佐世保高1女子同級生惨殺事件、“解剖女子高生”誕生の核心――幼少期から明らかに変わっていた少女、少年審判再開を前に漏れて出た医療関係者らの新証言と新事実

15歳少女が同級生を殺害、首や手首等を切り落とした衝撃の事件から、早1年が経とうとしている。佐世保高1女子同級生慘殺事件。その被害者・加害者が共に通っていた高校では今年6月末、連絡網で保護者だけにある懸案事項が回された。それは、「被害者の1周忌に追悼会をすべきかどうか?」というものだった。「未だに生徒の傷は癒えていないんです。話題にしてはいけない雰囲気がある。だから、“保護者限り”ということで回ってきました」。そう語るのは、加害者少女と親しかった男子生徒の姉である。彼女は、「家でも、事件に関する話には一切触れないようにしている」と言う。「弟は、男子としては少女と親しいほうでした。当時、少女が『誰でもよかった』と言ったという報道を耳にして、『ひょっとしたら、自分がそうなっていたかもしれない』と酷く脅えました。その頃、1人では眠れないからと一緒に寝てあげたことがあったほどです」。事件は今尚、佐世保に深い爪痕を残している。加害少女の豪邸を訪れてみると、庭は植物が猛々しく生い茂り、荒れ果てた様子で、裏には蜘蛛の巣の張った車検切れの車が車庫の前に放置されていた。「事件後は誰も見ませんね」と近隣の住民も言葉少なで、それ以 上は頑なに何も語ろうとしない。事件現場となったマンションも街中にあるにも拘らず、閑散として人気が無かった。その直ぐ近くのビルに入っていた父親の弁護士事務所は閉鎖され、何部屋かあるそのフロアは全てが空室になっていた。廊下は電気さえ切られており、押し迫るような沈黙と暗闇が包み込んでいる。事件に続いて、少女の父親が昨年10月5日に首吊り自殺したことも大きいのだろう。何かしらその関係者と繋がりがある人にとっては、一切を忘れたいという思いなのかもしれない。しかし、そんな中で愈々少年審判が本格化する。昨年7月27日に長崎県警に逮捕された少女は、8月11日から検察側の精神鑑定を受け、2度の期間延長を経て凡そ5ヵ月間、鑑定留置された。鑑定結果は長崎地検に提出され、地検「は少女には刑事責任能力がある」とし、「検察官送致(逆送)するべきだ」とする意見を付けて今年1月30日、殺人・死体損壊・窃盗・殺人未遂の容疑で家庭裁判所に送致した。そして2月20日には第1回の少年審判が始まったが、裁判所は再鑑定へと踏み切り、それが6月17日まで続いた。現在は観護措置期間を延長し、鑑定書が届くのを待っている状態だという。延長には制限があり、最大でも7月17日までだ。その後、少年審判は再開され、近日中に処分が下されると見られている。これに対し、少女の弁護団は「徹底した治療や矯正に取り組める」と、医療少年院に送致する保護処分を求めている。今回、少年審判再開を見計らって事件を辿り直すべく、改めて現地取材を行った。その結果、これまでには明かされなかった新証言・新事実が少しずつ出てきた。それを基に今一度、少女の半生を辿ってみたい。

先ず、ざっと事件を振り返っておこう。2014年7月26日、事件は発生した。長崎県佐世保市内のマンションで、高校1年生の松尾愛和さんが後頭部を鈍器のようなもので10数回殴られた上、紐状のもので首を絞められて殺された。彼女の首と左手首は切断され、その腹部は大きく切り開かれていた。遺体の傍にはハンマーや鋸等が残されており、捜査に当たった捜査関係者は、遺体を解剖しようとした可能性が見て取れる異常な犯行現場の様子に、暫し息を呑んだという。逮捕されたのは、このマンションに1人居住する少女で、被害に遭った女生徒と同じ高校に通う同級生であった。逮捕後、少女は「本当はもう少し解剖したかった」と語ったという。少女の父親は著名な弁護士であり、東京大学卒の母親は市の教育委員を務める傍ら、子育て支援やシングルマザーサポートのNPOを主宰する等していた。そして、少女は地元随一の名門校の生徒だった。地域の有名なエリート一家であったことから、事件は佐世保に大きな衝撃を与えたのだった。関係者には市の名士が多く、繋がりが深ければ深いほど取材を遠ざけてきた一面がある。だが、中々再開しない審議と重く垂れこめた禁断の雰囲気を前に今回、問題を直視する必要性に駆られた何人かが重い口を開いた。その中で最も注意を引かれたのは、「少女には幼少期から異常なところが認められた」という証言だ。




