【特別対談】 ドイツの傲慢と日本の孤立――池上彰×エマニュエル・トッド

『“ドイツ帝国”が世界を破滅させる』が大ヒット中のエマニュエル・トッド氏と、池上彰氏に依るSkype対談が実現! 予断を許さないユーロ圏経済を皮切りに、強大化するドイツを一刀両断! フランスの誇る知性から、日本への貴重なアドバイスとは? (通訳/堀茂樹)

池上「ざっくばらんに参りましょう。トッドさんは、Skypeでインタビューをお受けになったことはあるんでしょうか?」
トッド「初めてです。Skypeは普段、家族や友人としか使っておりませんので、日本の皆さんの為でなければお受けしませんでしたよ」
池上「では、記念すべき第1号ですね。扨て、トッドさんの著書が今、日本でベストセラーになっています。どうしてだと思いますか?」
トッド「本書が売れていると聞いて、非常に驚いています。私には、これといった見解がある訳ではありませんが、二、三思うところがあります。1つは、『日本人は元々、ドイツに関心があったのだ』ということ。歴史の不幸な時期に、日本がドイツの同盟国であったことが関係あるのかもしれません。もう1つ、本書では“ドイツ帝国”と“アメリカ帝国”の対決について言及しています。アメリカとの関係が深い日本にとって、より興味の惹かれるところなのかもしれません。踏み込んで言えば、独米の対決はフランス人によりも、日本にとって切実な問題であると言えましょう」
池上「本書の成功の背景には、最近のヨーロッパ、或いは世界の中でドイツの存在感が大きくなっている印象を、日本人も持つようになっていることがあると思います。2009年以降のユーロ危機――ギリシャだけでなく、スペイン・ポルトガル・イタリアの財政問題等にも、ドイツが大きな政治的影響力を発揮しています」
トッド「ドイツへの関心は、これからもっと高まるでしょう。ドイツのヨーロッパにおける台頭は、第1次世界大戦前の帝政ドイツ、1930~1940年代のナチス、そして21世紀のこれからと3度目になりますが、合理的であまりに強すぎるドイツは、何れ理性的な態度を逸脱していくだろうと私は見ています」

池上「ドイツは合理的な国と言われているのに、そのドイツが台頭すると、どうして非合理的・非理性的な態度に出ると言えるのでしょうか?」
トッド「合理主義的であることと、理性的であることとは違うのです。合理的であることは、学問の世界等では良い事ですが、人間の生活や人生は全て合理的である訳ではありません。合理的というより、理性的であることが求められます。極端に合理主義で事に当たろうとすることは、寧ろ病的であると言えましょう。良識を超えて、極端になってしまうことが問題なのです」
池上「極端に合理的であることで、非理性的になってしまうと。例えば、6月から7月にかけてのギリシャの財政危機では、ギリシャが債務減免や返済期限の猶予を求めたのに対して、EU、とりわけドイツが強く緊縮財政を主張しましたね。これが、ドイツの極端な合理主義ということでしょうか?」
トッド「それもその1つですね。ドイツには、生真面目なところが多分にあります。真面目というよりも、“生”真面目。日本も規律正しさではドイツに劣らない国ですが、それでもユーモアを解する精神もあるように感じられます」
池上「トッドさんはよく、『ドイツを嫌いなんでは?』と言われませんか?」
トッド「とんでもない。自分は歴史家です。ヨーロッパの歴史から見れば、ドイツの果たした役割は実に大きいことを理解しています。先ず、ルターのドイツ語訳聖書。そして、グーテンベルグの活版印刷に依って、ヨーロッパの人々の識字率は格段に上りました。それから、科学の知見にもドイツの貢献は大きい。付言すれば、今日のフランスは核兵器を持つ国であり、ドイツがフランスに攻めてくるとも心配していませんよ。ただ、ドイツの精神には自己破壊的な傾向があるのです」




池上「自己破壊的な傾向とは、どういうことですか?」
トッド「ドイツは、普通であればヨーロッパのリーダーになるに足る国です。にも拘らず、その硬直性、他者の在り様を認められない強引さに依って、ウクライナやアメリカ、そしてギリシャと各地で紛争を起しています。ヨーロッパは民主主義の国々の集まりであり、ドイツも自国では民主主義を標傍していますが、ギリシャ等に対して、経済運営で自分の考えを押し付けている。ドイツの牛耳るヨーロッパ中央銀行の締め付けに依って、ギリシャの金融パニックは引き起こされています。これは、ファシストのクーデターに類することと言ってもいい。ドイツに依って、ヨーロッパの民主主義は破壊されつつあるのです」
池上「7月5日に行われたギリシャの国民投票では、緊縮財政案にノーが突きつけられました。これは、ギリシャが果敢にドイツに歯向かったということなんですね?」
トッド「勿論そうでした。ヨーロッパの各国首脳が語る言葉はさて置いて、この投票結果にイギリス・フランスでは溜飲を下げた人も多かったんですよ。ドイツに対して密かに怒りを感じている人は多いんですよ。しかし、私自身が一番怒りを感じているのは、実はフランスに対してなんです。というのは、ドイツに依る一方的な支配というのは、フランスの従順な態度無しにはあり得ないことだからです。フランスの政府首脳の態度は欺瞞的です。今、問われているのは、フランスがギリシャを支える方向に回り、幾らかでも民主主義の尊厳を守る立場に立とうとするのか、それともこのままギリシャと民主主義を裏切り続けるのかという問題なのです。今日のフランスは、ナチスドイツの傀儡だったヴィシー政権の再来のようです。これを、私は当時の首脳だったペタン元帥の名前から“ネオペテニズム”と呼んでいます。これは、隠れて日本の皆さんにだけ言っている訳でなく、フランスでも公言しています」

