創価学会の“反乱”で維新カードを失った安倍政権――『大阪都構想』否決で変化する永田町の力学

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今年5月17日深夜、大阪市長の橋下徹は、予定より10分ほど遅れて記者会見場に現れた。「(僅差でも)負けは負け。戦を仕掛け、『叩き潰す』と言って潰された」「民主主義は素晴らしい。これだけの喧嘩を仕掛けて命を取られないというのは、素晴らしい政治体制だ。この後も普通に生きて別の人生を歩める」。時折、笑みを浮かべながら、歯切れよく敗戦の弁を語る橋下の表情を映し出すNHKの中継映像を見ながら、ある自民党幹部は「タレント弁護士時代の顔に戻ったな。ある意味でホッとしているんじゃないか? 来年の参院選出馬など無いだろう」と漏らした。7年半に及ぶ“橋下劇場”は終焉を迎えた。賛成49.62%、反対50.38%――橋下が政治生命をかけた住民投票は、僅か0.76ポイント差で否決された。否決の理由についてはマスコミ報道で様々に分析されているが、投票結果を仔細に分析すると、大阪で特に大きな影響力を持つ『創価学会(=公明党)』の支持者を“反橋下”で結束させてしまったことが、最大の敗因として浮かび上がってくる。マスコミ各社の出口調査で政党支持層別の賛否を集計すると、何れの調査でも、共産党支持層と並んで公明党支持層で「反対」と答えた比率が最も高い。例えば、共同通信と毎日新聞・産経新聞等が共同で行った調査では、公明支持層の「反対」は87%で、共産支持層89%と粗並び、突出して高かった。公明党は、自民党や共産党のように反対運動を積極的に行った訳ではない。それにも拘らず、反対が57%に留まった自民支持層とは比較にならないほど、反対の比率が高かったのだ。大阪市は、公明党の“政党支持率”が10%を常に上回る金城湯池であることを考えれば、公明支持層の賛否が自民支持層のように分かれれば、住民投票は賛成多数となった可能性が高い。

大阪における『維新の党(大阪維新の会)』と公明党との関係は、この7年、目まぐるしく変化してきた。2008年1月の大阪府知事選で38歳の橋下が初当選した際、公明党は推薦した自民党大阪府連に付き合って、大阪府本部の“支持”を出して支援した。その後、公明党は自民党大阪府連と足並みを揃えるように都構想に批判的にはなったものの、維新は市議会でキャスティングボートを握る公明党を取り込む為、2012年の総選挙で橋下自らが公明党大阪府本部の幹部と会談して、公明党が候補を擁立した大阪・兵庫両県の6選挙区全てで候補擁立を見送り、公明候補に推薦まで出した。ところが公明党は、選挙に勝って自民党と共に与党に復帰すると、大阪では都構想に反対の地元の自民党寄りに明確にスタンスを変え、府と市で設置した大阪都構想を議論する法定協議会で、正式に反対を表明。都構想は頓挫する寸前まで追い込まれた。「住民投票の実施に公明党が賛成する見返りに、勝てる可能性のあった関西の6選挙区で敢えて候補者の擁立を見送った」との認識だった橋下らの怒りは凄まじかった。橋下は2014年2月の党大会での演説で、「2012年総選挙での選挙協力の際の約束を、公明党が一方的に破った」として、名指しで強烈に批判。その中で、「公明党の支持基盤の皆さんは宗教を説いているが、宗教の前に人の道があるんじゃないか?」と激しい口調で創価学会を支持基盤とする公明党を非難した。この時の「宗教の前に人の道がある」との一言が、後に橋下の命取りになる。両党の対立は先鋭化。安倍晋三が衆議院解散を表明した2014年11月には、橋下が大阪3区で自らを支部長とする選挙区支部の届け出を行う等、公明党が候補者を擁立する関西6選挙区で、自分と大阪府知事の松井一郎を含む維新候補の出馬準備を着々と進めた。ところが、橋下は公示日直前に一転して、公明党が候補者を立てる全ての選挙区で維新候補の擁立を“一方的に”見送ることを決めた。橋下はその理由を問われても、「それが大阪の為になると判断した」としか語らなかった。その為、当時から「維新と公明党との間で、何らかの密約が図られたのでは?」と囁かれたが、口を極めて罵り合ってきた両党が何故急転直下、妥協できたのかは詳らかにはならなかった。




