【2016年の世界を読み解く】(10) ファシズムと亡霊の正体を暴く――移民排斥を叫ぶ政治家や残虐なテロ組織に安易なレッテル貼りをすれば、事実を見誤ることに

20160103 05
強烈な毒を持つ政治的なレッテルである“ファシスト”。2015年には、この言葉が彼方此方で聞かれた。ファシズムは復活したのか? ヒトラーやムッソリーニを連想させるような言動を目にすると、私たちはついこの言葉を使いたくなる。今なら、差し詰めドナルド・トランプやティーパーティー(茶会)、フランスの極右政党『国民戦線』、更には『ISIS』(別名:イスラム国)を自称する残虐なテロ組織もファシスト呼ばわりしたくなる。その心境は理解できるが、安易なレッテル貼りは要注意だ。1920年代にイタリアとドイツで誕生したファシズムは、“行き過ぎた個人主義”(と彼らが見做したもの)に対する暴力的な反動だった。第1次世界大戦で、イタリアは領土獲得の野望を果たせず、ドイツは敗北。ムッソリーニとヒトラーは、原因を「個人主義が蔓延り、国家の統制が弱まったせいだ」と解釈した。だから、彼らは支持者に制服を着せ、思想と行動を統制しようとした。政権樹立後は、国民生活の隅々にまで統制が及んだ。ファシストは、第1次世界大戦後に台頭したもう1つの政治勢力“共産主義”に対する唯一の防波堤と自らを位置付けた。国家社会主義を打ち出した彼らは、社会主義政党と労働組合を潰す一方で、社会保障の提供が国家の責務であることを疑わなかった。ISISは、この雛形によく合っているようだ。メンバーは、究極の自己犠牲である自爆テロさえ厭わない。しかし、ISISは国家ではない。カリフ制の再興を標榜し、既存の国民国家の枠組みを超えるばかりか脅かしている。指導部は表に出ず、地方の統治機構に権限を分散させている。

ファシズムはナショナリズムでもあり、国民国家を基盤とし、その増強と拡大を目指す。それに対して、ISISは精々宗教的な全体主義の亜種に過ぎない。世俗的且つ独裁的な中央集権と、指導者の個人崇拝を特徴とする古典的なファシズムとは似て非なるものだ。ティーパーティーもファシズムと懸け離れている。“大きな政府”に頑強に抵抗し、“自己責任”をモットーに弱者救済に背を向ける彼らは、右翼の無政府主義と呼ぶべきだろう。個人の自立よりも共同体への献身を重視するファシズムとは正反対だ。言うまでもなく、国民戦線は第2次世界大戦中にフランスに樹立された対ドイツ協力政権の流れを汲む。創設者のジャンマリ・ルペンの指導下では、そうした出自が濃厚だった。だが、娘のマリースが党首になってからは、ネオナチ的なイメージを払拭して支持を広げつつある。最後にドナルド・トランプ。大統領選を引っ掻き回すその言動は、排外主義や人種差別等、上辺だけ見るとファシストそのものだ。空威張りの態度や大衆扇動の巧さも、ムッソリーニやヒトラーを彷彿とさせる。しかし、トランプはファシズムの醜悪な歴史について深く考えることなく、聴衆を熱狂させる手段として独裁者気取りのスタイルを利用しているだけだ。残念なことに、この手の恥知らずな政治家や集団を呼ぶのに、ファシズムほどインパクトのある表現はない。凡庸な表現だが、ISISは“宗教的狂信主義”、ティーパーティーは“反動的無政府主義”、そしてトランプは“自己陶酔型デマゴーグ”と呼ぶしかない。公然とナチスのシンボルを使う暴力的な集団は彼方此方にいる。ファシストというレッテルは、こうした連中に相応しい(筆者は著書に『ファシズムの解剖学』等がある)。 (コロンビア大学名誉教授 ロバート・パクストン) =おわり

               ◇

2015年は、世界で“恐怖の政治”が台頭した1年でした。ISISに依るテロへの恐怖心を利用する政治家が欧米で躍進し、難民・移民に対する排外主義が広がりました。中国は、南シナ海での行動や経済的覇権を広げる動きを見せた一方で、経済面で不確実性が高まり、国内外に漠然とした不安感を齎しています。どれも出口が見えない問題ばかり。更なる変化が待ち受ける2016年を考える上で必要な論点を整理しました。 (本誌編集長 横田孝)


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【2016年の世界を読み解く】(09) “暴君”プーチンの上手な使い方――欧米との協調姿勢を見せてシリア空爆を決断、プーチンを使ってアサドに圧力をかけるなら今だ

