【中露接近で何が起きるか】(02) 超カオス時代の大国間政治…勢力圏競争が抱え込む不確実性

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2014年3月にロシアがクリミア半島を併合し、欧米とロシアの対立が極度に高まってから約1年が過ぎた。粗同じ頃、中国は東シナ海での防空識別区設定宣言や南シナ海での石油掘削リグの設置に依って、強引な勢力拡大姿勢を示していた。この時期には、「中露両国が国際秩序への正面からの挑戦に本格的に乗り出したのではないか?」という観測が多く語られるようになった。現在、ロシアと中国は接近傾向を更に強め、ロシア主催の対独、中国主催の対日戦争勝利70年を記念した軍事パレードに、両国首脳が相互訪問する見通しである。ウクライナ東部での紛争は、停戦合意にも拘らず継続している。中国は南シナ海での施設構築を加速している。こうした状況からは、中露両国が国際秩序に対する挑戦を益々強めているようにも受けとれる。しかし、国際政治の実態は西側“現状維持国”vs中露“挑戦国”といった図式で割り切れるほど単純ではない。折しも3月には、イギリスを皮切りにヨーロッパ各国が中国の提案する『アジアインフラ投資銀行(AIIB)』への参加を表明し、同銀行に反対姿勢を示していた日米に衝撃を与えた。更に、4月にドイツのリューべックで行われたG7外務大臣会合の声明も、西側先進国の微妙な立ち位置を窺わせるものであった。コミュニケはウクライナ情勢から始まるものの、軍事機構であるNATOについての言及は無く、外交調整機関としての性格が強い『ヨーロッパ安全保障協力機構(OSCE)』の役割が強調されている。シリア・イラク・イラン等の中東情勢、更にエボラ熱や気候変動・核不拡散等については言及があるが、“中国”については名前すら登場しない。“中国”という言葉は、別途発出された『海洋安全保障に関する宣言』の中に登場する。しかし、中国を名指しで批判する内容ではない。東シナ海・南シナ海での領土紛争の平和的解決と関係国の自制への期待の言葉が続いており、中国批判は間接話法に留まっている。しかし一方で、ウクライナ問題を理由に昨年中止されたG8首脳会合について、その復活に関する議論は殆ど存在しない。また、中国の対外強硬姿勢に対する懸念はヨーロッパでも強まっており、それはドイツのメルケル首相が(毎年のように中国を訪問していたのに対して)7年ぶりに訪日を果たした背景的要因の1つでもあろう。中露に対する警戒心は存在するが、決定的な対立図式ではない。重要なのは、現在の国際政治の複雑さを安易に単純化することなく、できる限り正確に分析した上で診断を下すことである。こうした観点から、現在の国際政治における4つの主要課題を取り上げる。うち2つは大国政治に関わること(中国とロシアの動向)であり、後の2つは社会経済的状況が深く関わること(イスラム世界と世界経済)である。

「習近平国家主席が、前任の江沢民・胡錦濤を上回る強力な指導力を確立した」というのが、大方の専門家の見立てである。前政治局常務委員の周永康氏の逮捕がその証左であり、腐敗取り締まりとイデオロギー的な引き締め策に依って国内の不満を抑え込もうとしていると見られる。対外政策については、“中華民族の偉大な復興”という“中国の夢”の路線は基本的に継続している。しかし、そのレトリックは就任当初の“海洋強国論”から微妙に変化し、昨年からは“一帯一路構想”と呼ばれる“陸と海のシルクロード構想”が前面に出されるようになってきた。中国西部から中央アジアを経由してヨーロッパに繋がる“陸のシルクロード(一帯)”と、中国沿岸部から東南アジア・インド・アラビア半島の沿岸部を経由してアフリカ東岸を結ぶ“海のシルクロード(一路)”を構築する為に、インフラ・通商・資金を提供しようというものである。AIIBも、この構想の一端として位置付けられている。仮に、習近平政権がこの一帯一路構想を本気で対外政策の基軸に据えるとすれば、地政学的には中国の進出方向は東南の太平洋方面ではなく、西方のユーラシア大陸及びインド洋方面になる。勿論、一帯一路構想は海洋強国構想と矛盾するものではなく、両者を同時に追求することもまた、先ず一帯一路を固めた上で、改めて太平洋でアメリカに挑戦する可能性もある。とはいえ、習主席が対米関係を重視し、また昨年11月に安倍首相と握手を交わしたことに見られるように、一時期よりも日中関係の調整に気を使い始めた徴候もある。中国経済の減速がこれに影響しているのだろう。習政権も経済成長率が7%前後へと低下しつつあることを認めているが、更に低い水準に落ち込んでいるという観測も有力である。短期的には兎も角、これまで政府の高成長路線に依存してきた地方経済への影響や労働人口の減少と高齢化の影響は、中長期的に見て中国の経済成長率を低下させることが予想される。このような判断から、中国が日米等との正面衝突を避け、自らの影響力を漸進的に拡大する方針を選択したとしても不思議ではない。しかし、こうした動きを中国外交の“穏健化”と見做してはならないだろう。事実、南沙諸島での埋め立て等、南シナ海を“中国のカリブ海”となそうとする中国の行動は加速している。この地域は“一路”の一部であり、日米に直接向き合う東シナ海に比べて、沿岸諸国の対抗力が弱いことも計算に入れている可能性が高い。重要なのは、中国の一方的行動に依る拡張が将来に亘って正当性を生むことがないようにすることである。