これまでの報道では、小学6年生の時に起こした同級生への給食異物混入事件がクローズアップされてきた。だが、そうではなかったようだ。「まだ満足に話ができない幼少期に少女と接した人が、一目見て『これは違う!』と思わざるを得なかったというんです」と、ある医療関係者が明かす。「先ず、顔に表情というものが無かった。それから目を合わせない。笑わない。その時期の子供たちは通常、本能的に肉体的・精神的に脆弱なことがわかっている。だからそれを補うべく、自己防衛の為にも笑顔で人に対し、敵意が無いと示すものなのです。これは所謂“愛嬌”と言われるもので、動物一般に見られる傾向です。けれども、彼女の場合はそれが無かったそうです」。何故なのか? 「『自分に能力がある』と感していて、自信があるからだと見られます。要するに、媚びて守ってもらう必要がない。この年齢の子供が肉体には極めて脆く未熟であるのは自明ですから、これはかなり高度な知力なり精神力がある証左と見られます。或いは生来、外界をシャットダウンしてしまうような閉鎖性を有しているか…その何れかですが、特異なことに変わりはありません」。但し――と、この医療関係者は付言する。「人間は大抵、どこか変わっているところがあるものです。特に、幼少期にはそれが目立ちます。割合で言えば、1~2割の子が『あれ?』と思われる対象になります。でも、その後の成長過程の中で危ない部分は緩和されるなり抑制されるなりして、個性と言われる部分へと転じるのが普通なんです」。しかし、この少女の場合はそうはならなかったようだ。通っていた保育園関係者がその異常さを漏らしていたというし、またその頃、同じ絵画教室にいたある子供の親はこんな発言をしている。「落ち着きが無く、感情の起伏が激しい彼女と一緒に絵を描きたいと思う子がおらず、彼女の来る日だけガラガラになってしまった」。その異常性に母親が早くから気がついていた様子も窺える。少女の家族や成育環境を知る教育関係者がこう語る。「保育園に行くようになっても、明らかに可笑しいという感じでした。トラブルも少なくありません。ひょっとすると、気づいていた家族が甘やかし過ぎたのが災いしたのかもしれない。先生や保護者の間で『変わっている』『他の子と違う』と問題になった時でも、母親は烈火の如く怒って『そんな筈はない』 『言うほうが可笑しい』『貴方たちに何がわかる?』と。120%の娘弁護であり、周囲の声・評価の完全距絶でした」

母親は、少女が小学校に入学した平成16年から市の教育委員を務めている。平成16年と言えば、同じ佐世保の小学校で6年生の女子が同級生の首を斬りつけ殺害した事件が起きた年で、児童教育や心理学にのめり込んで理論武装した彼女は、こうした問題等で積極的に発言してきた。「教育にのめり込んでいったのは、我が娘の為と見られています。一方、著名な弁護士であり行政に関与することもあった父親も教育熱心で、事ある毎にトラブルを公にしないよう動いていました」(教育関係者)。こうした“庇護”は、少女が小学校に入ってからも続いたという。尤も、母親は内心酷く戸惑い、悩んでいたともいう。知人の1人がこう明かす。「少女がクラスで浮いた存在であった為、あの気丈な人が『子育ては難しい』と漏らすこともあった。それで、『娘の心のケアの為に…』と豚を育てている牧場に連れて行ったりしていました」。母親が訪れていたのは、佐世保から平戸に向かう途中にある山間の牧場だった。少女が小学校低学年であった頃から、友だち5人を誘って3~4ヵ月に一度くらいの割合で通っていたという。荒れたり、塞ぎ込む子供を動物との触れ合いを通して回復することにも使われている場所で、勿論、飼育している豚の世話もするが、その一方で料理して食べさせるようなこともしている。母親はそういった行為を通して、さり気無く生き物の大切さや命の尊さ等も教えようとしていたらしいが、それが却って裏目に出た可能性もある。実は、佐世保では小学生対象の屠畜場見学会が行われている。「牧場体験と共に、豚の屠畜・解体も見ているとすると、それらが少女の解体欲求に繋がってしまった可能性もある」と先の医療関係者は指摘する。ともあれ、この頃から既に母親の目には、少女の中の“加虐性”の萌芽が見えていたように思われる。

