『本当にあった怖い話』や『2ちゃんねるの怖い話』から『妖怪ウォッチ』まで――今、怪談も激変しているのは仏教と関係があるのか?

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今年5月初め、大学で担当している科目『世界の宗教』を受講している学生に、“今、流行している怪談”について話を聞いて驚いた。その殆どが、聞いたことのない“新しいタイプの怪談”であったからだ。改めて調べてみたところ、それらの怪談の多くはアクセス数の極めて多いインターネット掲示板で語られている新種のものであった。例えば、『部屋が女の溜まり場になっている』という怪談だ。幽霊が見えるという男性が、部屋に見える女性の霊の様子をインターネット掲示板で実況中継するもの。また、『きさらぎ駅』という怪談。この世とあの世の境目にあるとされる奇怪な駅に偶然迷い込んでしまったネットユーザーが、その様子を実況中継するものだ。何れも、インターネットのリアルタイム実況と怪談が融合している。こうした怪談もインターネットで繰り返し繰り返し見ていると、知らず知らずの内に意識の中に取り込まれ、信仰にも反映するのではないか? 目に見えないもの全般に対する興味と信仰心はレベルが違うとはいえ、どこかに繋ぎ目があるものだ。では今、どのような類の怪談が人々の興味を惹いているのか?

先ず、『地獄絵の絵解き法話』を得意とし、現代の怪談事情にも詳しい、愛知県名古屋市にある西山浄土宗東充寺の副住職・星野賢信師にお話を伺った。星野師は以下のように語った。「うちの宗派は『全ての人々が極楽往生する』と説く宗旨ですので、『悪霊的なものは存在しない』というスタンスではありますが、法然上人始め宗派の歴史としては奇瑞譚等も多々ありますので、不思議なもの全てを否定している訳ではありません。『不思議なもののうちに怪談も入る』と個人的には考えています。不思議なものには2種類あると考えています。1つは“方便”としてのもの。とても簡単とは言えない仏教を誰にもわかり易く説明する、理解し易くする為の手段として、“不思議なもの”が使われてきたのではないでしょうか。仏教だけでなく、神道・儒教、その他の教訓も、不思議なものを方便としてきたと考えています。2つ目は、怪談は嗜好品だということです。自分自身もそうですが、恐怖感は快楽を伴うと思います。“怖いもの見たさ”というものです。現代だと、“本当にあった怖い話”等も怪談だと思います。それらは恐怖心を煽る為に、ハッピーエンドは少ない印象です。巷で話題の妖怪ブームも、例えば“妖怪ウォッチ”は個人的には怪談や都市伝説・フォークロアのゆるキャラ化かなと思います」。ご存知の方も多いと思うが、『妖怪ウォッチ』とはメディアミックス戦略を取り入れた商業的な怪談物語だ。元々は任天堂ゲーム機用のゲームソフトから始まり、アニメ・漫画・劇場版映画、その他様々なジャンルのコラボレーションを通じて商業範囲を拡大した。その経済効果を調べてみると、妖怪ウォッチ関連商品の“妖怪メダル”が1億枚の売り上げを超え、映画の興行収入だけでも50億円を超える。関連商品の売り上げを通算すれば、数百億円単位のビッグビジネスと化している。ショッピングセンターに行けば、雑貨屋・書店・文具店等には妖怪ウォッチのグッズが並び、インテリア関連の店でも妖怪ウォッチのキャラクターがプリントされたタンスや絨毯まで売られているのだ。子供向けとして妖怪ウォッチのキャラを模した“絵馬”を制作したり、それを受け入れている寺院もある。このような“商業化した怪談”には、どのような意味が含まれているか。百聞は一見にしかず。ブームの源流となったゲームソフト『妖怪ウォッチ』を数時間プレイしてみたが、意外なことに、そのストーリーの中で“怪談と寺院の繋がり”が強調されているのである。詳しく言えば、その世界は「現代社会にも目に見えない妖怪が跋扈している」という設定となっており、主人公は特別な時計を使用して目に見えない妖怪と交流することができる。ゲームのプレイヤーはその妖怪を使役し、仲間を増やしたり戦ったりするのだが、仲間の妖怪を合体させてパワーアップさせる為には、寺院の住職(『天正寺』という架空の寺院)の助力が必要となるという設定である。