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水面下で動いたのは、東京の創価学会本部の副会長(広宣局長)である佐藤浩だった。佐藤はこの10年、2009年の民主党政権が誕生した“政権交代選挙”以外のあらゆる選挙を事実上、仕切ってきた実力者だ。最近では、公明党国会議員の頭越しに政府・自民党幹部と接触することも多く、政局回しでも重要な役割を果たしている。佐藤は、以前から神奈川県における自公両党の選挙協力を巡って、自民党神奈川県連会長を長く務めた官房長官の菅義偉(神奈川2区選出)と度々協議する等、菅との間に太いパイプを持っていた。昨年の集団的自衛権の行使容認を巡る自公協議でも、水面下で菅と度々密談する等、暗躍した。その佐藤が動いたのだ。「公明党は、このまま維新と全面対決となれば、関西の6選挙区で苦戦は必至。創価学会は、この6選挙区に全国から会員を動員したり、電話作戦に従事させる必要に迫られる。そうなれば、全国各ブロックにおける比例票獲得活動にも支障が生じ、公明党の勝利は覚束無い」――危機感を強めた佐藤の動きは早かった。11月中旬、佐藤は東京都内で菅と密かに会談。「このままでは、公明党と維新は全面戦争になる。(安倍)総理も(菅)長官もそれは望んでいないでしょう?」。こう切り出した佐藤は、「大阪都構想の住民投票が可能になるよう、地元の学会や公明党を説得するので、菅から橋下や松井を説き伏せて、公明党への対立候補の擁立を止めさせてほしい」と頼み込んだのだ。菅はこの依頼を受け入れ、安倍の了解も得た上で橋下に連絡した。橋下は直ぐに受け入れ、首相官邸が謂わば“保証人”になる形で両者の妥協が成立した。佐藤が言う通り、今後の政権運営――とりわけ憲法改正の発議に必要な3分の2の勢力の確保を考えれば、安倍にとっても公明と維新の全面対決は望ましいことではなかっただろう。学会と官邸の双方にとってメリットのある“密約”ではあった。だが、他党である維新の候補者降ろしまで官邸にしてもらったことが、学会側の負い目になったことは否定できない。創価学会が、安倍や菅に“借り”を作ってしまった意味は小さくなかった。折しも安倍は、衆院選が終われば、前年の集団的自衛権行使容認の閣議決定を受けた安全保障法制関連法案の作成に向けて、本格的に動き出そうとしていた。その安保法制を巡る与党協議の公明党側の代表は、前年からの経緯で、副代表の北側一雄が務めることが決まっていた。その北側は、官邸の助けを借りて大阪16区で楽々と当選を果たしたのだ。公明党は、安保法制の与党協議に、スタート時から負い目を感じながら臨まざるを得なくなったのだ。

佐藤の対官邸工作は功を奏し、公明党は衆院選で関西の6選挙区を含む全国9選挙区で全勝。比例代表でも当選者を増やし、今の小選挙区比例代表並立制になってからは過去最高の35議席を獲得して、勝利した。ところが、党の頭越しに首相官邸と密約を結んだ佐藤に対する内部の反発は強烈だった。昨年12月14日、衆院選で公明党の勝利が確定すると、佐藤は直ちに大阪に飛び、大阪16区選出の北側や、大阪3区選出で大阪府本部代表を務める佐藤茂樹ら大阪の公明党幹部に対し、密約の存在を初めて明らかにした上で、「『大阪都構想に賛成してくれ』とは言わないが、住民投票が実施できるよう何としても協力してほしい」と要請した。佐藤は選挙運動に支障が出ないよう、北側ら公明党の幹部たちにさえ密約の存在を知らせていなかったのだ。衆院選の勝利の余韻に浸っていた議員たちは、一瞬にして厳しい現実に引き戻された。幹部たちからは、「支持者は橋下憎しで凝り固まっており、とても理解が得られない」「我々は維新と戦っても勝つつもりで準備をしていたのに、受け入れられない」といった強い反発の声も出たという。だが佐藤は、「これは安倍首相も含めた重い約束で、(創価学会の原田稔)会長も了解している。連立を維持する為には、どうしても守ってもらわなければならない」として押し切ったという。これを受けて、公明党大阪府本部は12月28日に総会を開いて、橋下が示す都構想自体には引き続き反対するものの、「最終判断は住民に委ねる」として、住民投票の実施には賛成することを決めた。だが、出席した府議や市議からは「納得できない」「支持者からの協力が得られなくなる」といった反対意見が相次ぎ、2時間に及んだ総会は、怒号が飛び交う中で執行部が一方的に押し切るという、この党にとっては極めて異例の事態となった。そこには、何事も党の頭越しに官邸や自民党と協議を進め、その結果を押し付けてくる佐藤個人に対する反発もあったという。

