【働きかたNext】第8部・若者が問う(01) 10年も待てない――変革の芽、僕らが動く

「もう1年以上やっているんでしょ。しっかりして」――『アサヒ飲料』で働く斎藤亜未(30)は年下の同僚たちにこう言われ、衝撃を受けた。入社4年目。海外研修に手を上げ、マレーシアに赴任した。周りは20代の現地人マネジャーたち。時間はルーズだが、仕事のプロ意識は高い。キャリアを求めて、1年半の間に8割が転職した。「現地では4年目でベテラン扱い。7年目の自分もいつまでも若手気分じゃ通用しない」。帰国後は、考えるより先に行動するようになった。老いる日本企業――職場の平均年齢は約42歳と、50年前より10歳上がった。『リクルート』に依ると、課長の平均年齢も40代後半の日本に対し、インドやタイは30代前半だった。若手が牽引するアジアと対照的に、膨れ上がったミドルやシニア層の処遇に追われる日本。“10年雑巾掛け”を宣告したままでは若手が育たないばかりか、優秀な人材にソッポを向かれる。『富士ゼロックス』の関連会社で新規事業を担当する寺嶋毅(23)。新卒ながら、シンガポールで5人のチームの一員として働く。今の道を選んだのは卒業直前の冬。海外での活躍を狙い、自動車大手の内定を得たが、海外勤務は数年先と知って断った。「直ぐ自分を試したかった。何年も待てない」。社内の歪んだ人口構成の煽りで、昇進や重い職務の“順番待ち”を迫られる日本の若者たち。そんな閉塞感を打ち破ろうとする動きもある。

3年前、『パナソニック』社内に発足した若手有志に依る交流組織“ワンパナソニック”。代表の浜松誠(33)は、若手停滞への強い危機感があった。新人の配属先には数倍のミドル。新しいことを提案しようにも中々通らず、やる気があっても3年すれば挫けてしまう。「近い将来、会社を支えるのは僕ら。若手や幹部との交流で士気を高めないと」。今では、交流会に社長の津賀一宏(58)も年に1度は参加する。活動は社外にも広がる。『日立製作所』『NTT東日本』『リコー』…。浜松らと似た交流組織がある十数社で“ワンジャパン連合”を立ち上げ、若手主導で日本を活性化させる夢の実現を探る。意欲ある若手を如何に育てるか。危機感を募らせた企業も策を巡らす。『ダイキン工業』は20代の優秀な社員を年10人前後選び、会長と社長直轄で育成する仕組みを始めた。会長の井上礼之(80)は、「一律の人材育成は限界。20代から育て方を変えないと」と話す。40代後半のミドルが一線を退く15年後には、今の20~30代が日本を支える。早稲田大学教授の白木三秀(64)は、「若いうちに修羅場を経験しないと、世界で勝負できる人材は育たない」と警鐘を鳴らす。いつまでも若手扱いし成長の芽を摘んでいると、企業は飛躍の原動力を失う。 《敬称略》




日本の職場の“老化”は顕著だ。日本で働く社員の平均年齢は現在、約42歳。団塊の世代が大量に退職し、足元でこそ上昇は一服気味だが、定年延長や少子化の影響で今後再び上昇する可能性が高い。「45歳まで青年」――全国商工会連合会の青年部は2年前、40歳までの会員資格を5歳上げた。「大半が36歳以上。このままでは担い手がいなくなる」(担当者)為だ。国立社会保障・人口問題研究所に依ると、2013年の日本の平均年齢は45.8歳。高度成長真っ只中の1960年は29.1歳だった。当時の企業トップも皆若い。1957年にダイエー1号店を開いた中内㓛氏は35歳。1960年代、大手企業の社長就任年齢は平均約53歳だった。半世紀前の日本の姿は、平均年齢(中央値)が20代のインドネシアやインド等、若手リーダーが経済を牽引する今のアジアと重なる。「40代で役員に」――企業の間では若手社員を鍛え、将来の幹部候補に育てる取り組みも広がっている。『日本たばこ産業(JT)』の藤内省吾さんは4月、29歳で人事部次長に登用された。新たに導入された幹部育成コースの試験に合格。研修や海外派遣を経て、半年で2段階の昇進を果たした。先輩社員が部下になる等やり辛い面もあるが、「管理職の重責を負うことで自らの成長を感じられる」(藤内さん)と意欲を示している。

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ミドルやシニア層が膨らみ、若手社員が活躍する機会が限られる日本企業。職場の閉塞感を打ち破り、どうやりがいを見い出すか。『イトーキ』と『NTT東日本』で其々新風を吹き込もうとする若手“異端児”社員の取り組みを追った。

