【異論のススメ】(06) 金融市場の乱高下…アベノミクスに欠けるもの

「中国経済が減速するのではないか?」という尤もな不安が広がり、世界中の株式市場が激しく乱高下した。金融市場の不安定な動きが完全に解消された訳ではなく、いつまた大きな変動が生じても不思議ではない。資本とは、それを元手にして利益を生み出す資金である。従って、資本主義とは元手となる資本を絶えず増殖させる運動である。この資本増殖が、我々の生活に役立つモノの生産やサービスの提供を齎せば問題は無いのだが、ただ金融市場を資本が回るだけで元手が増えるとすれば、困ったことである。有益なモノの生産へ向けた投資ではなく、株や為替の投機に依って大きな利潤が得られる。これぞまさに、最も手軽な“資本”主義である。しかし、この手軽で即物的で剥き出しの資本主義こそが、健全な経済活動を破壊しかねない。実際、今日の資本主義は、過剰な資本の供給に依って、この種の危険に曝されている。しかも、過剰な資本は、金融自由化に依って世界中の金融市場を駆け巡り、地球の裏側で生じた些細な出来事さえもが、自国の経済を撹乱しかねない。数年前のリーマンショックがその典型であった。どうしてこういうことになったのか? 今日の先進国では、どれほど新たな技術開発を行い、新製品を次々と市場へ送り出しても、然して大きな利益は得られないからである。そこで、中国等の新興国の市場を当てにすることになる。しかし、新興国経済は十分に安定していない。となると、先進国も絶えず景気後退への不安を抱えることになり、また傾向的な成長率の低下に苛まれる。つまり、グローバル市場は激しい競争を齎す割には、然して成果を生み出していないのだ。

そこでどうするか? 各国中央銀行は挙って自国通貨を金融市場へ供給し、景気を支えようとしてきた。ところが、供給された貨幣は、長期的な研究開発や設備投資に回って生産を活性化するというより、先ずは金融商品へ向かって投機的利潤を生み出すのである。こうなると、「金融市場は極めて活発化する割には、然して実体経済は良くならない」という何ともバランスの悪い状態に陥る。それが極端になれば、“根拠無き熱狂”というバブルになる。そしてバブルは何れ弾け、金融市場の混乱が実体経済を撹乱する。我々は今日、こうした不安定性に直面している。本来はモノの生産を活性化し、サービスを向上させ、流通を円滑にする筈の貨幣が、金融商品の間を駆け巡り、投機的な資本へと変身してしまう。本末転倒である。“資本”の増殖が、我々の生活の実質と無関係に自己目的化してしまうのだ。扨て、次の自民党の総裁選挙では安倍総裁の続投が決まる模様であり、安倍首相の下、アベノミクスが継続されるだろう。確かに、アベノミクスは、脱デフレと景気回復を掲げた謂わば緊急措置であった。“何でもあり”なのである。とりわけ、第1の矢である『異次元的金融緩和』は、脱デフレに向けた強力なカンフル剤であった。そして、一定の成果を上げたことも間違いない。しかし、それが更に過剰な貨幣供給を齎し、投機資本に餌をばら撒くという危険と隣り合わせであったことも事実だ。実際、日本の株式市場は強気な投機筋に煽られて値を上げ続けてきた。それが景気を刺激したとしても、「本当に我々の生活を良くしたのか?」となれば、例えば地方都市を見れば、簡単に頷く訳にはいかない。




アベノミクスは、脱デフレ・景気回復から更に日本経済を力強い成長軌道に押し上げようとする。しかし、抑々景気が十分に浮上しない最大の原因は、日本経済は既に資本も生産能力も過剰になっている点にある。日本社会は、少子高齢化・人口減少へと向かっている。こうした社会においては、市場は然して拡張しない。つまり、モノをいくら生産しても、それを吸収するだけの十分な需要が発生しないのである。とすれば、いくら異次元の金融緩和に依って資本を供給しても、貨幣は専ら金融市場へ流れるであろう。結果として、日本経済全体が益々グローバルな金融市場の不安定性に巻き込まれ、投機的資本の思惑に翻弄されることになる。重要なことは、ただ闇雲に貨幣を供給することではない。その貨幣をグローバルな金融市場の投機筋の餌にすることではなく、逆に、その貨幣をグローバルな金融市場の投機筋から守ることなのである。そのことは何を意味するのだろうか? “異次元的に”供給される資金を、国内の長期的な産業基盤や生活基盤として国内で循環させることこそが重要である。しかも、これらの長期的な産業基盤や、少子高齢化に向かう生活の基盤作りは、決して即効の利益を生み出すものではない。とすれば、それを市場競争に委ねるのは無理なのである。政府が一定の将来ビジョンの下で、その資本の行き先をある程度、指示することが必要となるであろう。短期的な市場の成果主義ではなく、長期的な公共政策こそが求められているのだ。そこで初めて、異次元的な金融緩和も意味を持ってくるであろう。我々は一刻も早く、貪欲で即物的な金融中心のグローバル資本主義から決別しなければならない。


佐伯啓思(さえき・けいし) 1949年生まれ。京都大学名誉教授。保守の立場から様々な事象を論じる。著書に『反・幸福論』(新潮新書)等。


≡朝日新聞 2015年9月4日付掲載≡


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