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我が国で怪談が流行したのは、8世紀から10世紀まで遡る。例えば井原今朝男『史実中世仏教第二巻』(興山舍)に、「八、九、十世紀という時代は、古代律令制社会の矛盾が爆発して、災害や疫病・殺人窃盗や内戦・蝦夷問題等が激化した。社会の不幸は怨霊・鬼神による崇りや蝕穢による仏罰・神罰とする呪術・俗信が大流行」と当時の世相が描かれている。儒教・道教・陰陽道の影響も強かったという。怨霊に対する恐れに対し、14世紀から15世紀にかけては“能”が成立、怨霊に対する供養のストーリーとして機能していくとされる。能と仏教の関係については、池上良正『死者の救済史 供養と憑依の宗教学』に詳しい。本書においては仏教が民衆層へ深く浸透していく過程において、各地の村々を遊行した伝道僧たちが重要な役割を果たした。このような僧たちの活動の一端は舞台芸能にも見られ、その後、それらが能へと発展し、能のパトロンである武士に気に入られるストーリー展開(未練を残して死に、妬み苦しむ死者を供養するストーリー。人を殺める武士の精神安定剤として機能する)を見せるようになったとされている。一方で、町人文化の怪談は、能のように亡霊が例外なく成仏するということが無い。それ故に、その怖れは民衆の草の根的な信仰と繋がっていったという。江戸時代の仮名草子『死霊解脱物語聞書』は、常陸の百姓の娘に霊が憑依したという実在の事件をベースにした物語で、菩提寺である法蔵寺の僧侶と、法力に長けたことで知られる祐天上人(東京・浄土宗祐天寺の開山)が悪い因縁を断つのに活躍したことが描かれている。「僧侶の供養・調伏のパワーが怪談をハッピーエンドに導く」というのが、当時の怪談の構造として存在したのである。

その後、混沌とした世界が一先ず1つのストーリーとして結実したのが、お岩さんの物語こと江戸の狂言芝居(歌舞伎)での『四谷怪談』であろう。しかし、歌舞伎の興行を成功させる為に数々の脚色が加えられ、四谷怪談の実話とされる話とは主旨が異なり、人々に広まった鶴屋南北脚本の台本では、怨霊は因果応報の教訓譚となっている。一方で、日本の怪談に関して、中国の怪奇譚からの影響も忘れてはならない。彼の『雨月物語』も、中国小説からの影響を受けている。明治時代の怪談作品については、三浦正雄『明治前期の怪談作品解説』(埼玉学園大学紀要)に詳しい。明治元年から20年までに世に出た怪談を“落語家に依る人情噺系の怪談”“講釈系の怪談”“歌舞伎の怪談”“翻訳の怪談(シェークスピア、リットン、ポー、アプレイウス、ハウフ等)”“絵本”“実録物”“文壇文学としての怪談”に分類している。つまり、怪談の媒体は多様化していった訳だ。そうした中でも、日本の怪談を俯瞰で眺めることができたのは、小泉八雲であったのではないか。マクロな視点で日本の他界観について考察しており、「天国(英語に極楽表記はない為、天国や天上界という表記になる)についての仏教の教えは、その根本において、すばらしく論理的である」との記述もある。“霊の世界”の中にはグラデーションがあり、それが怪異やあの世、極楽往生にも繋がっていることを八雲は捉えていたのだ。しかしながら、時の為政者に依って怪謎と寺院の“断絶”が起こる。安丸良夫『神々の明治維新 神仏分離と廃仏毀釈』には、江戸の社会では「さまざまな怨霊や祟り神や流行神や怪異譚などにもそれなりの位置と意味があたえられて、それらが百姓一揆や流行神信仰にさいして広汎な人々を動かす力をもつことも少なくなかった」が、後に「幕藩体制の成立期をさかいとして、現世の秩序を脅かすような神的威力は零落し、権力者やそれに仕えて功績のあるものの方が、より優位の神格として祀られるようになった」とある。それに依って、怪談もそれまでの供養・調伏のストーリー展開とは異なる様相を見せ始めるのである。

