【戦後70年・漂流する日本】(07) じっちゃんを取り戻す

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最初に個人的な話をする。私は、この3月の中旬に自転車の事故で足を骨折して以来、6月の末日まで、靖国神社の真裏にある病院に100日余りの期間、入院を余儀なくされていた。手術が済んで、症状がある程度軽快してからは、週に2回、外出許可を取って病院外の仕事場に出かけていた。タクシーは、そういう折、粗必ず朝鮮総連の脇の道を抜けて、靖国通りに出て行く決まりになっていた。車が靖国神社の前を通ると、“終戦70年”と大書された文字が視界に飛び込んでくる。「靖国はその気になっている」と、その巨大な看板を見る度に私はそう思ったものだった。靖国の気合いは、看板や横断幕を始めとする神社周辺の装飾に端的な形で横溢していた。戦後70年の節目を、靖国神社の関係者とその社に心を寄せる人々が、新しい時代に踏み出す為のジャンピングボードにしようとしている気配が、鳥居の周囲に漲っていたのである。『こどもと教科書全国ネット21』の俵義文氏の調査に依ると、2014年9月21日時点で、第2次安倍政権の大臣の内の84.2%が『みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会(靖国議連)』に参加し、更に94.7%が『神道政治連盟国会議員懇談会』に所属している。つまり、現在の内閣の主要なメンバーもまた、戦後70年の節目を“新しい時代の幕開け”と考えている筈なのだ。

尤も、終戦記念日に予定されていた安倍首相に依る終戦70年談話は、ここへ来て急速にトーンダウンしている。先ず、6月22日の記者会見で、菅官房長官が“安倍談話”を閣議決定せず、首相個人の見解に留める案が浮上している旨を認めた。7月9日には、談話を発表する日取りについて、8月15日の終戦記念日を避けて、8月上旬とする見通しが示唆されている。安倍首相自身も、“談話”の内容を公明党との間で調整する方針を表明し、7月の10日には、首相が来日中の韓日議員連盟のメンバーと官邸で面会した折り、“安倍談話”に「先の大戦についての反省の意」を盛り込む意向を伝えていたことが明らかになった。こうして見ると、“安倍談話”の内容は後退に後退を重ねている。が、別の見方をするなら、一連の経緯は、近隣諸国への配慮や公明党との関係維持の為に、再三の譲歩を余儀なくされながら、それでも尚「終戦談話を発表する」という最後の一線だけは頑として譲らない、安倍首相の強い決意を物語っている。では、首相はどうしてそれほどまでに“談話”に拘っているのだろうか? その前に、“談話”の位置付けについて一言しておきたい。所謂“村山談話”は、戦後50年に当たる年に、当時首相の座にあった村山富市が終戦記念日の演説として過べたもので、正式名称は『村山内閣総理大臣談話』、外務省に依る英訳は『Statement by Prime Minister Tomiichi Murayama』だ。つまり、“談話”は対外的には時の政府に依る公式の“ステートメント”という扱いになっている。今回の安倍首相に依る“談話”がどういう英訳になるのかは、まだわからない。閣議決定を経た公式の“談話”でなく、“首相個人の見解”だということになると、“ステートメント”という単語は使われないだろう。政治的・外交的な意義は、村山談話や河野談話と比べてかなり軽量なものとならざるを得ない。