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佐藤は1月下旬にも大阪入りし、地元の学会幹部に対し、都構想の住民投票では自主投票とするよう、要請して回った。「聞かれれば仕方がないが、積極的に反対を言うのは止めてほしい。連立政権を維持する為だ」と説得したという。これを受けて、大阪の創価学会は1月26日に大阪市内で開いた幹部会合で、住民投票には“中立”“自主投票”で臨むことを決め、党側にも反対姿勢を強調し過ぎないよう要請した。だが、学会組織の末端に近い“地区”の部長や婦人部長といった現場幹部からは、「我々が何故、首相官邸の意向に従わなければならないのか?」との強い反発の声が上がった。それはその後も一向に収まらず、関西の学会幹部たちは、東京からの指示と現場との板挟みになって右往左往。「このままでは、“常勝関西”と言われてきた関西の学会組織が本当に可笑しくなってしまう」――学会の関西方面のある幹部は、危機感を露わにした。3月になると、大阪都構想の住民投票の日程が、統一地方選後半戦直後の4月27日告示・5月17日投開票と正式に決まった。その前後、報道各社の都構想に関する世論調査では、多くの調査で反対が賛成を上回っていた。橋下は危機感を募らせ、官房長官の菅に何度か電話で公明党・創価学会対策を相談したという。だが、いくら“影の首相”と呼ばれる官房長官からの要請でも、婦人部を中心とした現場の運動員たちの間に“反橋下”の空気が蔓延している以上、佐藤にできることは限られていた。菅から要請を受けた佐藤は、“自主投票”を徹底させるよう改めて指示するのが精一杯だった。この間、菅ら官邸サイドは学会の動きを見誤っていた節がある。即ち、「創価学会という組織は、中央からの指示があればそれほど時間をかけずに、全国の末端に至るまでその指示を徹底させ、統制の取れた行動が取れる集団だ」という誤解だ。だが、創価学会のカリスマ指導者である名誉会長の池田大作が、体調不良に依り2010年5月の本部幹部会を最後に人前から姿を消して、5年が経つ。脳梗塞を患ったと言われる池田だが、最近も会長の原田や理事長の正木正明ら最高幹部たちと個別には会っているし、3月には創価学園(中学・高校)の卒業式で池田の激励する肉声が回線を通して生で流され、学会内部では大きな話題になった。

だが、最早政治方針等の複雑な問題に言及することはなく、学会内では「誰が池田亡き後に会長として実権を握るか?」の鬩ぎ合いが水面下で続いている。即ち、副会長で事務総長の谷川佳樹と理事長の正木正明という2人の“ポスト池田”候補の確執だ。最近は、「谷川が支持基盤をより強固なものにしている」と言われているが、尚決着は付いていない。その為、2人とも婦人部を始め、組織内で嫌われるような役回りを避ける傾向が強まっている。嘗ては学会内で意見が分かれても、最後は池田の“鶴の一声”を受けて幹部たちが全力で会員たちを説得して収めたものだが、“池田不在”の今の創価学会にそれは不可能だ。勿論、党総裁である安倍が大阪都構想に理解を示す発言を繰り返しているのに、大阪府連は全力で反対運動を行った自民党等と比べれば、今尚、遥かに統一行動が取れる組織であることは確かだ。だが、学会も公明党も、意思統一するのに以前と比べて大幅に時間と労力が必要になっている。況してや、今回は「宗教の前に人の道がある」との橋下発言が響いて、現場の活動家たちの間に“維新アレルギー”が蔓延していたのだ。仮令、会長名で指示を出しても、現場の意向と異なる行動を取らせること等、できる筈もなかった。だが、菅は投開票日まで「住民投票は賛成多数になる」と信じ続けていた。その背景には、学会が「大筋では“中立”を貫く」との誤解があったのだろう。