事務用家具大手のイトーキで働く戸田裕昭さん(34)は、社内で1人だけの“地方創生担当”社員だ。毎朝9時に出社する他の社員と違い、出社は不要。日本各地を直接飛び回る。顧客の自治体と連携し、新しいビジネスの種を発掘する仕事だからだ。戸田さんが地方創生の魅力に目覚めたのは、営業担当だった3年前だ。弟が山梨県に住んでいた縁で、自治体やNPO法人等と組み、山梨の林業のブランド化に関わった。県内の伝統工芸の工場に通って協力を取り付け、イトーキとコラボした製品を発売する活動だ。「地方でビジネスを立ち上げる仕事がしたい」。2014年に経営企画部に異動した戸田さんは、今年3月に経営幹部にプレゼンし、“地方創生担当”社員になることが認められた。新潟県佐渡市等の地域活性化事業に携わり、島根県川本町では“総合戦略検討委員”の肩書も持つ。上司の田頭章弘さん(48)は、「正しい働き方かはわからないが、育った環境が違う若い世代が新しいものを生むかもしれない」と語る。当初は行き先や目的・活動成果を細かく報告させたが、今では本人に任せ、長期的な成果だけを求める。「若い人が生き生き働くようになればいい」と期待を寄せて見守る。「若手社員の顔が暗い。面白いことをやっている姿を見せ、若手の希望になれればいい」。入社当時からビジネスマンらしからぬファッションをする等、「問題児だった」と言う戸田さん。新しい働き方を認めてもらう為にも、先ずは年内に新規事業立ち上げの目途をつけることを目標にしている。

企業の枠を超え、イノベーションを起こせる人を繋ごうと活動するのは、NTT東日本の沼田尚志さん(34)だ。1年半ほど前から、ベンチャー企業の経営者と大企業の新規事業担当者らとを引き合わせる場を提供している。「点在するイノベーターを結び、新しい価値を生む。それが、いつか会社の成果にも繋がればいい」と語る。沼田さんが所属するのは、光回線の事業で協業するパートナー企業を開拓するチーム。主催する“新規ビジネスの集い”は飽く迄も社外の活動だが、秋に約500人のイノベーターを集める大規模イベントを計画中だ。「ベンチャーと組んだら面白いのでは?」と沼田さんが感じたのは約2年前。デジタル機器開発の『Cerevo』(東京都千代田区)の製品に驚きを受けた。「世の中には知らない製品が多い。上手くマッチングできる方法はないのか?」。それからベンチャーの会合や勉強会に通い、徐々に人脈を広げていった。入社1~2年目は、会社に与えられた仕事のハードルを如何に越えるかを考える日々だったという。学生時代の病気で体に障害を持つ沼田さんは、思うように動けないこともある。そんな時に会社の先輩に言われた言葉が、「自分の仕事のフィールドは自分で作れ」。それ以来、仕事に対する意識が変わり、「異動も怖くなくなった」と沼田さんは語る。日本の一般的なサラリーマン社会では、戸田さんや沼田さんの働き方は普通とは言い難く、ともすれば会社の“厄介者”になる恐れはある。しかし、人と違ったことをしているからこそ、新しい価値を生む可能性も大きくなる。異端児社員が大企業を変える日は、案外遠くないのかもしれない。 (木寺もも子・諸富聡)

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景気回復に伴い、就職戦線は空前の売り手市場が続くが、僅か数年前までは大手企業が採用を絞る等、“氷河期”とも呼べる状況だった。その頃、有名大学を卒業し、就職した若手社員は今の働き方をどう考えているのか。リーマンショックの影響が大きく出た2010年卒の東京大学出身の5人に集まってもらい、覆面座談会の形式で本音を語ってもらった。

《参加者のプロフィール》
Aさん 教養卒、流通→人材サービス会社(28歳、女性)
Bさん 教育卒、人材サービス会社(29歳、男性)
Cさん 文学卒、出版→コンサル→ITベンチャー(28歳、男性)
Dさん 教養卒、金融(27歳、男性)
Eさん 人文系院修了、素材メーカー(29歳、女性)


――皆さんが就職活動をした当時は、大手企業が採用を絞るなどリーマンショックの影響が大きかった時期です。就活生や新入社員として、影響を感じたことはありますか?
A「就活では80社を受けて、8月にやっと2社から内定を貰い、流通業界を選びました。当時はインフラ業界を志望していました。正直、景気が悪い時に当たってしまったという思いはあります」
B「志望していた人材業界は当時、殆どが新卒を採っていませんでした。私は運良く志望企業に入れましたが、同期の人数は、直ぐ上の先輩の代の10分の1ぐらいでした。最初は営業に配属されたのですが、景気悪化で営業先が採用を絞っていたせいか、中々成果が出ず苦戦しましたね」
C「メディアを中心に30社ほど受けました。入社した出版社はその後、新卒を採らなくなり、後輩が一切入ってきませんでした。業績も不振で、転職を意識するきっかけの1つにもなりました」