池上「それでも結局、ギリシャは7月13日に新たな支援策に合意しました。年金削減・消費税増税を法制化し、国有資産の基金化等を盛り込む、大変厳しいものでしたね」
トッド「先ず、この合意は実行不可能でしょう。IMFも言うように、ギリシャ経済の再生には債務の減免が不可欠であるのにも拘らず、それをドイツは認めませんでした。公然と、昔からまるで変わらないドイツの強引さが如何なく発露されたことが、ヨーロッパのメディアのあちこちで話題になっています」
池上「ギリシャには勝算があるのでしょうか?」
トッド「全てはフランス如何でしょう。ギリシャへのドイツの圧力に対して、間に入ることのできるパートナー国はフランスだけだからです。抑々、この金融危機をここまで挑発してきたのはドイツであって、規律正しくない子供にうんざりしたドイツは、これを捨ててしまいたくなっている。ですから、ギリシャの『NON』は、実のところドイツにとっても望むところだったのです。今回、ギリシャは救済案について『NON』と言っただけであって、ユーロについてではない訳ですが、本音ではドイツはギリシャに出ていってもらいたい。これに待ったをかけられるのはフランスだけです。勿論、経済的に金融の力でフランスにそれができる訳ではありません。『若しギリシャが出るならば、ユーロの危機はエスカレートしてしまうぞ』とドイツを脅すことに依ってです」
池上「ということは、トッドさんはユーロの未来についてはどう考えているのでしょう? ギリシャが出ていけば、ユーロは崩壊の道を辿るのでしょうか? 或いはギリシャが留まれば、ユーロは存続できるのでしょうか?」
トッド「『ユーロ圏とは、一種の狂気のゾーンである』と、私は嘗て“経済幻想”(1998年、邦訳は1999年)で明らかにしています。ヨーロッパのような多様性のある条件の中では、単一通貨は抑々上手くいかないのです。しかし、その事実をヨーロッパの指導者たちは未だに認めることができない。ユーロが何れ消失するのは確かなことです。問題は、いつ、どのように消失するか。ギリシャがユーロ圏から脱するとしたら、数年間は彼らも辛い時期を過ごすことになるでしょう。しかし、その後ユーロ圏にいた時よりは、大分マシに生きていくことができるでしょう。それを見たユーロ圏の幾つかの国々も、何れ出ていくことになる筈です。このような事実を各国指導者たちが直視し、反省することさえできれば、ユーロの消失は早まるでしょう。実のところ、私は2015年より前に消失するものと予想していましたが、残念ながら今後10~15年、まだまだ苦しみは続きそうな気配ですね。ドイツの支配と共にね。今回、ギリシャの国民投票はドイツに『NON』を突きつけました。二進も三進もいかない袋小路のような状況に、うんざりしている人が増えている印象を受けます。第1次世界大戦前夜の指導者たちの迷走ぶりに喩えるような報道も散見されます」

池上「なるほど。そのギリシャについて最近、ロシアと中国が救いの手を差し伸べようとしています。これはどう見ればいいのですか?」
トッド「その点は、まだ象徴的な意味合いに留まっていると思います。抑々、中国は地理的にあまりにも遠い。そして、ロシアはギリシャを実際に助けるだけのリソースを持ってはいません。ただ、ロシアについて言えば、今では安定した国家となっていますし、ヨーロッパとは対立関係にあるので、ロシア自身は具体的な介入を何もしないとしても、重しのような役割を果たしてはいます。トルコやイギリスを始めとしたユーロ圏の外の国は、どこもギリシャに好意的な態度を取っているのです」
池上「本の中でも、『ロシアが安定した』と書かれていましたね。日本から見ていますと、ロシアの混乱が続いているように思えていただけに、意外の感に打たれましたが」
トッド「世界の動きの予測というのは非常に難しくなってきていますが、そんな中でも『ロシアが安定した勢力となった』というのは確実なことです。1990年代は混乱の時代でしたが、2000年代に入ると乳児死亡率が下がり、出生率も上がってきている。原油の価格が下がり、また領土問題等でロシアの危機を唱える識者もいますが、ファンダメンタルを見ればそうではないことがわかる筈です。10年後には、アメリカの乳児死亡率を下回ると予測できます。貧しいながらも、寧ろ世界の安定を齎す極の1つとなったと言えましょう」