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大阪の公明党は、支持基盤である創価学会の本部と地元組織が、過去に例が無いほどギクシャクするという異常事態の中で統一地方選を迎えることになり、党本部の幹部らの間にも「嘗てないほど苦しい戦いだ」との強い危機感が広がった。公明党にとって統一地方選は、他党とは比較にならないほどの重要性を持つ。創価学会が最初に政治に進出したのが、1955年の統一地方選。東京都議会や全国の市議会で学会の推薦候補53人が一挙に当選し、後の公明党結成に繋がった。統一地方選は謂わば、“党の原点”なのだ。それに何より、地方議員こそが福祉や身近な公共事業等に関する学会員の要望に応えて、政策実現を果たす先兵の役割を担い、党を支えている。それ故、全国3000人弱の地方議員の半数以上が一度に改選となる統一地方選は、国政選挙と同等か、それ以上に重視されるのだ。でも大阪は、伝統的に“常勝関西”と呼ばれる強固な基盤を誇る、学会にとって極めて重要な地域だ。しかも現在は、池田大作の長男で副理事長の池田博正が、関西最高参与として関西方面の責任者でもあり、1議席でも落とす訳にはいかない状況にあった。抑々、地方議員の数も他地域に比べて格段に多く、大阪府議会・大阪市議会共に定数の約5分の1を公明党が占める。ところが、今回は“官邸との密約”を巡る騒動が響いて、最前線で選挙活動を担う婦人部の活動家の足が鈍り、府議選・市議選共に苦戦が予想された。都構想そのものに触れない方針で活動していても、公明党への支持を知人や友人に訴えると、「公明さんは抑々都構想に反対なのか、そうでないのか?」と尋ねられ、「都構想には反対だが、住民投票には賛成」というわかり難い対応を行ったことへの説明に時間を取られた。

とりわけ大阪府議選は、今回から定数が21も削減され、区割りも変わった為、抑々公明党にとって厳しい戦いが予想されていた。その為、創価学会会長の原田は3月上旬から4月初めの府議選の告示直前にかけて、1ヵ月で4回も大阪に入り、幹部たちを激励した。大阪の学会幹部は、「全国規模の選挙で、会長がこれだけ大阪に来たことは記憶にない」と語る。学会本部で選考の指揮を執る佐藤は、「告示後も大阪の情勢は尚厳しく、府議選では6人程度が落選する可能性がある」と分析。投票日4日前には、統一地方選前半戦は選挙が無い東京を中心に、関東地方の学会員に対し、大阪に入って親戚や知人に公明党候補への投票を呼び掛けるよう指示を出し、約3万人の学会員が大挙して大阪入りした。これも前例の無いことだった。党代表の山口那津男も当然のことながら、大阪に集中的に入って街頭等で支持を訴えた。その一方で、投票日の1週間前、大阪府議選や市議選を戦っている公明党の候補者たちの携帯電話に突然、1通のメールが届いた。公明党大阪府本部で幹事長を務める大阪市議の小笹正博からの一斉メールだった。そこには、「大阪都構想自体には反対しながら、その住民投票の実施には賛成するという中途半端な対応に依って、本来の公明党の支持者票が自民党のみならず、共産党にも逃げており、今後は都構想反対を正面から訴えよう」との内容が書かれていた。首相官邸から要請を受けた学会本部からの指示で、表立った反対表明を我慢してきた大阪の公明党だったが、厳しい選挙情勢を前に、遂に堪忍袋の緒が切れたのだ。小笹は、事前に大阪府本部代表の佐藤茂樹らにも連絡した上で、このメールを送ったのだが、最早国会議員たちもこれを容認するしかなかった。結果として、この方針転換は橋下嫌いの会員たちに歓迎され、現場の運動員らの動きは急速に良くなったという。

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それでも公明党は、前半戦の大阪市議選で、都構想に真っ向から反対した共産党候補に競り負ける形で1議席を落とした。その此花区選挙区では、定員2を維新・公明・共産の3候補で争ったが、学会が後で検証すると、候補を立てなかった自民党の支持者の多くが、自民推薦の公明候補ではなく、共産候補に流れていたという。公明党関係者は、「この選挙区は自民党との選挙協力もあって安心していたのだが、都構想に当初から強く反対してきた共産党が、裏で自民党候補と選挙協力していたことがわかった。我々が有権者にわかり難い中途半端な対応を取ったことが敗因だ」と悔やんだ。首相官邸の要請と、それを受けた学会本部の指示を振り切る形で、統一地方選の途中から都構想への反対姿勢を強めた大阪の公明党・学会。結局、それが住民投票の結果を大きく左右した。学会員が投票所に足を運べば、その殆どが反対票を投じることは明白だった為、維新や首相官邸の最後の期待は学会員の多くが棄権することだったが、既に統一地方選で流れはできていたのだ。統一地方選後半戦直後の4月27日に住民投票が告示されたが、5月の大型連休明けになると、学会の地区幹部らが支持者を車やマイクロバスで、期日前投票が行われている区役所等に連れていく様子が散見された。報道各社の期日前投票の出口調査では、概ね反対が賛成を10%程度も上回って、投票日当日よりも反対派がかなり多かった。当日の出口調査結果と併せて見ても、多くの学会員が投票所に足を運んで反対票を投じたことが伺える。公明党議員に投票する時以外は、選挙を棄権することも少なくないと言われる学会員に、敢えて反対票を投じさせた動機――それが、「宗教の前に人の道がある」との1年前の橋下発言だった。ある学会幹部は、「自分たちの信仰を否定する橋下氏の一言で、学会員の橋下嫌いが決定的になった。あれが無ければ違った結果になっただろう」と語る。