それがはっきり露見したのが、幾度も報じられてきた小学6年生時の給食異物混入事件である。給食の時間に、教室内で2名の同級生に微量の粉末洗剤等を希釈したものを複数回混入したのだ。「受験勉強を馬鹿にされたから」という報道もあったが、直後の聞き取りに少女は「憂さ晴らしであった」とその動機を答えている。この事件では、学校側が少女に継続的なカウンセリングを受けさせようとしたが、両親(特に父親)の強硬な反対で2回のみに終わった。先の教育関係者が語る。「父親が学校に怒鳴り込んで表沙汰にしないようにしたことは有名です。弁護士としては剛腕で、しかも政治力もあり、次期市長との噂があったほどのやり手でしたから、学校も従わざるを得ませんでした。要するに、両親は娘を健全に育成しようというよりも全力で庇護した訳です。そして、片や有力弁護士、片や教育委員という2人のモンスターペアレントに、敢えて楯突こうとする者もいなくなってしまった」。実はこの時期、前後して2つの死が彼女を襲っていた。「事件の前年でしょうか、父親の弟さんが不慮の死を遂げてしまうのです。“自殺”と言われています。それから、同居していた母方の祖母も亡くなっています」。そう語るのは、父親の友人だ。少女の父親は3人兄妹の長男である。戦後に造成された長崎市北部の閑静な住宅街で、両親共に教師という家庭に生まれ育った。彼が早稲田大学政治経済学部を経て弁護士になったことは、よく知られている。4歳下には妹がいて、彼女は東京大学卒業後、アメリカの大学でMBAを取ったほどの才媛である。こうした2人のエリートの下にいた弟は、鹿児島にある工業大学に進み、大学周辺で起業し、彼の地へ移り住んだ。そして地元の青年会議所に入り、事務局を切り盛りしていたという。その青年会議所の先輩が語る。「お兄さんも佐世保の青年会議所に入っていて、こことは交流がありましたから、よく知っています。弟さんと風貌も性格も似ていましたね。真面目過ぎて、どこか紙一重的なところがあった。切り替えが利かず、突き進んでしまうような。それが災いしたのかもしれない。お兄さんが昨年、自殺したのを聞いた時には『やっぱり…』と思いました」

祖母が亡くなった後、少女は暫くの間、酷く落ち込んでいたという。叔父の死も自殺なら、大きなショックを受けたことだろう。近親者の相次ぐ死が、少女にどのような影を落としたのかは定かではない。だがこの後、少女の“特異性”や“加虐性”は更に増していったように見える。小学校の同級生に依ると、少女が好んで読んでいた漫画は『デッドマン・ワンダーランド』。クラスメイトが皆殺しにされてしまった中学生が主人公の漫画だ。ファンサイトにはこうある。「全編通して残虐な描写が多い為、読む人を選ぶ作品。グロ系作品に耐性が無い方はご注意ください」。こうした一面があるとはいえ、表向き、少女の成績はずば抜けてよく、絵が上手く、ピアノもスキーも熟した。先の医療関係者が語る。「この頃になると、アスペルガー(知的障害を伴わないものの、興味・コミュニケーションについて特異性が認められる広汎性発達障害)的というかサヴァン(障害があるが、極特定の分野に限って優れた能力を発揮する)的というか、そんな様子が見てとれたそうです。知能は優れているし、特定の分野における探究心も極めて旺盛。但し、その分野が生物の仕組みと言いますか、解剖に異常なまでに興味を持っていたようなのです。しかも、その対象が虫から魚・蛙とどんどんエスカレートしていった」。給食事件前後、少女は解剖への興味を露わに、次々と生き物を手にかけていたともいう。医療関係者が指摘したのは、その“加虐性”だった。医療関係者は続ける。「こうしたことは理解できないではありません。知的好奇心、或いは探究心と言えばその通りでもあり、純粋な知的興味というような穏当な表現もできるかもしれません。長じて、外科医になるには打って付けの性格かもしれませんし、実際、そういった動機から医師になった人もいる。その意味では、彼女は極めて知的な少女と言えます。ただ問題なのは、この頃の彼女にはもっと大きな動物――例えば、猫の手足等を切断するような残虐性が芽生えていたことです。生命を尊重しようという視点は形成されていなかったようなのです。この年齢になると通常だと形成されているものが、彼女には無かったという訳です」

