【中国人の攻略法】(03) 中国を“大掴み”に理解する! 歴史と古典で学ぶ中国人のツボ

今や、中国に関する情報は溢れている。だが、表層的な変化だけを追っていては却って本質を見失う。より大事なのは、「中国人とは何か?」を大掴みに捉えること。そこで頼りになるのは、歴史と古典の知識である。京劇研究を通じて中国社会の深層を見つめてきた明治大学の加藤徹教授に、中国人の世界を理解する為の道案内をお願いした。

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①中国史を複数の時間軸で掴む
“中国4000年の歴史”と言いますが、日本との関係では3000年・300年・30年という複数の時間軸で考えることをお勧めします。因みに、1世代を表す漢字“世”の原義は30年です。日本人が“中国人”という時に思い描くのは、漢民族の人々でしょう。その祖型は今から約3000年前、“殷”と“周”という2つの民族集団が衝突したことで生まれました。これを“殷周革命”と言います。詳細は後で説明しますが、この衝突の結果、東アジアの諸民族が玉突きのように移動し、その一部が弥生時代の日本に水稲耕作を齎しました。日中関係の歴史は、ここまで遡ります。その後は、中国が日本に文化的影響を一方的に与えるという“直流”の関係が続きました。中国の周辺で集約農業を基盤とする都市文明を持てた主要国は、朝鮮・ベトナム・日本の3ヵ国だけ。その中で最大の人口を持つ日本ですら、人口規模は中国の1割程度でした。お互いに交流して刺激し合うような文明が近隣に無かったのが、中国文明の悲劇です。内外に競合的協力者とでも言うべき存在がいて、発展の芽を絶やさなかった西欧文明とはそこが違います。これが、中国文明が地球規模の文明になれなかった理由の1つでしょう。日本は中国と対等の関係を保つ為に、敢えて冊封(朝貢)体制に入りませんでした。近代以前に日中が国家規模で戦ったのは3回だけですが、活発な交流も無かったのです。現代の中国人に繋がる歴史は精々300年前から。中国人が領土の議論をする時も、清朝(1636~1912年)が基準になっています。北京等の主要都市の町並みや料理・演劇等もそう。だから、中国では時代劇のセットも清代が標準です。現代の日本人のライフスタイルが江戸時代から地続きなのと似ています。現代の中国の政治や経済と歴史を結び付けて考えるには、300年遡れば十分でしょう。また、中国人の生活は、改革開放政策が1970年代末に始まってからの30年余りで劇的に変わりました。このように、中国を考えるには3000年・300年・30年の3つの時間軸が有用です。




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②漢民族とはどんな人々か?
漢民族とは中国語(漢語)を母語とし、漢民族の文化や価値観を持つ民族集団のことです。その特徴は、異民族の出身者でも漢民族の伝統文化を受け入れて同化すれば、漢民族と見做されることです。つまりは、「自分を漢民族だと思っている人が漢民族だ」ということです。漢民族の祖型は殷周革命で生まれたというのは、先程話しました。その後、幾つもの王朝が興亡を繰り返して中国がその領域を拡大する過程で、周辺の民族を取り込んで漢民族はどんどん混血化しました。殷は黄河中・下流域を勢力範囲としていた農耕民族に依る王朝で、1928年に河南省で“殷墟”と言われる都市遺跡が発見されたことに依り、実在が確認されました。殷人は自らの王朝を“商”と呼んでおり、これが“商人”“商業”という言葉の由来です。当時はまだ金属貨幣が普及しておらず、殷人は主に子安貝を貨幣にしていました。自然が豊かな地域に生活していた殷人は多神教的な宗教観を持ち、物質的な豊かさを重視する人々だったと見られています。財・貨・貢・賞・貯といった有形の物財に関わる漢字に“貝”が含まれるのは、殷人の気質の名残です。一方、殷を滅ぼした周の人々は中国西北部の遊牧民族的な性質が強く、一神教的な宗教観の持ち主でした。周人は唯一至高の神である“天”を信じており、無形のイデオロギーを重視していました。殷人にとっての貝に当たるのは、周人にとっては羊でした。義・善・美・祥・儀といった無形の価値を表す漢字に“羊”が含まれるのは、周人気質の名残であると言えます。中国の伝統思想との関連で言えば、殷人的な“貝の文化”は老子や荘子等に代表される道教的な色が濃く、周人的な“羊の文化”には孔子や孟子等の儒教的な性格が強いと言えそうです。因みに、周のイデオロギーを理想化し、儒教に結晶させた孔子自身は殷人の末裔でした。“貝”と“羊”の混合としての中国文化を象徴するような話です。殷人と周人の子孫である漢民族には、“貝の文化”の現実主義と“羊の文化”のイデオロギー性が共存しています。建前としての共産主義と、本音としての経済建設を使い分ける中国共産党も然りです。