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2015年、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領はシリア内戦への軍事介入に踏み切った。プーチンは過去15年間、内政でも外交でも軍事力への依存を強めている。1999年のチェチェン、2008年のジョージア(グルジア)、2014年のウクライナ…。ロシア外交が強硬さを増す中、シリア介入は予測できた流れだ。但し、変化も見える。チェチェン、ジョージア、ウクライナでは、国際社会の非難を覚悟で軍事行動に踏み切ったプーチンが、シリア空爆については国際社会からの支持を期待している。長い目で見れば、ロシアはテロとの戦いにおいてアメリカや『ヨーロッパ連合(EU)』のパートナーになり得る。欧米も、原則としてロシアの協力を歓迎すべきだ。但し、ロシアと欧米が手を組む為には、早い時期に解決しておくべき問題が幾つかある。第1に、ロシアは欧米諸国が支援するシリア反体制派への空爆を中止し、テロ組織『ISIS』(別名:イスラム国)と戦うべきだ。第2に、シリアの政権移行プロセスに、プーチンはもっと本気で取り組まなければならない。バシャル・アサド大統領が権力の座にしがみ付いている限り、ISISへの参加志願者が増えるだけだ。シリアでは、政府軍の攻撃に依る死者の数が他の勢力の攻撃に依る死者の合計を上回り、その大部分がテロリストではなく民間人だ。反政府勢力『シリア人権ネットワーク』に依れば、2011年3月~2015年11月にアサド政権が殺害した民間人は18万1557人に上る(ISISが殺害した民間人は1777人)。アサド政権に影響力を持つロシアが圧力をかけて、民間人の殺害を止めさせるべきだ。それができないようでは、アサドや軍幹部を交渉の席に引き出せるとは思えない。

第3に、ロシアは空爆のやり方を変えなければならない。現状では民間人の死者が多過ぎ、その様子がインターネットの動画サイトに投稿されて、イスラム過激派の格好のプロパガンダになっている。ISISの思う壷だ。第4に、ロシアのメディアは「アメリカがISISを支援している」と非難するのを止めるべきだ。そんなデマを流してアメリカを敵視する国とアメリカが協力できる訳がない。最後に、ロシアは「シリアでの協力と引き換えに、アメリカからウクライナ問題での譲歩を引き出そう」とは思わないことだ。シリアの問題とウクライナの問題を一緒くたにはできない。ロシアとの協力を実現するには、アメリカやEUの側でも調整と取り組みが必要だ。第1に、(アメリカが資金と武器を提供している)穏健派の反政府勢力にISISとだけ戦うよう強いるのではなく、戦略策定を任せるべきだ。例えば、政府軍との戦いに重点を置き、政権側に圧力をかけて交渉の席に引き摺り出す。政府軍に攻撃されながらISISと戦える筈がない。第2に、アメリカはロシアに対し、本気でシリアに政権移行を迫り、最終的には自由で公正な選挙を実施させるよう強く求めるべきだ。「独裁が安定を齎す」というのは幻想だ。アサド独裁は過去4年間、死と難民と不安定しか齎さなかった。第3に、アメリカはウクライナへの支持と、シリアにおけるロシアとの協力を明確に区別すべきだ。曖昧な態度は良くない。最後に、「ロシアとの協力が成功する見込みは薄い」ことも肝に銘じておくべきだ。ロシアの空爆開始後も地上の情勢は殆ど変化が無く、過去にロシアが参加したシリアに関する国際和平会議(2012年のジュネーブ1と2014年のジュネーブ2)は何れも失敗に終わっている。今後1年間、アメリカはロシアと力を合わせてISISを倒す道を模索すべきだ。絵に描いた餅では困るが、協力できなかった場合の代償は大きい。 (前駐露アメリカ大使 マイケル・マクフォール)


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【2016年の世界を読み解く】(06) 混沌のシリアをどう解き解す――あまりに複雑化した内戦を終わらせる為に取るべき行動と、やってはならないこと

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シリアではこの5年近く、激しい内戦が続いている。その発端は、バシャル・アサド大統領の独裁に対する抵抗運動だった。だが、イラン、トルコ、サウジアラビアの地域覇権争いの舞台と化したこともあり、内戦は複雑な構図を持つ紛争に姿を変えている。シリア内戦は、中東全体を不安定化させる要因になりかねない。その証拠に、2015年にはイエメンも、サウジアラビアを後ろ盾とする政権側と、イランが支援するイスラム教シーア派武装組織『ホーシー派』との内戦状態に陥った。更に、アサド政権を支持するロシアがシリア空爆に乗り出し、欧米(特にアメリカ)に対抗するグローバル大国の地位を強化しようとしている。つまり、シリア内戦には少なくとも3つの次元が存在する。“国内の戦い”“地域内の戦い”“グローバルな戦い”だ。国連の推定に依れば、シリア内戦の犠牲者は既に25万人を超えた。「2015年夏の時点で、国外へ逃れた難民は400万人以上、国内避難民は約760万人に達した」と、『国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)』は報告している。その結果、EUは難民の大量流入という大きな難題に直面した。テロリストの温床となっている点でも、シリア内戦は極めて危険が大きい。それを象徴するのが、2015年後半にトルコの首都・アンカラ、レバノンの首都・ベイルート、フランスの首都・パリで相次いで起きたテロや、エジプトのシナイ半島でロシア旅客機が墜落した事件だ。何れもテロ組織『ISIS』(別名:イスラム国)の関与が疑われている。2015年11月、トルコがシリア国境付近でロシア軍用機を撃墜した事件に依って、超大国がシリア内戦の渦中に引き摺り込まれるリスクも高まった。トルコは『北大西洋冬約機構(NATO)』加盟国であり、外部勢力から攻撃を受けた場合には、集団防衛という責務の遂行を他の加盟国に求めることができる。シリア内戦は、深刻な人道危機の原因であるだけでなく、様々な安全保障上のリスクを齎す。できる限り早く終わらせるのが最善の道だ。パリ同時テロの衝撃は、内戦終結に向けた新たな機運を生み出した。主要関係者は停戦交渉に臨む意思を示し、「ISIS掃討を最優先にする」という点で意見が一致している。だが、共闘を実現できるかは疑問だ。シリアやイラクのクルド人部隊は、対ISIS戦で大きな戦果を挙げているが、国内にクルド人問題を抱えるトルコと敵対する立場にある。ロシアと共にアサド政権を支えるイランは、地政学的利益を求めて、シリアと結び付きが深いレバノンのシーア派組織『ヒズボラ』を支援する。フランスはパリ同時テロ以来、ISIS掃討に本腰を入れている。ドイツを始めとするヨーロッパ各国はフランスを支援すると共に、「難民流入を食い止めたい」と願っている状態だ。

