【中外時評】 難民が揺さぶる欧州――問われるドイツの対応

急増する難民・不法移民がヨーロッパ連合(EU)を揺さぶっている。今年、中東やアフリカ等からEU域内に入った難民は、7月までに約34万人を超え、既に昨年1年を上回った。収容施設不足等でトラブルも頻発し、第2次世界大戦以来の危機との見方も出ている。殺到しているドイツ・フランスと他国との思惑の違いも目立つ。大国ドイツの対応次第では、ギリシャ危機で弱まったEUの求心力は更に低下しかねない。

先週、ドイツのメルケル首相はフランスのオランド大統領と協議して、流入の入り口となっているギリシャとイタリアにEU主導の登録窓口を設ける考えを示した。政治難民と不法移民を分け、数を抑える狙いがある。更に、ヨーロッパ各国に受け入れの公平な分担を求め、団結を呼びかけた。ドイツには流入が集中しており、難民申請の処理が追いつかない状態だ。今年の流入は過去最高の80万人に達し、昨年の4倍に膨らむとの見通しも公表している。メルケル首相は「難民はヨーロッパにとって、ギリシャ財政危機よりも重大な問題になる」と発言、強い危機感を示している。ドイツは戦後、かなり多くの政治難民や移民を受け入れてきた。ナチスの迫害で多数の難民が発生、各国が受け入れたといった事情もあったからだ。しかし、最近では高い生活水準を目指す経済難民や不法移民が中心で、雇用を奪われるとの反発等が外国人排斥に繋がっている。イスラム教徒との文化摩擦も事態を複雑にしている。「これ以上難民を受け入れるべきではない」との声も強まっている。ベルリン等の主要都市では抗議デモ、難民等の宿泊施設への放火等の破壊行為・暴動が急増し、警官隊と衝突を繰り返す等、対応に苦慮している。こうした動きを追うだけでは、大きな流れを見誤るかもしれない。首相発言等の強い危機感や排斥運動の激しさを見ると、今にも難民で国が沈みかねないとも思えてくる。ところが、流入外国人の恩恵を最も受けてきたのはドイツ経済なのである。




戦後、旧西ドイツは1950年代から1960年代にかけて“奇跡の経済成長”を遂げた。その大きな原動力となったのは、東ヨーロッパ等からの引き揚げ者や外国人労働者だった。高度成長が終わった時点でも200万人の外国人労働者が働いており、その後も流入は止まらず、移民希望者は増え続けた。更に、1990年の東西再統一で、旧東ドイツの労働力が加わった。暫くは財政支援等で経済が疲弊し、失業者が増えたが、1999年の単一通貨『ユーロ』の導入を機に構造改革等を進めて、輸出大国として復活した。その成長に、流入し続ける外国人労働者も大きく貢献してきた。実際、「難民危機を新たな成長の源泉に転じることができる」との議論もある。オスナブリュック大学人口移動研究所のヨヒェン・オルトマー教授は、ラジオのインタビューでこう指摘していた。「大量の難民流入は、1950年代・1960年代の成長期に匹敵するかもしれない。難民は質が比較的高く、労働意欲は極めて高い。成長に繋がる大きな潜在力を持った労働力だ」。危機をチャンスに変える経験とノウハウは十分にあるという訳だ。移民・難民対策が国力を劇的に変えた例もある。自身移民だったローラ・フェルミの著書『二十世紀の民族移動』に依ると、それまで大量の移民を受け入れていたアメリカは、1920年代末に法改正で人数を大幅に抑制した。しかし、科学者等の知識人や、技術者・文化人等に門戸を残していた。この為、世界大恐慌の発生やヒトラーの台頭でヨーロッパを追われた物理学者・医学者・芸術家等が大量にアメリカへ流入する。その結果、研究や科学技術等の中心がヨーロッパからアメリカに移ったという。

ここにきて、ドイツはヨーロッパ全体の問題として各国に協力を要請している。しかし、入り口での難民の選別に加え、域内移動の自由を認めたシェンゲン協定の棚上げも示唆するな等、EUの枠組みよりも自国の利益を優先する姿勢が目立っている。ユーロ危機等が起きる度に、勢力を拡大してきた国である。今回の難民・不法移民対策でも、結局、気がついたら上手く対応したドイツだけが質の高い労働力を確保して、成長に繋げていたという事態も起こり得る。ドイツ1人勝ちの状況が高じれば、ヨーロッパの求心力は一段と弱まり、統合そのものを危うくしかねない。他の加盟国の利害にも十分配慮した対策が求められている。 (論説委員 玉利伸吾)


≡日本経済新聞 2015年8月30日付掲載≡


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テーマ : 国際政治
ジャンル : 政治・経済

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