問題は、この結果が今後の国政にどう影響するかだ。元々、民主党政調会長の細野豪志ら民主党内の“野党再編派”には、「都構想が否決されて維新の党の求心力が弱まれば、大阪府選出議員らを除き、維新の議員の多くが民主党との合流に向かう」との期待があった。維新議員の多くは比例代表選出で民主党には入党できない為、民主党内では、「民主党も維新も解党して新党を結成し、来年の参院選前に反自民の大きな受け皿を作るべきだ」との声が強まることが予想される。ただ、幹事長の枝野幸男らは維新との“合併”に依る新党には消極的だと言われる他、維新内でも国対委員長の馬場信幸らの所謂“大阪組”は官房長官の菅に近く、橋下を国政に引っ張り出すことも含め、民主との合併を阻止する構えだ。だが何れにしろ、維新が野党再編の主導権を握ることは最早無く、民主党を中心に野党陣営の再編を進めるしかない状況になっている。一方、首相の安倍や菅にとって、反対多数の投票結果は大きな誤算だった。菅は住民投票の6日前の記者会見で、自民・民主・共産各党の国会議員が合同で都構想反対の街頭演説を行ったことを「全く理解できない」と批判。翌日には「二重行政の効率化を進める為、大改革を進める必要がある」と、同党の大阪府連が猛反発することを承知の上で、都構想の後押しまでしてみせた。安倍も「(大阪都構想の)目的は重要だと認識している」と国会で答弁する等、理解を示す発言を繰り返してきた。それ故、敗北という結果に菅は大きなショックを受け、親しい政界関係者には「聊か疲れたよ」と珍しく弱気の言葉を吐いた。抑々、橋下と安倍政権との関係はどこから始まったのか? これまでのマスコミ報道では、安倍は橋下と関係が近く、菅は府知事の松井一郎と親密な関係にあるように見える。だが抑々、安倍と橋下を結び付けたのは菅だ。住民投票の結果が出た翌日に菅は記者会見で、橋下が政界引退を表明したことについて聞かれると、「政界に出ることを説得した1人なので感概深い」と自ら明かしたが、菅はタレント弁護士時代から橋下に注目し、付き合いを深めていた。




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2008年、橋下が大阪府知事選に初当選した直後には、当時、総務大臣を経て自民党選対副委員長を務めていた菅が、東京のホテルオークラ内の中華料理店で橋下の当選祝いを開き、そこに当時の財務省の事務次官と主計局長、総務省の事務次官と自治財政局長を同席させ、橋下に協力するよう呼びかけていた。その後、自民党が野党時代の2012年には、菅が仲介して安倍-橋下の会談が何度も行われ、2人は意気投合。橋下が安倍に対し、「自民党を飛び出してくれれば一緒にやりたい」と持ち掛ける場面もあった。橋下とのパイプは、その年の9月に安倍が自民党総裁に復帰する上でも隠れたメリットになった。その後、安倍が首相に復帰してからも2人は繰り返し会談。安倍にとって橋下とのパイプは、保守的な政策を進める上では屡々障害となる公明党を牽制するカードであると共に、野党再編が進んで強力な対抗勢力が出現するのを防ぎ、国会運営を有利に進める“野党分断カード”でもあった。それ故、橋下の敗北は安倍にとって大きな痛手であることは間違いない。具体的には先ず、この国会での戦術の練り直しを迫られている。投票結果が賛成多数になっていれば、維新は大阪府を“大阪都”にする為の国会での法改正をスムーズに進める為、直ちに安倍政権により接近してくることは確実だった。官邸は、国民世論の反対に直面している安保法制関連法案の成立に向け、与党に加えて維新の協力も得て世論の批判を躱す目算だったが、それは不透明になっている。ただ、維新内部は、新たに代表に就任した松野頼久らが民主党との野党共闘を重視するのに対し、国対委員長の馬場ら“大阪組”は民主党批判を強める等、路線対立が続いている。菅は、住民投票の後も馬場らと会談を重ねている他、6月14日には安倍と一緒に都内で橋下と3時間に亘って会談し、安保法制関連法案の成立に向けて協力を呼びかける等、維新を引き付ける為に躍起になっている。抑々安倍は、将来の憲法改正の発議に向けても維新と協調し、公明党の影響力をより限定的なものにしたいと考えていた。何しろ橋下は、「憲法改正の為には何でも協力しますよ」と安倍に呼びかけていたのだ。この点でも、安倍は戦術の見直しを迫られることになる。