一方、アメリカは慎重な態度を崩していない。「自身の任期中に、中東での戦争に再び関与する事態は防ぎたい」というのが、バラク・オバマ大統領の本音だ。だが、“グローバル超大国”アメリカの傍観姿勢は、必然的に権力の空白状態を生み、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領はそこに付け込もうとしている。アメリカがリーダーシップの発揮を拒み、ヨーロッパにはシリアの現状を打開するだけの軍事力が無い。その為、ヨーロッパとロシアが事実上の同盟を結ぶ可能性が浮上している。しかし、これは破滅的な選択だ。ロシアとの“同盟”は、内戦の沈静化や終結を齎すどころか、正反対の結果を招く恐れがある。プーチンの要求通り、シーア派に近い位置にあるアサド政権に軍事協力を行えば、怒ったスンニ派の多くが過激なイスラム主義に走るだろう。いい例がイラクだ。マリキ前政権に依るシーア派主導の政治はスンニ派を過激化させ、ISIS支持者に変えた。過ちを繰り返すのは愚の骨頂だ。「アサド政権存続で妥協する」という選択は、政治の現実を無視している。ISISやアサドを排除しない限り、シリア内戦は終わらないからだ。ロシアと協力するならば、してはならないことが2つある。第1に、ウクライナ問題を絡めてはならない(イランの核開発問題を巡る交渉は、他の問題と切り離したおかげで成功した)。第2に、アサド政権と軍事的協力関係を結んではならない。正しい道は、停戦とシリアの政権移行に関する合意を取り付け、国連安全保障理事会の承認を得た上で、ISIS掃討を目的とする軍事介入を行うことだ。中東には、大きな問題が他にもある。シリア内戦と連動する形で混迷の一途を辿るイラクは、イランとサウジアラビアの新たな対決の舞台になりかねない。両国の覇権争いに歯止めをかけなければ、必ずや次なる代理戦争が勃発する。過激なイスラム主義との戦いの成否は、スンニ派の行方に依って決まる。サウジアラビア王家が信奉する厳格なワッハーブ派が優勢になるのか、より現代的で穏健な方向へ向かうのか。それを見極めることは、ISISと戦う上でも鍵になる。欧米には、国内のイスラム教徒に対する態度が問われている。同じ権利と義務を持つ市民と見做さず、余所者扱いを続ければ、彼らをジハード(聖戦)へと追い遣るだけだ。 (元ドイツ副首相兼外務大臣 ヨシュカ・フィッシャー)


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【2016年の世界を読み解く】(04) ヨーロッパに必要な地政学的思考――中露の野心に中東の混乱と難民問題、“危機”に包囲されたヨーロッパは甘い考えを捨てよ

20160102 10
クリミア半島を併合し、更にウククライナ東部で戦闘を仕掛けて以来、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は「国境の不可侵性や国際的な法規範を尊重する気などない」と、十分過ぎるほど明確にしてきた。そろそろヨーロッパは、「法の支配に基づく大陸秩序は普遍的な価値観だ」という甘い考えを捨てるべきだ。残念ながら、世界はもっと強硬で、パワーがものを言う。ロシアのシリア内戦介入とヨーロッパの難民危機は、このことをはっきりさせた。ヨーロッパは、もっと自らの地政学的利益を重視した行動を取らなければいけない。然もないと、遅かれ早かれ、近隣地域の危機がヨーロッパの玄関口にやって来ることになる。アメリカは、東西の国境を広大な海に守られているが、ヨーロッパは違う。巨大なユーラシア大陸の西端に位置し、東ヨーロッパ・中東・北アフリカと直接繋がっている。そして今、これら不安定な“お隣さん”たちに、重大な安全保障リスクを突き付けられている。例えば、ロシアはソ連と同じ過ちを犯そうとしている。ソ連の独裁的な政治体制は、到底近代的とは言えない経済を補うかのように、強大な軍事力を誇示した。今のロシアと同じだ。だが、そのロシアはヨーロッパの隣国だ。だから、どんなに意見が食い違っていても、一定の妥協が必要だ。ロシアの地政学的な野心は、ヨーロッパに常に脅威を与えてきた。だから、ヨーロッパはアメリカと密接な関係を維持すると共に、独自の抑止能力を確保することが絶対に必要だ。目先のロシアとの関係は、ウクライナ東部の戦闘に終止符を打ち、『北大西洋条約機構(NATO)』の東欧側の境界線を守り、ヨーロッパ南西部とバルカン半島に危機が及ぶのを防ぐ努力に左右されるだろう。