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戦時中の死者供養は明治政府下にあり、『招魂社』改め『靖国神社』がその霊魂を祀る場になり、自治体が建立した忠魂碑にもその霊が祀られた。国家神道と寺院の供養とのダブルスタンダードである。しかし、その霊は戦時下の異常死ということもあり、英霊として祀られ、顕彰はされても遺骨収集も難しく、戦死者の成仏というゴールは認識され難い。このことが、人々の心理に不安を齎したのだろう。例えば、柳田国男『遠野物語拾遺』(彼の有名な『遠野物語』の続編)には、戦死者に関するこんな怪談が収録されている。「日露戦争の当時は満州の戦場では不思議なことばかりがあった。ロシアの俘虜の言葉に、日本兵のうち黒服を著ている者は射れば倒れたが、白服の兵隊(つまり霊)はいくら射っても倒れなかったということを言っていたそうであるが、当時白服を著た日本兵などはおらぬはず」。戦争という異常事態は戦死者(=成仏しない白い軍服を着た霊)という新たな怨霊を生み出したのである。廃仏毀釈と戦時下の異常死の増加に依り、一旦ここで怪談話と僧侶の持つ供養・調伏のパワーの強固な繋がりが崩れてしまったと考えられる。そして、戦後の怪談は不条理な恐怖に支配された後味の悪い“恐怖モノ”へと変化していく。戦後、日本の怪談とイギリス発祥のゴシックホラーの世界を混ぜて、新たな日本の怪談の世界を再構築したのは、映画監督の大林宣彦であった。『HOUSE』(1977年)は日本独自のホラー映画――つまり、“ジャパニーズホラームービー”と呼ばれる作品群の“走り”であり、1970年代に生きる少女たちが、戦争で青春を失った女性の怨念に崇られ、取り憑かれるストーリーだ。この物語は、戦前の価値観を戦後の価値観と対峙させながらも融合させていく。映画『HOUSE』にも四谷怪談のクライマックスが引用されているのである。

また、四谷怪談も映画化でリメイクされる度に、時代に合わせて変形していったことは興味深い。例えば、1965年の豊田四郎監督作品と1994年の深作欣二監督の『四谷怪談』を見比べてみるとわかり易いだろう。1965年のほうは、高度経済成長期の時代背景を反映してか、伊右衛門の出世願望が凄まじく、成長願望に固執し病んでいく伊右衛門には念仏(百万遍念仏講のシーンも出てくる)も効かない。一方、1990年代の『四谷怪談』(深作欣二監督)に関しては、怨念の物語から“死後のラブロマンス”へと変容する。しかし、元々四谷怪談自体にアレンジの幅があったのだから、時代のニーズに合わせてその形を変えていくことも不自然ではない。例えば、昭和に書かれた岡本綺堂の『四谷怪談異説』に依れば、四谷怪談は根拠が無い話ではないものの、『お岩稲荷』に纏わるエピソードは夫婦愛を描いた幸福なもの(寧ろ美談)で、武家派はその美談を支持し、一方で町人たちは講釈師が脚色した“怪談”を支持したという。つまり、武家社会を舞台にした話なので、武家にとっては美談になり、武家に反発していた町人には怪談、そして寺院にとっては供養の物語となった。実際に、明治時代に四谷から西巣鴨の法華宗陣門流妙行寺に移転したお岩様の墓に参ると、由緒書きがあった。それに依れば、お岩様の死亡が寬永13年2月22日であり、その後の災いを妙行寺4代日遵上人が法華経の功徳で取り除いたとのことだ。四谷怪談は戦争を経て、時代の要素を取り込みながらジャパニーズホラーという独自のジャンルを生み出し、その発展に繋げた。軈て、こうした商業的映画が全国各地の都市伝説と融合し、拡散していく形として“戦後の怪談”はその形を変えていった。

