【1億総貧困時代】(03) 格差広がる超貧困社会の縮図――神奈川県営“多国籍”団地で見た“移民国ニッポン”のリアル

今、注目されているマンモス公営団地がある。『県営いちょう上飯田団地』だ。多くの外国人が居住する多国籍タウンとして、未来の“移民国”日本のモデルケースとなっている。そこから現実化する“超貧困社会”日本の縮図が浮かび上がった。 (取材・文 鈴木ユーリ)

巨大なモノリスのように林立するコンクリートの壁に、耳慣れない言語がけたたましく響いていた。「仕事終わりは皆で毎日、ここに集まってお酒を飲んでいるよ」。声のするほうへ向かうと、広場に車座になって缶ビールを開ける集団の姿があった。セパタクローのように、羽根を蹴って遊んでいるグループもいる。皆、肌の色は浅黒く焼けていた――。

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神奈川県横浜市と大和市に跨る『県営いちょう上飯田団地』。一度敷地内を歩けば、どこかアジアの異国に迷いこんだような錯覚に囚われるこのマンモス団地に今、メディアが殺到している。昨年、政府に依って“年間20万人”を目標とする移民政策が発表された。少子高齢化に伴って激減する労働力人口の穴埋めとして、外国人移民の大量受け入れを目指すというものだ。それに伴って、“移民推進派”から治安悪化を懸念する“受け入れ反対派”まで識者に依る議論も交わされている。保守派の論客である作家の曽根綾子氏が、「居住区だけは、白人・アジア人・黒人という風に分けて住むほうがいい」と“アパルトヘイト容認”とも取れる発言をしたのも記憶に新しいかもしれない。そんな中、住民の3分の1近くを外国人が占める『県営いちょう上飯田団地』が“移民国ニッポン”のモデルケースとして注目を集めている。だが、この地域を取材したメディアは、日本人住民が取り組む“多文化共生”のニュースを伝えるものの、外国人住民の生の声が聞こえてくるケースは決して多いとは言えない。彼らはどういった生活を、仕事をし、何を感じてこの異国の地で生きているのだろうか? 配管工事の現場から帰ってきたばかりだという30代のラオス人男性は、缶ビールを握った肩を落としていた。「日本はジゴクだよ。安いニッキュウで働いているのに、外でお酒飲んでいるだけでケイサツ来るよ」。だが、夜の散歩に来ていた40代のパキスタン人男性は言った。「団地に来て6年になるけど、ココは天国だよ」。無邪気に笑う、まだ幼い子供の頭を優しく撫でながら。




抑々、何故この団地にこれほど多くの外国人が住んでいるのか? 歴史を紐解けば、1980年代に起こったある国際問題に行き着くことになる。1980年代、ベトナム戦争後の政変に依って大量発生したベトナムやラオス・カンボジア等のインドシナ難民が、周辺各国にボートで亡命した。“ボートピープル”たちを人道上の配慮から日本政府も受け入れる政策を取り、国内でその受け皿となったのが、通称“難民センター”と呼ばれる『大和定住促進センター』(1998年に閉所)のあった大和市だった。そして、職員が難民の人々に薦めたのが、低家賃で住める『県営いちょう上飯田団地』等の大和市周辺の公団住宅なのである。それから四半世紀、難民たちは次々と家族や親戚を呼び寄せ、ある種のコミュニティーを形成している。広場でセパタクローをしていた30代のカンボジア人男性・セイハさんも、親子3代で団地に住んでいるという。「お父さんに連れて来られたのが16歳の時。配管工事の仕事をやってて子供もいるよ。結婚しても家族や友達と離れたくないから、まだ団地に住んでるよ。それに家賃も安いしね」。この日、広場に集まっていたグループは、もう10年以 上の付き合いになる仲間だという。ベトナム人やラオス人もいるが、国籍に関係なく結びつきは強い。「寧ろ仲良くないカンボジア人もいるし、気の合う日本人の仲間もいるよ」。仲間の中には、日本人の女性と結婚した男性もいる。毎日、仕事帰りに近所の広場に寄り集まる彼らの感覚は、“外国人コミュニティー”というより、日本人のマイルドヤンキー層における“地元”という意識に近いかもしれない。だが、仲間の1人である30代のラオス人男性は、不満を口にしていた。「こうして皆でお酒飲んで1日の疲れを癒やしているだけなのに、通報されて直ぐケイサツが来るよ」。文化や生活習慣の違いから来る日本人住民との摩擦は、これまでも度々表面化してきた。「夜遅くまで騒ぐ」「ゴミの分別ができない」等々、自治体との話し合いを通じて解消されつつあると言われるが、こうして未だに解決には至っていない問題もある。「オレらニッキュウ1万円も貰えないのに、居酒屋でお酒飲んだらお金無くなっちゃうよ。オレらには、この場所しかないんだよ」。そう、彼の言うように、ここにはもう1つの問題がある。貧困問題だ。