しかし、目先の危機を乗り越えても、21世紀のヨーロッパは、その根本を揺さぶる戦略的問題に直面しつつある。中国だ。現在のヨーロッパの対中政策は、人権と企業利益が衝突する非現実的な政策を取っている。ヨーロッパは、ここでも地政学的なリスクをもっと意識した行動を取る必要がある。“新しい超大国”中国は、ユーラシア大陸の東端に位置し、中央アジアとロシアを経てヨーロッパに至る“陸のシルクロード”を復活させようとしている。この大型プロジェクトの表向きの説明は、「これまで経済発展の恩恵を殆ど受けていない中国西部を開発する」というものだ。しかし、このプロジェクトの真の重要性は、その地政学的な意味合いにある。即ち、陸の大国である中国が、海の大国であるアメリカのユーラシア大陸における政治的・経済的影響力に挑戦状を叩き付けているのだ。中国のシルクロードプロジェクトは、中国がヨーロッパに突き付けた米欧同盟に対する戦略的代替案だ(この中でロシアは、中国の従属的立場に甘んじるか、中央アジアで本格的に衝突するリスクがある)。しかし、「西(アメリカ)か東(中国)か」という選択は、ヨーロッパの利益にならない。そんな選択は、政治的にも経済的にもヨーロッパを引き裂くことになる。ヨーロッパは、規範的にも経済的にもアメリカと最も近い関係にあり、NATOの安全保障を必要としている。従ってヨーロッパは、ロシアへの対処では、『ヨーロッパ連合(EU)』とNATOの基本理念を堅持するべきだ。そして中国に対しては、シルクロードプロジェクトを阻止することはできないが、自らの利益を明確にするべきだ(これには、高いレベルの足並みの一致が必要とされる)。一方で難民危機は、ヨーロッパにとってバルカン半島(ギリシャを含む)が如何に重要かを改めて思い知らせた。この地域は、ヨーロッパと中東を繋ぐ懸け橋なのだ。

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【2016年の世界を読み解く】(03) ISISを喜ばせる反イスラムの波――ISISとの戦いに勝利するには、彼らが何を求め何を嫌がるかという思考回路を知る必要がある

20160102 08
「世界の終わりが近づいている」と、彼らは信じている。その時、救世主が再臨し、信仰心篤い人々と共にニセ救世主の軍勢と戦う。そして、最終的に救世主と信者たちは戦いに勝利し、悪を打ち負かすという――。“彼ら”とは誰のことなのか? キリスト教原理主義者? いや違う。テロ組織『ISIS』(別名:イスラム国)のメンバーたちだ。この考え方はイスラム原理主義の教義の一部であり、ISISの重要な行動原理でもある。そう聞いて驚いたとすれば、ISISに関する理解が欠如している証拠だ。敵を知ろうとすることを「弱腰な態度」、若しくは「弱さの表れ」と思い込んでいるアメリカ人が多い。無責任な政治家や無知な政治家が、その風潮を煽っている。しかし、「敵を知るべし」というのは軍事戦略の定石だ。CIA工作員の必読書とされ、アメリカの兵学校でも教えられている中国の古典『孫子』に依れば、「敵を知り己を知れば、百戦して危うからず。敵を知らずして己を知れば、一勝一敗す」とされる。ISISに関して、アメリカは「敵を知っている」とは言い難い。その点は、シリア難民への対応にはっきり見て取れる。主に共和党の政治家たちに焚き付けられて、アメリカ人の多くは「難民に紛れてテロリストが国内に入ってくるのではないか」と恐れている。あまりに無知な思い込みだ。ISISは、難民を利用しなくても欧米に工作員を送り込める。CIAに依れば、ISISはソーシャルメディア上の宣伝活動に依り、ヨーロッパで何千人もの、アメリカでも数十人のメンバーを獲得している。こうした元々の欧米在住者は、難民のふりをする必要などない。

「ISISには、EU圏のパスポートを持っているメンバーが何千人もいるし、優れた書類偽造技術もある」と、『ワシントン中近東政策研究所』のアーロン・ゼリン研究員は言う。「態々難民に紛れ込ませて工作員を潜入させることがあるとすれば、その唯一の目的は、シリア難民等の中東難民とイスラム教徒住民に対する欧米社会の敵意を煽ることだ」。アメリカが難民を締め出すのは敵の思う壷だ。ISISは、シリアから大量の難民が流出することを快く思っていない。ISISがイスラム帝国を築き、敬虔なイスラム教徒を守ろうとしているという主張を突き崩すことになるからだ。シリアを脱出する為に命懸けの旅に乗り出すシリア人家族は、世界中のイスラム教徒に向けて、「ISISの支配地に残るよりは、命の危険を冒すほうがましだ」というメッセージを発しているのである。ISISは、脱出を思い留まるようシリア人に呼び掛ける動画を幾つも作成している。そうした動画では、「欧米に行けばキリスト教への改宗を強制される」と脅す。問題は、欧米の政治家やテレビコメンテーターたちの不用意な発言が、この主張に説得力を持たせていることだ。ISISの動画では「欧米人がシリア人を襲っている」と主張し、その証拠として、ヨーロッパの警察官が難民に暴力を振るう映像を映し出してもいる。根拠の乏しい不安に依り、シリア人難民を冷遇する欧米諸国は、ISISの宣伝活動に手を貸しているに等しい。「難民叩きの言説が、却って危険な状況を生み出している」とゼリンは指摘する。単純な軍事作戦を求める主張も、ISISに対する理解不足を露呈している。ここで頭に入れておくべきなのが、ISISの終末観だ。2014年、ISISは他のイスラム教スンニ派武装勢力との死闘の末、シリア北部のダビクという町を制圧した。特に戦略上重要な場所ではない。しかし、ここは「ニセ救世主の軍勢との戦いが行われる」と預言されている場所なのだ。預言に依れば、ダビクの戦い(イスラム教徒側が最終的に勝つ)では敵方に“80の軍旗”が集まるとされている。その為、ISISとの戦いに加わる国が増えれば増えるほど、「預言成就の日が近づいた」と感じ、ISISのメンバーは喜ぶ。ISISの戦闘員は、戦いを待ち望んでいる。アメリカが戦いを辞さない意志を示し、「ISISを怖じ気付かせるべきだ」と主張する政治家たちは、敵の行動原理を理解していない。