一方、公明党にとって橋下の退場は、党が存在感を発揮する上で久々の“朗報”だ。公明党内からは早速、「安倍さんは経済再生に全力を挙げ、憲法改正は当面封印してほしい。そうすれば、我々は全力で支える」と安倍を牽制する声が上がっている。ある幹部は、「統一地方選で公明党が苦戦したのは、安保法制の協議で『公明党が自民党に妥協した』と見られたことも少なからず影響した」と分析した上で、「安倍政権は、これまでより公明党を大切にせざるを得ないだろう」とほくそ笑む。ただ、安保法制については国民の間に反対意見が強いにも拘らず、公明党は「既に済んだこと」という立場だ。安保法制の法案化を巡る自公両党の協議が行われていた今春、公明党代表の山口は「昨夏の集団的自衛権の行使容認を巡る協議の際に、もっと抵抗しておけばよかった」と周辺に“反省の弁”を漏らしたが、今更できることは殆ど無いのが実情だ。公明党は、統一地方選で安保法制が争点になることを嫌い、当初は安保法制関連法案に関する正式な与党協議は統一地方選後に先送りしたい考えだった。選挙の際に最前線で集票活動を担う学会婦人部は今尚、自衛隊の海外派遣の拡大に強いアレルギーを持つ。「安保法制が統一地方選でクローズアップされると、婦人部の活動家の足が鈍り、選挙に大きな影響が出る」と懸念したのだ。山口や幹事長の井上義久ら幹部は、昨夏の集団的自衛権の行使容認の閣議決定後も週1回、定期的に開かれる学会との定期協議の場で、婦人部の代表から「今後も“平和の党”としての役割をきちんと果たしてほしい」と釘を刺されていた。集団的自衛権の行使容認を巡って与党協議が大詰めを迎えていた昨年6月には、婦人部の最高幹部たちが会長の原田に対し、「『集団的自衛権の行使は憲法上できない』と言っていたではないか。今の流れを止めてもらいたい」と詰め寄ったという経緯もあった。

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結局、政府・自民党側に押されて、正式な与党協議会を2月から始めることになったが、そうなると今度は統一地方選への影響を最小限にする為、公明党は選挙前の取り纏めを急ぎ、3月20日、自公両党は僅か2ヵ月で新たな安全保障法制の基本方針について正式合意し、一旦協議を中断した。実は、この時点では国会の事前承認をどうするか等、法案の中身については多くの対立点が残されたままだった。「選挙前に与党内で対立している印象を持たれることは、自民党と選挙協力を行う選挙区もあり、選挙にマイナスになる」として、「選挙前の可能な限り早い段階で基本合意を得る」とのスケジュールを優先し、形だけ取り繕ったのだ。公明党幹部はこの時期、「安保法制が選挙で話題になること自体がマイナスなので、ぎりぎりの線で妥協した」と漏らした。統一地方選に当たって、創価学会と公明党は安保法制について、運動員が支持者に説明する為の新たな資料を作成しなかった。「安保法制は飽く迄も国政の問題であり、地方選挙では説明する必要はない」とされた。だが、実際には選挙戦に入ると、「これまでは強く反対してきたのに、今回は何故自衛隊をいつでも海外に派遣できる恒久法に賛成なのか?」といった質問を受けて、戸惑った運動員もいたという。今回の統一地方選で公明党は例年通り、擁立した候補者全員の当選を目指した。だが、前半戦の大阪市議選で1議席を落とした上、後半戦では東京都の板橋区議選と江東区議選で現職が1人ずつ落選した他、長野県松本市議選では新人が落選し、計4人が落選するという苦戦を強いられた。しかも、東京都大田区で4400票余、世田谷区で3100票余りも得票を減らす等、東京の各区議選や大阪市議選では軒並み、前回よりもかなり得票を減らした。

