【日曜に想う】 偶然が回す必然の歯車

日々睨み合っている日本と中国の戦闘機が、遂に南シナ海上空で不測の事態を引き起こす。互いに近づき過ぎて、一方の戦闘機が相手を撃墜。パイロットは無事に脱出したが、やられた側は直ぐ報復に。相手国の艦船を攻撃して沈没させた。乗組員約20人が犠牲になる――。今春、フランスで出た『悪循環』という小説の始まりの部分だ。副題が“第3次世界大戦の発端”とある。「“偶発的”な衝突だとしても、怯む訳にはいかない」と双方で“毅然路線”に駆け出す政治家たち。ナショナリズムが盛り上がる。それがまた政治を追い立てる。社会も政治も、次第に引っ込みがつかなくなる。戦争は不可避か。展開は刻々と“必然”の様相を強めていく。作者は、フランス紙『ロピニオン』の論説記者であるクロード・ルブラン氏(51)。日本語が堪能で、度々訪日して取材を重ね、3.11後は福島にも通った。日本についての月刊情報誌『ズーム・ジャポン』(部数6万部)の編集長としても活躍している。また、日本の多くのローカル線に乗り、『列車から見た日本』という本まで書く日本通だ。「フィクションだけど、衝突後のストーリーは両方の国の政治や社会の取材に基づいて、なるべくリアルに描こうと努めた」。登場するのは安倍晋三首相や中国の習近平国家主席を始め、殆どが実在の人物で生々しい。小紙記者まで実名で出てくるのは、ちょっと居心地が悪いが……。

“偶発的衝突”がこんな危機を招かない為の『日中海空連絡メカニズム』作りが、両国の間で続いている。陸上自衛隊研究本部長だった笹川平和財団参与の山口昇氏は、「1993年にロシアとの間で合意した協定がモデルになるだろう」という。「お互いに近づいた時に、模擬攻撃したり曲技飛行をしたりしない」「緊急に連絡し合う時の周波数を定める」といった現場での対応の他、万一の場合の当局者間での情報交換のルートの設置等を盛り込んだ協定だ。「中国軍、特に海空軍の近代化は目覚ましい。能力が伸びれば、南シナ海や東シナ海での活動も活発になる。攻撃的か否かに拘らず、これまでも活動してきた日米の艦船や飛行機と遭遇する頻度は確実に増える」と山口氏。ルブラン氏も、「日中間の緊張が執筆を始めた1年あまり前ほどではない」としつつ、「安保関連法案が成立して、自衛隊の活動が広がれば、偶発の恐れも高まるのでは」と言う。“偶然”を封じる対策は待ったなしだ。




扨て、小説冒頭の衝突だが、最初に撃つのは日本の戦闘機という設定。「自衛隊はもっと冷静ではないか?」と感じた。では、逆の設定ならどうか? その場合も、日本が直ぐに報復に出るというのは想像し難い。だが、旧ユーゴ内戦等での取材経験を思い起こすと、何れにしても武力衝突の真相は直ぐにはわからないと思う。発生した途端に、当事国が怒濤のように発信し始めるのは、事実と誇張と嘘が綯い交ぜになった情報だからだ。どちらが先に撃ったか。死傷者は何人か。矛盾するデータにどれほど振り回されることになるか。その間に、強気の政治家が暴走するかもしれない。弱気の政治家が強い世論に流されるかもしれない。うかうかしていると、記者も“必然”の歯車を回す側になりかねない――小説では、その歯車を何とかしようとする各国の政治家や官僚の姿も描かれる。孤軍奮闘する閣僚が、「この地獄の機械をどうやって止めればいいのか、私にはわからない」と絶望の言葉を吐く場面が印象に残る。軍事の“偶然”よりも危険なのは、“必然”を齎す“地獄の機械”かもしれない。それは政治や社会に深く組み込まれている――小説を読みながら、そんなことを考えた。 (論説主幹 大野博人)


≡朝日新聞 2015年9月13日付掲載≡


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ジャンル : 政治・経済

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