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【2016年の世界を読み解く】(02) 静のアメリカ・動乱の中国――世界の目がアメリカ大統領選と中東に向く中、見えてきた中国の限界と日本外交の選択

20160102 05
この世界には、“地震の巣”ならぬ“紛争の巣”と呼んでいい地域が3つある。それは、ヨーロッパ(旧ソ連との境界)・中近東・東アジアだ。何れも、ソ連・オスマン帝国・清朝といった大帝国が崩壊した後に紛争の巣となった。世界の焦点は前2者――つまりウクライナ問題とシリア問題となり、東アジアでの紛争は国際報道の画面から遠ざかっている。2016年も、この趨勢は続くだろう。しかし、北朝鮮が崩れるようなことがあれば、東アジアは震度7、若し中国が大きく不安定化するようなことがあれば(習近平国家主席のしていることは、ソ連を崩壊させたミハイル・ゴルバチョフ元大統領の政策によく似ている)、その震度は8、そして大津波となる。東アジアの大半は古来、中国を中心とする秩序の下にあった。朝貢を断って中国と外交上距離を置いた日本でさえ、文化や通商では一貫して中華圏に生きてきた。江戸時代、長崎には『唐人屋敷』と呼ばれる広大なチャイナタウンがあり、中国人はオランダ人より多く日本との貿易を手掛けていた。今のアジアは、中華圏にはなり得ない。アメリカが政治的にも経済的にもアジアのハブとなっていて、中国に依るアジア支配を許さないからだ。技術や企業経営等、イノベーションは粗常にアメリカに発し、東アジアはそれに追随、或いは下請けになる構造にある。現代が近世までと違うのはもう1つ、日本が世界第3位の経済力とかなりの軍事力で(海上自衛隊の戦力は中国海軍のそれと粗同等)東アジアに存在すること。更にはアメリカとの同盟関係、東南アジア諸国との緊密な関係に依って、中国とのバランスを図っていることだ。このヤジロベエ構造の中で、東アジア情勢は推移する。そこには古くから、様々な紛争要因がある。嘗ての紛争は今では“歴史問題”となり、ある時は政治家やメディアに煽られ利用されて、反日・嫌中・嫌韓等の新たな紛争を生み出す。インターネットやポップカルチャーの普及、観光客の増大で、東アジア諸国の市民間での共感と理解は実は大きく進んでいるが、一度紛争が起きればメディアはそれ一色となる。それに加えて2016年の東アジアでは、一連の選挙や政権の交代が不安定な情勢を齎す可能性もある。これら個々の紛争は、米中が関与してくるとマグニチュードが俄かに増すだろう。この2ヵ国は、東アジアにどのように関わっていくだろうか?

アメリカは大統領選挙の年を迎える。外交官を40年間やった経験から言うと、アメリカ大統領選の年には不思議と、大国が絡む大きな紛争は起こらない。中国であれロシアであれ、アメリカ大統領選の“イシュー”になりたくない。世界の諸悪の根源と名指しされ、アメリカ国防予算増強のダシに使われたくないからだ。米中関係は、2015年10月末にアメリカ海軍イージス駆逐艦が、南シナ海で中国が建設を進める人工島付近を航行して悪化の頂点に達した。ただ、その時でさえ双方の行動は抑制されており、その後の中国が融和的な外交を展開したことで、関係は再び改善しつつある。アメリカの大統領選目下のイシューは、イスラム過激派への対処だ。そして一段下がって、アメリカに恨みを持つロシアへの対処がその次のイシューで、アジアと中国は殆ど話題に上らない。アメリカは内向きなので、「自分たちの安全を直接脅かすもの」に先ず関心を持つ。他方、アメリカの大統領は任期も末になると、「北朝鮮の核開発を話し合いで抑制すれば手軽な業績になる」と考え、日本等の周辺諸国の迷惑も顧みないことが多い。クリントン政権の末期にはマデレン・オルブライト国務長官、ブッシュ政権の末期にはクリストファー・ヒル国務次官補が、この任務に邁進した。しかし、オバマ政権は一貫して北朝鮮の現政権に取り合わない態度を堅持しており、今に至るもそれを変える兆候は見られない。2016年、アメリカの動きがアジアの政治情勢を大きく変えることは予想できないが、経済面ではそうではない。『アメリカ連邦準備理事会(FRB)』の利上げでドルが上がるのか下がるのか、資金がアメリカに引き揚げるのかアジアに留まるのかが、アジアの経済情勢を大きく規定する。日中を含めた東アジアとアメリカ・EUは、これまでは貿易を通じたウィンウィン(共生関係)にあった。日本は部品と機械を供給し、中国で低賃金の労働力を利用して製品を組み立て、米欧に輸出する。そして米欧(日本も)は、東アジアに資本と技術を供給するという構図だ。中国での賃金上昇がこの構図を壊していくと(つまり、中国は西側企業にとっての輸出基地でなくなる)、東アジアは経済共生という安定維持装置を失い、各国が私利を求めて相争うことになるだろう。『環太平洋経済連携協定(TPP)』は、アメリカ議会共和党が当面批准しない姿勢を示している為、2016年には効力を発しないだろう。それでも、ここまで多数のアジア諸国が自由化と紛争処理手続きの厳格化に踏み切ったということは、中国にとっては圧力として作用し続ける。そして、TPPを始め一連の『自由貿易協定(FTA)』で、メキシコやチリのような中南米諸国が東アジアと経済的な一体性を強めていることも見逃せない。

