【新聞不信】 戦後70年談話、「出すな」と言えぬ軟弱

「大山鳴動、鼠1匹も出ず」といったところか。安倍晋三首相の戦後70年談話のことだ。「キーワードの“植民地支配”“侵略”“反省”“お詫び”の4つの文言を全て盛り込んだが、他人事のようで実が無いな」――8月14日夜、首相の発表を聞いた感想だ。関連記事で埋まった翌15日朝刊各紙に載った、戦後50年談話を出した村山富市元首相の会見記事。「何を言いたいのかさっぱりわからない」と発言したのは当然だろう。また、「(アメリカの主要メディアが)『謝罪に至らず』等の見出しで、首相が直接的な謝罪を避けたことに力点を置いた報道が目立った」(時事)のも頷ける。何故か? 安保法制審議の最中、支持率低下の逆風に曝されている首相が自説を押し殺し、間接表現や引用を駆使し、しかも“私”という主語を使わず、八方美人的な談話をでっち上げたからに他なるまい。皮肉だが、だからこそ、中国・韓国等との外交上は可でも不可でもなしの内容になった。その辺の事情をある程度、読者に伝えたのは朝日と毎日。一応、合格点を与えてもいい。だが、キーワードの盛り込みをNHK(10日朝)にスクープされた体たらくを考えると、首相豹変の舞台裏に迫るインサイドストーリーくらいは載せてほしかった。

朝日は『時時刻刻』(2面)で舞台裏を取り上げてはいるが、執筆に関わったのは誰かわからない。因みに、産経の長期連記事(15日1面)は「首相の肉筆」と明かしている。落第は読売と産経。“御用新聞”になり下がった読売は兎も角、産経にはもう少し気骨があるかと思っていた。唯一と言ってもよい首相の本音、「私たちの子や孫、そしてその先の世代の子供たちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」を殊更強調、“提灯持ち”に終始する軟弱ぶりだ。産経は散々村山談話を扱き下ろし、首相に訣別を求めていたのではないのか? 強い不満を持って然るべきだろう。得てして、敵と味方は同じ結論に至る。朝日は15日社説で、「この談話は出す必要がなかった。いや、出すべきではなかった」と書いた。全く逆の視点から、産経も同じ論説を掲げてもいいではないか? それを避ける以上、その主張が“為にするもの”と受け取られるのを覚悟すべきだ。 (諦)


キャプチャ  2015年8月27日号掲載
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