【空転する沖縄の“未来”】(中) “普天間”という火種の根本にあるもの――我部政明×山口昇

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――政府と沖縄県が互いに態度を硬化させ、両者の距離は広がるばかりです。近年、ここまで政府と沖縄県の関係が悪化したことはないと思うのですが、このような中で実現した菅義偉官房長官・安倍晋三首相と沖縄県の翁長雄志知事の会談をどう評価しますか?
我部「菅官房長官・安倍首相と翁長知事との会談について、公開されている内容を第三者の立場で見ると、翁長知事の主張に道理があると思うでしょう。沖縄県民の思いを受けて、自分の言葉で語っているからです。対する安倍首相・菅官房長官は、これまでの政府の立場を繰り返すだけで、心に響くものがありませんでした。とりわけ、安倍首相が経済振興支援を強調したことは、『政府がお金で解決する従来の方法を採るのだな』と思いました。安倍政権は、翁長知事の求める飛行場建設の中止を一顧だにしないとの印象を受けます。翁長知事には、覚悟を持った建設阻止への姿勢が読み取れます。この事態を、日本国民はどう見ているのでしょうか?」
山口「我部先生の仰る通り、『自分の言葉で語っているか?』というのがまさに問題の本質です。基地問題は、沖縄県民からすればずっと悩み続けてきた問題ですが、東京にいる政治家や官僚は、基地問題の担当者になった時に初めて真剣に考え始める訳です。担当者が代わると一からスタートですから。沖縄県民の何十年分もの思いと東京の担当者では、重みが違う。沖縄の人にとっては、『首相や官房長官との会談で、その差が表れた』と映ったのかもしれません」
我部「安倍首相は、訪米前に沖縄にも配慮しているという姿勢を見せたかっただけでしょうから、今後、具体的にどうするかという部分については、公開されている情報だけでは見えないですね」
山口「ただ、私は首相と知事の会談が行われたことで少し安心しました。少なくとも、これから話し合いができるということがわかっただけでも前進だと思います。安倍首相も菅官房長官も、基地間題や沖縄の将来の姿に関して翁長知事と腹を割って話し、思いを共有する為のきっかけができたという意味は大きいと思います。官僚にせよ政治家にせよ、沖縄の基地問題を担当することになると前任者が馬鹿に見えるんですよ。『もっといい案がある筈だ。検討し直そう』と皆言いたくなる。普天間から辺野古への移設案がいい例なのですが、撤去可能な海上基地案に陸上代替施設案・L字型滑走路のキャンプシュワブ沿岸部埋め立て案、そして、人家の上空を飛ばないよう滑走路をV字型に配置して離着陸で使い分ける現行案に、自民党政権も民主党政権も落ち着いた訳です。それで色んな選択肢を検討しているうちに、早い人は数週間、遅い人は数ヵ月、下手をすると1年くらい経って、初めて基地問題の難しさがわかってくる。現状認識に追いつくまでに、そのくらい時間がかかる。現行案はべストではないかもしれませんが、長年落とし所を探ってきて辿り着いたものなんです。それをひっくり返して、またべストの解答を探そうとしても中々いい知恵は出ない。思いつくような案は既に検討済みですから。例えば、嘉手納への統合案は過去に何度も出ています。但し、飛行場にも容量があって、1日の発着回数や上空を飛べる飛行機の数には限りがあり、嘉手納はこれ以上増やせない。こういうことを説明していくと、『現状案がベストではないけれど、現実的なのだろうと思わざるを得ない』ということを繰り返してきた訳です」
我部「沖縄開発庁の山中貞則長官や橋本龍太郎首相・小渕恵三首相等、ある時期までの自民党には、『同胞として、沖縄の基地問題を何とかしなくては…』という思いを持った政治家がいました。実際に、橋本首相が1996年に取り纏めた“SACO(沖縄に関する特別行動委員会)”合意に沿って、これまでに安波訓練場・ギンバル訓練場・楚辺通信所・読谷補助飛行場・瀬名波通信施設が返還されています。その多くは、既に幾度もなされた地元からの返還要求に対応した結果でした。一方では、日米安保を維持しなければいけない。他方で、沖縄の民意に応えて基地縮小を進めなければならない――この2つの狭間でできることを、これらの政権は進めてきました。それが小泉政権以降、雰囲気が変わります。2001年の9.11同時多発テロで、“テロとの戦い”という新たな宿題に取り組まなければいけなくなったこともあり、基地問題は放置されてしまった。現行の“日米ロードマップ”が出るのが2006年ですから、丁度小泉政権は基地問題に関して谷間の時期だったと言えます。この時期を経て、沖縄県民の思いに配慮するという雰囲気が自民党内で希薄になり、日米安保に力点を置くようになりました。それ以降、沖縄の人々は、『政府から距離を置かれてきた』という思いを感じてきたんだと思います」