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ウクライナ紛争以降、ロシアが厳しい立場に追いこまれていることは疑いない。アメリカに加え、ドイツを始めとするヨーロッパ諸国や日本とも関係を悪化させた。それ以上に、ロシアの行動はベラルーシやカザフスタン等の近隣諸国の警戒心を強めさせ、プーチン政権が重視するユーラシア連合構想にも逆風となっている。関係強化を進める中国との間でも、中国の一帯一路構想は中央アジアやコーカサスを巡って、ロシアとの間で摩擦を深める可能性がある。現に、中国はウクライナ問題についてロシアの立場を明確に支持する姿勢を示しておらず、ウクライナ政府との関係も強化している。西側に依る経済制裁は、ロシアにとって決定的な影響を持つほどのものではないが、原油価格の急落はロシア経済の頼みの綱であった資源収入に大きな打撃となったことは間違いない。しかし、プーチン政権は孤立感を深めつつも、そのことで逆に愛国主義を鼓吹する傾向を強めている。プーチンが大統領に復帰した2012年頃には存在した反プーチン運動は、閉塞状況に陥 った。ロシア国民はプーチンを熱狂的に支持している訳ではないが、クリミア併合については政権を支持し、2月に起きた野党指導者・ネムツォフの殺害事件についても、チェチェン過激派の犯行とする政府見解への疑念はあるが、プーチン政権批判が盛り上がっている訳でもない。現在のところ、プーチンに代わり得る指導者は存在しないし、仮にいたとしてもプーチンの対外路線を大幅に変更することは予想できない。現在のロシアは嘗ての超大国・ソ連ではなく、そこに戻る可能性も限りなくゼロに近い。しかし、世界最大の核大国の1つであり、広大な地域を支配し、多数の国家と複雑な国境線と民族関係を共有していることも事実である。先に触れたG7外相会合でも、ヨーロッパ諸国が主導してロシアとの対話の余地を探る姿勢が示された。昨年9月の停戦合意に引き続き今年2月、ドイツのメルケル首相がフランスのオランド大統領と共に、プーチンとウクライナのポロシェンコ大統領に粘り強く働きかけて新たな停戦合意を実現したことは、「ロシアの危険性を放置できない」との認識の上に立った勝負手であったと言えよう。

しかし、現状は楽観できない。停戦合意そのものが対立する勢力の境界線を明確に定めない不安定なものであり、紛争の再燃に伴って西側がウクライナの軍事支援に乗り出したり、ロシアがウクライナ以外でロシア人勢力を後押しして紛争を引き起こすこともあり得る。一般論としては日本もまた、ロシアの危険な姿勢に対抗しつつ、対話の道を探るべき立場にある。但し、日露関係の鍵である領土問題については期待が薄い。愛国主義を鼓吹するプーチン政権に、真剣な譲歩は期待できない。ロシアからすれば、追い詰められているのは寧ろ、中国と競争関係にあり、少子高齢化と巨額の政府債務を抱える日本のほうなのである。1年前と比べた現在の国際政治の最大の変化は、日米欧や中露といった大国間関係だけでなく、社会経済情勢が国際政治に及ぼす影響が改めて顕在化していることである。その最たる例が、中東を中心とするイスラム世界の“超カオス化”とでも呼ぶべき状況である。“イスラム世界の混沌”は長らく国際政治の決まり文句であったけれども、最近の状況はそれまでと比べても質的に異なる次元の“超カオス”とでも呼ぶ他仕方がない。中でも、アルカイダ系組織から成長し、今ではアルカイダとも対立する存在となった『ISIS(別名:イスラム国)』と、アラブ諸国が支援するスンニ派と、イランが支援するシーア派の国境を越えた対立とが、中東情勢をこれまで以上に複雑にしている。シリア内戦への介入を躊躇ってきたオバマ政権はISIS壊滅に乗り出し、空爆とイラク軍の支援を開始した。ISISの拡張は押し留められつつあるが、遠隔地でISIS支持勢力が名乗りを上げており、ISISの壊滅はその勢力を分散させるだけという可能性も存する。しかも、ISISに代わってアルカイダが勢力を伸ばすシリアの状況が、西側から見て事態の改善と言えるかは疑わしい。