少女の“加虐性”は、中学校に進むと更に高じていった。同級生に対し、猫をエサを使って誘き寄せ、捕まえて解剖した様子等を赤裸々に語っていたことが明らかになっている。また、“特異性”も高じていったようだ。その頃になると少女はスカートを穿かず、自分のことを“僕”と呼ぶようになっていた。中学校の卒業文集には、「僕が人生で本当のことを言えるのは、これから何度あるだろうか」と、僕を主語とした奇妙な文面が掲載されている。卒業の半年前、彼女は母親を亡くしている。平成25年7月に膵臓癌が見つかり、僅か3ヵ月で急逝する。ここにまた“死”の影が現れる。そして、その影が尾を引く中、折しも文集が制作されている頃に、少女は父親をバットで殴り殺そうとするのである。一体、何が少女にそうさせたのか? 長崎県教育委員会が纏めた報告書に依れば、殴打事件直後に教職員が少女に聞き取りをしたところ、強い“殺人願望”を明かしたという。「『人を殺してみたかったので、父親でなくてもよかった。関係教職員でもいい』という旨の話をしたので、関係教職員はA(少女)に『私は貴方に殺される訳にはいかない。貴方の周りにも私の周りにも悲しむ人がいるから』と答えた」。報告書には、「この関係教職員は、『父親に対する屈折した感情が大きな要因である』と判断した」とある。事件の直前、父親は母親の死から半年も経たないうちに、20歳も下の恋人を婚活パーティーで見つけている。それが多感な少女に衝撃を与えたことは想像に難くないが、一方で、少女は母親が亡くなる前、母親を殺そうと思ったが、思い留まったということも周辺に明かしていた。

先の教育関係者は、この前後の状況について知り、憂慮を深めたという。「バット事件は、少女を取り巻く環境が酷く変わってしまった中、起こった訳です。母親が亡くなり、以前から女性関係の派手だった父親が暴走し始め、年若い女性と大っぴらに交際を始めてしまう。で、それを見た少女は金属バットで父親を撲殺しようとする。父親は真剣に身の危険を感じたようで、直ぐに少女を家から出し、マンションでの1人暮らしを始めさせた挙句、精神科医の手に委ねてしまった。専門家の知恵を借りるのはいいとしても、こんな形ではマイナスの影響のほうが大きい。彼女にしてみれば、あっという間に両親の絶大な支えを失ってしまったようなものです。こうなれば当然、彼女は自分の殻に閉じ籠る。その特異性が更に助長されるのは明らかです」。高校に進学した少女は、入学式を含め3日しか登校していない。そんな生活が、少女の内に邪な“願望”を止めようもないほど膨れ上がらせていったようだ。少女は自分自身に慄くように、自ら通院先の精神科医に殺人願望を告げている。事態を深刻に受け止めたこの精神科医は6月10日、児童相談所に通報している。少女の給食事件・父親殴打事件、そして猫の解剖等を説明した上で、「このまま放置すれば、誰かを殺すのではないかと心配だ」 と要保護児童対策地域協議会の対象にするよう要請したのだ。この協議会は、要保護児童に対し適切な保護を与える為のものだが、同相談所は「要保護児童対策地域協議会で支援するするケースとは思えない」「治療やカウンセリング等、医療が優先するケースではないか?」「現状では、社会安全の為の保護や隔離もあり得ない」と対応しなかった。そして7月、持って行きようのない願望は衝動に近いものへと転じ、少女は遂に結婚したばかりの継母に、猫を殺して楽しいことや殺人願望について明かす。継母が少女の発言を記録したメモに依ると、「猫のことなんですけど、正直、楽しみを奪われるのは嫌ですね」「猫より人間のほうが興奮する、楽しい」等と少女は打ち明けていた。これを聞いた継母は精神科医にそのことを直ぐに伝えたが、「今日は時間が無いので…」と対応を拒まれ、2日後には両親揃って精神科医と面談して入院を打診したものの、受け入れられなかった。事件はその翌日に起きた。