公明党の地方議員の選挙は、学会が候補者毎に投票する支持者を細かく割り振る手法で、複数の候補者の得票が平準化するよう調整するのが特徴だ。選挙区が1つの一般市議選では、3~4人の候補者が数票の差で粗並んで下位で当選することも珍しくない。公明党はこの“お家芸”を使って、2003年と2007年の統一地方選では、2000人余りの候補者全員当選を達成している。前回2012年の統一地方選では、大阪府議選と横浜市議選で1人ずつ、計2人が落選しているが、今回の4人落選というのは異例で、特に東京で複数の落選者を出したことは「過去に記憶がない」(党幹部)という。これについて学会幹部は、「前半戦の大阪での苦戦を受けて急遽、東京から大量の運動員を大阪に入れることになったという今回特有の問題に加え、抑々学会の活動家が高齢化して集票力が落ちたことで、嘗てのように精緻な票の割り振りができなくなっていることが響いた」と分析する。例えば、定員44の江東区議選で公明党は10人の公認候補を擁立したが、20位で当選した現職が3299票を獲得しているのに対し、次々点の46位で落選した現職は2430票で、900票近くもの開きがあった。以前なら考えられない“失態”だという。学会幹部は、「学会員の子息が会員になる比率はかなり高く、新規の会員もいるので、会員数自体は漸減に留まってはいるものの、高齢化の進展で熱心な会員が激減して、運動量が落ちている」と分析し、「こうした学会の構造的な問題が、ここ10年間で顕著になってきたことが、今回の苦戦を招いた最大の原因だ」と語る。だが、集団的自衛権の行使容認という、これまで公明党が反対してきた憲法解釈の大転換を認めてしまったことが、今回の地方選に影響しなかったとは言えないだろう。公明党の選挙対策委員長を務める斎藤鉄夫は、前半戦の投開票日の4月12日、公明党が苦戦した原因について問われると、「国政で色々大きな議論がされていることも影響した」と述べ、安保法制を巡る与党協議が響いたことを認めた。

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公明党と学会は、5月の大型連休明けになると、国会で安保法制関連法案の審議が始まるのに合わせて、安保法制に関する勉強会用のDVDや冊子を新たに作成することを決めた。「国会審議が始まれば、テレビのニュース番組やワイドショーでもこの問題が取り上げられることが増え、創価学会の日常の布教活動等の中で、一般の有権者からこの問題について質問や批判を受けることも増えるだろう」との見通しに基づく判断だった。同時に、統一地方選で安保法制の問題を避けたことへの反省を踏まえた判断でもあった。公明党幹部の1人は、「安保法制に関しては、これまで一般の有権者の関心は低く、それ故、テレビも週刊誌も殆ど取り上げなかった。だが、国会論戦で従来見解との整合性や、公明党と安倍官邸との認識の違い等を突かれれば、テレビ等で取り上げられるようになる。そうなると、有権者から質問を受けることも増えるので組織防衛上、現場の運動員に勉強してもらう必要がある」と解説する。何しろ、各種世論調査を見ると、公明党の支持層は、与党でありながら、安保法制への反対意見が賛成を上回っているのだ。一方、安保法制以外の問題では、公明党は大阪都構想否決を受けて、「首相官邸に攻勢をかけたい」と意気込む。何しろ、昨年末の衆院選で自民党が勝利してからというもの、「官邸は公明党に遠慮がなくなり、軽んじられてきた」(公明党幹部)と感じているからだ。第1次安倍政権の時も現在も、参議院では自民党が単独過半数を持たず、「公明党の助けを借りなければ法案が通らない」という点では、基本的な構図に変化はない。だが、以前と大きく異なるのは、参議院で維新が一定の勢力を持ち、仮に公明党が反対しても維新が賛成に回れば法案は可決されるという点だ。橋下と安倍や菅との人的な関係に加え、抑々政策面で保守色の強い維新のほうが公明党よりも安倍政権に近いことから、実際にその可能性は常に存在してきた。こうした状況を踏まえて、安倍は折に触れて“維新(橋下)カード”をチラつかせ、公明党の発言力を削いできた。