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『県営いちょう上飯田団地』から十数km離れた場所に位置する神奈川真平塚市に、約50棟の集合住宅が並ぶ『県営横内団地』がある。この団地も、1275世帯の内の約180世帯・14%を外国籍の住民が占める外国人移住区である。敷地の入り口に、1軒のケバブ店を開くイラン人男性、来日13年目のマス・ウッデさんがいた。「ケバブ食べていってよ! ペルシャ流で美味しいよ」。気さくで陽気な彼の店には、近所の外国人たちが次々と集まってくる。だが、中国人女性の「ウッデさん、景気はどう?」という挨拶に、彼の顔は露骨に曇った。「働いても働いてもお金にならないよ。見てよ、このスケジュール」。ウッデさんの店に貼ってある5月のカレンダーには、殆どの日に出勤の印がついていた。パチンコ店やJリーグの会場等、呼ばれた場所には全て出向いたが、月収は日本人の平均にも満たなかったという。「あたしも生活は楽じゃないけどね、大学生の息子もアルバイトで助けてくれてるし、お金なんか無くても家族が仲良いのが一番だよ」。早口でそう慰めるハルビン出身の吉野さんは、数年前に日本に帰化。マッサージ業を営む40代の女性だ。「でも、金が無かったらミルクも買えないから、奥さんに仲良くしてもらえないよ」。ウッデさんは苦笑しながら、ケバブを火にかける。彼は数ヵ月前、第2子が生まれたばかりだという。一口に“貧困問題”と言っても、基準は2種類に分かれている。1つは「1日1.25ドル未満で暮らす人の比率」とする“絶対貧困率”。もう1つは“相対的貧困率”――その地域や社会において“最低限”の生活を享受することができない状態を指す。日本国内においては、「4人世帯の可処分所得が250万円未満」が基準ラインとされているが、ここに住む外国人労働者はその基準を満たしていない。公営団地の家賃は約1万~4万円(収入に依って変化する)であるが、それでも「今の倍は稼がないとやっていけないよ」とウッデさんは言う。反面、中国出身の吉野さんやケバブ店に子連れで遊びにきたパキスタン人男性のように、「日本は仕事もあるし、治安が良くて子供を安心して育てられるパラダイスだね」と言う外国人もいる。貧困に対する捉え方は、外国人の中でも個人に依って感覚の差異はある。

「貴方は自分が貧困だと思いますか?」――インタビューに答えてくれた外国人全員に、この質問を投げかけてみた。回答は半々、現状に満足している外国人の数も少なくなかった。だが、政府の成長戦略が頓挫し、再び不景気に陥ったとしたら? その時、職を失った彼らはどんな声を上げることになるだろうか。「貧乏を抜け出したくても、オレらには安い給料の仕事しかないよ」。『県営いちょう上飯田団地』のラオス人男性はそう訴える。「不満を言うなら本国に帰ればいい」という意見もあるかもしれない。だが、団地に暮らすインドシナ難民の人々には本国に帰る権利もない。現状を変えようにも、彼らには選挙権すら与えられていない。近い将来に訪れるであろう“移民国ニッポン”。保守論客が主張するような隔離政策が実行されることは、国際倫理上許されない。だが、都心部に高価格の高層マンションが建ち並ぶ中、嘗て“庶民の憧れ”として栄えた公営団地で、住民たちの不満が表面化しつつあるこの光景は、嘗てない格差社会の訪れを予見しているのかもしれない。


キャプチャ  2015年8月号掲載

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テーマ : 貧困問題
ジャンル : 政治・経済

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