【カオスを飲み干せ!挑発的ニッポン革命計画】(29) “国民の声”でリーダーを潰すのは、もう止めにしない?

戦後70年となる今年の8月は、安全保障関連法案の審議・川内原発の再稼働と“政治の季節”になりました。反対派の間では、何れも“安倍首相の強権発動”というイメージが広がっているようです。気になるのは、安倍政権を批判する人たちの奥底に見える、日本特有の“リーダーアレルギー”です。確かに、自民党は所々で“相変わらず”な体質を露呈しているし、安倍首相も若干、自身のイデオロギーに縛られているように見える。ただ、実際のところ、やれ暴君だ独裁者だと叩かれている安倍首相は、例えば強力な権限を持つアメリカの大統領と比べれば、寧ろ周りの顔色を窺いながら事を進める日本的なリーダーに過ぎません。

こういうことを言うと、「安倍首相は独裁的に時計の針を戦前に戻そうとしている」というような海外メディアの記事を、印籠のように持ち出してくる人がいます。でも、実はその記事自体、殆どは日本の左派メディアの受け売りですよ。今や、英語圏のメディアにおける日本の重要性はそれほど高くないので、報道の正確性も“推して知るべし”なのですが、日本語と英語を水平に理解する語学力が無いと、その辺りを全然検証できない。抑々、アメリカの知識人の間には、選挙戦を勝ち抜いた大統領に対する畏敬の念があります。オバマ大統領の演説中に「ウソつき!」とヤジが飛んだ時は、犯人の共和党議員が直ぐに謝罪に追い込まれ、議会から譴責処分を受けた。“史上最もバカな大統領”と言われたブッシュジュニアに対してさえ、最低限の敬意は共有されていました。一方、日本では何故、リーダーや有能な専門家より“一般人”が強いのか? 確かに一般人の視点も大事ですが、いくらなんでも比重が可笑しい。テレビでも、全く政治をわかっていないタレントや文化人がリーダーを感情的に叩くことが許される。どんなに破綻した論理でも、インターネット上では同じく“リーダー嫌い”な人々がそれを称賛し、拡散する。あろうことか、知識人と言われる人たちまでもがそこに迎合する。まさに衆愚です。




日本は戦後、社会主義国ですら成し得なかった“1億総中流”というシステムを、数十年に亘り維持してきました。そこには物凄い努力があり、また多くの偶然も重なったのでしょう。その奇跡を引き摺るあまり、「普通の人々は皆こう思っている」という“正解”を見い出したくなる気持ちもわかります。でも、今やそんなものは幻想に過ぎない。グローバル経済に深く組み込まれ、多様性や歴然とした格差が生まれた現代社会では、満場一致なんてあり得ない。“国民の声”や“市民感覚”や“主婦目線”というのは、当事者意識が欠如した“逃げのフレーズ”でしかありません。ある意味で無敵な“弱者の立場”に自分を置いて“お上”を好き勝手に批判するのは、嘸かし気持ちいいでしょうが、はっきり言って時代遅れです。大事なことは、利害が合わない人たちがお互いに最低限の敬意を払いつつ、落としどころを見つける為に話し合いをすること。少なくとも、そろそろ“選挙で選ばれたリーダーを無責任に潰す社会”は止めたほうがいいと心から思います。


Morley Robertson 1963年、ニューヨーク生まれ。父はアメリカ人、母は日本人。東京大学理科一類に日本語受験で現役合格するも3ヵ月で中退し、ハーバード大学で電子音楽を学ぶ。卒業後はミュージシャン・国際ジャーナリスト・ラジオDJとして活動。現在、『NEWSザップ!』(BSスカパー!)・『モーリー・ロバートソンチャンネル』(ニコニコ生放送)・『Morley Robertson Show』(Block.FM)・『所さん!大変ですよ』(NHK総合テレビ)・『チャージ730!』(テレビ東京系・不定期)等に出演中。


キャプチャ  2015年9月7日号掲載


スポンサーサイト

テーマ : サヨク・在日・プロ市民
ジャンル : 政治・経済

Categories
Profile

KNDIC

Author:KNDIC
Welcome to my blog.

Latest articles
Archives
Counter
I'm participating in the ranking.

FC2Blog Ranking

information
Search
RSS Links
Link
QR Code
QR