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それでも、安倍さんは石に齧りついてでも談話を残そうとする筈だ。というのも、「日本軍に依る侵略を認めず」「アジア諸国にお詫びをしない」スピーチを仮令、国内向け限定であっても、自身の口から語って後世に残すことは、首相自身が予てから主張している“戦後レジームからの脱却”をアピールする為に、決して譲ることのできない一線である筈だがらだ。してみると、“談話”は少なくとも安倍さんの脳内では、自分が“戦後レジーム”と呼んでいるものの一角に、兎にも角にも楔を打ち込む為に、絶対に必要な一撃である訳だ。談話→ステートメントに限らず、訳語に纏わるズレの問題は、第2次安倍政権が発足して以来、枚挙に暇が無い。『明治日本の産業革命遺産』がユネスコの世界文化遺産に登録されたのは記憶に新しいところだが、その折も、日韓で論争の火種となった朝鮮半島出身の徴用工についての“forced to work”という英文の解釈を巡って、珍妙な議論が持ち上がっている。交渉に当たった日韓両国の担当者は、徴用工について英文の説明では一旦合意している。だからこそ登録に至った訳だ。が、登録決定後に其々の自国語に英文を翻訳する段になって、解釈のズレが表面化することになった。韓国側は、“forced to work”を字義通りに“強制労働”と受け止め、メディアも自国民に向けてそう説明した。我が国では、岸田外相・菅官房長官が揃って、件の英文を「強制労働を意味するものではない」と説明した。安倍首相も、7月10日の衆議院平和安全法制特別委員会でこの問題に触れ、“forced to work(働かされた)”を「『対象者の意思に反して徴用されたこともあった』という意味だ」と説明し、徴用が必ずしも国際法上の強制労働でなかったことを改めて明言している。

もっと露骨な例もある。外務省が発表している英文のホームページでは、今回の安保法制の審議の中で頻りに議論されている“武力行使との一体化”というフレーズに、“Ittaika”という“イッタイカ”をそのままローマ字に開いただけの驚くべき和製英語(寧ろ“英製和語”か?)が当てられている。この言葉が用いられているパラグラフのタイトル『So-called Logistics Support and “Ittaika with the Use of Force”』からして異様ではある。「“Logistics Support”が、軍事用語で言う“兵站”ではないのか?」という点が、既に問題になっている。が、政府はこれを認めない。何故かと言えば、“兵站”は国際的に“戦闘行為”であり、“戦闘行為”であるとすると、それは直ちに憲法第9条に抵触するからだ。そんなこんなで、“ロジスティックスサポート”は政府の翻訳を通すと“後方支援”という日本語に生まれ変わる。“武器輸出3原則”を“防衛裝備移転3原則”と言い換え、“武力行使”を“武器使用”と呼んでいるのと同じ手法だ。で、兎に角「“後方支援”は“戦闘行為”ではない」というお話になる。“一体化”を巡る状況は更に曲芸的だ。直訳の“integral with the use of force”という言葉をそのまま使うと、自衛隊が海外で武力行使を伴う活動をする旨があからさまになってしまう。そこで、外務省の天才が“Ittaika”という日本語でも英語でもない魔法じみた外交用語を発明して、この難局を凌いだという訳だ。誠に、見事という他に論評の仕様がない。以上の翻訳例を通じて私が強調したいのは、「外務省が二枚舌を使っている」というお話ではない。確かに、外務省は戦後一貫して、国内向けの文書を海外向けに英訳するに際して、穏当なニュアンスの英文に言い換えてきたし、海外発の記事やステートメントを翻訳する際には、国民の目を引き難い曖昧な日本語に置き換える作文を心がけてきた役所だった。その種の目晦ましが、国民の平均的な語学力が向上し、誰もが1次資料に一発でアクセス可能になったインターネット時代の21世紀では、簡単には通用し難くなってきたという事情もある。

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が、私が読者諸兄に伝えたいと思っているのは、その部分の話ではない。重要なポイントは、第2次安倍政権が発足して以来のこの2年半程の間、内閣府のお役人や外務省のエリート官僚が一生懸命になって知恵を絞って成し遂げようとしているのが、“首相をあやすこと”だという脱力する事実だ。彼らは、首相の我が儘とやんちゃっぷりがそのまま海外に伝わってしまわないように、必死になって言葉の角を削り、ニュアンスの棘を丸める作業に没頭している。何と哀れな仕事ではないか。現在、国会の会期を延長して議論されている安保法制法案も、首相の思い込みから出てきたものだ。現今の日本を巡る国際情勢は、集団的自衛権を行使できる法整備を急がねばならないほど切迫している訳ではない。確かに、日韓関係は戦後最悪と言えるほど冷え切っているし、中国の軍事力増強も決してバカにはできない。が、だからといって戦争が起こる状況ではない。何よりも先ず、中国の立場に立って見れば、日本を侵略するメリットがまるで無い。一度戦争ということになれば、中国が抱えている1兆2000億ドルを超えるアメリカ国債は、一瞬にして紙屑になってしまう。のみならず、最大級の貿易相手国である日本を失うことにもなる。どんなに愚かな指導者がトップに立ったところで、そんなにバカな選択肢を選ぶことはできる筈もない。韓国は尚のことだ。無論この先、尖閣諸島や竹島関連でプロレスじみた神経戦のやり取りが起こることは十分に考えられるし、国内の強硬分子を宥める為に、お互いが隣国に向けて凄んでみせなければならない局面が来ないとも限らない。でも、そこのところの最大限の万一を考慮したとしても、個別的自衛権で対応できないお話ではない。安倍首相は、「集団的自衛権を行使することになったとしても、そのことに依って日本が戦争に巻き込まれることは“絶対に”あり得ない」と断言している。まあ、そうなのかもしれない。でも、本当に安倍さんの言う通りに、戦争に巻き込まれることが絶対に無いのだとすれば、抑々集団的自衛権そのものが不要だというお話になる。