2009年の衆院選で公明党が大敗北を喫した後の民主党政権時代、創価学会の内部では、「衆議院の小選挙区から撤退して比例代表に特化し、それに合わせて自民党との全面的な選挙協力も見直そう」との意見が強まり、党代表の山口も検討を表明したことがあった。ところが、2012年末の第2次安倍政権発足後は、そうした議論を完全に封印し、安倍政権に軽んじられても、自民党との連立維持に汲々としてきた。それは、民主党政権の“失敗”で自民党への有力な対抗勢力が消えてしまった上、安倍政権に近い維新が一定の勢力を持つようになっていたからだった。昨年、集団的自衛権の行使容認問題で公明党が連立離脱を封印したのは、「仮に公明党が連立政権から離脱しても、代わりに維新の党等が自民党と連立を組んで、公明党は政界における発言力を全く失うだけだ」との判断があった。それ故、大阪都構想が葬られて橋下が政界から退場することは、公明党にとって与党内での発言力を回復させる大きなチャンスであることは間違いない。公明党がこの機会を生かそうと意気込んでいるのが、党として今最も重視している消費税の軽減税率の導入問題だ。5月22日午後、衆議院第2議員会館の会議室で与党税制協議会が開かれ、軽減税率の議論が3ヵ月ぶりに再開された。だが、公明党が消費税率の10%引き上げと同時に軽減税率を導入し、対象品目についても最低限、生鮮食品全般と考えているのに対し、自民党は何れについても消極的で、協議の難航は不可避の情勢だ。これについて、公明党の税調幹部は5月末、橋下の政界からの退場宣言を受けて、「これまでは財務省寄りの自民党税調のペースになりがちだったが、これで攻めの姿勢で臨む環境が整った」と周辺に意気込みを漏らした。安倍の悲願とされる憲法改正についても同様だ。公明党は4月22日に党憲法調査会を開き、約2年ぶりに憲法改正論議を再開させた。公明党は従来から、環境権党の新しい人権を今の憲法に追加する“加憲”を基本路線に据えてきた。

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だが、学会婦人部には今尚、憲法改正には反対論が根強く、党代表の山口も本音では“護憲”の立場だと言われる。こうした雰囲気を背景に公明党内では、「“加憲”の対象とする項目を改めて慎重に検討しよう」という意見が強まっている。その背景には、自民党内では最近、「憲法改正は、いきなり本丸である9条から入るのではなく、環境権や大災害時の緊急事態条項等を加える“加憲”から入ったほうが得策だ」との意見が強まっていることもある。公明党の“加憲”路線が自民党に逆手に取られる可能性が出てきているのだ。公明党内では安倍に近く、憲法改正にも理解があると見られている中堅幹部でさえ、最近は「憲法改正は急がないほうがいい。『兎に角、今は経済に集中し、改憲に取り組むのは次の衆院選後にすべきだ』と安倍さんに進言しようと思う」と言い出す等、都構想での維新の失敗は、憲法改正を巡る自公の力関係にも微妙な影響を与え始めている。仮に、橋下の政界引退で野党再編が進み、自民党への有力な対抗勢力が生まれれば、自民党と公明党との与党内関係には更に大きな影響が出るだろう。その場合でも当面、公明党が自民党との連立関係を見直すことはあり得ないものの、安倍政権は現在、安保法制関連法案への逆風に加えて、年金情報の流出問題への対応に追われている。今後の政治日程を見ても、8月には安倍が“未来志向”にすることに拘って強い批判を浴びかねない『戦後70年談話』の発表が控えている。更に、今秋には原発の再稼働や、自民推薦候補の苦戦が予想されている岩手県知事選等が予定されている。何れも、安倍内閣が支持率を大きく低下させる可能性を秘めている。“橋下”という強力なカードを失い、更に支持率が低下すれば、安倍政権は当然、公明党の主張により耳を傾けざるを得ないのだが、嘗て“反創価学会”の有識者らで結成された『四月会』に参加したこともある安倍が、公明党との関係を大切にするかどうかは不透明だ。そうなると、公明党が自民党内の反安倍勢力と組んで、“安倍降ろし”に加わる可能性さえ出てくる。

好調な株価とバラバラの野党に助けられ、これまで順調に政権運営を行ってきた安倍政権。創価学会の“反乱”に依って、橋下徹という大きな政治資産を失いかけている安倍と公明党・創価学会との関係が、今後どう変化していくのかは、これからの日本の針路に少なからぬ影響を与えることになる。 《敬称略》 (ジャーナリスト 中野潤)


キャプチャ  2015年8月号掲載


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テーマ : 橋下徹
ジャンル : 政治・経済

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