――新卒で入った会社は、入社前と入社後でギャップはありましたか?
B「社風も業務時間も大体思った通りでした。明るく、イケイケの社員が多いイメージだったのですが、意外と大人しい人が多いなと感じました。3~4年ぐらいの期間で部署が変わると思っていたら、もっと早くて驚きました」
A「最初に入った流通の会社は、『残業を前提にしているのか?』と思えるぐらいの業務量で、定時に帰ることは殆どありませんでした。親の仕事を見ていて、理由があって残業するのは仕方ないと思っていましたが…。担当した人事系の仕事は好きでした」
D「入社直後は配属が希望通りではなく、不満はありました。その後、社内公募に手を挙げて希望部署に行けたので、今は満足しています」
C「出版社の編集部門を希望していたのに、最初は営業でした。物の置き方1つで売り上げが変わると気付いたのはいい経験だったなと思います。社風は真面目な会社だなと感じました」

――社会人になって数年が経ち、後輩の指導や重要な仕事を任されることも多いと思います。
D「今年から肩書が付くようになりました。有難いことに毎年後輩が来ていて、仕事のチェック等に責任を持つことになっています。仕事は任されているほうだと思うし、どんどん任せてほしいですね」
B「企画部門にいるのですが、忙しい時期は帰宅が午前3時を回ったり、終電帰りが続いたりすることがあります。ただ、自分はこの仕事が好きなので苦になっていません。先輩・後輩はあまり関係なく、仕事ができる人に重要な業務が行きます」
A「今の会社はあまり大きな規模ではなく、後輩はいません。会社としては若い人を採ったほうがいいと思うし、自分も部下を持つ経験をしてみたいんですけど」

――年功序列の会社はまだまだ多いと思います。20代の皆さんからはどう見えますか?
C「今のベンチャーでは見かけませんが、20代からすると“働かないおじさん”。在籍年数で給料が決まるのは可笑しいと思います。ですが、自分が40~50歳ぐらいのおじさんになった時に、一線でバリバリ働き続けている自信は正直ないです」
D「高度な仕事を担当する上の人は勿論必要ですが、“何もしていない人”が相当の給料を貰っているのは不当に思います」
B「成績のいい人をどんどん引き上げた方がいいと思います。年齢は関係ないでしょう」
A「個人的には長く働くなら、あって安心できる制度だと思います。ただ、『会社として年功序列のままで大丈夫かな?』とも…。丁度いいバランスになればいいんじゃないでしょうか」

――皆さん自身は、管理職になりたいと思いますか?
C「それは、なりたいです。自分1人でできる仕事には限界がありますから。コンサル時代、『誰に仕事を発注してもいいから、時間内に最善の結果を出す』という考え方が身についたこともあります」
A「私はキャリア形成の一部として、やってみたいです。若しも会社が潰れた時、管理職経験がないと不利になりそうだなと。今は派遣社員の人が下にいる立場ですが、仕事が上手く回るとチームで働くのもいいなと思います」
B「悩みますが、やってみたいかな。メンバーの査定は管理職しかできないので、経験値を積むという意味で。人を巻き込んで仕事するのは管理職でなくてもできるかなと思います」
D「仕事が認められて大きなミッションが与えられるのは名誉なことだし、責任に応じて待遇も上がるのであれば吝かではないです。ただ、長時間労働が当然のような風潮があり、今の管理職の働き方は理想ではないです」

――転職する人も多くなっていますが、考えたことはありますか? 経験者の場合、きっかけは何でしたか?
A「新卒で入った会社は普段からメリハリなく残業する働き方で、更に年度末に担当が増え、土日出勤も続き、心が折れました。目的意識のある残業ならまだ良いのですが。ただ、転職活動の時も理由が“残業時間の長さ”だとわかると、途端に否定的な目で見られました」
C「好奇心が強く、出版業界を選んだのですが、『ビジネスの世界も知りたい』と考えてコンサルに転職しました。その後、『やっぱりメディアの現場に戻りたい』と思うことがあり、既知の人に誘われたきっかけもあって、ITベンチャーのコンテンツ制作部門に移りました」
E「転職は考えたことはありますが、この業界が好きだし、自身の成長や業界での立場を考えると今の会社がいいかなと思うので、具体的な行動は起こしていません」

――今の会社でずっと働きたいですか?
C「今の会社にこのままずっといるイメージは、正直湧かないです。同じコンテンツ制作の仕事でも、形が変わっているかもしれないし」
B「今、辞める気はありませんが、周りに転職者も多く、ずっといるイメージはないですね。結婚したり子供が生まれたりすれば環境は変わるので、その時に人生をより充実させるための転職なら、選択肢としてありだと思います」
A「前職と比べて働き易いところに入れたので、ずっといるつもりです。寧ろ、ずっと会社があるように頑張りたいです」