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1980年代後半から1990年代における怪談は、カセットテープやCDとして発売された稲川淳二の怪談話が挙げられよう。彼のメディアでの活躍は、“語り芸としての怪談”を一般に広く認知させた。その土壌もあり、各地で生まれる怪談を読者投稿で集め、漫画化した朝日ソノラマ社の雑誌『ほんとにあった怖い話』が1987年に創刊された。1992年からはテレビドラマで『本当にあった怖い話』(テレビ朝日系)シリーズが始まり、他局でも類似の『ほんとにあった怖い話』、ビデオシリーズの『ほんとうにあった怖い話』等にも派生し、「実話としての会談を商業ベースに乗せる」という流行が起こった。これに加えて、1995年には映画『学校の怪談』が大ヒットする。常光徹の同名の小説は、ファンタジー要素やアドベンチャー要素もあり、現代の怪談が子供向け作品として昇華されたと言える。更に1998年以降、これらの延長線上に“貞子”というキャラクターで有名な映画『リング』(鈴木光司原作)シリーズのヒットが生まれる。実は、このリングシリーズの物語のモデルは、明治時代に東京帝国大学の助教授等が、透視能力を持つという女性に対して行った千里眼実験から来ている。事実と創作を織り交ぜて、日本の怪談は上書きされてきた訳だ。更に、そこにインターネットの普及に依って新たな流れができる。インターネット上で爆発的に怪談が広まり始めたのは、巨大掲示板群『2ちゃんねる』(1999年に開設された、ありとあらゆる話題を取り扱うインターネットの掲示板)に依るところが大きい。この掲示板の話題の1つとして、怪談が次々と語られている。形式上は“実話として”語られるのであるから、面白くない訳がない。また、スマートフォンの爆発的な普及が起こり(総務省情報通信白書に依れば、2011年から2013年にかけてタブレット端末やスマートフォンの利用率が爆発的に普及し、スマートフォンの普及率は42%、タブレット型端末は12%になった)、“今、起きている怪奇現象”をリアルタイムで掲示板に書き込む者も出てきた。それが、冒頭の“新種の怪談”となっている。

インターネット掲示板を起源とする怪談の中でも、有名なものをピックアップしてみよう。『シシノケ』(山の禍々しい生き物に遭遇した話)・『リゾートバイト』(地域に密かに伝承されている死者復活儀礼に遭遇した話)・『俺が異世界に行った話をする』(異次元に迷い込んだ冒険譚)・『逆さの樵面』(神楽の面の語)・『リンフォン』(古物商で買った玩具に纏わる小話)等が挙げられる。この中でも特に、『リゾートバイト』という話に注目すべきであろう。この話は、寺の住職が怪奇事件を解決に導く話だ。インターネット怪談の中に住職の存在が再び織り込まれるようになったのは、若者の間で広まった新たな仏教ブームを反映している可能性が高い。戦後、怪談話から仏教の供養・調伏のパワーが切り離され、“ただ怖いだけのバッドエンドの怪談”が流布していく流れがあったが、意外な方面から再び“怪談の中のヒーロー”として住職の存在が見出され始めているのである。


内藤理恵子(ないとう・りえこ) 宗教学者・愛知大学国際問題研究所客員研究員。1979年、愛知県生まれ。南山大学哲学科卒。同大学大学院人間文化研究科博士後期課程修了。博士(宗教思想)。著書に『必修科目 鷹の爪』(プレビジョン)・『哲学はランチのあとで 映画で学ぶやさしい哲学』『映画じかけの倫理学』(共に風媒社)・『現代日本の葬送文化』(岩田書院)等。


キャプチャ  2015年7月号掲載


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