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【2016年の世界を読み解く】(01) 恐怖に取りつかれた世界――政治家がテロへの不安に便乗して難民排斥を煽り、国民がそれを支持しても社会の安全は保てない

20160102 01
カナダのジャステイン・トゥルドー新首相は、トロントのピアソン国際空港で大切な人々を待っていた。といっても、出迎える相手は、国家元首の一行でも通商交渉の代表団でもない。難民だ。カナダは2月末までに合計2万5000人のシリア難民受け入れを表明。第1陣の163人が到着したのだ。難民の家族は冬用のコート一式を贈られ、子供たちにはテディベアの縫いぐるみがプレゼントされた。ある家族が手厚い歓迎に感謝を述べると、トゥルドーは言った。「ここはあなた方の家です。おかえりなさい」。死と破壊の恐怖から逃れたシリアの人々が、外国で心温まる出迎えを受ける様子は、瞬く間にインターネット上に拡散した。『Google』に依れば、アラビア語の“カナダ”に相当する単語を検索する人々の数は、1ヵ月で倍増。あるヨルダンのニュースサイトは、トゥルドーを“スーパーマン”と呼んだ。カナダの厚遇ぶりが世界中の注目を集めたのは、他の国々と対照的な異例の対応だったからだ。シリア難民の苦境に喜んで救いの手を差し伸べた国は、数えるほどしかない。アメリカもヨーロッパや中東の多くの国も、寧ろ真逆の対応を見せた。難民認定希望者に迷惑そうな視線を向け、鉄条網のフェンスや障壁を築き、入国自体を禁止した。祖国に留まっていれば粗確実に死の危機に直面するシリアの人々は、もっとましな暮らしを夢見て密航業者に大金を払い、寿司詰め状態の船室で身を寄せ合った。だが、長い旅を続けたに待っていたのは、冷淡な無関心と疑いの眼差しだったという訳だ。世界がいきなり非情になったり、内向きに変わった訳ではない。寧ろ問題なのは、人々の恐怖や根深い懸念が政治と結び付いていることだ。今は、政府や社会的セーフティーネットへの信頼が揺らぎ、自分本位の身勝手な政治が勢いを増している。この潮流に欧米の政治家は飛び付き、多くの場合は人々の不安と恐怖・不信感を煽り立てている。この有害な結び付きに依って、2016年は縮小と後退の年になりかねない。世界で最も裕福で力のある国の一部は、ありもしない脅威や危険に怯え、自分の殻に閉じ籠もって身を守ろうとしている。理解できる面も無くはない。

20160102 02
2015年は、フランスの風刺週刊紙『シャルリーエブド』への悍ましいテロ攻撃で始まり、パリとカリフォルニア州サンバーナディーノの銃乱射事件で幕を閉じた。血腥い暴力事件が増加しているのは間違いない。テロリズムの学術研究組織『テロリズム・対テロ研究全米連合』に依ると、民間人100人以上が殺害されたテロ攻撃の発生件数は、1978~2013年の平均で年約4.2件だったが、2014年には26件と6倍以上に増えた。この増加傾向は、2015年になっても続いている。こうした事件は、主にテロ組織『ISIS』(別名:イスラム国)と西アフリカのイスラム武装組織『ボコハラム』が起こしたもの。大部分は欧米の民主主義国ではなく、アフリカと中東で起きている。それでもアメリカでは、テロへの懸念が目に見えて高まっている。2015年11月の時点では、テロリズムを国家の最重要課題と考えるアメリカ人は全体の4%に過ぎなかった。だが、『ニューヨークタイムズ』と『CBSテレビ』の共同世論調査に依ると、今では19%まで増えている。同じ調査では、回答者の70%がISISを「国家安全保障上の主要な脅威」と考えていた。このような懸念自体は理解できるが、一方で過度に誇張されているのも確かだ。例えば、ある人間がテロリストに殺される確率は、家具の転倒で命を落とす確率より低い。それでも政治家は、有権者の懸念に付け込み、恐怖心を嘗てないレベルまで煽り立てている。この手の扇動が誰よりも得意なのが、共和党の大統領候補指名争いで暴言を連発する“不動産王”ドナルド・トランプだ。トランプは、モスク(イスラム礼拝所)の監視・国内在住のイスラム教徒のデータベース作成・一時的なイスラム教徒のアメリカ入国禁止を提案した。こうした扇動的で偏狭な言動にも拘らず、今のところ、共和党内でトランプの支持率は上昇し続けている。アイオワ州の党員集会を1ヵ月後に控えた段階で、トランプは35%の共和党員の支持を集め、トップを独走中だ。トランプほど露骨ではないが、他の候補も「イスラム教徒はアメリカの大統領になるべきではない」と発言したり、アメリカ入国を希望する難民に「宗教テストを実施する」という提案を支持したりしている。シリア難民の受け入れを拒否する共和党系の州知事も多い。残念ながら、このような反応は共和党だけの話ではない。ブルームバーグの最近の世論調査に依れば、53%のアメリカ人はシリア難民の受け入れを望んでいない。恐怖心を煽っているのは政治家だが、多くの国民が彼らを支持しているのも事実なのだ。

