なのか?』という話になると、社会の合意を作り辛い。『格差拡大で貧困層が増えるのは拙い』という点では、ある程度の合意はできると考え、問題の解決に取り組んできた。日本の相対的貧困率(可処分所得の中央値の半分に満たない世帯員の割合)は2012年で16.1%と高水準で、1980年代から上昇し続けているのは問題だ」

――日本の景気は回復基調にあります。格差・貧困問題にどう影響しますか?
「安倍晋三政権は、『アベノミクスで景気が回復すれば、その恩恵は大企業から中小企業等に広がる』と主張してきた。円安・株高の効果で業績が回復した大企業では、今春のベースアップはまずまずの水準だったが、今後、中小企業の社員や非正規社員にまで本当に恩恵が巡るのか。最近の景気循環を振り返ると、社会全体に恩恵が巡らないうちに景気が腰折れしてきたが、今回は違うのか、見極めが必要だ」
「経済協力開発機構(OECD)は、『格差や貧困がある規模を超えると、経済成長にとってマイナスになる』と指摘した。『所得再分配は成長の足を引っ張る』という考え方が日本では根強いが、『ある程度、分配問題を手当てしないと経済成長も難しくなる』と考える人も増えている。低所得者の限界消費性向は高いのだから、お金の循環をよくする意味でも再分配の効果はある」

――貧困対策等には財源の裏付けが欠かせません。
「日本の社会保障予算の約8割は、年金・介護・医療に回っている。保育に対する補助や就労支援等、現役世代向けの社会保障や教育にもっと予算を配分してほしい。それでも全体で財源が足りないなら、増税は止むを得ない。日本は世界一の高齢社会なのに、今の政府は小さ過ぎる。(小さ過ぎる現状を改め)せめて小さな政府を目指すべきだ。財源は消費税に限らず、所得税・法人税・相続税等、どれでも構わない。ただし、増税をするなら財政再建と社会保障への配分比率を明確にし、国民が疑心暗鬼にならないようにする工夫がいる」

――4月から『生活困窮者自立支援制度』がスタートしました。
「課題が山積みだ。降って沸いた話のように感じて、後ろ向きになっている自治体も多い。窓口を作っただけで、『誰も相談に来ないのが成功だ』という感覚の自治体さえある。試行錯誤の中で混乱も生まれている。例えば、おばあちゃんの介護に訪れたケアマネジャーが、『働いていない50歳代の息子が同居している』と気付いたら、自治体の窓口に話を繋ぐのが新しい制度の精神だ。だが、こうした問題とは無関係と思っていたケアマネジャーが、意識を直ぐに切り替えるのは現実には難しい」
「人を支える地域作りがこの制度の核だ。ただ、行政も民間も分野別の縦割りになっているので、官民共同で取り組む作法ができていない。行政とNPO法人等の間を取り持って通訳するコーディネーターが地域に必要だ。役所の人がNPOと関係を作り、通訳を務めると上手くいく事例が多い。私自身は、幾つかの自治体に関わって通訳作業をやりつつ、現地で通訳をする人作りを支援している」

――2008年末に『年越し派遣村』を開設した当時と現在で、企業の対応に変化は?
「1990年代後半の就職氷河期に非正規社員になった人たちが中高年になっている。未婚の人が多く、軈て単身高齢者になる可能性が高い。放置しておいてよいのか。非正規社員の処遇は当時と変わらず、国際比較をしても日本は悪過ぎる。一部の企業が導入している限定正社員が、海外の非正規社員に当たる。非正規の妻は正社員の夫に依存しているので、処遇が悪くても構わないという前提での制度だ。企業にできることは多いが、制度の根本が変わらないと限界があるのも確かだ」
「正規と非正規の二極化を是正する為にも、正社員の労働時間規制を強化する必要がある。ワークライフバランスが大切だと考える人は増えているし、社会問題の解決に貢献したい人も多いのに、長時間労働がネックになっている。仕事が終わるとへとへとになってしまい、それ以外に力を割けなくなっている」


ゆあさ・まこと 反貧困を唱える社会活動家。『年越し派遣村』村長、民主党政権下で内閣府参与。昨年4月から現職。46歳。

               ◇

両氏は、「ピケティ氏は格差問題を考える共通の土台を提供した」と評価する。「富や所得が上位層に集中する」と見るピケティ氏の仮説は、日本の研究者の間でも議論を呼び起こし、日本では「中下位層の所得の減少のほうが深刻な問題だ」との見方が優勢になりつつある。湯浅氏は、「『日本には格差や貧困問題は存在しない』と主張する人も嘗ては多かったが、そこから議論する必要は無くなっている」という。両氏の現状認識には差があるが、貧困対策や労働・雇用改革等、重視する政策課題には共通点が多い。経済成長にもプラスになる分配政策を求める点でも、意見が一致した。湯浅氏が唱える“政府の適正規模”を見つけるのは難しいが、「年金や医療中心の社会保障制度に先ずメスを入れよ」との両氏の声には異論は少ないだろう。安倍晋三首相は国会等で、「分配よりも成長を優先」と説明してきた。「子供の貧困対策等への取り組みは成長戦略にも繋がる」と、発想を転換する時期ではないか。 (編集委員 前田裕之)


≡日本経済新聞 2015年8月23日付掲載≡


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テーマ : 格差社会
ジャンル : 政治・経済

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