――現在の移設案は2006年の合意が基本になっていますが、この合意も相当無理をしてできたもので、当時の稲嶺恵一知事も「飛行場は軍民共用にする」「15年の使用期限」という条件をつけています。こうした交渉の経緯があるにも拘らず、2009年に民主党政権が突然方針転換して、これまでの合意を無視した県外移設を主張しました。鳩山由紀夫首相の県外移設案を、どう受け止めましたか?
我部「民主党の沖縄県連は、2009年の総選挙以前から普天間の県外移設を要求しています。ところが、総選挙のマニフェストにはそれが無かったので、県民は落胆しました。だから、選挙の最中に鳩山代表が県外移設を言い出した時は、驚きというよりも、『県連が言ってきたことを党本部が取り上げた』と受け止められました。しかし、1年も経たずに首相自ら県外を撤回してしまいます」
山口「鳩山首相の発言の後、仲井眞弘多知事が『これで3年遅れる』と嘆いたという報道がありました。少なくとも、沖縄県民にとっては期待を高めた上で『裏切られた』という思いを残したし、それまでの合意への反対気運に火をつけてしまいました」




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山口「2005年までは、抑止力維持と沖縄の負担軽減の2つが常にパッケージとしてありました。但し、負担を軽減するだけでは駄目で、日本が日米安保から享受している利益を考えれば、軽減した負担は国内のどこかで負担すべきです。国外に移すという議論は、抑々不要だった負担を沖縄に押し付けてきたということにすらなります。『沖縄の負担を本土で引き受ける』ということも考えなければいけない。普天間基地が市街地の中心にあることで沖縄の社会の形は歪められ、産業や経済が不健全なものになってしまった。基地が無ければ、あの一帯が商業地・市街地になっていた筈ですから。そういうことを考えると、基地を無くした後に沖縄の社会をどうするかという絵を描くことが必要です。ここ数年、沖縄はそれを一所懸命やっています。その実現を妨げている訳ですから、一刻も早く普天間から基地を取り除くことが何より重要です。よく、『基地問題は遅々として進んでない』と言われますが、“遅々”だとしても進んではいる。これをストップさせてはいけない。仮令、速度が遅くても一歩一歩前進するしかありません」
我部「1972年の沖縄返還から1990年頃までの約20年間は冷戦構造があったので、沖縄はアメリカ軍の極東戦略の重要拠点だということで事態は動きませんでした。冷戦体制が崩壊してから、沖縄が抱える問題をどうしなければいけないかということを考え始め、1996年に橋本政権で普天間返還の合意がなされた訳です。問題は、その時に“県内移設”という条件をつけたことです。既にある基地については、ある程度我慢せざるを得ないという面があるにしても、新たに基地を作る――昔の言葉で言えば土地を新規接収されることについては、占領時の記憶もあり、強い抵抗感があります」
山口「普天間に所在する航空機は海兵隊員の移動手段、つまり“足”ですから、代替施設が無ければ海兵隊が動けなくなってしまうという特有の難しさがあります。また、海兵隊は所謂“水陸両用強襲部隊”ですから、海軍の艦艇、海兵隊の地上部隊・航空部隊、及び後方支援部隊が常にセットで行動します。普天間の航空部隊だけを切り離すことはできません。振り返れば、1995年が大きな分岐点でした。日本もアメリカもポスト冷戦戦略を模索して落ち着いた頃で、日本が冷戦終結後に初めて防衛大綱を作った年であり、沖縄でアメリカ兵の少女暴行事件が起きた年でもあります。もう1つの転換点は2003年です。イラク戦争をきっかけに、世界的にアメリカ軍再編が進むことになりました。今後は1ヵ所に大きな拠点を置くのではなく、世界中に小さな拠点を置いて飛び石のように上手く利用するということで、その流れの中で在日アメリカ軍基地も縮小するということになった。ところが、1996年のSACO合意は普天間基地の返還方法が具体的でないということで、具体案を探し始めた訳ですが、どの案も問題がある。嘉手納統合も駄目、陸上案も駄目で、日本でもアメリカでも中々意見が纏まらなかった。紆余曲折を経て、2006年に現行案に至る訳です」
我部「9.11テロ後のアメリカには、『沖縄の基地をどうするか?』という大きな絵が無いですね。同時に、冷戦後のアメリカ軍再編は世界規模で進めていく以上、アメリカは『在日アメリカ軍再編も早く終えてしまいたい』という思いがある。当初は1996年のSACO合意で7年以内とされていた返還時期が、2006年に2014年に設定され、2012年の日米安全保障協議委員会では返還時期を更に先送りし、同時にグアムへの移駐と辺野古での飛行場建設とのパッケージを取り止めました。何とか現行案を維持しつつ、オバマ政権のアジアへのリバランス戦略に沿ったアメリカ側の都合に合わせる修正が付加されました」

