【世界を惑わす中国経済】(03) “経済の責任者”李克強は何故表に出ないのか――構造改革を担うと目された首相が辣腕を振るえない理由

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1949年に共産中国が誕生して以来、7人目の首相である李克強は、“経済に強い”のが売りの筈だった。実際、河南省と遼寧省でトップを務めていた時、李は両省の構造改革で目覚ましい成果を残している。人口は多いが貧しい農業省として知られていた河南省では、アルミ工業を主体とした非鉄金属工業や紡績工業の育成を指示。李が離任する前年の2003年、省の1人当たりGDPは、李が同省にやって来た1998年の1.5倍に増えた。全国の国有企業の10%が集中する遼寧省では、それらの株式会社化を断行。李が河南省を去る2007年、省のGDP成長率は14.5%に達した。遅れた農業省の工業化も国有企業への大ナタも、構造改革待ったなしである現在の中国経済に応用できる経験だ。2桁成長が過去のものになった今、世界第二の経済をソフトランディングさせる為、李は辣腕を振るう――筈だった。李の経済改革は“リコノミクス”と名付けられ、大いに期待されてもいた。しかし、何故か李は2013年春の首相就任以来、トップである習近平国家主席の背中に隠れて表舞台に出てこない。剛腕首相として改革を断行した江沢民主席時代の朱鎔基、“庶民の宰相”として災害現場に真っ先に顔を出した胡錦濤時代の温家宝と、そのイメージは大きく異なる。先月中旬に天津で起きた危険化学物質倉庫の大爆発事故で、李が現場に現れたのは発生から5日目のことだった。遅過ぎただけでなく、「現場を訪れた李の写真が合成ではないか?」と香港メディアに疑問視された。

真偽は不明だが、抑々李の政治的立場が安定していれば、こんな臆測も流れない筈。共産党政権で、権力はトップである国家主席が掌握するが、首相も決してお飾りではない。本来、経済と改革は首相の責任だ。ところが政権の発足後、習は党中央に新設した『財政経済指導小組』『改革指導小組』のトップに就任。事実上、李から経済と改革の権限を奪っている。「李克強は共産党史上、最弱の首相だ」と、中国政治に詳しい在米中国人ジャーナリストの陳破空は言う。「それは、李が指導部の中で唯一の共青団派だからだ」。確かに、7人からなる現在の共産党最高指導部の出身派閥は、太子党が習ら2人、江沢民派が4人、前主席の胡錦濤と同じ共青団(共産主義青年団)出身は李1人しかいない。李が孤立無援だからといって、必ずしも習と敵対している訳ではない。習と李は文化大革命期に農村に下放され、辛酸を嘗めた体験を共有している。寧ろ、習の敵は就任以来、汚職狩りの主なターゲットになっている江沢民派と言われている。それでも、李が事実上“干された”状態であることに変わりない。李の肝煎りで始まった上海自由貿易試験区は、発足から2年経っても大きな成果が挙がっていない。“コンピューター”と言われた頭脳に狂いが生じている気配もある。上海株式市場の下落が続き、不安が広がりつつあった7月初め、李は講話の中で危機に一切触れず、「リスクに挑戦する自信と能力がある」とぶち上げた。不見識な姿勢は逆に市場に不安を広げ、株価急落に繋がった。習がその手に権力を集中するのは、「政争を続ける上での武器を手放したくない」との思い故かもしれない。だが、それは両刃の剣だ。これ以上景気が失速した場合、全ての責任が習に降りかかりかねない。その時、李は習を見捨てるのか? 或いは、辣腕を振るって習と中国経済を救うのか?――中国最弱の首相かどうか、それではっきりするだろう。 (長岡義博)


キャプチャ  2015年9月8日号掲載


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テーマ : 中国問題
ジャンル : 政治・経済

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