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他方、アメリカはイランのロウハニ政権と核を巡る枠組み合意を結び、イランとの関係改善を視野に収めるようになった。これに対して、アメリカの伝統的な友好国であるイスラエルのネタニヤフ首相は強く反撥し、国王が交代したばかりのサウジアラビアもイランを警戒しつつ、イエメンでのシーア派反乱軍の拡張を抑えるべく介入している。核兵器開発の懸念を払拭しつつ、アメリカとイランの関係を改善することは、中東の安定に向けた一歩ではあろう。しかし、この変化が当面、中東情勢の不安定化を加速することも考えられる。結果として、アメリカはこの地域への対応に忙しく、中露に対して十分な注意を払えていない。では、イスラム世界の“超カオス化”を中露が歓迎しているかと言えば、地続きでイスラム少数民族を内側に抱える両国も、イスラム過激主義の波及を恐れている。イスラム世界の“超カオス”状況に対しては、どの大国も制御できていない。しかし、大国間の不信の構造がこの地域の混沌状況を更に複雑にし、結果的に国際社会全体の負担を増大させることは間違いない。イスラム世界の状況ほど目立ってはいないものの、現在の国際政治に大きな不確実性を与えているもう1つの要因は世界経済の状況である。緊縮政策に耐え切れなくなったギリシャで急進的な政権が誕生し、債務履行計画を巡ってドイツ等のヨーロッパ主要国との対立が深まっている。同時に、ヨーロッパもアメリカや日本に倣って量的金融緩和策に踏み出した。今や、世界は歴史上先例の無い低金利時代を迎えている。資本主義諸国が、その経済の先行きを民間企業ではなく、政府や中央銀行の意思決定に委ねるという奇観を呈しているのである。他方、リーマンショック後の世界経済を牽引した中国・インド・ブラジル等、新興国の多くで減速傾向が見え始めた。

こうした中、経済回復で先行しているように見えるのがアメリカである。『連邦準備制度理事会(FRB)』は昨年に量的金融緩和を終了させ、年内にも利上げを行い、非常時対応の金融緩和政策から脱却すると見込まれている。しかし、原油価格の予想以上の急落にも拘らず、アメリカの経済回復も力強いものとはなっていない。財務長官を経験した経済学者のローレンス・サマーズが“長期停滞説”に言及し、フランスの経済統計学者であるトマ・ピケティの著作が世界的べストセラーになる等、資本主義の将来に関する懐疑論は根深い。少なくとも、20世紀後半の資本主義世界が経験したような高度成長時代は歴史的には例外であり、改革開放期の中国のように新興国で再現されることはあっても、人類規模で見れば再び訪れることはないのかもしれない。現代の未曽有の低金利は、現象としては政策当局の金融緩和策の結果であるが、より根底的には、20世紀の巨大な経済成長が生み出した資産が、収益に見合う経済成長を実現できなくなったからであるように思える。換言すれば、世界規模での巨大なデフレ不均衡を世界が抱え込むようになっており、その結果として資本主義世界では既成政治勢力への不満が累積し、急進的な政治勢力の影響力が拡大しているのである。アメリカではヒラリー・クリントン前国務長官が来年の大統領選挙への出馬を表明し、次期政権に関心が移りつつある。しかし、アメリカ議会の動向(例えば、新興国の出資比率引き上げを認める国際通貨基金(IMF)改革に関する議会の反対等)を見れば、アメリカが世界を強力にリードする公共的精神をしているとは考え難い。アメリカが孤立主義に急旋回することはあり得ないが、オバマ大統領が行った「アメリカは世界の警察官ではない」という宣言は、次期政権以降も引き継がれる可能性が高い。

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現在の国際政治において、大国は直接的な権力闘争よりもルールや制度を巡る競争に足場を移している。中国の一帯一路構想やAIIB設立もそのような企図として見ることができるし、アメリカが『環太平洋パートナーシップ協定(TPP)』を重視することも、単に経済的理由ではなく、21世紀型の勢力圏競争の面がある。こうした勢力圏競争は直接的な対決よりも害は少なく、ある程度までは健全であると言っていい。しかし、現代の国際政治はイスラム圏や世界経済に代表される巨大な不確実性を有しており、それらは何れの大国も制御できない。勢力圏競争の為に制御不能な要素を抱え込まざるを得ないのが、今日の大国のジレンマなのである。他方で国内政治に目を移せば、何れの国においても有権者・世論は明るい将来展望を欠き、政治的脆弱性が高まっている。そうした中で国内の支持を獲得する為に、大胆な政策や強力な指導力を売りにする傾向が高まっている。しかし、現代世界が抱える問題は、ゴルディアスの結び目を断つような形で解決できる性質のものではない。僅かずつしか改善の望めない慢性病を抱えた人類の神経が事態に耐えられなくなることが、現代世界の最大の脅威であろう。


中西寛(なかにし・ひろし) 京都大学大学院教授。1962年、大阪府生まれ。京都大学法学部卒。同大学大学院修士課程修了。著書に『新しい安全保障論の視座』(亜紀書房)等。


キャプチャ  2015年6月号掲載


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テーマ : 国際政治
ジャンル : 政治・経済

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