③人間関係の摩擦で疲れ切る中国人
「中国人は人間関係を大切にする」と言われていますが、本人たちにしてみれば、人間関係の摩擦でパワーの大部分を吸い取られてしまうという感覚でしょう。摩擦係数が非常に大きい社会です。中国では“四世同堂”という言葉があり、4世代が同じ家で暮らすのが理想像とされています。その究極の姿が唐代にあり、何と9世代が同居したというのです。当主である張公芸という老人が時の皇帝にその秘訣を問われ、“忍”という字を100余り書いたと伝えられています。彼の子孫は今も河南省濮陽市で暮らしており、“百忍堂”という社を守っています。中国人にとっても、大家族での生活は想像を超えるストレスです。それでも彼らが大家族で暮らしていたのは、そのスケールメリットを感じていたからでした。中国、特に集約農業が盛んな南部では、堅固な周壁を備えた国家内国家のような農村が少なくありませんでした。中国の農村地帯は、日本と違って里山で地形が区切られておらず、開けた土地が多いので大規模化に依るスケールメリットが生き易い。村同士数の多いほうが有利なのは言うまでもありません。平時でもスケールメリットは重要でした。中国の伝統社会では、科挙(文官の登用試験)に合格して高級官僚になることが、財を成す為の王道でした。しかし、科挙に受かるには大変な勉強が必要で、そのコストは大きい。だから大家族を形成して、その中から選んだ秀才に集中的に投資して勉強させるのです。その秀才は合格後には親戚に恩返しせねばならないので、コネの横行や腐敗は前提なのですね。ともあれ、他人との競争に負けない為には、親戚が集まってスケールメリットを出さないといけない。だけれど、その団結を維持するには大変な忍耐と処世術が必要です。1人っ子政策の現在は大家族も少なくなりました。兄妹関係が無くなり、小姑の数も減った。でも、「子供を作らないのは最大の親不孝だ」という通念は変わりません。若者には結婚と子作りに向け大変な圧力がかかります。親戚を中心とした人間関係の悩みが非常に大きいのは、現在も同様です。