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【2016年の15大問題】(15) 異なるパラダイムが同時進行…激変する国際秩序を読み解く

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国際情勢を整合的に理解することが日に日に難しくなっている。新聞・テレビ、或いはインターネットを通じて、個々の出来事については正確な情報を容易に入手することができる。しかし、相互の関係がどうなっているかを読み解くことが難しい。それは、国際秩序の構造が急速に変化しているからだ。しかも、異なるパラダイム(位相)の出来事が同時に進行している。先ず、ヒト・モノ・カネの移動が自由になるグローバリズムが影響を強めている。2015年10月5日、『環太平洋経済連携協定(TPP)』交渉に参加する日米等の12ヵ国が閣僚会合後に共同記者会見を行い、大筋合意に達したと表明した。

全31の分野をカバーする大型の通商協定の締結で工業品の関税は99.9%が撤廃され、知的財産権や環境保護まで幅広いルールが整備される。アジア太平洋地域のヒトやモノの移動が活発になり、長い目でみた地域の成長や安定につながる。/5年半に及ぶ交渉が決着し、人口約8億人、世界の国内総生産(GDP)の4割近くを占める最大の自由貿易圏が誕生する。

このニュースに注目すると、ヒト・モノ・カネの動きが自由になるポストモダン的なグローバリゼーションが進行しているように思える。しかし、尖閣諸島を巡る係争で日中、慰安婦問題で日韓の国家間関係が緊張している。これは、主権国家を前提とするモダンな現象だ。更に、アメリカ海兵隊普天間基地の移設に伴い、名護市辺野古に新基地を建設することを巡って、日本の中央政府と沖縄県の関係が嘗てなく緊張している。

2015年9月21日夕刻(現地時間は日本時間の同22日未明)、スイスのジュネーブで開かれた国連人権理事会総会において、沖縄県の翁長雄志知事が演説を行い、

「沖縄の人々は自己決定権や人権をないがしろにされている」と訴えた。/翁長知事は昨年の県知事選や名護市長選・衆院選など県内主要選挙では辺野古新基地建設に反対する候補が勝利したことに触れ「私はあらゆる手段を使い新基地建設を止める覚悟だ」と述べ、建設を阻止する決意を表明した。

民族自決権の前提とされる自己決定権は、まさにモダンな主張だ。これは、日本に特有の現象ではない。今世紀になって、ロンドンの金融街シティを中心に、イギリスはグローバリゼーションの機関車となった。しかし、それと同時に、スコットランドではイギリスからの分離独立運動が深刻になった。2014年9月18日の独立の是非を問うスコットランドの住民投票では、独立支持が44.7%、残留支持が55.3%で、国家分裂は回避されたが、2015年5月7日に行われたイギリス下院選挙では、スコットランドに割り当てられた59議席中、56議席を独立派の『スコットランド国民党』が獲得し、イギリスは深刻な国家統合の危機に直面している。こう見ると、沖縄やスコットランドでは、国民国家(ネイションステート)の形成に向けたナショナリズムという近代的な現象が強化されているように見える。TPPと沖縄問題、イギリス経済のグローバル化とスコットランド独立問題では、国家の壁を低くすることと国家の壁を高くすることという別のべクトルを指向する出来事が同時進行している。

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「カフェのテラスに戻ろう」、パリ市民のレジスタンス――“国を守る為の合法的な力の行使”も民主主義の一面なのか?

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11月13日(金)。パリで同時テロがあった夜、知人と映画を見に出かけていた筆者は、9時過ぎに自宅近辺に戻ってきた。ところが、警察が道を封鎖していてアパルトマンに辿り着けない。「家は直ぐそこだから」と説明しても、神経をピリピリさせている警察官に言下に「ノン!」と怒鳴られる。夜空の下で待つこと1時間半、「戦争兵器に依る襲撃がここから10分のところで起きてるから、さっさと帰って外出しないこと」と言われ、何のことやら訳がわからないまま、シャッターを閉めた店沿いに走って帰宅。ピザハットのスクーターに乗った若者が、「こっちは配達しなきゃいけないんだから通してくれよ!」と怒っているが、警察官に「死にたいのか?」と言われ退散する。家に帰ると早速、息子から電話が入る。「パリの3ヵ所で同時テロ、外出禁止令がパリ市のツイッター上で出ているんだよ。駅の電光掲示板にも『早く帰宅すること』って出ていたでしょ? 何してんだよ、こんな時に!」と怒られる。メトロは14線のうち4線が閉まっており、タクシーが無料で人々を乗せているらしい。ツイッター上では、市民が、帰宅できなくなった人々に一晩の宿を無料提供していた。テレビをつけると、まさに家から1kmあまりのレストランとバーで無差別テロがあったことを報道していた。そして、サッカー場『スタッド・ド・フランス』で自爆したテロリストがいたこと、コンサートホール『バタクラン』で人質が取られていること、またシャロンヌ通りのレストランでも…19人死亡とテロップが流れる。テロリストの1人は、「アラーアクバル(アラーは偉大なり)!」と叫んだと聞き、やっぱりと思う。家の前の通りは、時々、人が走り去るだけでガランとしている。遠くをサイレンを鳴らした救急車が走り去るのが不気味だ。テレビで発表される犠牲者の数が刻々と増えていく。23時54分、オランド大統領が声明発表する。過激派組織『ISIS』(別名:イスラム国)に依るテロであることを仄めかし、“非常事態”を宣言。国全体を対象とした非常事態は、アルジェリア戦争中の1961年以来のことだ。大統領は、“国境閉鎖”(後に国境でのパスポートコントロールのみ)にも言及する。『シェンゲン協定』以来、ヨーロッパ連合国内で国境を自由に越えることができることは、私たちにとって“移動の自由”の象徴だ。それが無くなると聞き、不意に、閉じ込められたような不安に襲われる。

