【中国経済はどこまで重症か】(02) 通貨切り下げに潜む本当のリスク――短期的な成長維持を何よりも重視した習近平政権の切り抜け戦略は破滅を招く

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中国政府が8月半ばに人民元の基準値を引き下げて以来、中国経済の深刻な状況と、それが中国政界に及ぼすであろう甚大な影響に世界の注目が集まっている。勿論、中国側は火消しに躍起だ。中央銀行である『中国人民銀行(PBOC)』は、「基準値引き下げは、人民元により柔軟性を持たせるた為の技術的な変更に過ぎない」と説明。通貨戦争を恐れる声を鎮める為、「引き下げ幅が3%を超えることはない」と約束してもいる。「人民元を市場の実勢に近づけたい」はPBOCの本音だろう。しかし、「今回の唐突な引き下げは、輸出品の価格を下げて経済成長を刺激する為の捨て身の行動と見るべきではないか」――大方のアナリストは、そう考えている。一見したところ、通貨を安くして自国の経済的困難を“輸出”するという作戦は魅力的なものだ。過去には多くの国が同様な政策を取ってきた。しかも、人民元の現在の水準は高過ぎるので、ある程度の元安がその歪みを修正し、輸出部門の競争力を向上させることに繋がるのは事実だ。このところの輸出不振は深刻だから、中国政府が「通貨安を輸出拡大のカンフル剤にしたい」と考えるのも無理はない。だが、この程度の措置で輸出部門が息を吹き返すとは思えない。実のところ、中国の輸出不振は人民元がまだ割安だった2012年に始まっている。それ以前には、輸出は年平均で2桁台の成長を記録していた。しかし、2012~2014年の平均は僅か7.1%増。それでも立派な数字だが、過去に比べると半分以下に留まっている。しかも各種データは、中国製品の販売不振を招いた原因は過度な元高ではなく、世界的な需要の縮小であることを示している。元安誘導でも成長を刺激できないとなると、中国政府が取れる成長戦略は限られてくる。今のところ、公式統計では今年上半期も7%成長を維持したことになっている。しかし、より信頼性の高い各種の経済指標を見ると、実際の成長率はずっと低いと考えざるを得ない。例えば、今年1~7月の電力消費量は、前年同期比で僅か0.8%増だった。1~5月の鉄道貨物輸送量は9.8%も減り、大手工業企業の利益も0.8%減った。今年前半の歳入は4.1%減。内需の柱である住宅建設部門の実績も、床面積換算で15.8%減と大幅に落ち込んだ。

こうした数字は、国内経済のより基礎的な要素こそが現在の経済不振の元凶であることを示唆している。そうであれば、通貨を微妙に切り下げるくらいでは役に立たず、7%の経済成長という今年の目標達成は難しくなる。構造的に見れば、中国経済が振るわないのは、過去30年に亘って“奇跡”の成長を可能にしてきた複数の、思いがけない“好ましいショック”が失われたせいだ。好ましいショックの第一は、所謂“人口ボーナス”だ。生産性の低い農村から都市部への人口移動を促すことで、この国は過去30年間、若くて安い労働力を殆ど無尽蔵に手に入れることができた。統計に依れば、この30年間で農村から都市部に移った労働者は2億7000万人(家族は除く)。しかも、都市部の労働者の生産性は、農村部のそれより4倍も高いとされる。第二の好ましいショックは、世界経済への統合、とりわけ2001年の『WTO(世界貿易機関)』加盟だ。1990年代の中国の輸出増加率は年平均15.4%だったが、WTO加盟後の2002~2008年にはそれが21.7%に跳ね上がった。第三の好ましいショックは、投資の急増だ。1980年代の中国は、GDPの35.8%を設備投資やインフラ投資・住宅投資に振り向けていた。それが、直近の2010年以降では47.3%という高水準にある。これが中国経済の第三の成長エンジンとなっていた。しかし今は、どのエンジンも勢いを失っている。労働力は余るどころか不足しているし、人口の高齢化も進んでいる。2009年以降の輸出増加率は年平均8.71%と、1990年代や2000年代に比べて大幅に落ち込んでいる。20年以上に及ぶ過剰投資のツケで、鉄鋼やセメント等、多くの重工業部門で生産設備がだぶついている。一方で、公的債務の対GDP比は、2000年の121%から2014年の282%へと増加した。