それでも尚、安倍さんは集団的自衛権に固執している。何故だろうか? 思うに、集団的自衛権も憲法改正も戦後70年談話も、全ては安倍さんの個人的な感情に由来する出来事だ。その“幼さ”が心配なのだ。安倍さんは、先達てのアメリカ議会でのスピーチでもそうだったが、何かにつけて祖父である岸信介元首相の話を持ち出す。その話しぶりや引用の仕方から類推するに、安倍さんは自分自身をかなり強く祖父に同化しようとしている。別の言い方をするなら「祖父のようでありたい」と願い、「祖父のやり残した仕事を成し遂げたい」と考えている。そのこと自体はわからないでもない。岸信介元首相が評価の分かれる部分はあるものの、戦後を代表する政治家であった点については先ず異論の出ない人だ。交渉相手のアメリカ人たちを驚愕させたと言われる頭の切れや、“昭和の妖怪”と呼ばれた魔術的な政治手腕は、今でも語り草になっている。安倍首相自身、幼い時分に可愛がられたこともあるようだし、それを思えば、祖父を慕い、祖父に憧れ、じっちゃんに同化したくなるのは自然な感情だ。とはいえ、身内の情と国家の大計は別のものだ。一緒にしてもらっては困る。が、安倍さんは日本の現状とは別に、飽く迄も岸の家の悲願として憲法改正を志しているように見える。国際社会に対しては、祖父をA級戦犯として裁いた極東軍事裁判への不信感を隠さない。これは公私混同だと思う。

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安倍さんは去るインターネット番組の中で、こんなことを言っている。「日本国憲法の前文には、『平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、我らの安全と生存を保持しようと決意した』と書いてある。つまり、『自分たちの安全を世界に任せますよ』と言っている。そして、『専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ』(と書いてある)。自分たちが専制や隷従、圧迫と偏狭を無くそうと考えている訳ではない。いじましいんですね。見っとも無い憲法ですよ、はっきり言って。それは、日本人が作ったんじゃないですからね」。没理論というか感情論というか、現行憲法の問題点を指摘するにしても、あまりにも言葉が貧困過ぎる。7月には、これもインターネット動画サイトでの発言だが、国民に安保法制の必要性をわかり易く説明する為に配信された番組の中で、こんな趣旨の話をしている。「では、我々が認めた集団的自衛権とは何かと言えばですね、例えば、『アべシンゾーは生意気な奴だから今度殴ってやる』という不良がいる。『今夜殴ってやろう』と言っている。その時にですね、家に帰る。で、『困ったなあ』と思っている時にですね、それを聞いた私の友だちのアソーさんという人がですね、『オレはケンカが強いから一緒に帰って守ってやるよ』と言って、一緒に帰ってくれることになって、アソーさんは私の前を歩いてくれている。そこに3人くらい不良が出てきて、アソーさんに殴りかかった。でもこれは、私をやっつけようと思って出てきて、私の前に先ずアソーさんを殴ったんですね。で、3対1ですから、私とアソーさんと一緒にですね、この人たち(不良)に対応する。私もアソーさんを先ず守る。ま、これはまさに平和安全法制においてですね、私たちができること」。これも、本人は“わかり易い例え話”を披露したつもりなのだろうが、正直な話、教室にバタフライナイフを持ち込む中学生の理屈にしか聞こえない。

