総合スーパー大量閉店、解体論より“買いたい論”を

“GMS”――どれだけの人がこの言葉の意味を知っているだろうか? G(ゼネラル・全般的な)・M(マーチャンダイズ・商品計画)・S(ストア・店)。流通業界では“総合スーパー”と呼ぶ。食品・衣料・日用品・家電等、幅広い品揃えを誇る形態のことだ。これを経営の中核に据えて高度成長期に業容拡大した『ユニー』や『イトーヨーカ堂』が大量閉店を打ち出した。

GMSは時代遅れなのか? 確かに、その側面はある。経済産業省が定義するGMSの数は2012年で1122店と、15年ほ程で40%も減った。同じ時期の小売り全体では27%減。GMSの1㎡当たり売上高は73万円から46万円に落ち込んだ。だが、GMSの意味を知らない生活者からすると、「GMSだから…」とその店を敬遠するものでもないだろう。「買いたい商品が無い」から行かないだけだ。アメリカ発のGMSを参考に、近代的な流通業を目指してダイエー・ヨーカ堂・イオン等が同事業を立ち上げたのは約半世紀前。底流にあったのは規模の追求だ。規模が伴えば仕入れ条件が良くなり、低価格で販売できると考えた。ダイエー創業者の中内㓛氏の口癖は「物価を半分にする」。規模の経済を目指し、M&A(合併・買収)を繰り返した。現実はどうか? 大資本のGMSと地方の零細食品店に並ぶ人気のカップ麺の通常売価に、大差はない。低価格化のゴールは逃げ水のように捕まえられない。低価格の為に、GMSは本部主導で店舗面積や品揃え等の標準化を推進した。それでも低価格の果実を手にできないのは、商品をメーカーや卸会社から単に仕入れる古典的な流通構造に依存し続けたからだ。特売価格は販売奨励金が原資なので、商品自体の価格体系の見直しではなかった。高度成長期の大量生産・大量販売の成功体験の名残が色濃く残る。同業の真似が横行した結果、同質化を生み、店の魅力が落ちた。何故、そうなったのか?




苦境のヨーカ堂と最高益を続ける『セブン-イレブンジャパン』の経営を長く指揮する『セブン&アイホールディングス』の鈴木敏文会長は、「消費者ニーズを捉え、製造の段階まで踏み込んで商品開発できたかどうかの差だ」と総括する。従来の流通構造に乗っかってきたヨーカ堂と、ゼロから仕組みを作り、消費者ニーズを店頭で直接汲み取り、取引先を巻き込んで商品を独自開発するセブンイレブン。強烈なリーダーシップを発揮する鈴木氏ですら、ヨーカ堂の改革に手古摺る。その間に、新興の『ファーストリテイリング』『良品計画』等が“SPA(製造小売り)”という垂直統合の商品開発を定着させ、衣料や生活雑貨等、GMSで扱う商品を奪った。SPA等の言葉など知らなくても、「買いたい商品がある」のを知っているから来店する。GMSのMは、消費者に近い存在の小売業が主体となって商品計画する意味の筈が、それを放棄してしまった末路が今の惨状だ。本当の意味を知ろうとしなかったのは、GMSそのものなのだ。“GMS解体論”は根強いが、その前に“買いたい論”が置き去りになっているとすれば、小売業としての存在価値は無い。


≡日本経済新聞 2015年9月27日付掲載≡


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