ここに至るまでの経緯を振り返ってみると、事件を未然に防げたポイントが幾つもあるように思われる。先ずは給食事件。次いで、父親へのバット殴打事件。そして、“殺人願望”発言の時。尤も、其々において少女の矯正へと踏み切れない要素があったことも否めない。給食事件の際には前記の通り、父親の猛烈な抗議を受けた学校側が逃げ腰になってしまったし、バット事件では救急車を使わず、病院にも教職員に箝口令を敷いた父親の踏ん張りのせいで、警察が一切介入できなかった。そして、精神科医や両親が殺人願望を知って相談しても、児童相談所は放置し、精神科医は入院を拒んだ。つまり、学校も警察も児童相談所も病院も…誰もが尻込みした訳である。こうなると、少女を止める術は無い。「猫殺しがあるにせよ、『人を殺したい』という発言だけで少女を拘束できるかどうかは非常に難しい判断になる。誰かが職を賭す覚悟でやらないとできない」とは先の医療関係者。他方、仮に誰かが踏み切って少女を治療・更生へと導こうとしたとして、果たして上手くいくものか…それも甚だ疑問である。少女に対する専門家の診断自体が大きくわかれているからだ。少女を事件前に診察していた精神科医は、“非定型自閉症”と診断していたという。非定型自閉症とは、自閉症の特徴である社会性やコミュニケーション等の障害全てに該当する訳ではないものの、自閉的な要素を持つ発達障害のことだとされる。一方、別の精神科医は「発達障害と人格障害が合わさった疑いがある」と指摘する。また、「卒業文集に寄せられた文章を見ると、読み手を想定したもので共感性が認められ、発達障害ではない」との趣旨の見解を述べた精神科医もいる。「神戸連統児童殺傷事件の酒鬼薔薇聖斗(=元少年A)と少女の病理は類似している」という指摘もある。“サイコパス(精神病質)”という訳だ。猫を解剖したり、給食に洗剤を入れたりした事例を捉えて“行為障害”とし、「その延長上で、殺すことに快感を覚える性的サディズムが芽生えた」と分析する。

更に、少女が自分のことを“僕”と呼んでいたという点に着目し、性同一性障害の可能性を指摘する声もある。要するに、少女の精神病理についての診断は定まっていない訳である。とすると、治療するにせよ矯正するにせよ、その方針も定まらず、結果、効果が期待できないということになりはしまいか? 酒鬼薔薇聖斗こと元少年Aが過日、自著を出版して話題になったが、その内容や被害者家族に一切の断わりもなく出版した経緯等に鑑み、「更生していない」との声が絶えなかった。例えば、こんな記述がある。「大人になった今の僕が、もし十代の少年に『どうして人を殺してはいけないのですか?』と問われたら、ただこうとしか言えない。/『どうしていけないのかは、わかりません。でも絶対に、絶対にしないでください。もしやったら、あなたが想像しているよりもずっと、“あなた自身が”苦しむことになるから』」(自著より)。酒鬼薔薇聖斗が入っていた医療少年院では、恐らく自分と等価値の人間――即ち、「自分と同じように苦しみ悲しみ笑い楽しむ人間であるからこそ、傷つけてはいけない。自分がそうされたら辛く苦しい筈だ」と教え込むことで、更生を図った筈だ。この観点に立つと、酒鬼薔薇聖斗の答えは間違っていると言わざるを得ない。被害者の存在を度外視し、自分中心に述べるとすれば、それこそが更生していないことの証左と言えよう。少女の弁護団が「徹底した治療や矯正に取り組める」として希望する医療少年院送致も、同じような結果になりかねない。そんな危惧も覚える。それでも、手を拱いている訳にはいかない。今回のように一歩踏み出して、証言し、新たな事実を明かした人たちがいるからだ。その1人が言う。「矯正のチャンスも方法もあった。問題行動の他に、近親者の死のタイミングでもよかった。そうした折にしっかりとケアをし、他者への共感や思いやり・生命尊重の心等を身につけさせていれば、行動が抑制できるようになっていたかもしれません。頭の中でとんでもない妄想を抱いていても実行しない人など、この世の中には沢山います。彼女の場合も、そうなれていたのではないかと思っています。それだけに無念です。今後の矯正・更生、再び同じような事件が起こりそうになった時には、この知恵と経験を生かさなければなりません」。重く受け止めたい。


時任兼作(ときとう・けんさく) フリージャーナリスト。大学卒業後、出版社を経て取材記者となり、週刊ポスト・週刊朝日等の雑誌を中心に、カルトや暴力団問題・警察の裏金や不祥事の内幕・情報機関の実像・税の無駄遣い・天下り問題等をレポート。


キャプチャ  2015年8月号掲載


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テーマ : 刑事事件・裁判関連ニュース
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