安倍さんの言う“戦後レジームからの脱却”の意味するところは、ざっくり言って、“ヤルタ・ポツダム体制の見直し”“サンフランシスコ講和条約への異議申し立て”“極東国際軍事裁判史観の否定”“占領軍押し付け憲法の破棄と自主憲法の制定”ぐらいなお話なのだろう。これらを更に噛み砕いて要約すると、結局のところ、“対米従属の半属国的戦後日本からの脱却”ということになる。不可思議なのは、その“対米従属からの脱却”を果たし、“独立国としての真の自立”を目指す為の現実の方針が“日米同盟の強化”であり、“アメリカ主導の世界戦略への参加”と“アメリカの尖兵とをなって戦う為の集団的自衛権の獲得”になってしまっている点だ。しかも、その集団的自衛権を“合憲”とする為の法的根拠として持ってきているのが、“砂川判決”だったりする。念の為に説明しておく。“砂川判決”は、政治的立場の左右を問わない殆ど全ての我が国の法曹関係者にとって、“日本の司法の独立と尊厳がアメリカ軍の横車に依って踏み躙られた国辱的な判決”として受け止められているものだ。こんなものを合憲の根拠に持ってきている時点で、安保法制の法律としての筋の悪さは明らかではないか。何より不思議なのは、安倍政権がスローガンとしては“戦後レジームからの脱却”と事実上、対米従属の拒否を意味する旗を掲げていながら、実際の行動では対米従属を更に深める施策の実現に邁進していることだ。どうして、このようなアンビバレントな行動を取るのであろうか? 答えは、じっちゃんが知っている。岸信介元首相は“昭和の妖怪”と呼ばれただけに、複雑怪奇な人だった。彼は、表向きは対米従属に徹し、アメリカとの同盟強化の為にあらゆるものを差し出すことを選んだ政治家だった。岸さんの為に付言しておけば、当時の日本が置かれた状況では、選択可能な政策は、粗対米従属の一択に限られていたのかもしれない。その点は考慮してあげなければいけない。

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ただ、岸信介は、態度の上ではアメリカへの恭順を誓っていながら、その裏で、「いつの日か力をつけて、必ずアメリカを見返してやる」という強い決意を内に秘めている政治家でもあった。これもまた、当時の日本人の間に広く共有されていた心情ではある。「いつか見返してやる」と思っていたのは岸さんだけではない。占領軍のチョコレートを齧りながら、いつか屈辱を晴らす機会を念じていた子供は決して少数派ではなかった筈だ。問題は、岸信介が抱えていたダブルバインドの面従腹背を、その孫である安倍晋三氏が、いとも中途半端な形で受け継いでしまっていることだ。「じっちゃんの名にかけて!」とは、人気漫画『金田一少年の事件簿』の主人公である金田一一少年の決め台詞だ。設定では、彼は名探偵・金田一耕助の孫ということになっている。私は安倍首相を見ていると、いつもこの金田一少年を思い出す。序でといっては何だが、『金田一少年の事件簿』のライバル的な作品に『名探偵コナン』という漫画がある。こちらの主人公である江戸川コナン少年は、謎の組織に依って小学生の身体にされてしまった高校生という設定になっている。これもまた、安倍首相を思わせる。コナン少年の逆の、見た目は大人、頭脳は子供の政治家。決め台詞は「じっちゃんを取り戻せ」――無理だよ、しんぞう。「しんぞうを とめておくれよ おっかさん」。誰かが止めないといけない。でないと、日本が危ない。 =おわり


小田嶋隆(おだじま・たかし) コラムニスト・テクニカルライター。1956年、東京都生まれ。早稲田大学教育学部卒。食品メーカーの営業マンを経てテクニカルライターの草分けに。著書に『地雷を踏む勇気 人生のとるにたらない警句』(技術評論社)・『小田嶋隆のコラム道』(ミシマ社)等。近著に『超・反知性主義入門』(日経BP社)。


キャプチャ  2015年8月号掲載


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テーマ : 安倍晋三
ジャンル : 政治・経済

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