翌14日(土)。新聞のタイトルは「パリ虐殺」(リベラシオン)・「パリの中心部で戦争」(フィガロ)・「パリの恐怖」(ル・モンド)だった。3件どころか、全8件のテロ。少なくとも128人の死者、200人あまりの負傷者。「第2次世界大戦以来初めての悲劇」とも書かれていた。標的となったのは、主にパリの10区・11区といったコスモポリタンな地域である。様々な文化背景を持った人々が共存する、昔ながらのパリらしい雰囲気を保っている界隈である。中でも、ビシャ通りのバー『Le Carillon』は、私もよく通る場所だ。夏になると、ピクニックする人々で河岸が一杯になるサン・マルタン運河沿いに当たり、今時のお洒落でボヘミアンな若者たちが車道を占領してしまうこともある流行のバーだ。早朝、花を手向けに行くと、もう既に多くの人々が無言で集まっていた。血が流れたところには砂が撒いてあり、蝋燭・花・メッセージが地面に置かれているが、壁を抉っている弾痕が生々しい。帰りに、毎週通っている市場に行くが、店が出ていない。私と同じく、キャリーカートを引いて呆然としている買い物客がうろうろしているのみだ。図書館と市民プールは閉鎖され、映画館も閉まっている。カフェは開いているが、テラスは無人。友人とプティ・パレ美術館に行く予定だったが、美術館は全て閉まっているらしい。

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【ドイツは模範国家か】(05) ナチス思想が残る法律をどうするか――ナチスの弁護士が作った刑法だが、法務大臣が推進する改正案には反対の声も

Germany 05
大半のドイツ人は、ヒトラーの第三帝国を“過去のもの”として葬り去っている。だが、ヒトラーの死後70年経って、今も社会生活の中でその粗野な思想に思いがけず出会うことがある。ナチスの思想が特に色濃く残っているのは、一部の法律――特に刑法の殺人に関する条文だ。ナチスの顧問弁護士だったローラント・フライスラーが1941年に作成した条文は、謀殺者について“流血への欲求又は性欲・強欲、その他の卑劣な動機で人を殺害した者”と定義している。法律家が頭を悩ませる一節だ。「ここには“殺人”という行為そのものと、『命は守られるべき』ということが説明されていない。殺人を犯し得る人間のタイプが書かれているだけだ」と、ハンブルク在住で刑法専門の弁護士は言う。「典型的なナチスの思想だ」――ドイツのハイコ・マース法務大臣は最近、ナチスの影響が残る条文の全面見直しを提案し、草案作りを進めている。国民も賛成しているかと思いきや、一部には不服の声も聞こえてくる。例えば、「起源は兎も角、条文の表現はそれほど悪くはないのでは?」という意見だ。「ヒトラーが造ったアウトバーン(高速道路)を取り外そうとする者はいない」と、40代のオルガン奏者は言う。「それどころか皆、快適に利用している」。保守派の議員らも、「殺人の定義を見直せば、テロリストたちに誤ったメッセージを送ることになる」と指摘する。「最近のテロ行為の酷さを見ていると、解決すべきもっと重要な問題が他にあると思う」とアンゲラ・メルケル首相率いる『キリスト教民主同盟』所属の議員は言う。だが、法律の専門家が指摘するように、殺人罪の条文を改正すべき理由は、ナチスに触発された表現を削除する為だけではない。ハイデルベルク大学犯罪学研究所のディーター・ドーリング所長は、「法務大臣の改正案では、殺人罪で有罪となった被告の刑期について情状酌量が可能になる」と指摘する。現行法では、“流血への欲求”で殺人を犯して有罪になれば終身刑となる。だが、「それでは不当に厳し過ぎる」として、判事がもっと軽い刑を認める場合がある。例えば1980年代、妻をレイプした犯人にからかわれた夫がその強姦犯を殺したケース等だ。「法改正は時間の無駄ではない」とドーリングは言う。「合理的な判決を下そうとしても、それが法律と合わなければ、法的に不確定な点が生まれる。だから改正が必要なのだ」 (ミレット・ヨハネス) =おわり

               ◇

日本から見ると、ドイツはどことなく親近感を覚える国です。品質への拘りと技術力で経済大国の地位を築き、勤勉さと献身性を美徳とする気質も似ていると言われます。一方、近年のヨーロッパでは「ギリシャ等に緊縮財政を求める態度が厳し過ぎる」として、「覇権主義的だ」と批判する声も高まりました。今やヨーロッパの盟主として君臨し、シリア難民から理想郷のように言われるこの国の実態は、本当にそのイメージ通りなのか、探りました。 (本誌 藤田岳人)


キャプチャ  2015年10月13日号掲載


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