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こうした好ましくない構造的要因に追い打ちをかけたのが、2008年の世界会融危機直後に政府が採った無分別な策の数々だ。持続可能な個人消費の喚起に依って景気を刺激する代わりに、政府は3兆ドル以上の巨費を不動産部門や不要なインフラ整備に注ぎ込んでしまった。勿論、一時的には、この膨大な激策に依って中国経済は成長を維持し、諸外国から絶賛を浴びることになった。しかし、長続きはしなかった。習近平が国家主席の座に就くことが確実になった2012年11月当時、中国の経済は既に勢いを失い、痛みを伴う改革が早急に必要な状態だった。“改革者”というイメージを磨き上げる為に、習は2013年後半に野心的な方針を発表し、「中国経済をより市場原理に即した効率的なものにする」と明言。金融自由化と財政改革・規制緩和を約束した。だが、真に重要なのは国有企業の民営化を確約しなかったことだ。新指導者が発した力強い改革の言葉に、世界中が期待を膨らませた。しかし、直ぐに期待は萎んでしまった。金融自由化には一定の進歩があったが、他の分野では殆ど改革が実施されなかった。寧ろ、後退した部分さえある。例えば、政府は保護主義の姿勢を強め、アメリカの半導体大手『クアルコム』や『ダイムラー』、粉ミルクメーカーを独占禁止法の標的にして取り締まった。中国政府はレバレッジ(大量の借入資金に依る投資)解消に依る短期的な痛みに耐えるより、“一帯一路”と名付けた野心的な海外インフラ開発計画に非現実的な望みを託し、目の前の難問には目を塞いだ。また、借金潰けの大手企業と地方政府の破綻を恐れることからも、政府はレバレッジ解消に抵抗してきた。古い借金は新しく借り換えさせることで凌ぎ、死に体の企業を生き残らせ、結果的にデフレ圧力を強めている。恐らく、中国政府の最も有害な政策の誤りは、「株式市場のバブルを演出すれば、痛みを伴わずに再び成長軌道に戻れる」と考えたことだ。

結果、金融当局は昨年後半から信用取引に依る株式投資の拡大を容認し、国営メディアは「株価の高騰は習の改革に対する信任を示すものだ」と報じた。そして、6月中旬~7月初旬に株価が急落した時、政府は大規模な救済介入を行い、過大評価されている株価を下支えする為に、1200億元以上の資金を注入した。この措置は経済の歪みを長引かせたばかりでなく、それまでに投じられた資金を凍り付かせ、将来のマクロ経済政策に制約を与えた。中国の指導者らは今後、政策が株価に与える影響を考慮しなければならないだろう。残念ながら、事態は良くなる前に、かなり悪くなる可能性が高い。ここ3年、中国政府は臨機応変に政策を変えてその場を凌ぎ、何とか経済の勢いを取り戻そうとしてきた。バブルが弾けた時、中国政府に残された選択肢は2つだった。どちらも茨の道である。1つは、現在までの“その場凌ぎ”を続けること。つまり、借金だらけで死に体の企業(殆どが国有企業と不動産業者)を延命させ、無駄な投資を続け、痛みを伴う改革を遅らせるという路線だ。この戦略は、GDP成長率を支えるという点では、向こう2~3年は有効かもしれない。だが、結果は破滅的なものになるだろう。負債は支え切れないレベルに膨らみ、デフレ圧力にも抵抗できない。そして、中国経済は大破綻するか、ハードランディングを強いられる。もう1つの選択肢は、長期的な利益の為に短期の痛みを受け入れることだ。死に体企業を潰し、過剰な生産能力を削減し、不動産バブルを終わらせる。短期的には、かなり深刻な景気後退を招くかもしれない。だが、中国経済はより健全になり、バランス良く活気溢れた状態で再浮上する可能性が高い。

習にとって、現在の中国経済の苦境は政治的に極めて困難な状況と言えるだろう。共産党の最高指導者となって以来、彼は3つの課題に力を注いできた。腐敗との戦い・政治的自由の弾圧、そして中国の影響力を海外に強力に発信することだ。当初、習の断固たる姿勢と決断力は、多くの人に好感を与えた。そして、権力の集中に努め、毛沢東以来と言われる程の強大な支配力を手に入れた。だがここ数ヵ月、彼の政治的な勢いは削がれている。反腐敗運動は一般国民には受けがいいものの、政権を内部から引き裂いている。習と対立する派閥は日々処分を恐れ、下級官僚は利権や賄賂を奪い去る規律強化に慣概している。習の強引な外交政策も、今はアメリカの抵抗に遭っている。こうした状況下で、習に経済面で躓いている余裕は無い。中国経済が今後2年で不況に転じるとすれば、習は少なくとも一部の責任を負うことになるだろうし、2017年秋の中国共産党第19回全国代表大会の前に、政敵からの挑戦に直面する可能性が高い。こうした視点に立つと、中国政府が資本の逃避と中国企業の外貨建て債務を悪化させるリスクのある通貨切り下げに踏み切った理由も理解できる。習は、何が何でもGDPの成長を維持する“その場凌ぎ”路線を選んだ。政治的には賢明な選択かもしれないが、それが経済に与える長期的な影響は想像するのも恐ろしい。 (クレアモント・マッケンナ大学教授 ミンシン・ペイ)


キャプチャ  2015年9月1日号掲載


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テーマ : 中国問題
ジャンル : 政治・経済

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