――今の売り手市場の就活をどう思いますか? もう一度就活をしたいと考えますか?
E「選択肢や可能性が多いことは羨ましいですが、自分の時は就活と大学院の研究を両立させようとしていたので、やり直してもあまり変わらないと思います。寧ろ、採用時期が遅くなった今の就活生のほうが辛そうですよね」
A「面接等、所謂“就活的なこと”が得意ではないので、あまり変わらないかな…。就活では苦戦しましたが、景気が良くなってきたので転職できました。その意味では、プラスマイナスゼロかなと思います」
C「最近は売り手市場で、異業種への転職も容易なのでしょう。未経験のコンサル業界に飛び込めたのは好景気だからだと思っています」

――“東大卒”ブランドを意識することはありますか?
C「出版のときは、『東大卒なのにどうしてこんな会社に来たの?』と言われてショックでした。やりたい仕事だから受けていたのに。コンサルに転職する時は東大出身のおかげで“足切り”を超えられた気がしますが、そこから先は実力勝負でしたね」
A「私はプラスに捉えています。仕事で上手くいかなくても、『そのうちできるようになる』と優しく見守られていた気がします。“東大卒”が担当になると喜んでくれる得意先もあるようです」
B「『東大卒は頭が固いね』と言われて、腹が立ったことはあるかな。他大出身者には言わないですよね。今では“持ちネタ”として使っていますが。『東大生なら、選ばなければ働ける』というのは確かでしょうが、東大生の家庭教師のバイトを超える条件はないだろうなぁ…」 (司会と構成は諸富聡・植出勇輝)

               ◇

年次順に横並びで昇進し、若手に成長の機会が与えられにくい日本企業。若い人材をどう育成していくべきか、東京大学社会科学研究所の大湾秀雄教授(51)に聞いた。

――「日本企業は、欧米企業に比べて経営幹部の選抜や昇進が遅い」と言われます。
「アメリカの企業では、入社して数年の内に幹部候補生の選別を進め、20代で管理職に就く人も多い。対して、日本の大企業では一般に入社して10~15年、30代半ばまでは粗同じタイミングで昇格し、職能等級や肩書は同期入社の社員の間で殆ど差がつかない」
「これは高度成長期の名残だ。大量生産で規模の経済を追う高度成長期は、社員が長時間働いて生産規模を増やすことで競争力を高めてきた。末端の社員のやる気を維持し、努力を継続させるには、昇進や選別を遅らせて多くの社員に『自分にもチャンスがある』という期待を抱かせたほうが都合がよかった」

――長期雇用が保障されていた為、社員も遅い昇進を受け入れることができました。
「これまではそうだ。だが、30年先の雇用保障を提供できる日本企業は減ってきている。女性や中途入社の社員も増え、社員の価値観も多様化している。会社に人生を預けるのではなく、会社の中で自分でキャリアを見つけていける制度に変えていく必要がある」
「今後は事業のグローバル化が加速し、海外の現地法人で育てた優秀な外国籍の人材を本社の幹部に積極的に登用する日本企業も増える。日本式の遅い昇進の仕組みを維持したままでは、海外で育てた人材は定着しない。グローバル化や少子化を背景に、日本企業の遅い昇進の経済合理性は殆どなくなったと考えていいだろう」

――グローバル市場で勝ち抜く為に、日本企業は若い人材をどのように育成すべきでしょうか?
「欧米の有力企業は、リーダーに必要な経験をキャリア形成の早期段階で積ませている。その1つが“タフアサインメント”だ。幹部候補者をキャリア形成の早い段階で選抜し、子会社やグループ会社等の本社以外の組織等に派遣して鍛える仕組みだ。小規模の会社であっても、最終責任者として自ら決断しなければならず、局面局面で鍛錬する。日本企業もM&A(合併と買収)で傘下に入った海外企業等に若い幹部候補生を派遣し、現地で修行させてみてはどうか」
「もう1つ重要なのが、“サクセッションプラン(後継者選び)”の導入だ。アメリカの企業では役員だけでなく、部長クラスの管理職にも自分の後継者のリストを作らせ、後継者の育成に積極的に関与させている。自分が在職中に後継者を選び、育成することを重要な業務と位置付け、人材開発に秀でた管理職も積極的に評価される。日本企業でもこうした取り組みが必要だ」 (聞き手は編集委員 阿部奈美)


おおわん・ひでお 1986年東京大学卒。野村総合研究所のエコノミストを経て、1999年にスタンフォード大学経営大学院博士号(Ph.D)取得。2009年9月から現職。専門は人事経済学・労働経済学及び産業組織論。51歳。


≡日本経済新聞 2015年8月30日付掲載≡


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テーマ : 働き方
ジャンル : 就職・お仕事

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