【派遣労働の光と影】(上) 正社員過剰保護の犠牲に、両者の処遇均衡化を――昭和女子大学・八代尚宏特命教授

ポイント
○派遣業務制限で正社員雇用増の保証無し
○同一労働・同一賃金の原則の適用徹底を
○真の意味での“派遣労働者保護法”目指せ


与野党の対立案件であった『改正労働者派遣法』が成立した。しかし、国会の議論では派遣労働と正社員の働き方を一体的に捉えるという視点が欠けており、抜本的な問題の解決には至っていない。派遣の働き方の大きな利点は、直接雇用だけで対応できない労働需給のミスマッチを改善し、雇用の総量を増やすことにある。1997年に『国際労働機関(ILO)』が職業紹介や派遣等の民間仲介事業を認めた目的は、ヨーロッパの高失業の改善にあった。日本では、慢性的な長時間労働や転勤のない“専門職”の働き方を提供する利点もある。「派遣労働は不況期に契約が打ち切られ易く、不安定な働き方だ」と言われるが、それは企業が正社員の雇用責任を果たす為の調整弁として用いているからだ。これは正社員の解雇の前に、先ず非正社員の雇い止めを求める裁判所の判例にも反映されている。不況期にも雇用が守られる正社員と、その犠牲になる非正社員の間には“身分格差”が存在する。この問題を放置して、単に「非正社員を正社員にすれば全員の雇用が安定する」と言うのは夢物語である。この是正の為には、不況期の雇用調整や事業再構築時に解雇される労働者に適切な金銭補償をするという先進国共通のルールを、日本にも導入する必要がある。派遣法の改正は、派遣と裏表の関係にある正社員の働き方改革と一体的でなければならない。

temporary staffing 01
派遣に関するILO181号条約を1999年に日本が批准する際、“正社員から派遣社員への代替防止”という他国に例の無い規定が盛り込まれた。この為、派遣社員は正社員と代替性の低い専門的業務か、3年以内の勤務に限定する規制が設けられてきた。今回の改正法は、派遣を増やす“正社員ゼロ法案”と批判されている。これは、肝心の派遣社員ではなく“正社員の保護”という現派遣法の歪んだ目的を反映している。元々、同一企業内での配置転換を通じ、長い時間をかけて固有の技能を身につける正社員と、どの企業でも共通した汎用的な技能を持つ派遣社員は、補完的な関係にある。今後、労働力が減少する日本で、何故職務を限定しない正社員の働き方だけを保護し、それ以外の多様な働き方を制限しなければならないのか? 「派遣の業務が拡大すると、派遣の働き方が生涯固定化される」という批判もある。裏返せば、「派遣の業務を制限すれば、企業は止むを得ず正社員を増やす」という論理になるが、その保証は全く無い。過去20年を超える低成長下で、雇用が保障される正社員の数は粗一定水準に留まる。一方で、派遣を含む非正社員の傾向的な増加に依り、失業の増加が抑制されてきた。「労働市場の雇用者数は常に一定で、派遣が増えた分だけ正社員数が減る」というのは、経済社会環境の変化を無視した議論である。今後の低成長期には、経済活動の変化に弾力的な働き方でなければ企業は雇用を増やせない。また、長い労働時間の抑制や転勤の無い働き方でなければ、既婚女性や高年齢者は就業が困難となる。新卒一括採用で入社した社員が、どんな業務でもどの地域でも働くという会社にとって都合の良い働き方で、定年退職時までの雇用と定期昇給が保障される正社員は、企業組織が持続的に拡大した高成長期に普及した働き方だ。労使がいつまでも固執すれば、今後の低成長期には、企業は雇用を保障できる範囲内に正社員数を抑制せざるを得ない。




雇用規制の強化では、既存の正社員の雇用を守れても、全体のパイを増やすことはできない。経済社会環境の変化に対応した正社員の働き方を改革し、派遣を含む非正社員との働き方の壁を引き下げることが、本来の労働市場改革の方向である。派遣労働は、欧米諸国と同じ職種別労働市場の典型例であり、同一労働・同一賃金が成立している。これが企業別に分断された日本の正社員の労働市場と矛盾することが、派遣問題の本質である。派遣労働者の保護の観点からは、派遣先の選択肢は広いほど良い。特に、医療等の国家資格を要する専門的な業務は最も派遣に適した分野であり、それが禁止されているのは業界利権の反映である。同一労働・同一賃金は、競争的な労働市場の基本原則である。仮に、これをベースとしたルールが派遣社員と正社員との間にも適用されれば、派遣会社の手数料分だけコスト増となる派遣社員への需要は、詳細な規制無しでも必要最小限度の範囲に留まる。実現への最大の障害は、長期雇用保障と定期昇給の代償として、どのような職種・場所でも無限定に働くことを強いられる正社員の働き方だ。専業主婦を暗黙の前提としなければ成り立ち難い正社員の働き方は、女性の社会進出が進む中で維持できない。また、女性管理職比率の低さ等、貴重な人材の有効活用を妨げる要因にもなっている。

今回の派遣法改正は、派遣社員と正社員の均衡化へ向けた第一歩といえる。第1に、派遣期間の制限を受けない社員の基準が、従来の専門26業務(派遣労働者の約4割)から派遣会社の無期雇用社員(約2割)に変わる。同じ無期雇用の派遣社員なら、派遣先の正社員と平等に職種や期間の制限が無くなる点で、一歩前進である。派遣先での専門業務の境界線が曖昧という派遣社員にとっての制約も解消される。他方で、派遣会社と有期契約で働く専門26業務の派遣社員は、従来は無かった3年間の派遣期間制限という規制強化があり、今回の改正法に大きな反対が生じる主因となっている。これは、常用代替防止の基準が職種から派遣元の雇用形態に置き換えられた妥協の結果であり、本来は導入されるべきではなかった。第2に、派遣社員を3年間で交代させれば同じ職場に派遣を続けられる。派遣社員に専門的業務を委ね、正社員は個々の企業に固有な総合的業務に専念する役割分担であり、全体の業務効率化を促す契機となる。しかし、3年毎に慣れた職場を変更しなければならないことは、派遣社員にとって大きな負担である。「派遣の固定化を防ぐ」という名目で、実質的に弱い立場の派遣社員に負担を皺寄せする規制は、ILOの派遣労働者保護の精神に反する。第3に、雇用形態の区別無く、同じ仕事には“均衡待遇”の配慮やキャリアアップ義務が強化される。また、派遣社員が派遣先に引き抜かれた際の補償金として、通常の派遣でも“事後的な紹介料”を派遣会社が受け取れる仕組みが設けられれば、派遣会社の訓練意欲を高めるのに有効だ。派遣社員と正社員の同一労働・同一賃金が課題となっているが、短期勤続の派遣社員に年功賃金を適用しても賃上げ効果は無い。変わらなければならないのは、同一労働・同一賃金の原則から大きく乖離した正社員の年功賃金等の働き方である。今回の派遣法改正は、派遣社員の働き方を改善する面はあるものの、期間制限の対象となる労働者の比率は逆に高まった。不安定な派遣社員の雇用を一層不安定化させるのが、法律で定める派遣期間の制限である。“正社員を保護する派遣法”の基本的な矛盾は解消されていない。国際標準での“派遣労働者保護法”への道は、依然遠いと言える。


やしろ・なおひろ 1946年生まれ。メリーランド大学経済学博士。専門は労働・社会保障。


≡日本経済新聞 2015年9月24日付掲載≡
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