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山口「沖縄は、太平洋と東シナ海を隔てる南西諸島のど真ん中にあります。鹿児島から日本最西端の与那国島まで、距離にすれば1000kmくらいですが、これは太平洋と東シナ海を分けるカーテンのようなものです。その意味で、沖縄があるかどうかは自衛隊にとってもアメリカ軍にとっても重要です」
我部「そこには疑問が残ります。朝鮮戦争の時は沖縄の基地も重要ではありましたが、必要性で言えば本土の基地のほうが沖縄を遥かに上回っていました。ベトナム戦争の時は、沖縄の通地が不可欠でした。中東での戦争はどうかというと、アフガニスタンでやっている作戦に沖縄から海兵隊が参加していますが、アメリカ軍全体からすれば、沖縄からの部隊は小さなもの。アメリカ本国から出ている部隊が圧倒的に多い訳です。沖縄の部隊でなければならないという理由はない」
山口「忘れてはいけないのは、中国との関係です。私は、中国を脅威として扱わなければいけない状況を作ること自体が一番の愚だと思っていますが、その為にアメリカも日本も中国への関与とへッジという2つのアプローチを取ってきました。備えをしながらちゃんと付き合うということです。アメリカは中国と握れるところは握って、何か起きれば『ぶつかる寸前までやるぞ』とへッジをかけている訳です。日本も同じように、中国にしっかり関与していかなければいけないのですが、へッジをかける意味で、沖縄を含む南西諸島の存在は自衛隊にとって非常に重要です。宮古島のレーダーサイトがあるかどうかで状況が全く違いますから。『我々はちゃんと見ているぞ。だから、お互い行儀よくやろう。馬鹿なことで衝突しないようにしよう」というメッセージを送る。そこで沖縄が果たす役割は大きいです」
我部「中国への関与とへッジは当然です。ただ、日本が見ているような視線で中国が日本を見ているかどうかがわかり難い。相手の意図を、こちらはどれだけわかっているかということと、こちらの意図がきちんと相手に伝わっているかどうか。且つ、意図が伝わっていても、それを相手がどう解釈しているのか。この部分まで踏み込んだ形で日中間の理解と信頼を深めないと、意図しない結果を招くことがあると思います」
山口「今は19世紀の領土的な野心を呼び起こさないようにする為にも、尖閣諸島を含む東シナ海の周辺諸国が国際的なルールを守って、パワーバランスが変化しないように、其々身構えなければいけない時期です。幸い、日本はそれなりに国力があり、自衛隊もしっかりしていますから、東シナ海は平穏になってきています。それに比べて、南シナ海は中国から見ると与し易い相手が多いので、中国がルールを破るようなことを国際社会が認めてしまうと、秩序が崩壊してしまう。既に、中国は東南アジアの国々と領有権を争っている島や岩礁のうち、支配している7ヵ所を埋め立てている。南シナ海は正念場を迎えています」

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我部「沖縄のアメリカ海兵隊が日本の防衛の為に必要かどうかというと、私は疑問です。日本の防衛は、第一義的責任として日本がやるべきことです。最初から依存するのではなくて、日本の自衛力で足りないとなった時に、初めてアメリカの応援が必要だというのが筋だと思います。その為には、主体的に情勢を分析し、政治が責任を持って決断しなければいけません。アメリカへの依存度を減らし、外交を含む独自の分析能力を高めていくべきでしょう。普天間の県外移設という話も、『今、日本にいるアメリカ軍の兵力は全て必要だ』という前提で議論をしていますが、抑々の前提を疑っていいと思います。日本全体の現在のアメリカ軍基地負担が妥当かどうか。昔は日本がアメリカに提供できるものは基地しかなかったかもしれませんが、日本とアメリカの関係が深まっている中で、もっと違った形の協力もあるのではないか。日本の防衛力が充実してきているのですから、日本全体のアメリカ軍基地の総量の削減を検討すべきだと思います」
山口「日本は吉田ドクトリン以来、ある程度日米同盟に依存して、過度の軍事投資をしないという方針できた為、どうしても自衛隊の規模と能力には限界があります。それに、もうお互い戦争が起きるようなことは考えられないヨーロッパも、イギリスやドイツ等の西側諸国は相当な量のアメリカ軍を受け入れている訳です。それは何故かというと、アメリカ軍が国際秩序安定の為に世界各地で働いているからです。況してや、日本の周りには北朝鮮のように、国際的に普通の議論が通じない国がありますし、中国が協調的で穏健な方向に進むのか、逆に覇権的で強圧的な方向に向かうのかも不明です。ウクライナ問題を見れば、もう1つの隣国・ロシアも気になります。ヨーロッパは300年の戦争の歴史を経て、民主主義的な価値観を共有する国同士は、お互いに戦争をするようなことはなくなりました。アジアでも日本や韓国・東南アジア諸国等、経済的に豊かで民主主義の価値観を共有し、安定した統治を行う国が増えています。そうすると、そうではない地域が気になる訳です。具体的に言えば中東やアフリカですが、冷戦が終わったことで、国際社会がそうした国や地域に関与する責任を持つようになってきた。こうした国々への関与や、世界中のシーレーンの防衛等で、やはりアメリカの役割は大きい。日本も世界の安全に依存して、今の豊かさがある訳ですから。当然、国際秩序を保つ為の責任が生じます。昔のように、ただ自国を守ってもらう為に基地を貸すということではなくて、国際秩序の安定の為の側面にも目を向けなければなりません」