池上「しかし例えば、ウクライナの紛争等を見ていると、ロシアが力を持つことでヨーロッパへのプレッシャーが強まるように見えますが、ロシアの安定は世界の安定に寄与するのでしょうか?」
トッド「先ず、世界全体から見た場合ですが、ロシアの安定はポジティブな影響があると考えています。私自身は西洋的価値の信奉者であり、ヨーロッパの自由主義側に立つ立場ですが、アメリカの一極支配を好ましいものとは思っていません。世界は多元的であり、その均衡にロシアは寄与するでしょう。軍事的に見て、今もロシアはアメリカと対抗し得るだけの核兵器を持つ唯一の国です。日本にとっても、中国との関わりを考えるならば、ロシアは重要なパートナーとなる筈です。次に、ヨーロッパにおいてです。多くの人々はウクライナの紛争について、アメリカが主導し、ヨーロッパが追随していると考えています。しかし、時間軸を追ってみるならば、ドイツがヨーロッパのヘゲモニーを握った頃から、ヨーロッパとロシアとの対立が始まったように見えます。2000年代前半、シラク(フランス)・シュレーダー(ドイツ)、そしてプーチンの3者は軍事的・経済的に連携し、関係を深めており、対立は考えられないことでした。元々、ドイツ国内には親ロシア傾向・反ロシア傾向の2つの流れがありましたが、メルケル首相になって以降、次第に反ロシアへと大きく舵を切りました。それが、現在のヨーロッパとロシアとの間に大きく影響を及ばしているように見えるのです。思うに、権威主義的なドイツにとって、国際社会においても対等な関係というのは考えられないのかもしれません。まあ、『人々が纏まるには、共通の敵があったほうがいい』という考え方もあるでしょう。そういう点では、ヨーロッパにとってロシアは拾好の存在であります。とはいえ、ロシアを敵に回せば本当の戦争が始まる可能性もあります。ロシアの脅威に接している北ヨーロッパ諸国にとっては意味のある戦争かもしれませんが、フランスを始めとした南ヨーロッパにとっては、それは意味の無い戦争です。ヨーロッパの分裂に繋がることでしょう」

池上「ところで、自称“イスラム国”――所謂“IS”については如何でしょうか?」
トッド「ISについては、私にはこれといって深遠な考えはありません。『全ての事柄について見解がある訳ではない』というのも大切だと思います(笑)。ただ、『アラブ諸国が崩壊し始めていることの表れだ』とは言えるでしょう。現代の科学の進歩、アメリカに依るイラクの破壊、そして先進国の無責任な介入等が、ISの生まれた要因として挙げられると思います。シリアのアサド政権の残虐な振る舞いはよく知られていますし、私も酷いとは思います。先進国が反発するのは尤もです。しかし、社会地図を見てみると、シリアの中で元々近代化の進んだ地域はアサドを支持しており、一方で遅れている地域はイスラム原理主義の支持が厚いことがわかります。こういった込み入った事情をあまり省察することなく、先進国がイスラム原理主義を支援してきてしまった面もあるでしょう」
池上「しかし、ISに依って過激な思想がヨーロッパにも流れてきて、風刺漫画紙のシャルリーエブドでテロ事件が起きたり、又はヨーロッパの若者たちがISに勧誘されて参加したりしていることが、社会問題になっていますね」
トッド「勿論、ISの影響があることは間違いありません。しかしながら私としては、『これはISの問題であるより、フランスの国内の退廃の問題なんだ』と指摘したいですね。フランス国内においては、中間階層の貧困層に対するエゴ、そして若者が中々就職できない労働問題があります。また、格差の拡大という問題、そして近年のキリスト教信仰が急速に弱まったことに依る精神的価値の空白という問題があります。それらの問題を、イスラムの問題に依って誤魔化してはいけないのです。若しフランスの国内が真面であれば、ISの影響を受けない筈でしょう」

池上「つまり、『ヨーロッパの問題こそ直視すべきであって、外のイスラムのせいにするな』と言うことですね。扨て、最後に日本のことについて伺います。世界の中で、トッドさんは日本についてどのようにお考えですか?」
トッド「私は、余所の国に対して教訓を垂れるようなタイプの偉い先生ではないのですが(笑)、敢えて日本について言うならば、先ず日本の問題とは“孤立”にあると言えましょう。それが日本のユニークさにもなっています。日本は近代社会を生み出した国の1つであり、またテクノロジーの分野ではアメリカに次いで世界第2位の地位にありながら、世界の均衡の一極として進んで振る舞おうとしない国です。大国となった中国の隣にあって、日本は核兵器を持たない選択をしている以上、やはりアメリカに今後もついていく必要があるでしょう。またそれだけでなく、ロシアともポジティブな関係を築いていく必要があると思います。そして文明としては、日本はやはり西洋の一員であるのです。西洋の中で、各国の文化の相違・多様性を認めるよう働きかけていくのが、日本に与えられた役割であろうかと思います。これは冗談ですが、我々フランスの隣には強大過ぎるドイツがあり、あなた方日本の隣にはデカ過ぎる中国がある。そこがお互い悩ましい問題ですね(笑)」
池上「冗談ではないですよ(笑)。メルシーボクゥ、有り難うございました」


キャプチャ  2015年8月13日・20日号掲載


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テーマ : 国際政治
ジャンル : 政治・経済

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