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④中国人は“枠組み”に拘る
「中国人は大雑把な人たちだ」と思われていて、それは間違いではない。一方で、四角四面の“枠組み”を決めたがる面もあります。根底にあるのは彼らの美意識です。北京が典型ですが、中国の都市計画は四角形で左右対称にし、東西南北に門を配することが多いです。京劇の舞台も正方形で、囲碁も将棋も同じ。文学だって、七言絶句は同じ文字数で四角形を成している訳です。嘗ては戦争まで四角形でやっていて、膨大な人数で方陣を組ませて進撃させました。何もわからない農民でも兵士に仕立てられるという意味では合理的な面もありますが、戦術に融通が利かない。明の大軍が少人数の倭冠に負けたといった事例がありますが、無理もありません。中国の五行思想では、森羅万象は木・火・土・金・水の5つに当て嵌められると考えられていて、何でもその表に当て嵌めようとします。今から2000年ほど前に五行思想が完成した時には、中国人は木星・火星・土星・金星・水星の5つしか惑星を知りませんでした。なので、中国の占星術では天王星・海王星・冥王星は無視します。これと同じで、漢方医学は脳を軽視しています。漢方では五臓五腑(関係臓器が無い“三焦”を加えると六腑)を其々五行に配当しています。古代中国人は、「人間の心は心臓に宿る」と考えていました。明代には中国人も脳の働きに気がつきましたが、もう手遅れでした。未だに、漢方では脳は五臓の埒外です。新しいものが入ってきた時、従来の枠組みに入らないと無視してしまうのは中国文化の弱点でしょう。京劇を始め、中国の伝統演劇でも“枠組み”ははっきりしています。『三国志演義』で言えば、悪役の曹操は顔を非人間的なほど真っ白に塗り、隈取りのメイクで誰が見ても悪役とわかります。逆に、善玉で赤誠の心を持つ関羽は顔を真っ赤に塗っています。キャラクターの身分や性格が服装ではっきり分けられており、枠組みへの拘りが出ています。悪役が実は正義の人だったり、善玉だと思っていたら悪人だったりというような日本の歌舞伎のような展開は期待できません。中国共産党の歴史観では、日本は悪役を割り当てられています。これも頑丈な枠組みですから、簡単に引っ繰り返ることはないでしょう。

⑤人間社会のことにしか関心が無い
中国人を知る為のテキストとして、絶対に外せないのが『三国志演義』です。大義名分を掲げて、義兄弟のような仲間と奮闘するというのが中国人のロマンなんですね。『水滸伝』や『西遊記』も同じ。中国のエンターテインメントは、其々長所や欠点を持った人間がチームで目標達成に邁進するという共通の枠組みを持っています。ここでも大事なのは人間関係なのです。徹底して人間社会に拘る一方で、未知の世界には大して関心が無いというのも中国文化の特徴です。古典中の古典である『論語』を読めばわかる。孔子自ら「未だ生を知らず、いずくんぞ死を知らん(まだ人生とは何かがわからないのに、何故死のことがわかるだろうか)」と言っています。「人間の知覚を超えた世界を探求する形而上学はいらない」という感覚があるのですね。孔子が川の流れについて論じると、「逝く者は斯くの如きか。昼夜を舎かず(逝く者は、この川の流れのようなものだ。昼夜を問わず流れ続けている)」という感概だけで終わり。それ以上の哲学的な考察はしない。同じように、川の流れについて古代ギリシャのヘラクレイトスは、「同じ川に足を2回は入れられない。昨日入れた同じ川に足を入れても、川の水は違う。今日の川と昨日の川は同じ川と言えるか」と自然哲学の時間論を展開しました。ギリシャ人やインド人のような形而上学的な思考に、中国人は馴染まないのです。『論語』に出てくるのはおっさんばかりで、秩序道徳やら処世やら人間関係の話題に終始している。日本人にはその良さがわかりますが、漢字文化圏の外にいるチベット人・モンゴル人・インド人等は、『論語』の内容が素晴らしいとはあまり思わないのではないでしょうか。儒教の対極にあるかのように言われる老荘思想にしても、説いているのは結局のところ処世術です。“無為自然”といっても、要するに「ありのままに人間社会で生きなさい」ということで、「大自然の中で野生生活をせよ」とは言っていない。中国は『孔子学院』という中国語学校を世界中に作っており、それがソフトパワー戦略だとされているようです。儒教を教える学校でもないのに孔子に頼らざるを得ないところに、現代中国のソフトパワーの限界が見て取れます。


加藤徹(かとう・とおる) 小説家・中国文学研究家・明治大学教授。1963年、東京都生まれ。東京大学文学部中国文学科卒業。同大学院博士課程単位取得満期退学。専門は京劇研究。著書に『京劇 “政治の国”の俳優群像』(中公叢書)・『貝と羊の中国人』(新潮新書)等。


キャプチャ  2015年8月22日号掲載


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テーマ : 中国問題
ジャンル : 政治・経済

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