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我部「注目を浴びるようになった沖縄独立論の登場の原因は、沖縄の声に耳を傾けてくれない日本政府に対する不満にあります。『沖縄返還以来、在日アメリカ軍基地(専用施設)の約74%が沖縄に集中している。その前のアメリカの沖縄統治を含め、何故こんな状況が長期に亘って許されているのか? これは差別だ』という意識です。そうした思いから歴史を遡っていくと、『沖縄は日本ではなかったのではないか?』というところに辿り着きます。独立を選択しないことも含めて、その根底には、沖縄の意思が沖縄の将来を決めていくという民主主義の価値があります。ただ、沖縄でどれだけ独立の主張に現実的な影響力があるかというと、短期的には独立をするという政治的な選択肢はないと思います。先ず、『普天間をどうするのか?』という具体的な問題があります。これは、日本政府の協力が無ければどうにもならないことです。長期的に見れば、こういう状況がこれからも続いて県民の不満が高まると、独立へと向かう可能性はあります。ただその時に、『沖縄の独立を受け入れるような国際環境が周辺にあるのか?』ということです。ヨーロッパにはEU(ヨーロッパ連合)という傘があります。東アジアには現在、そうしたものが無い。周辺国の理解と支持が無い中で、小国が生き残るのは非常に難しいでしょう。中国と台湾を例にすれば、日本政府が沖縄の独立を認めるのでしょうか? 何れにせよ、長い時間軸で見る必要があります」
山口「独立論が現実的な話だとは思いませんが、そういう声が出るくらい沖縄県民の不満が高まっていることは、重く受け止めなければいけません。東京と沖縄では、言論空間の雰囲気が全く違いますから。沖縄のフィーリングを本土の人々が共有しないと、同じ土俵に立って話ができません。東京と沖縄の人々のコミュニケーションが決定的に不足しています。東京から他人事のように見ているだけでは、問題の根っこは見えません。日米同盟は今、薄氷の上に立っているような状態です。若し、もう一度普天間の市街地にアメリカ軍のへリコプターが落ちるようなことがあれば、日米同盟自体が壊れます。そのダメージは計り知れない。沖縄の為にも日本国全体の為にも、基地問題の解決を急がなければいけません」


我部政明(がべ・まさあき) 琉球大学教授。1955年、沖縄県生まれ。慶應義塾大学大学院法学研究科博士課程中途退学。沖縄返還を巡る“日米密約問題”の資料をアメリカの国立公文書館で発見し、注目を浴びる。著書に『沖縄返還とは何だったのか 日米戦後交渉史の中で』(NHKブックス)・『世界のなかの沖縄、沖縄のなかの日本 基地の政治学』(世織書房)・『戦後日米関係と安全保障』(吉川弘文館)・『日米安保を考え直す』(講談社現代新書)等。

山口昇(やまぐち・のぼる) 国際大学教授。1951年、東京都生まれ。1974年に防衛大学校卒業後、陸上自衛隊に入隊。1988年、フレッチャー外交法律大学院修士課程修了。2008年に退官。防衛大学校教授・内閣官房参与を経て現職。その他、ハーバード大学オリン戦略研究所客員研究員・在米大使館防衛駐在官・防衛研究所副所長・陸上自衛隊研究本部長等を歴任。


キャプチャ  2015年6月号掲載


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テーマ : 沖縄米軍基地問題
ジャンル : 政治・経済

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